-Episode01-
「うわぁぁぁああああ!!」
僕は部屋が振動するほどの叫び声を上げて飛び起きた。そのせいか、の隣にそびえ立っていた本棚の上、少し厚めの本が、ガタガタと揺れて落ちた。それは見事と言っていい程に僕の頭上に当たり、僕ががさっきまで見ていた夢の内容はほとんど忘れ去ってしまっていた。なんだかとても嫌な夢だった気がする。嫌な夢は忘れるに限る。そう思いながら、僕はくらくらする頭を押さえ、ゆっくりと下に降りる。今日から夏休みだ。学校に行く必要のない僕は、ゆったりとした足取りで、一階に降りる。
「おはよーお兄ちゃん」
リビングに行くと、優奈が朝食を作ってくれていた。鶏肉のから揚げに、野菜炒め。ご飯の隣には納豆がつけられている。一般的な朝食だと思う。それら全てに山のようにネギが盛られてさえいなければ。優奈は夏休みに入っても全力でネギ好きだった。長年頼み込んでもご飯しかネギを盛られていない場所がないというのは、彼女がそれほどのネギ好きであることを示しているように思われた。
「そういえばお兄ちゃん、夏休みの予定とかあるの?」
あくせくしながら箸を動かしていると、優奈はそんなことを聞いてきた。僕は優奈の皿に必死でネギを移しながら答える。
「別に特にないよ。あぁ、そういえば夏休み初日は母さんのお見舞いに行こうって決めてたっけ。優奈も行く?」
さりげなく優奈に同行するか聞いてみると、彼女は嬉しそうに頷いた。前回母さんの見舞いに行ったのは、今日で丁度二週間前だ。少なくとも一か月に二回はお見舞いに行こうと思っていた僕は、今日このタイミングがべストであると、ちょうど一週間前に決めていたのだった。
「そう決まったら着替えないとなぁ……」
僕は少しだけ面倒くさそうに溜息を吐く。もちろん優奈は着替え済みなので、着替えるのは僕一人だ。洗面所に着替えを持って歩き、優奈に絶対に入ってこないようにと念を押した後、風呂場で着替えて私服のままリビングに戻る。
「優奈、忘れ物は無い?」
僕はリビングからお見舞い用の果物をいくつか取って、洗面所にあった比較的新しい風呂敷にそれを包み込みながら、優奈に聞いてみる。彼女はすぐに頷きかけたが、はっと何かに気付いたようにサイドテールをぴょこんと立てて、
「うさぎのラピッドちゃんを忘れちゃった!」
と勢いよく階段を上って行った。僕が玄関で靴を履き終える頃には、優奈はすでに準備を終えた状態で、僕が玄関のドアを開けるのを待ちわびていた。彼女の行動の早さには恐れ入る。
「じゃ、行こっか」
僕は優奈がしっかりとカバンを肩にかけていることを確認してから、僕はドアを開ける。ドアを開けた隙間から、太陽の眩しい光と、綺麗な空が顔を覗かせ――。
「朔くぅぅうん!!」
急に何かがこちらに向かって飛び込んできた。それは見事に僕の腹に当たり、さらには優奈を回避して僕だけを地面に叩き落とした。
「いっ!? せ、背中が……」
一瞬背骨が折れるかと思ったが、特に目立った外傷はないみたいだ。ただかなり痛い。何が起こったかも分からずに、反射的に閉じてしまった目を開けると、そこには空を染め出してきたような綺麗な髪色の少女がの僕の上にのしかかっていた。
「会いたかったよ朔君! これはもう運命の出会いだね! 十中十が運命としか言いようがない出会いだよね!」
彼女は若干早口で僕に話しかけてくる。突然の出来事に優奈は僕と彼女を呆然として見ていることしかできていなかった。
「だ、誰!?」
代わりに僕が少女に向かってまず聞くべきであろう質問をした。一度も見た覚えのない彼女のことを知らなくては、僕もどう反応したらいいか分からないからだ。すると彼女は、ひょいと僕からどけて立ち上がる。僕が背中をさすりながら起き上がると、彼女は恰好つけたのか、くるっと一回転して、まるで貴族が挨拶するかのように、彼女の着ているワンピースの裾をつまんでお辞儀をする。
「私、怜と申します。朔君の……彼女です!」
彼女――いや、代名詞としての彼女だが、彼女は堂々と僕の彼女宣言をした。ああややこしい。それぐらい僕の頭が混乱していると思ってくれて構わない。
「な、何を言っているのか……」
突然突っ込んできて彼女宣言をする少女――怜に、僕は変人というレッテルを貼るしかなかった。僕はなるべく彼女を無視して外出しようとしたが、
「てぃ」
怜が僕に足かけをしてきて、僕は見事にすっころんだ。再び背中を打った僕は、涙目になりながら、怜に訴える。
「君は一体何なんだ!?」
その問いに、彼女は当然のように答える。
「私は朔君の彼女です!」
その答えに僕が呆れかけた時、彼女がふとリコリスのような笑みを浮かべて、
「――会えて、よかった」
と、言った。その瞬間、僕の怜に対するレッテルが、一気に剥がれたような気がした。




