フェアリーテールはお断り
7/1 大幅に改稿しました。
「ここ、どこ……?」
『ようこそ、生と生の間へ。アナタは、お亡くなりになったのですよ、白雪サマ』
気がつくと私は、真っ白な空間にいた。
ふわふわと不安定で、うまく物事が考えられない。
誰も見当たらないのに、返ってきた言葉は、男とも女ともつかない不思議な声だった。
なぜ姿が見えないのか。この声の主は誰なのか。そんな疑問を感じる以前に、彼(彼女?)の言った言葉もうまく飲み込むことができない。
頭にも視界にも、靄がかかったようだった。
私は……死んだんだっけ?
生と生の間って……?
『ワタシはアナタ方の言うところの天使です。主の命によって、ここにやってきました』
主とはつまり……神のことだろうか?
何も言えずにぼぅっとしている私に、その声ーー天使は、少し声を大きくして私に問いかけてきた。
『では、白雪サマ。さっそくですが、どのような来世をご希望ですか?』
「それって、選べるの……?」
『アナタが殺されたのはこちらの手違いでしたので、今回はそのお詫びとして選んでいただけマス』
手違い?
そうか、そうだったのか……私は、手違いで殺されたのか。
それがどんな意味なのか、そのときの私にはわからなかった。
ただ素直に、その言葉を受け入れる。
「本当?じゃあ、じゃあ……ふつうの、女の子が良いわ。王子様のいないところで、ふつうに暮らす、美しくもない女の子」
死ぬ間際にも思ったことを、何も考えずに口に出す。この願いが叶ったら、どんなにいいだろうかと思いながら。
『了解しまシタ。では、アナタの前世の美しさとの差分は、幸運に回しましょう』
天使が何気なく呟いた言葉に、違和感を覚える。
「差分ってなんの……?」
『そうですね……魂は、貯金をしていると考えてくだサイ。生前の行いの善悪に比例して、主から相等の金額が与えられ、一般的に人間だった魂ほど、その額は大きい』
「良いことをすればたくさん貰えるの?」
天使の説明を受けている内に、私は自分がだんだんと覚醒していくのが分かった。ひどくゆっくりとだが、天使の言っている内容が頭に染み込んでくる。
そして、じわじわと死ぬ直前の記憶もはっきりとしてきた。
(ああ、そうだ……私は、カヤに殺されたんだわ)
『ソウ。生物として生きている間は、その金貨であらゆるものを借りられマス。美しさ、生まれる身分、幸運、才能……』
「ええと、私が美しさに使っていた金貨を、幸運に使えるのね?」
私は確かめるように、天使に聞いた。
彼の説明を聞く限り、なぜ私の前世は美しさなんかに金貨を使っていたのだろうと悔やまれるがーーそこは来世に期待しよう。うん、そうしよう。
そうしないと、私の前世を殺してしまいそうだから。だけどそれってつまり、私だよね。
殺された後更に自殺する趣味はない。
そして、天使の少し急かすような声が響いた。
『その通りデス。では、そろそろ時間ダ。お仲間の所にお送りしましょう』
「え?お仲間って……」
『では、いってらっしゃいマセ』
「ちょ、ちょっと、まっ……」
天使の言ったおかしな言葉に疑問を呈する前に、私は目も眩むような光に包まれて、再度意識を失った。
苦しい。体中が痛い。
真っ暗な暗闇にいると思ったら、次の瞬間眩しいほどの明かりの中にいた。
体に何かがからまり、息が出来ない。
ここはどこ?わたしは今、どうなっているの?
苦しい、苦しい、苦しい。
訳もわからずこみ上げる衝動に任せて、泣き叫んだ。理性はどこかに置いてきてしまったように、本能と衝動に突き動かされる。
涙腺が壊れたように泣いて、声が枯れるほど叫んで、手足を振り回して暴れた。
誰かーー助けて!
そんなわたしに応えるように、突然、黒い髪の女の人がわたしを覗きこんだ。
彼女は、にこにこと笑いながらわたしを優しく抱きしめている。
それは(前世含め)生まれて始めて感じるような安心感だった。
そしてまた涙が止まらなくなる。
でも間違いない。本能が求めたのはこの人だと直感的に感じた。
(この人が誰かわからないけど……でも、彼女だ。わたし、この人を呼んでたんだ)
誰かもわからないのに、なぜこんなにこの人に抱かれていると涙が溢れるのだろう。
こんなにこの女性を求めているんだろう。
自分でも理解出来ない感情に飲み込まれて、わたしは更に大きな声で泣いた。
わからない。
何がどうなって、わたしはここにいて、この人は誰?どうしてわたしはこの人をーー。
そして、混乱の極みにいるわたしを、もう一つの顔が覗き込んだ。
それは、とっても優しい目をした男の人で。
その人と目が合った一瞬で、わたしは彼らが誰かを理解した。
(ああ、この人たちは、わたしのお母さんとお父さんなのね……!)
