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最初の仲間

しばらく無言で歩いていると、俺はふと気になっていたことを口にした。


「ルシオン」


「は、はい」


「魔法って、どういうものなんだ?」


 ルシオンは少し目を丸くした。


 そして――。


「いい質問ですね!」


 急に声が弾んだ。


 思わず俺は立ち止まる。


「……どうした、急に」


「あっ」


 ルシオンは口を押さえた。


「す、すみません! 魔法のことを聞かれると、つい嬉しくなってしまって……」


「さっきと全然違うな」


「よ、よく言われます……」


 耳まで赤くしながら眼鏡を直す。


「じゃあ、説明しますね。まず、人の体には誰でも魔力があります」


「魔力?」


「はい。魔法は、その魔力を使って様々な現象を起こす技術なんです」


「誰でも使えるのか?」


「理論上は使えます。ですが、人によって魔力量や才能には大きな差があります。魔力が多い人もいれば、少ない人もいます。同じ魔法でも、人によって威力は全然違うんです」


「なるほど」


 剣の腕にも才能がある。


 それと同じようなものか。


「でも」


 ルシオンは人差し指を立てた。


「魔力量が多いから強い、というわけではありません」


「そうなのか?」


「例えば、樽いっぱいの水があるとします。その水を一気にぶちまければ、すぐになくなりますよね?」


「ああ」


「でも、必要な分だけ少しずつ使えば長持ちします。魔力も同じなんです。魔力量が多くても、制御が下手なら無駄が多くてすぐに魔力切れになります。逆に魔力量が少なくても、制御が上手ければ効率よく使えます。だから、一流の魔法使いほど魔力制御が上手なんです。学院でも、かなり時間を掛けて教わりました」


「なるほど」


 魔法は生まれつきの才能だけで決まるものだと思っていた。


 訓練で伸ばせる部分もあるらしい。


「そして、魔法には四つの基本属性があります。火、水、風、土です。これを四属性魔法と呼びます」


「火は炎、水は水、風は風、土は土……そのままってことか?」


「基本的にはそうです。でも、それだけじゃありません」


 ルシオンの口調が少しずつ速くなっていく。


「火属性なら炎を飛ばすだけではなく、武器へ炎を纏わせたり、熱だけを利用したりもできます! 風属性なら風の刃を飛ばしたり、身体能力を補助したり! 土属性なら壁を作ったり、地面を盛り上げたり! 水属性なら水流を操ったり、霧を発生させたり、さらに高度になると氷へ応用することも――」


「へぇ」


 さっきまで大人しかった奴とは思えない。


 魔法の話になると、本当に別人だ。


「それじゃあ、さっき言ってた詠唱っていうのは?」


「いいところに気付きましたね!」


 ルシオンがまた一歩前へ出る。


「詠唱は、魔法を安定して発動させるための補助です。頭の中で魔法を組み立てるのを助けてくれるんです。だから魔法に慣れていない人ほど必要になります。逆に熟練した魔法使いなら、詠唱を短くしたり、一部を省略したりできます」


「もっと熟練すると?」


「詠唱をせずに発動できます」


「無詠唱か」


「はい!」


 また声が大きくなった。


「無詠唱は発動が速いので実戦ではとても有利です! ですが、その分だけ高度な魔力制御と魔法への理解が必要になります。頭の中だけで魔法式を完成させなければいけませんから! それに無詠唱にも種類がありまして、属性ごとに魔法式の構造が違うので――」


