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王都到着

ブラッドベアとの戦いを終え、ついに王都へ。

ランドの新しい生活が始まります。

 しばらく休憩を取ると、俺は立ち上がった。


「解体する」


 ロイドさんも頷く。


「私も手伝います」


 短刀を抜き、ブラッドベアの亡骸へ向かう。


 まず血を抜き、腹へ刃を入れる。


 皮と肉の境目へ刃先を滑らせながら、少しずつ毛皮を剥いでいく。


 ガレスが感心したように息を漏らした。


「見事な手際だな」


「村じゃ毎日のようにやってたからな」


「熊もか?」


「普通の熊なら何度かある。こいつほどでかくはなかったけど」


「普通の熊を何度か、ねぇ……」


 ガレスが呆れたように笑った。


 ブルーノも起き上がり、腰を押さえながら近づいてくる。


「俺にも何か手伝わせてくれ」


「動いて大丈夫なのか?」


「寝てるよりマシだ」


「じゃあ、そこ押さえてくれ」


「おう」


 二人で毛皮を引っ張る。


 ロイドさんは地面へ布を広げ、剥いだ毛皮を傷つけないよう慎重に畳んでいった。


「毛皮は丁寧にお願いします。これだけ大きくて状態も良ければ、それだけで相当な値になりますから」


 前脚から爪を外し、牙も折らないよう慎重に抜き取る。


 ロイドさんが満足そうに頷いた。


「見事ですね。ここまで状態のいいブラッドベアの素材は、なかなかお目にかかれません」


 ガレスが笑う。


「商売の話になると急に元気になるな」


「これでも商人ですから」


 ロイドさんも笑った。


 解体が終わる頃には、使えそうな素材が一通り揃っていた。


 毛皮。


 牙。


 爪。


 骨。


 そして肉。


 俺は切り分けた肉を確認する。


「肉は傷みやすい。王都までなら持つと思うけど、あまり時間はかけない方がいい」


「ええ。着いたらすぐ処理しましょう。塩漬けや燻製にすれば商品になります」


「熊肉まで売れるのか?」


 ブルーノが尋ねる。


「もちろんです。何でも売るのが商人ですよ」


「さすが人情派商人」


「そこは普通に商人でいいでしょう」


 ロイドさんが苦笑する。


 四人で素材を馬車へ積み込む。


 ブラッドベア一頭分ともなると、荷台は一気に狭くなった。


 ロイドさんは荷崩れしないよう縄を掛け、何度も確認する。


「よし。これで大丈夫です」


 ガレスが馬の首を撫でた。


「待たせたな」


 馬もようやく落ち着きを取り戻している。


 俺は一度だけ森を振り返った。


 さっきまで命懸けで戦っていたのが嘘のように、森は静まり返っている。


「行きましょう」


 ロイドさんが御者台へ座った。


 手綱が鳴る。


 馬車はゆっくりと街道へ戻り、再び王都へ向かって走り始めた。


     ◇


 翌朝。


 馬車は朝露に濡れた街道を進んでいた。


 昨日まで命懸けで戦っていたとは思えないほど、空は青く澄んでいる。


「ランド君」


 ロイドさんの声に顔を上げた。


「見えてきましたよ」


 指差された先を見る。


 朝靄の向こうに、巨大な灰色の壁が姿を現していた。


「……なんだ、あれ」


 最初は山かと思った。


 だが違う。


 城壁だ。


 地平線の端まで続く巨大な城壁。


 そのさらに奥。


 いくつもの尖塔の向こうに、白亜の城がそびえ立っている。


「……でけぇ」


 思わず声が漏れた。


 村で一番高い建物なんて、教会くらいだった。


 あんなもの、生まれて初めて見る。


 ブルーノが笑った。


「ははっ! やっぱりそうなるよな。俺も初めて見た時は口開けたまま固まったぜ」


 ガレスも懐かしそうに城壁を見る。


「田舎から来た奴は大体そうなる」


「悪かったな、田舎者で」


「別に悪いとは言ってねぇよ」


 王都へ近づくにつれ、人の数がどんどん増えていった。


 荷馬車を引く商人。


 鎧を着た冒険者。


 巡礼者らしい老人。


 旅芸人の一座。


 騎士。


 農作物を積んだ荷車。


 村なら一日歩いても会わないような人数が、同じ道を進んでいる。


「すげぇ人だな……」


「まだ門の外ですよ」


 ロイドさんが笑う。


「中はもっと凄いですよ」


「これより?」


「ええ」


 本当かよ。


 やがて馬車は巨大な城門の前へ到着した。


 門の前には何台もの馬車が列を作っている。


 しばらく待ち、俺たちの番になった。


「止まれ」


 鎧を纏った門兵が近づいてくる。


 ロイドさんは慣れた手つきで商人証を差し出した。


「商人のロイドです。こちらは護衛です」


 門兵は商人証を確認すると、俺たちへ視線を向けた。


 ガレスの剣と盾。


 ブルーノの槍。


 そして俺の剣。


