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あの日、キレた理由

ジリジリと身を焦がすような暑さの日、何の不幸かバケモノは応援要請で外に出ていた。


任務はつつがなく終了したが、それでも暑さはバケモノにしつこくへばり付いていた。感覚器官は人間とほとんど同じなのだ。移動中は魔法で気温を下げてしのいでいたものの、作戦行動時にはそんなことに思考を割いていられない。結果、滝のような汗で服を湿らせることとなった。


「アイス食べたい」


暑さに耐えかねたバケモノがそう呟く。


濃厚なバニラのアイスクリームも良いが、こんな暑い日はサッパリとしたフルーツのアイスキャンディーが良い。


バケモノは金銭を持ち合わせていないため、買い食いなどはできない。一度拠点に戻り、博士にねだる必要があった。


(この暑さならアイツがもう頼んであるか?)


博士は「必要性を感じない」と言って滅多に外に出ない。組織と契約する際に「欲した備品(お菓子含む)はすぐに補充すること」というバカげた項目を入れているからだ。もちろん、バケモノと博士にとっては至って真面目な要項である。


冷房の効いた廊下を歩く。前に全力で走ったら、拠点の所々を勢い余って破壊してしまうことがあった。博士はバケモノの力にご満悦だったが、一時組織から行動範囲の制限が下されたのは言うまでもない。


組織の拠点は無駄に広い。少なくともバケモノはそう思っている。特に廊下。地盤の緩いところを避けながら拡張しているため、目的地まで大きく迂回しなければならないこともあるのだ。さらに言えば、バケモノの実験室と自室はかなり奥の方へ配置されている。引きこもりの博士が奥の部屋に配置されるのを受け入れていたので、それに合わせて造られた形だ。


(出入口の増加申請しよ…)


走れば一瞬なのに、長い廊下を延々と歩く羽目になる。


アイスが食べたいのに食べられない。


この状況はバケモノのストレスを溜めさせた。


切れる寸前の糸のようなものだ。


その糸に触れる人間がいた。


「全く、制御できねぇバケモンつくるなんて、あの科学者も大概無能だよなぁ!」


(ア──?)


最悪の形で。


「造ってんのも失敗作ばっかりなんだろ?できねぇならできねぇって大人しく認めりゃ良いのにな。ガラクタ造りに予算割く暇はねぇんだ、穀潰しが」


バケモノの鋭い聴覚が、不愉快な音を拾い続ける。


「役立たずのくせにボスに気に入られて…ウゼェんだよ」


バケモノの能力が、下らない嫉妬と悪意を読み取る。


「あの無能、バケモンに殺されて死なねぇかな」


そして──バケモノはキレた。


始めに、博士を無能と呼んだ人間の返り血を浴びた。


「確かにアイツはクズでカスで人の心がねぇ外道だけどなぁ」


次に、博士を穀潰しと呼んだ人間の返り血を浴びた。


「──無能は違ぇだろ」


最後に、博士を役立たずと呼んだ人間の返り血を浴びた。


「人間ごときが、バケモンに逆らうな」


ガバッとバケモノの口が大きく開く。


フライドチキンのように、骨を持って、周りの肉を噛み千切って、人間を咀嚼する。あまり美味しくない。お菓子の方が美味しかった。


このとき、冷静になれていれば、まだ違ったのかもしれない。言っても、彼らは下っ端だ。始末書を博士と共にアイスでも食べながら書いて、自由が少し削られて、すぐに戻って、いつも通り。それで終わりの簡単なことだ。


だが、茹だるような暑さの日、ふつふつと煮えくり返った腸は、中々冷めることはなかった。


「グルルルルルルッ」


人の姿が異形になる。獣のような、獣でもないような、不思議で歪な姿となる。


『ストレス発散をしたいなら、モノでも壊してみたまえ。衝動的な破壊なんて、いかにも悪魔らしいだろう?』


微かな理性が博士の言っていたことを思い出す。


「グルルラァァァッッ!!!!!」


バケモノは吠えた。怒りと言うには幼すぎる感情で、周りの一切を破壊した。


拠点は崩れ去った。通りがかりの誰かの命乞いは記憶の片隅にも残らなかった。


国を滅ぼした。魔法の雨に打たれて、瓦礫しか残らなかった。


人を殺した。燃やして、燃え尽きて、血肉も残らなかった。


破壊の象徴。恐怖の化身。畏れを集める怪物。


それを──人は『悪魔』と呼んだ。

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