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初依頼と金髪の少年

 俺は深く息を吸い、冒険者ギルドの大きな扉を押し開けた。


 ガチャリ――。


 次の瞬間、酒場のような賑わいが耳へ飛び込んでくる。


「依頼終わりだ! 酒持ってこい!」


「次はどの依頼を受ける?」


「今日は大漁だったな!」


 広いホールには数え切れないほどの冒険者がいた。


 剣士。


 槍使い。


 魔法使い。


 弓使い。


 獣人やエルフまでいる。


 誰もが武器を携え、それぞれ依頼の報告や仲間との談笑を楽しんでいた。


 その熱気に、一瞬だけ足が止まる。


 すると、近くの卓から笑い声が聞こえた。


「見ろよ」


「また田舎のガキが来たぞ」


「どうせ冒険者に憧れて来たんだろ」


「三日もしないうちに泣いて帰るさ」


 周囲から小さな笑いが漏れる。


 俺は気にせず受付へ向かった。


(……ドゥランの言った通りだったな)


『王都へ行ったら、最初は絶対舐められるぞ』


『村から来た奴は最初はみんな田舎者扱いだ』


『だから胸張って歩け』


『ビビってる顔を見せるな』


 俺は背筋を伸ばした。


 堂々と前だけを見る。


 受付へ近付くと、一人の女性が顔を上げた。


「いらっしゃいませ」


 その瞬間だった。


(き、綺麗だ……)


 思わず足が止まる。


 茶色の長い髪。


 澄んだ青い瞳。


 柔らかな笑顔。


 村では見たことがないほど整った顔立ちだった。


「……お客様?」


「えっ、あ……!」


 慌てて我に返る。


「ぼ、冒険者になりたい」


 女性は優しく微笑んだ。


「新規登録ですね。こちらへどうぞ」


(……恥ずかしい)


 ブラッドベアと戦う方が、よっぽど気が楽だ。


 受付へ立つと、女性は丁寧に一礼した。


「私は受付のアイリス・ベルモントです。本日は冒険者登録でよろしいでしょうか」


「ああ」


 アイリスさんは用紙と羽根ペンを差し出した。


「こちらへ、お名前をご記入ください」


 俺は少し不格好な字で名前を書く。


 アイリスさんは用紙へ目を落とし、その手を一瞬だけ止めた。


「ランド・ヴィクトリーノさんですね」


「ああ」


 その時だった。


「おい」


 近くの卓から声が聞こえる。


「今、ヴィクトリーノって言わなかったか?」


「聞こえた」


「まさか、あのヴィクトリーノ家か?」


 さっきまで笑っていた冒険者たちが、今度は驚いたような顔で俺を見る。


 ざわめきが少しずつ広がっていく。


(……何だ?)


 俺の名字に何かあるのか。


 アイリスさんはそのまま手続きを続けた。


「年齢は十五歳で間違いありませんか」


「ああ」


「戦闘経験はありますか」


「村で狩りをしてた」


「討伐経験のある魔物を教えてください」


「ゴブリン」


「ビッグボア」


 アイリスさんは頷きながら書き留める。


「ありがとうございます。ランドさんは本日よりウッドランク冒険者となります。規則により、新人冒険者は全員ウッドランクからの開始です」


「分かった」


「討伐した魔物の魔石や素材をお持ちでしたら、ギルドで買い取ることもできます」


「魔石ならある」


 俺は腰の袋から深紅の魔石を取り出した。


 アイリスさんは両手で受け取る。


「ありがとうございます。買い取り担当が査定いたします。その間に冒険者証を発行いたしますので、あちらの席で少々お待ちください」


「分かった」


 言われた通り長椅子へ腰掛けた。


 依頼を終えた冒険者が笑い合い、受付では次々と依頼の報告が行われている。


 武器を手入れする者。


 酒を飲む者。


 仲間と地図を広げる者。


 皆、それぞれ依頼を受けて稼ぎ、生きている。


 ここが冒険者の世界なんだ。


 ふと、近くにいた冒険者たちの声が聞こえた。


「でけぇ魔石だな」


「何の魔石だ?」


「さあな」


「どっちにしろ運が良かったな、坊主」


 俺は何も言わなかった。


 そう思うなら、それでいい。


 しばらくすると、アイリスさんが俺を呼んだ。


「ランドさん、お待たせしました」


 受付へ戻る。


「こちらが冒険者証になります」


 黒い金属製の冒険者証を受け取る。


 ずしりとした重みが掌へ伝わる。


 表面には、自分の名前。


 ランド・ヴィクトリーノ。


 続いて、買い取り担当の職員が革袋を受付へ置いた。


 ゴトリ、と重い音が響く。


「こちらが査定額になります。ご確認ください」


 俺は革袋を開いた。


 中には銀貨と金貨がぎっしり入っていた。


(……こんなにもらえるのか)