 一通り確認してから、荷台へ回る。


「積み荷を確認する」


「どうぞ」


 門兵が荷台へ乗り込む。


 荷物を確認していた手が、不意に止まった。


「……これは」


 巨大な毛皮。


 太い牙。


 長く鋭い爪。


 門兵の表情が変わる。


「ブラッドベアか?」


「はい」


 ロイドさんが答える。


「昨日、街道で遭遇しまして。護衛の皆さんが討伐してくださいました」


 門兵が毛皮を確認する。


「この傷の少なさ……かなり状態がいいな」


 俺たちを見た。


「腕の立つ護衛を雇ったようだな」


 ロイドさんが少しだけ笑った。


「ええ。私にはもったいないくらいです」


 門兵は荷台から降りる。


「問題ない。通れ」


「ありがとうございます」


 巨大な門をくぐる。


 そして――。


「焼きたてのパンだよ!」


「南方から香辛料が入ったぞ!」


「武器の修理ならうちに任せろ!」


「果物はいかがですかー!」


 一気に音が押し寄せてきた。


「……うお」


 思わず辺りを見回す。


 人。


 人。


 人。


 どこを見ても人だらけだ。


 焼きたてのパンの香り。


 肉を焼く匂い。


 鼻を刺激する香辛料。


 鍛冶屋からは金槌を打つ音が絶え間なく響いている。


 石畳の上を馬車が走り、道の両脇には店が隙間なく並んでいた。


 武器屋。


 防具屋。


 道具屋。


 酒場。


 宿。


 見たこともない果物を売っている店まである。


「……すげぇ」


 また同じ言葉が出た。


 ロイドさんが笑う。


「慣れるまでは皆さんそうですよ」


 ここが王都。


 俺が目指してきた場所だ。


     ◇


 馬車は人混みを縫うように進んでいった。


 俺はずっと荷台から街を眺めていた。


 何を見ても珍しい。


 魔法で灯っているらしい街灯。


 全身を鎧で固めた騎士。


 耳の長いエルフ。


 大きな荷物を担いで歩く獣人。


 村にいたら一生見なかったかもしれないものが、ここでは当たり前のように歩いている。


 しばらくすると、馬車は商業区の一角で止まった。


 二階建ての立派な店だった。


 店先には荷物を積み下ろすための広い場所があり、何人もの店員が忙しそうに働いている。


 ロイドさんが御者台から降りた。


「ただいま」


 その声を聞いた瞬間。


 店の扉が勢いよく開いた。


「お父さん!」


 一人の少女が飛び出してきた。


 ロイドさんの姿を見るなり、その顔が一気に緩む。


「良かった……! 街道にブラッドベアが出たって聞いて、ずっと心配してたの!」


 ロイドさんは苦笑しながら少女の頭を撫でた。


「心配を掛けたね、サラ。でも、この通り無事だよ」


 サラはすぐにガレスとブルーノを見る。


「ガレスさん! ブルーノさん! 二人も無事だったんですね!」


「おう!」


 ブルーノが笑う。


「危うく熊の昼飯になるところだったけどな!」


「もう!」


 サラが頬を膨らませた。


「笑い事じゃありません!」


「悪い悪い」


 そこでサラの視線が俺へ向いた。


「あれ……? その人は?」


 ロイドさんが俺を見る。


「ランド君です。街道で私たちを助けてくれた命の恩人ですよ」


「えっ?」


 サラが驚いたように俺を見る。


 俺は軽く頭を下げた。


「ランドです」


 サラも慌てて頭を下げた。


「初めまして。サラです。お父さんたちを助けてくださって、本当にありがとうございました」


「いや……」


 少し照れくさくなって頭を掻く。


「俺一人じゃ倒せなかった。みんなで倒したんだ」


 ブルーノが笑う。


「こういう奴なんだよ、ランドは。最後まで自分の手柄にしようとしねぇ」


 ガレスも頷いた。


「誰か一人欠けても危なかったのは事実だがな」


 ロイドさんが店員へ声を掛ける。


「ブラッドベアの素材を運んでください。傷を付けないよう慎重にお願いします」


 店員たちが荷台を覗き込む。


「うわ……!」


「本当にブラッドベアだ!」


「でけぇ……!」


「牙も爪もほとんど傷んでないぞ!」


 サラも恐る恐る毛皮へ近づいた。


「これが……ブラッドベア。こんなに大きいんだ……」


 素材が次々と店内へ運び込まれていく。


 その途中、ロイドさんが俺へ向き直った。


「ランド君。本当にありがとうございました。何度お礼を言っても足りません」


 俺は首を横に振る。


「俺も助けてもらいました。ロイドさんが来てくれなかったら、ブルーノを助けられなかったです。一人じゃ勝てませんでした」


 ロイドさんはしばらく俺を見ると、静かに笑った。


「それでも、ランド君がいなければ私たちはここへ帰って来られなかった。その事実は変わりませんよ」


「……はい」