「ルシオン」


「は、はい!」


「また早口になってる」


「あっ……」


 ルシオンは肩を落とした。


「す、すみません。またやってしまいました……」


「嫌じゃない」


「え?」


「知らないことばかりだからな」


 ルシオンは少し驚いたように俺を見る。


「学院では、みんな知っていることだったので……こんな話をしても『また始まった』って笑われるだけでした」


「そうなのか」


「はい。だから、人に魔法の話をするのは久しぶりなんです」


 そう言って、照れくさそうに笑う。


「じゃあ続けてくれ。まだ半分も分かってない」


 ルシオンの表情がぱっと明るくなった。


「は、はい!」


 こいつ、本当に魔法が好きなんだな。


 それだけは、俺にもよく分かった。


「それでしたら、次は属性の相性について説明します!」


 ルシオンは一度深呼吸すると、今度は少しだけゆっくり話し始めた。


「四属性には、それぞれ相性があります。例えば火属性と水属性。これは想像しやすいですよね」


「ああ。水を掛ければ火は消える」


「その通りです」


 ルシオンは嬉しそうに頷いた。


「ただし、絶対ではありません。小さな水では大火事を消せないのと同じです。魔法の威力や術者の技量によっては、相性を覆すこともできます」


「なるほど」


「それから風は火を強めることがあります。だから火属性と風属性の魔法使いが連携して、一つの魔法を強化することもできます」


「二人で戦うことまで考えるのか」


「もちろんです!」


 また少し声が大きくなる。


「魔法は威力だけじゃありません。どの属性を、どの場面で、どう使うか。そこまで考えて初めて、一人前の魔法使いなんです」


 聞けば聞くほど奥が深い。


 俺にはまだ分からないことばかりだった。


 だからこそ、もう一つ気になった。


「ルシオン」


「はい?」


「お前は何属性なんだ?」


 その質問に、ルシオンは一瞬だけ歩みを止めた。


 さっきまで楽しそうだった表情が、少しだけ曇る。


「僕は……火、水、風、土。全部使えます」


 思わず足を止めた。


「全部?」


「はい」


 すごいじゃないか。


 そう言おうとしたが、ルシオンは先に続けた。


「でも、全部初級までなんです。一つの属性を極めた人には、とても敵いません。学院でも『器用貧乏』って、よく言われていました」


 ルシオンは少し俯く。


「みんなは一つの属性をどんどん伸ばしていくのに、僕だけは全部同じところで止まってしまうんです。だから……魔法使いとしては、あまり才能がないんですよ」


「俺には分からないな」


「え……?」


「全部使えるんだろ?」


「は、はい」


「だったら十分すごいと思うけど」


 ルシオンは困ったように笑った。


「そう言ってくれる人は、あまりいません。学院では、一つの属性を極めて強力な魔法を使える人ほど評価されます。僕みたいに全部初級しか使えない魔法使いは、珍しくても評価はされませんでした」


