第51話 閑話 シルル・実食
【シルル】
一人で他人の家に行く。
いやいやいや、なんでこんなことに?!
目の前では、ミニタウロスが群れで襲いかかっている。まあ、数は多いけど氷剣もいるし、所詮低層階の魔物。アタッカーに任せておけばいいや。
デバフだけかけてやるか。MPは温存しておこう。
そんなことより、ルツィナの家に行ったらどうしたらいいんだろう、とそっちの方が心配でならなかった。
ミニタウロスからレアドロップの魔物肉が取れたのは、ボクにとっては僥倖だった。ギルドでの販売金の一割増で、全部買い取らせてもらえた。
レベルが高くなればなるほど味は良くなるんだけど、タウロスの仲間は同じレベルの魔物の中では断トツでおいしい。牛に近いからだといわれている。
これを手土産にすれば、きっと喜んでもらえるはず。
そう思いながら、はやく調査が終わらないかと上の空でみんなの後をついて回った。
◇
トントン。
ノックをすると、のぞき窓が開いて「……シルル、さん?」と呼びかけられた。
「……うん」
緊張する。でも応えないと。
うん。ルツィナより、ボクの方が年上だからね。
お姉さんとして、しっかりしないと。
ドアが開き、ルツィナがにっこりとボクを迎え入れた。
かわいい。
……ボクの方が、少しだけ背が高いよね。うん。そうに違いない!
え~と、なにか話さなきゃ。
「……おじゃまします」
いいのか、これで。邪魔するなら帰れ、とか言われないよね。
「……どうぞ」
……よかった~! ルツィナが振り向いた瞬間、大きく息を吐いた。
そして大きく息を吸ったとき、とても不思議な、でも、とってもお腹がすくような、何とも言えない、よい匂いが胸の中まで広がっていった。
ルツィナが鍋のフタを取って、中に入っているものをかき回しているみたいだ。
「よかったら、手を……洗って、ください。ご飯、だします」
えっ、ボクに出してくれるの? 何の話もしていないのに? 挨拶しただけだよね。え? 挨拶ちゃんとした?
「あ、りがとう。あの……これ。今日、ダンジョンで、取れた、から。……魔物、肉。ミニタウロス……の」
「……あ、りが、とう……ござい、ます」
何とか手渡して、手を洗った。
なにか話を、振らないといけないか?
「魔物肉、すごく、手に、入らない……けど、タイミング、よかった」
「……そう、なの」
「……うん」
会話、会話できたよね。話題を振って、聞かれて、答えた。よし、会話だ。
「お座り、ください」
「……ありがとう」
小ぶりなサラダボウルに、茶色い料理が入ってる。ん? コメ? でも米って白いものじゃなかった? でもこの湯気とともに立ち昇る香りはいかんともしがたい魔力のような魅力にあふれて……。
「……どうぞ、お召し上がり、ください」
「……ありが、とう。いただきます」
よく見ると、米のほかにもいろいろと混ざっている。赤いのはニンジン? 他は……わからないな。
一口スプーンですくって、口に入れる。
ルツィナのお弁当でよく入っている塩辛い調味料の味がする。でもそれだけじゃない。深い、深い、心の奥が優しさで満たされるような、深いコクと香りと味わいに、お米の粒一つ一つが包まれているような。
あっ、玉ねぎの甘味。これはピリッとしたジンジャーの歯ごたえ。ニンジン独特の風味と、くにゅくにゅとしたキノコの旨み。
そして、噛めば噛むほど味わいがまして飲み込むのがおしくなる、味のついたお米の完全勝者のような無双感がボクの味覚をぶちのめしてくる。
勇者の祝賀会に出される料理かなにかか?