 思わず息を呑む。


 村では狩りをしても、獲物は皆で分け合っていた。


 こうして魔物を倒し、自分の手で金を稼ぐのは初めてだった。


 革袋を持ち上げる。


 ずしり、と重い。


(重い……)


 こんなに金を持つのは初めてだった。


「金額に問題はございませんか」


 買い取り担当が尋ねる。


 俺は正直に首を振った。


「分からない。これって、多いのか?」


 職員は静かに頷いた。


「ええ。十分な査定額です。安心してお受け取りください」


「そうか」


 俺は革袋を大切に腰へしまった。


 初めて、自分の力で稼いだ金だった。


 アイリスさんが穏やかに微笑む。


「依頼はいつでも受けられます。ですが、今日は身体を休めることをおすすめします」


 身体が重い。


 右腕にも、まだ違和感が残っている。


 ブラッドベアとの戦いを思い出す。


 カルロの言葉が頭をよぎった。


『疲れたまま狩りへ行く奴は、獲物より先に死ぬ』


(……その通りだな)


 俺は頷いた。


「今日はやめておきます」


 アイリスさんは安心したように微笑んだ。


「その方がいいと思います。この近くに新人冒険者がよく利用する宿があります。ギルドの紹介だと伝えれば、少し安く泊まれますよ」


 簡単な地図を受け取り、俺は冒険者ギルドを後にした。


 身体は疲れている。


 それでも足取りは、不思議と軽かった。


 明日からか。


 そう思うと、自然と口元が緩んだ。


 地図を見ながら石畳の道を歩く。


 夕暮れの王都は、まだ人で溢れていた。


「焼きたてのパンだよ!」


「串焼き一本、銅貨三枚!」


「新鮮な果物はいかがですか!」


 あちこちから威勢のいい声が飛んでくる。


 屋台から漂う肉を焼く匂いに、思わず腹が鳴った。


(そういえば……昼から何も食ってないな)


 革袋を軽く叩く。


 さっきまでなら値段を気にして通り過ぎていた。


 けれど今は違う。


 初めて、自分で稼いだ金がある。


 俺は屋台の前で立ち止まった。


「兄ちゃん、一本どうだ?」


 香ばしい匂いを立てる串焼きが並んでいる。


「一本ください」


「毎度!」


 店主から串を受け取り、一口かじる。


 肉汁が口いっぱいに広がった。


「うまい……」


 村で食べる肉とは違う。


 香辛料が利いていて、噛むほどに旨味が溢れてくる。


 あっという間に一本食べ終えてしまった。


「気に入ったか?」


 店主が笑う。


「ああ。また来る」


「待ってるぜ!」


 店を後にし、再び歩き始める。


 武器屋の前には立派な剣が並び、防具屋には見たこともない鎧が飾られていた。


 魔道具屋らしい店には、不思議な光を放つ石や杖が並んでいる。


(王都って、本当に何でもあるんだな)


 地図を見ながら十分ほど歩くと、一軒の宿が見えてきた。


 木製の看板には『白鹿亭』と書かれている。


 ここで間違いない。


 扉を開けると、カラン、と鈴が鳴った。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうから、五十代くらいの女将が笑顔を向けてくる。


「お一人ですか?」


「ああ」


 アイリスさんから渡された地図を見せる。


「ギルドで紹介してもらいました」


「あら」


 女将は地図を見ると、すぐに笑顔になった。


「アイリスちゃんの紹介かい。それなら安心だね。一泊、朝食付きで銀貨一枚だよ」


 俺は革袋を開く。


 さっき受け取ったばかりの金貨が目に入った。


(……これじゃ大きすぎるな)


