帰ろうか、そして(後編)
翌朝。
アリサカ家の雇われ研究者兼家庭教師であるアナトは屋敷のドアを開けて貰った途端、途轍もない酒臭さに襲われた。
「…今日はとてもケンゾウ様に会えそうにもありませんね」
彼女は酒臭く、眠たげなメイドに尋ねる。
「昨日は一体何がこの屋敷で…?大体は予想が付きますが、その理由が分かりません」
メイドはとぼけた様な表情を浮かべると、アナトの質問に答え始めた。
「実は…奥様主導で旦那様の酒を持と出し、屋敷全体で宴会をしてました」
「えぇ…」
アナトは帽子を取り、困り顔をした。
「取り敢えずヨシムネ君にだけでも、先に挨拶しておきましょう。朝一番の挨拶は大切ですからね」
アナトは広間の中央にある階段を登ると、2階にあるヨシムネの部屋の前へ辿り着いた。
彼女はヨシムネの部屋の扉を3回ノックした。だが、反応が無い。
(疲れてまだ寝てるのかな)
アナトは扉をそっと開けると、ベッドでキャロラインに抱き枕の様に抱えられていたヨシムネと目が合った。
キャロラインはぐっすりと眠っていた。
「あっ。お邪魔しちゃいました?」
「だ、大丈夫です。せ、先生」
「これは深く聞かない方が良いやつかな?ヨシムネ君?」
「は、はい…出来れば…」
ヨシムネの手足から汗が溢れ出す。
「じゃ、口頭で少しだけ講義初めても大丈夫?」
「え、ええ…出来ればキャロが起きない程度に…」
「優しいね、ヨシムネ君は」
「先生、怒ってます?」
「いーえ。ただモテモテだなーって思っただけですよ、先生は」
「はは…」
ヨシムネは全身から汗が溢れ出るのを感じた。
「さて、話題を変えましょう。パーティーはどうでしたか?」
「友だちが一人出来ました」
「ふむ。どんな子ですか?」
「活発だけど、イマイチ周りに対して素直になれなかった感じでした」
「どうやら親に自分の望まない、あるいは向いていない事をさせられていた事が原因だったようですが」
「ふーむ…その子は男の子?女の子?」
「女の子です。2歳年上でした」
「そこまで打ち解けるなんてスゴいですよ、ヨシムネ君は」
「そ、そうですか?」
「ええ。普通の子ならパーティーをどうやり過ごすかで、一杯一杯になってしまいますから」
アナトは眼鏡を掛け、小型の魔導電光板を取り出して操作し始めた。
「これは今の学習計画表ですが、スケジュールを変えてもいいかも知れませんね」
彼女は魔導電光板から空中に投影された学習計画表をヨシムネに見せた。
「もう少し野外活動に時間を割いても、いやそうした方が良さげですね。社会見学的な要素も取り入れて行こうかなと思ってます」
「社会見学?」
「はい。ヨシムネ君は視野を広げる為の経験を積んだ方が、より大きな人物になれる。そう確信しました」
「君に学者や一介の商人はもったいない」
「軍人や冒険者になんて猶更です」
「やるからには時代のパイオニアを目指します!」
(アナト先生の悪い癖が出始めたな…)
「これから5年間で、君の人生の基礎を作り上げます。何処に行っても通用する人間にしたいんです」
「先生…」
「?…なんでしょうか?ヨシムネ君」
「僕は一体何処を目指せば良いのでしょうか?」
「ふふーん!それはこれから君が自分で考えるんです!」
「自分で…」
「はい!それを探る為の5年間でもあります。教育理論としては非常に先進的かつ先鋭的で、実験的な要素も多く含みますが…」
「だからこそ、やってみる価値はあると思っています。無論、決定権はヨシムネ君にありますが」
「どうします?」
アナトは笑顔でヨシムネの回答を待った。
「僕は…」
「キャロを守れるだけの力と金が欲しい。そして、皆が自分の適性に合った職に就いてかつ、幸せで豊かで平穏な生活を送れるようにしたい」
「たとえ、働くのが向いてない人でも…」
「だから、先生の学習計画変更を受け入れるよ」
「ん~~~!やっぱり最っ高の教え子ですよ!ヨシムネ君は!!」
アナトはその大きな胸を揺らしながら、身悶えた。
「同盟諸国で最近発表されたばかりの最新の社会経済学的議論と内容が似ています!」
「そう!人材の再教育と適性職への再配置は何処の国でも大きな課題なんです!先進的魔導技術により文明が高度化して生活が豊かになった一方、それに付いて行けなかった人が出たり、誤った社会通念が蔓延る原因ともなっています」
「つまり、魔導技術の急速な進展により、逆に多くの不幸を生み出し続けているというワケです」
アナトは早口でまくし立て続ける。
「特に今の新魔導経済主義は行き過ぎている感があります。これでは各地で人的・経済的基盤が掘り崩され、早晩各地で内乱や戦争が勃発するでしょう。王国のエリート達もこれを良く思っていない」
「プライベル共和国では新魔導経済主義に対して強硬に反対する大国の支援を受けて、分離独立戦争まで発生しています」
「もし、ヨシムネ君の願望が実現すれば、確実に世界は平穏になるでしょう!ですが、敵や障害も大きい!」
「…敵?障害?」
「はい!今の世界経済体制で大きく飛躍をして、自分達の利権確保に動いている人達です」
「この世界には化け物達がウヨウヨしてますからね」
「…道は長いですねぇ。しかも茨です。それでも本当にその夢を貫きますか?」
「はい!僕には生まれつき3つの才能がある。それを大きく伸ばしてこの『戦い』に活用したい…!」
「ふむ…分かりました。茨の道に剣山が生えて来た感じですけどね」
「それでも…やります!」
「ん~!よろしい!ならそうと決まれば善は急げです!早速計画を練ってきます!」
アナトはヨシムネの部屋を飛び出して行った。
「ヨシムネ…様…」
ドアが閉まる音でキャロラインが目覚めた。
「あ?起きた?」
「もっ、申し訳ございません!」
キャロラインは抱いているモノに気付き、慌ててヨシムネを放して跳び起きた。
「えーと…昨日の記憶ある…?」
「あ、ありません。奥様が嫌な事は飲んで忘れろと、自分の口に酒を流し込んだ所までは覚えているのですが…」
「あー…なんかごめんね…」
「いえ、良いんです。良いんですが…大変な粗相を…」
「前に裸なんて見慣れてるって言ってたじゃん」
「そっ、それとこれとはワケが違います…!」
キャロラインは赤面しながら俯いた。
「気分は良くなった…?」
「…はい!」
「なら良かった。けど一つ頼みたいコトがあって…」
「?」
「父さんと母さん達を起こして欲しい。しかも屋敷が酒臭いから換気も頼むよ」
「あっ…直ぐに起こしてまいります!」
キャロラインは急いで扉を開けると、ケンゾウ達を起こしに行った。