 少しだけ寂しそうな声だった。


「知識があっても、理論を知っていても……結局、一つも極められなかったんです」


 それ以上は話したくないのか、ルシオンは無理に笑顔を作った。


 俺も聞かなかった。


 聞かれたくないことくらい、誰にでもある。


         ◇


 やがて王都へ戻り、俺たちは冒険者ギルドへ入った。


 昼が近いこともあり、朝より多くの冒険者で賑わっている。


「……あれ?」


 一人の若い冒険者が、ルシオンを見て足を止めた。


 ルシオンの肩が、ぴくりと震える。


「まさか……お前、ルシオンか?」


 ルシオンはゆっくり振り返った。


「……お久しぶりです」


 さっきまでの穏やかな笑顔は消えていた。


「本当にお前だったのか……。学院を去ったって聞いて、それっきりだったから」


「ご心配をお掛けしました」


 男は気まずそうに頭を掻く。


「いや……元気そうでよかった」


「知り合いか?」


「あ、はい。学院時代の先輩です」


 男は俺を見ると軽く会釈した。


「卒業したら研究職に進むつもりだったんだけどな。結局、俺には冒険者の方が性に合ってた」


 そう言って笑ったあと、ふと表情を曇らせる。


「……あんな終わり方になるなんてな」


 ルシオンは何も答えなかった。


 男も、それ以上は何も言わない。


「悪い、呼び止めて。依頼の報告だろ?」


「はい」


「じゃあ、またな」


「はい」


 男が去っていく。


 俺はルシオンの横顔を見た。


「世話になった先輩なんだな」


「はい。学生の頃、いろいろ教えていただきました」


 それだけ言うと、ルシオンは口を閉ざした。


 俺も、それ以上は聞かなかった。


         ◇


「どちらも問題ありません。依頼達成です」


 アイリスさんから銀貨三枚を受け取る。


 掌に乗った銀貨を眺める。


 これが、初めて依頼を達成して得た報酬か。


 ブラッドベアの魔石を売った時とは、また違う重みを感じた。


「初依頼、お疲れさまでした」


「ありがとうございます」


 銀貨を袋へしまい、小さく息を吐く。


「終わったな」


「はい」


 ルシオンもほっとしたように笑う。


「フォレストウルフの時は、本当に助かりました。ランドさんがいてくれて心強かったです」


「俺も薬草は全然分からなかった。お互い様だ」


「……そうですね」


 ルシオンが照れくさそうに笑った。


         ◇


 ギルドを出ると、ちょうど腹が鳴った。


 隣からも小さな音がする。


 見ると、ルシオンが恥ずかしそうに腹を押さえていた。


「……お腹、空きましたね」


「ああ。飯でも食うか」


「え……僕もですか?」


「一緒に依頼をやっただろ。一人で食うより、その方がいい」


「あっ……」


 ルシオンは少し戸惑ったあと、嬉しそうに笑った。


「……はい。ご一緒させてください」


         ◇


 二人で近くの食堂へ入り、煮込み料理を頼んだ。


 料理を食べながら、今日の依頼や王都のことを話す。


 話してみると、ルシオンは聞き上手だった。


 俺が村での狩りについて話すと、興味深そうに質問してくる。


 こいつとは、案外話しやすい。


 俺はパンをちぎりながら口を開いた。


「そういえば」


「はい?」


「さっきギルドで会った先輩」


 ルシオンの手が止まる。


「学院を去ったって言ってたな」


「…………」


 さっきまで穏やかだった表情が曇った。


「悪い。話したくないならいい」


「いえ」


 ルシオンは小さく息を吐いた。


「……聞いていただけますか?」


「ああ」


「少し長くなりますけど」


「構わない」


 ルシオンは少しだけ安心したように笑った。


「僕は、グランツ王国にあるローレライ魔術学院に通っていました。グランツ王国で最も名門とされる魔法学院です。卒業生の多くは宮廷魔導師や騎士団の魔導部隊、魔導研究所などへ進みます」


「すごい学校なんだな」


「はい。その分、生徒同士の競争も激しくて……」


 ルシオンはスープを一口飲む。


「学院には『十席』という制度があります。その学年で最も優秀な十人だけが名乗れる称号です」


「十人しかなれないのか」


「はい。定期的に順位を懸けた決闘が行われます。十席に勝てば、その席を奪うことができます。十席になると、卒業後の進路でも優遇されるんです。宮廷魔導師や魔導研究所への推薦も受けやすくなります」