 銀貨を一枚探して差し出す。


「ちょうどだね」


 女将は鍵を取り出した。


「二階の一番奥の部屋だよ」


「ありがとうございます」


 階段を上り、部屋へ入る。


 広くはない。


 ベッドが一つ。


 机と椅子が一脚。


 窓からは王都の街並みが見えた。


 俺には十分だった。


 荷物を下ろし、剣を壁へ立て掛ける。


 そのままベッドへ倒れ込む。


「……柔らかい」


 村の藁の寝床とはまるで違う。


 指一本動かすのも面倒なくらい疲れていた。


 腰へ手をやる。


 指先に触れたのは、小さな布袋だった。


 ミナが持たせてくれたお守り。


 ちゃんと、そこにある。


 それを軽く握る。


 不思議と肩の力が抜けた。


 ふと、村のみんなの顔が浮かぶ。


 カルロ。


 ドゥラン。


 ポール。


 三人がいなければ、狩りも、生き残る術も知らないままだった。


 エマさん。


 ハンナさん。


 そして、村のみんな。


(……元気にしてるかな)


 お守りをそっと袋へ戻す。


 今度は腰の袋から冒険者証を取り出した。


 ランド・ヴィクトリーノ。


 刻まれた名前を指でなぞる。


「冒険者、か……」


 まだ実感は湧かない。


 今日一日で、いろんなことがありすぎた。


 王都へ着いて。


 冒険者になって。


 腰の袋から革袋を取り出す。


 今日、初めて自分の力で稼いだ金だ。


 袋を持ち上げると、ずしりとした重みが腕へ伝わった。


(……重い)