気が付くと無言のまま食べつくしていた。
「た、りま、せん、よね。これ、だけじゃ」
おかわりをよそって、何か焼き始めた。
持ってきた魔物肉? この間香ってきた、あの素晴らしい匂いが広がった。
「お持たせ、ですけど……」
一口大に切りそろえられたお肉と、千切りにされたキャベツ。先ほどのお米料理と、茶色いスープ。
「お弁当用の、スープ、です。味、感想、教えて、くだ、さい」
おいしいに決まってる! まだ飲んでないけど。
まずは飲んでみよう。
「ん……おいしい!」
なにこの深い味は! おにぎりに入っていた、粒つぶの肉に入っていたあれ? あれをスープにしたの? でもそれだけじゃない。なにか知らないとてもやさしい味。そう、このお米料理にも感じた慈愛に満ちた深い愛情が!
お肉……お肉も食べなきゃ。んんんんん……
「最高~!」
魔物肉! 魔物肉がおいしいのは知ってる。でも、それだけじゃない! わからない。わからないほどいろんな味が繊細に交わって、お肉のおいしさを10倍……いいや、もっとたくさんに引き上げている。ガツンとしたおいしさが、キャベツと一緒に食べると……なんて不思議なんだろう、強烈さが引っ込み、深みが出てくる。
一度で二度おいしい。お得しかない!
お米、肉、スープ、キャベツ。食べる順番で、味わいがめまぐるしく変わる。
それに出来立て。お弁当では味わえない温かさは、最高の調味料かもしれない。
「おいしい」
「よかった」
ルツィナの顔がほころぶ。
なんだか、これだけで気持ちが通じ合った気がした。
◇
お腹いっぱいいただきました。
あんまり会話していないな。話さないと。
ルツィナが入れてくれた紅茶、おいしい。
それに、これ、なに? こんなお菓子、初めて食べたよ。
「スイート、ポテト、です。あと……パンプキン」
……………………だめ、夢の中に入っちゃ。意識を保たねば。
すっかりいい心地になりすぎて、ここに来た目的を忘れるところだった。
会話しないと! ちゃんと話をして、心を開かせて、次に続ける。
……って、誰が? ボクが? 無理じゃね。
っていってもなぁ。他のメンツじゃルツィナが引いてしまうだろうし……。
絶対引くよね。
ボルクは論外だし、バゥイは質問責めするだろうし、ヴィラの押しの強さは……。
これだけ料理出しているのは、食べさせておけば会話しなくて済むと思ってのことだろうし。
そろそろ時間も時間だし。……帰ってもいいよね、ってわけにはいかないんだよ!
「ルツィナ」
「ひゃ、ひゃい」
あ、驚かせた? ごめん。
「あ、あの。なんだ」
「はい……」
「君を……守りたいんだ」
「ひゃい!」
な、なにを言っているんだ? なんか、プロポーズみたいなセリフになってないか?
うわっ、ボク、何を言ってるんだよ。
「あ……あの、ルツィナのお弁当、評判が、よくて」
「……はい」
「騎士団が、ルツィナの、情報を……集めようと、している」
ほら、驚いたじゃん。
でも、言っておかないと。
「だから、みんなで、君を……守りたいんだ。そのために……」
言うんだ、ちゃんと!
「みんなと仲良くなってほしい。みんなと、話をしてほしいんだ」
黙ってる。大丈夫か? 目が他を見ているよ。嫌われた?
うう。なんだこれ。告白して振られた野郎みたいじゃないか。
沈黙……慣れてるけど……今はきつい……。
「一人……ずつなら。シルル……さんも一緒、なら……、話しても、いい……です」
いやったー! 嫌われないですんだ。
ボクは何度もお礼を言って、みんながいる借家へ帰った。
あれだけのおもてなしを受けたことは……内緒のままだ。うまく説明できないからね。
問い詰められそうだし。
ルツィナとボクだけの、二人だけの秘密にしておこう。
うん。それがいいよね。
短く報告だけしてたら、緊張が解けたのか眠くなったよ。
ああ。明日から楽しみが増えた。おやすみなさい。