前世でほしくてほしくて堪らなかったーーけれど得られなかった存在に、溢れる涙の意味が解った。喜びと、安堵だ。
いつのまにか心にあった不安や孤独が、全て氷解していく。
(こんなに、安心できるものなんだ……)
そう実感した途端に、涙は増し、更に感情的に喚いた。彼らにもっと触れたくて、わたしはもぞもぞと、精一杯体を動かす。
しかし、わたしの懸命なその動きは、彼らーー母と父が次に言った言葉によって、停止した。
「見て!あなた……とっても可愛い女の子よ!」
「本当だ。こんなに可愛い子は見たことがないなぁ」
(え、可愛い……?話が違うじゃない神様!!)
「あら、どうしたのかしら……?この子、突然固まっちゃったわ」
こうしてわたしは、日本という国に生を受けました。
+++十+++
「私を、彼女のいるところへ。それだけが望みだ。頼む」
『ソレは出来かねマス。さっきから何度も言ってるでショウ!そもそもアナタの願いを叶える理由が』
真っ白な空間。
光を放つ結晶ーー1人の人間の魂と、姿の無い声の口論が響いていた。
否、口論ではない。
魂の一方的な要求に、声の主が呆れたようにそれを拒否しているという図だ。
先ほどから飽きずに繰り返される言葉に、声はそろそろ頭を抱えたくなっていた。
通常ならさっさと済ませる転生も、魂が頑として受け入れないために滞っている。
本来ならばありえないはずの事態に、混乱は深まるばかりだ。
なぜ、この魂を転生させられないのか。
なぜ、この魂は天使である自分に要求を通そうとしているのか。
わからないが、はいそうですか、と言うわけにはいかない。
そして何度繰り返されたかわからない魂の言葉に、声がまたも律儀に応えようとしたそのとき。
最後まで言い終わる前に、1人の男が白い空間に現れた。
そしておもむろに、ゆっくりとした口調で声を制す。
『まあまあ、いいじゃないか』
『主!しかし、それでは秩序が』
『君は少し黙っていなさい。……では人間君。君の願いを聞き入れよう。……ふむ、そうか、君で最後だね。安心をし、時間のズレは特別サービスだ』
男は、更に反論しようとした声を黙らせ、魂に向き直った。
否、男は人間の見た目をしているが、人間ではない。彼はあらゆるものを創造し、司る存在ーー人間にとっての、神である。
髪は黄金に輝き、瞳は全てを許すように濡れている。
対して、人間の魂は生まれる前の姿に還っているため、生前の片鱗すら残していない。
唯一かろうじて、主張する言葉だけが彼の彼たる証だ。
しかし、神にはそれだけで充分だった。
その魂の願いを叶える理由には。
そして、そんな名も無い魂が口にした望みを、神である彼はあっさりと了承した。ーー意味深な言葉と共に。
その言葉の意味を魂が問う前に、例のごとく白い空間からそれは消え失せていた。
『ふう、彼でとうとう全員彼女のところに送っちゃったねぇ。うっかり時系列もいじってしまった』
魂が消えた空間を見つめて、唇に弧を描きながら男はふるふると首を振った。わざとらしい程に大仰な姿は、人を馬鹿にしているようにも見える。
『主はお戯れがすぎます……。いいんデスか?こんなことをして』
『どうせあの子がどれだけ逃げても、運命からは逃れられないんだ。僕はそれを少しだけ助けただけのこと』
『神の助けとか最強じゃないデスカ……』
『彼女が望んだものはちゃんと与えたじゃないか。あそこは王子なんていない。その生まれ変わりはいたとしてもね?』
それは屁理屈と言うのでは、と言いそうになるのを、声は寸でのところで飲み込んだ。
かわりに、弱々しく情けない声が漏れる。
『人間で遊ぶのはヤメテください……』
『人聞きの悪いこと言うなあ』
『自業自得デス』
声の非難もさらりと聞き流し、楽しげに虚空を見つめる。一瞬前までなにも無かったそこに、一つの鏡が現れていた。
繊細な細工の施されたそれに映っているのは、1人の少女。
『はてさて、このお伽噺の顛末は一体どうなることやら。楽しみだねぇ』
にやりと笑った男に、もう声は何も言わなかった。