 こんなに金を持つのは、生まれて初めてだった。


 革袋を大切にしまい、冒険者証も袋へ戻す。


 剣を枕元へ置く。


 すると、カルロの声が頭の中で聞こえた気がした。


『寝るのも狩人の仕事だ』


「……分かってるよ」


 思わず苦笑する。


 目を閉じる。


 王都で迎える最初の夜は、驚くほど静かだった。


         ◇


 朝日が窓から差し込み、ゆっくりと目を覚ました。


 見慣れない天井。


 一瞬だけ、ここがどこなのか分からなくなる。


「……ああ」


 王都だった。


 身体を起こし、大きく伸びをする。


 昨日までの重さは嘘みたいに消えていた。


 右腕を軽く握ったり開いたりする。


 違和感もほとんどない。


「よし」


 ベッドから降りると、剣を腰へ差し、お守りを結び直した。


 冒険者証も忘れず袋へしまう。


 一階へ降りると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「あら、おはよう」


 昨日の女将がにこやかに笑う。


「よく眠れたかい?」


「ああ。ぐっすり寝られた」


「それは良かった」


 女将は嬉しそうに頷いた。


「朝飯できてるから、好きな席に座りな」


「ありがとう」


 席へ着くと、焼きたてのパンに具だくさんのスープ、厚切りのベーコンと目玉焼きが運ばれてきた。


「朝から豪華だな」


 思わず声が漏れる。


 女将はくすっと笑った。


「冒険者は体が資本だからね。しっかり食べな」


「ああ」


 パンをちぎって口へ運ぶ。


 外は香ばしく、中はふわふわだった。


 温かいスープを飲むと、身体の芯まで温まっていく。


「うまい」


「ははっ、その顔なら作った甲斐があるよ」


 気付けば皿はきれいに空になっていた。


「ごちそうさま」


「お粗末さま」


 女将は笑顔で言った。


「初めての依頼だろ? あんまり気負い過ぎるんじゃないよ」


 俺は少し驚く。


「分かるのか?」


「何年宿をやってると思ってるんだい。新人冒険者なんて見れば分かるさ」


 女将は優しく笑った。


「焦らず、一つずつ覚えていけばいい」


 その言葉に、自然と肩の力が抜けた。


「ああ」


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


「無事に帰っておいで」


 その一言に小さく頷き、宿を出る。


 朝の王都は、昨日とはまた違う賑わいを見せていた。


 店を開く商人。


 荷物を運ぶ馬車。


 訓練へ向かう冒険者たち。


 皆、それぞれの一日を始めている。


 俺も、その中の一人になる。


 腰の袋へ手をやる。


 冒険者証が入っていることを確かめると、自然と足が前へ出た。


 向かう先は、冒険者ギルド。


 今日、俺は初めて依頼を受ける。


「おはようございます」


 受付から聞き慣れた声がした。


 アイリスさんだった。


「お、おはようございます」


 少し声が上ずる。


 アイリスさんは柔らかく微笑んだ。


「昨日はよく眠れましたか?」


「あ……はい。疲れも取れました」


「それは良かったです」


 少しだけほっとしたように笑う。


「今日は依頼を受けに来られたんですね」


 俺は頷く。


「……はい。初めてなので、何を受ければいいのか分からなくて」


「でしたら、ご案内しますね」


 アイリスさんは受付を出て歩き始めた。


 俺は少し距離を空けて後をついて行く。


 大きな掲示板の前でアイリスさんが立ち止まった。


「こちらが依頼掲示板です。依頼は討伐、採取、護衛、雑務の四つに分かれています」


 俺は依頼書へ目を通す。


 薬草採取。


 薪割り。


 荷物運び。


 ゴブリン討伐。


「ランドさんはウッドランクですので、こちらの依頼が受けられます」


 下の方を指差した。


「……討伐依頼、少ないんですね」


 思わず口をついて出た。


「それには理由があります」


 アイリスさんは優しく説明を始めた。


「ヴァンダルディア王国には、魔物保護法という法律があります」


「魔物保護法?」


 思わず眉をひそめた。


 魔物を――保護する。


 その言葉だけで、少し胸の奥がざらつく。


 父さんはブラッドベアに殺された。


 母さんだって、魔物とは無縁の死に方じゃない。


 俺にとって魔物は、守るものというより、まず警戒するものだった。


「はい。人や家畜へ被害を与えていない魔物を、理由なく討伐することは禁止されています」


「……理由なく、か」


「もちろん、人を襲っている魔物や、畑を荒らしている魔物は討伐対象になります。自分や他人の命に危険が迫っている場合も、正当防衛として認められます」


 それを聞いて、少しだけ納得する。


「じゃあ、危険な魔物まで守るってわけじゃないんですね」


「ええ。あくまで無差別な乱獲を防ぐための法律です」


「……なら、分かりました」


 完全に納得したわけじゃない。


 魔物を守る、という考え方にはまだ馴染めなかった。


 だが、何でも見つけ次第殺せという話でもない。


 狩りだって同じだ。


 獲る必要のない獲物まで殺せば、次の年に困る。


 そう考えれば、少しは理解できた。

 