「だから挑んだのか?」


 ルシオンは静かに頷いた。


「僕は戦うことより、魔法を研究する方が好きでした。だから、どうしても魔導研究所へ入りたかったんです。それで十席へ挑戦しました」


「勝ったのか?」


「……はい」


 その時だけ、少し嬉しそうに笑った。


「本当にぎりぎりでしたけど。でも、勝てたんです」


 だが、その笑顔はすぐに消える。


「十席になってから数日後でした。卒業試験を控えたある日、学院へ行くと先生方に呼び出されたんです」


「何かあったのか?」


「最初は僕も分かりませんでした」


 ルシオンは苦笑する。


「呼び出された部屋には学院長と何人かの先生がいました。そして、いきなり聞かれたんです」


『卒業試験の問題を、どこで手に入れた』


「……は?」


 思わず声が漏れた。


「もちろん、僕には何のことか分かりませんでした。試験問題なんて見たこともありません。そう答えたんですが……先生方は、最初から僕を疑っていました」


「証拠でもあったのか?」


「はい」


 ルシオンは静かに頷いた。


「僕の机の引き出しから、卒業試験の問題用紙が見つかりました。そんなもの、入れた覚えはありません」


「誰かが入れたってことか」


「僕もそう訴えました。でも……」


 ルシオンは寂しそうに笑う。


「誰も信じてくれませんでした」


『不正をするような人間に、十席を名乗る資格はない』


『決闘でも何か不正をしていたのではないか』


「先生方は、そう決めつけたんです」


「先生までか?」


「……はい。僕の話を最後まで聞いてくれた先生は、一人もいませんでした」


 ルシオンは冷めかけたスープへ目を落とす。


「卒業試験を受けることもできず、そのまま退学になりました。そのあと家へ帰りました。母と妹は僕を信じてくれました」


『ルシオンがそんなことをするはずがない』


「そう言ってくれました」


 少しだけ笑う。


「でも……父と兄は違いました」


『ステラーノ家の名に泥を塗った恥さらしに、居場所はない』


「父はそう言って、僕を勘当しました。兄も、父に賛成でした。母と妹は最後まで止めてくれました。でも、父の決定は変わりませんでした」


 ルシオンは力なく笑う。


「気付けば、本当に一人になっていたんです」


 店の中では、相変わらず笑い声が響いている。


 なのに、その時だけは周りの音が遠く感じた。


 俺は握っていたパンを皿へ置いた。


「……ふざけんな」


「え?」


「先生が疑うのは、まだ分かる。お前の机から証拠が出たんだからな。でも、お前の話くらい聞くべきだった」


 ルシオンは黙って俺を見る。


「それより……父親は何なんだよ。息子だろ。息子が『やってない』って言ってるのに、それで終わりか?」


「でも……証拠は僕の机から見つかりました。父が信じられなかったのも……」


「俺には分からねぇ」


 静かに遮った。


「母親と妹は信じてくれたんだろ?」


「……はい」


「俺はそっちの方が分かる」


 少し間を置く。


「俺がその場にいたら、父親をぶん殴ってたかもしれねぇ。話はそれからだ」


「…………」


 ルシオンが目を見開く。


 やがて、小さく笑った。


 目にはうっすら涙が浮かんでいる。


「……そこまで怒ってくれた人は、初めてです」


「もう終わったことは、どうにもならねぇ」


「……はい」


「でも、終わったままにする必要はないだろ」


「え?」


「魔導研究所へ入りたかったんだろ?」


「……はい」


「だったら、まだ諦めなくていい」


「そんな簡単な話じゃありません」


 ルシオンは困ったように笑った。


「僕は退学になったんです。勘当もされました。誰も僕なんて雇ってくれません」


「そうかもしれない」


 俺はあっさり頷く。


「でも、何もしなけりゃ何も変わらねぇ」


 ルシオンは黙って聞いている。


「俺だって村を追い出された。行く場所なんてなかった。でも今は冒険者だ」


 俺はルシオンを見る。


「それに、お前は自分のことを役立たずみたいに言ってるけど、今日、俺はお前がいなかったら違う草を山ほど摘んで帰ってたぞ」


「え……」


「魔物のことも魔法のことも詳しい。俺にはないものを、お前は持ってる」


 ルシオンは何も言わない。


「逆に、お前に足りないものなら俺が補えばいい。今日みたいにな」


「ランド……」


「一人で無理なら――」


 俺は真っ直ぐルシオンを見る。


「俺と来い」


 ルシオンが息を呑んだ。


「俺も冒険者になったばかりだ。まだ何者でもねぇ。だったら一緒に依頼をこなして、強くなって、実績を積めばいい。その先に何があるかなんて、俺にも分からん」


 少しだけ笑う。


「でも、何もないところから始めるって意味じゃ、俺たちは同じだろ」


 ルシオンを真っ直ぐ見据える。


「だから――一緒に冒険者として成り上がろう」


 ルシオンは俯いた。


 肩が小さく震えている。


 しばらくして眼鏡を外し、袖で目元を拭った。


「……驚きました」


「ん?」


「まさか僕を仲間に誘ってくれる人がいるなんて、思っていませんでした。僕なんかと組んでも、足手まといになるだけだと思っていましたから」


「ならねぇよ」


 俺は即答した。


「今日一日で分かった。お前は役に立つ」


 ルシオンは目を丸くした。


 そして――。


「……はい」


 今度は、ちゃんと笑った。


「ランドと一緒なら、もう一度、頑張ってみたいです」


「ああ」


「よろしくお願いします、ランドさん」


「『さん』はいらねぇ」


「え?」


「仲間になるなら、ランドでいい」


 一瞬きょとんとしたあと、ルシオンは照れくさそうに笑った。


「……はい。よろしく、ランド」


「ああ。よろしくな、ルシオン」


 その時だった。


「おーい!」


 店の奥から声が飛んできた。


「いつまで話してるんだ! 料理、冷めちまうぞ!」


 店主が腕を組んで笑っている。


 気付けば、煮込み料理はすっかり冷めていた。


「あっ……す、すみません!」


「若いんだから、飯はちゃんと食え! 悩み事は腹いっぱいになってから考えりゃいい!」


 店内から小さな笑いが起こる。


 ルシオンは恥ずかしそうに眼鏡を掛け直した。


「……そうですね」


 さっきまでの暗い表情は、もうそこにはない。


 俺もパンを手に取る。


「食うか」


「はい」


 二人で顔を見合わせる。


 そして、どちらからともなく笑った。


 こうして――。


 王都で受けた初めての依頼の日。


 俺に、最初の仲間ができた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回、ルシオンがランドの最初の仲間になりました。

狩りや実戦に強いランドと、魔法や知識に詳しいルシオン。正反対な部分も多い二人ですが、これから互いに足りないところを補いながら冒険していきます。

次回から、二人での冒険者生活が本格的に始まります。

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