 その時、一人の店員がロイドさんへ駆け寄ってきた。


「旦那、荷物の確認をお願いします」


「分かりました」


 ロイドさんは俺たちへ向き直る。


「少しだけ失礼します」


 そう言って店の奥へ入っていった。


 その背中を見送りながら、ブルーノが大きく伸びをする。


「終わったぁ……!」


 直後。


「いっ……!」


 腰を押さえた。


 ガレスが呆れた顔をする。


「お前、無理して伸びるなよ」


「忘れてた」


「昨日、木に叩きつけられただろうが」


「そうだったな……」


「普通忘れるか?」


 ブルーノは腰をさすりながら苦笑した。


 今度はブルーノがガレスの肩を見る。


「そういうお前はどうなんだよ」


「痛ぇよ」


「だったら二人とも治療院へ行けよ」


 俺が言うと、二人がこちらを見る。


「ガレスは昨日から肩を怪我してるし、ブルーノもまともに吹っ飛ばされただろ」


「分かった分かった」


 ブルーノが苦笑する。


「十五歳に心配されるとはな」


「年齢関係ねぇだろ」


「そりゃそうだ」


 ガレスが笑った。


「この後、二人で治療院へ行ってくる」


「それがいい」


 俺は頷いた。


 俺自身はどこも怪我していない。


 ブラッドベアに噛まれかけた左腕も、籠手が牙を受け止めてくれた。


 ただ――。


 右腕を見る。


 あの時の異様な熱は、もうない。


 見た目もいつも通りだ。


(……何だったんだ、あれ)


 考えても分からない。


 今はそれより、王都でやるべきことがある。


 冒険者になる。


 そのためにここまで来たんだ。


 やがてロイドさんが戻ってきた。


「お待たせしました。荷物の確認が終わりました」


 ロイドさんは嬉しそうに笑った。


「やはり、ブラッドベアの素材はかなりの値になりそうです」


 ブルーノが笑う。


「燻製肉代は?」


「十分取り返せますよ」


「よし!」


「だからお前の金じゃねぇだろ」


 ガレスが突っ込む。


「そうだった」


 俺は思わず笑った。


 ロイドさんも笑っている。


 短い旅だった。


 けれど、この三人とはずっと前から一緒にいたような気がした。


「さて」


 ロイドさんが俺たちを見る。


「ここでお別れですね」


 ブルーノが拳を突き出した。


「ランド。また会おうぜ。次に会う時までには、俺ももう少し強くなってるからな」


 俺も拳を合わせる。


「ああ。次は熊に食われそうになるなよ」


「それは俺が一番願ってる」


 ガレスも右手を差し出した。


 その手を握る。


「ランド。お前なら王都でもやっていける。ただ、一人で全部やろうとするな。仲間を頼れ」


 俺は頷いた。


「ああ」


 最後にロイドさんが右手を差し出した。


「王都で困ったことがあれば、いつでも訪ねてきてください。ランド君は、もう我が家のお客様ですから」


 俺もその手を握る。


「ありがとうございます。困った時は頼らせてもらいます」


 サラも笑顔を浮かべる。


「また来てくださいね! 今度はゆっくりお話しましょう!」


「ああ。その時は寄らせてもらうよ」


 ブルーノとガレスは、このあと治療院へ向かうらしい。


 ロイドさんとサラは店へ戻っていく。


「じゃあな、ランド!」


 ブルーノが最後まで大きく手を振っていた。


「またな!」


 俺も手を上げて応える。


 三人と別れ、一人になる。


 少しだけ寂しかった。


 昨日まで一緒に飯を食い、命を懸けて戦った仲間だ。


 けれど――。


 立ち止まっている暇はない。


 俺には、ここへ来た目的がある。


 ロイドさんから教えてもらった道を進む。


 人混みを抜けていくと、やがて一際大きな石造りの建物が見えてきた。


 剣を背負った男。


 杖を持った魔法使い。


 弓を担いだ女。


 鎧を着た獣人。


 様々な者たちが、ひっきりなしに出入りしている。


 入口の上には、大きな木製の看板。


 そこに描かれているのは――。


 剣と盾。


 冒険者ギルド。


 俺は建物の前で立ち止まった。


 ここまで来るのに、いろんなことがあった。


 村を追放されて。


 ロイドさんたちと出会って。


 ブラッドベアと戦って。


 そして、ようやく王都まで辿り着いた。


 でも――。


 まだ何も始まっていない。


 俺が王都へ来たのは、ここから生きていくためだ。


 深く息を吸う。


「……ここからだ」


 そう呟き、俺は冒険者ギルドの大きな扉へ手を掛けた。

ようやく王都へ到着しました!


ロイドたちとの旅はここで終わりますが、ランドの物語はここからが本番です。

次回、冒険者ギルドへ。


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