 アイリスさんは掲示板の一枚を指差した。


「初めてでしたら、こちらがおすすめです」


 依頼書にはこう書かれていた。


『薬草採取』


『王都西の森にてリーファ草十束を採取』


『報酬 銀貨三枚』


「リーファ草ですか」


「はい。回復薬の材料になる薬草です。初めての方には、王都周辺の地形や森の様子を知るのにもちょうどいい依頼ですよ」


 俺は依頼書へ目を落とした。


 いきなり強い魔物を追うより、まずは王都を知る方がいいのかもしれない。


「これにします」


 アイリスさんは嬉しそうに微笑んだ。


「承知しました」


 アイリスさんは依頼書を受け取ると、受付へ戻った。


 慣れた手つきで書類へ印を押し、依頼内容を確認していく。


「リーファ草は十束採取していただければ達成となります。採取場所は王都西の森です」


 そう言って、一枚の地図を差し出した。


「森の入口までは、この道をまっすぐ進んでください。入口から先にも目印がありますので、道を外れなければ迷うことはないと思います」


 俺は地図を受け取り、大切にしまう。


「それと」


 アイリスさんは小さな紙を一枚差し出した。


「こちらが今回採取していただくリーファ草です。回復薬の材料として使われる薬草になります」


 葉が三枚。


 細長い茎。


 先端は少し丸い。


「似た草も生えていますので、分からなければ無理に採らず、そのまま持ち帰っていただいて構いません。ギルドで確認いたします」


「分かりました」


 アイリスさんは柔らかく微笑んだ。


「初めての依頼ですので、焦らなくて大丈夫ですよ。気を付けて行ってらっしゃいませ」


「はい」


 軽く頭を下げ、依頼書と地図を袋へしまう。


 ギルドを出ると、朝の王都はすでに多くの人で賑わっていた。


 商人が荷車を引き、職人たちが店を開き始めている。


 石畳の道を西へ向かって歩く。


 しばらくすると、人通りは少しずつ減っていった。


 高い城壁を背に進み続けると、やがて木々が見え始める。


 ここが王都西の森。


 村の森よりも道幅が広く、人が歩いてできた道が奥まで続いていた。


 俺は森の入口で一度立ち止まり、周囲を見回す。


「さて……行くか」


 そう呟き、森の中へ足を踏み入れた。


 森へ入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


 木々の隙間から木漏れ日が差し込み、小鳥の鳴き声があちこちから聞こえてくる。


 王都のすぐ近くとは思えないほど静かだった。


 俺は歩きながら、アイリスさんから受け取った紙を取り出す。


『リーファ草』


 葉が三枚。


 細長い茎。


 先端は少し丸い。


 特徴を頭に入れると、紙を袋へしまった。


 足元へ目を向けながら歩く。


 狩りの癖で、つい地面の様子や獣道まで目に入る。


(今日は狩りじゃない)


 そう思い直し、リーファ草を探すことに集中した。


 しばらく歩くと、それらしい草を見つけた。


「……これか?」


 しゃがみ込み、紙に描かれていた特徴を思い返す。


 葉は三枚。


 茎も細い。


 かなり似ている。


 葉を裏返してみる。


「うーん……」


 紙には葉の裏までは描かれていない。


 正直、自信がなかった。


 アイリスさんは、分からなければ無理に採らなくてもいいと言っていた。


 それでも、よく似ている。


「これなら――」


 手を伸ばしかけた、その時だった。


「あ、あの!」


 後ろから声が掛かった。


 思わず手を止めて振り返る。


 そこには、俺と同じくらいの歳の少年が立っていた。


 少し長めの金髪。


 黄色い瞳。


 黒縁の眼鏡にローブ姿。


 少年は俺の手元を見て、少し申し訳なさそうに口を開く。


「その……ギルドの薬草採取の依頼ですよね?」


「ああ」


「でしたら、その草はリーファ草ではありません」


 少年は俺の隣へしゃがみ込む。


「すごくよく似ているんですけど、別の種類なんです。見分け方があります」


 そう言って、葉をそっと持ち上げた。


「リーファ草は葉の裏に細かい産毛があります。それと、茎が少し赤みを帯びているんです。この草には産毛がありませんし、茎も緑色のままです」


 言われた通り見てみる。


「……本当だ」


 言われるまで気付かなかった。


「初めてだと、ほとんどの人が間違えるんです。学院でも最初に習うくらい有名な見分け方なので」


「学院?」


「あ……」


 一瞬だけ、少年の表情が曇る。


「その……昔、魔法学院に通っていたんです」


「そうなのか」


 それ以上は聞かなかった。


 何となくだが、聞かれたくないことのような気がしたからだ。


「助かった。俺じゃ見分けられなかった」


 少年は少し照れくさそうに笑う。


「い、いえ。最初は皆さん間違えますから。僕はルシオンです」


 小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「俺はランド。昨日、冒険者になったばかりなんだ」


「そうだったんですね」


 ルシオンは少し驚いたように目を丸くした。


 ルシオンは辺りを見回しながら言った。


「ランドさんも、リーファ草の依頼ですか?」


「ああ。初めてだから、まずはこれを受けてみた」


「そうだったんですね」


 ルシオンは少し嬉しそうに笑う。


「実は僕も同じ依頼なんです。生活費を稼がないといけないので」


「そうか」


 俺は周囲を見回した。


「ここにも生えてるのか?」


「ありますよ」


 ルシオンは木漏れ日の差し込む斜面を指差した。


「リーファ草は湿った場所を好むので、水気の多い所によく生えます。日陰ばかり探しても、意外と見つからないんです」


「へぇ」


 知識がある奴なんだな。


 俺にはさっぱり分からない。


 ルシオンの後について歩くと、少し先の草むらで彼が足を止めた。


「ありました」


 しゃがみ込み、一株の草を指差す。


「これがリーファ草です」


 俺も隣へしゃがむ。


 さっきの草とよく似ている。


 だが、葉の裏には確かに細かな産毛が生えていた。


 茎もうっすら赤みを帯びている。


「なるほど……違いが分かると、ちゃんと別物だな」


 ルシオンは少し照れくさそうに笑った。


「薬草学は得意なんです。僕、昔から本を読むのが好きで」


 俺は頷き、リーファ草を一本摘み取る。


「助かった。教えてもらわなかったら、たぶん全部違う草を持って帰ってた」


「そ、そんなことないですよ。アイリスさんも確認してくださるでしょうし」


 そう言いながら、ルシオンも手際よくリーファ草を摘み始める。


 慣れた手つきだった。


 その時だった。


 ガサッ――。


 少し離れた茂みが揺れた。


 俺は反射的に立ち上がる。


 腰を落とし、ゆっくりと剣の柄へ手を添えた。


 ルシオンも動きを止める。


「……何かいます」


「まだ分からない」


 俺は視線を茂みから外さない。


 風向きを確かめる。


 耳を澄ます。


 鼻を利かせる。


 葉が擦れる音。


 土を踏む音。


 獣の匂い。


「……一匹だな」


「え?」


 ルシオンが驚いたように俺を見る。


「どうして分かるんですか?」


「足音。葉の揺れ方。匂いだ。少なくとも、今動いてるのは一匹だけだ」


 ルシオンは少し考える。


「でも、もしフォレストウルフなら普通は群れで行動します。学院では、一匹を見つけても周囲に仲間がいると思えと教わりました」


「へえ、学院ではそうなのか」


「はい」


 俺は改めて周囲へ意識を向ける。


 別の足音はない。


 草が揺れる気配もない。


 獣臭も一つだけだ。


「なら、はぐれた奴かもしれないな」


 その時、茂みが大きく揺れた。


 一匹の魔物が姿を現した。


 灰色の毛並み。


 犬より一回り大きな身体。


 鋭い牙を剥き、低く唸っている。


「フォレストウルフ……」


 ルシオンが小さく呟いた。


「やっぱりか」


 俺はもう一度周囲を確認する。


 他に動く気配はない。


「本当に一匹みたいだな」


 フォレストウルフは低く身を沈める。


 飛び掛かるつもりだ。


 俺は剣を抜かず、その動きをじっと見続けた。


「ランドさん!」


 ルシオンの声と同時に直線に飛び掛かってくる。


 その瞬間を待っていた。


 半歩だけ身体を開く。


 牙が空を切る。


 すれ違いざまに剣を抜いた。


 銀色の刃が一閃する。


 ザシュッ――。


 フォレストウルフは地面を転がり、そのまま動かなくなった。


 森に静寂が戻る。


 俺は血を払い、剣を鞘へ納めた。


「終わった」


 ルシオンは呆然と立ち尽くしていた。


「す、すごい……今の動き、全く無駄がありませんでした」


「隙があったから斬っただけだ」


 ルシオンは首を横に振る。


「違います。飛び掛かる瞬間まで待っていましたよね。あの魔物の動きを読んでいたんですか?」


「まあな。癖を見れば、大体分かる」


 ルシオンは倒れたフォレストウルフへ視線を向ける。


「学院では魔法の使い方や魔物の特徴は教わります。でも、実際にどう戦うかまでは分かりませんでした。本で読むのと、実際に相手をするのとでは全然違うんですね」


「そうかもな」


 俺はフォレストウルフから魔石を取り出しながら答えた。


「今日は、僕も勉強になりました」


 ルシオンはそう言って、小さく笑った。


 ルシオンはリーファ草を摘みながら言う。


「あと何束ですか?」


 袋の中を確認する。


「三束」


「僕は五束です」


「じゃあ、この辺りを探せば終わりそうですね」


「ああ」


 二人で森を歩き回る。


 ルシオンは地面へしゃがみ込み、草を一株ずつ確かめていく。


「ここにもあります。こっちにも」


 俺にはどれも同じ草に見えた。


 だが、ルシオンは迷うことなくリーファ草だけを摘み取っていく。


「よく分かるな」


 思わず口にすると、ルシオンは少し照れくさそうに笑った。

「学院の実習でも、よく薬草を摘んでましたから」

 

「そうか」


 俺にはさっぱりだった。


 同じ森なのに、見えているものが違うらしい。


 しばらくすると、袋の中はリーファ草でいっぱいになった。


 俺は袋の口を閉じる。


「終わったな」


「はい」


 ルシオンも嬉しそうに頷く。


「それじゃ、一緒にギルドへ戻りましょうか」


「ああ」


 二人は森の出口へ向かって歩き始めた。


 森を抜け、王都への道を二人で歩く。


 木々の間から差し込む陽射しは暖かく、さっきまでの緊張が嘘のようだった。

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