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ゴブリンメイジと未知の力

二人で食事を終え、店を出る。


 昼下がりの王都は、まだ多くの人で賑わっていた。


 行き交う冒険者。


 露店で威勢よく声を張り上げる商人。


 石畳の道を駆け回る子供たち。


 俺は空を見上げた。


 日はまだ高い。


「これからどうします?」


 ルシオンが尋ねる。


「宿に戻る。明日からまた依頼だ。もっと稼がねぇとな」


 ルシオンは力強く頷いた。


「はい。僕も頑張ります」


 二人で歩き出す。


 昨日まで一人で歩いていた王都の道。


 今は隣にルシオンがいる。


 少し前までは名前すら知らなかった。


 けれど、今は違う。


 仲間だ。


 しばらく歩いたところで、ふと思い出した。


「そういえば、ルシオン」


「はい?」


「今日はどこに泊まるんだ?」


 ルシオンは少し困ったように笑った。


「実は……まだ決めていません。これから宿を探そうと思っていました」


「だったら、俺と同じ宿にするか?」


「え?」


「二人部屋を借りれば、一人ずつ泊まるより安く済むだろ」


 ルシオンは目を丸くした。


「でも……いいんですか?」


「仲間なんだろ」


 そう言うと、ルシオンは少し照れくさそうに笑った。


「……ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えます」


「ああ」


     ◇


 しばらくすると、昨日から俺が泊まっている宿が見えてきた。


 木造二階建ての、ごく普通の宿だ。


 扉を開ける。


「お帰り」


 受付にいた女将が俺を見る。


 そして隣のルシオンに気付いた。


「あら。今日は連れがいるんだね」


「ああ」


 俺はルシオンを見る。


「今日から仲間だ」


「へぇ」


 女将は嬉しそうに笑った。


「昨日来たばかりなのに、もう仲間ができたのかい」


 ルシオンが小さく頭を下げる。


「ルシオンと申します。よろしくお願いします」


「礼儀正しい子だねぇ」


 女将は俺をちらりと見る。


「ランドとは大違いだ」


「余計なこと言わなくていいだろ」


「はははっ」


 女将が豪快に笑う。


「で、二人部屋かい?」


「ああ。空いてる?」


「ちょうど一部屋あるよ」


 鍵を差し出される。


「二階の一番奥だ」


「ありがとう」


     ◇


 部屋へ入る。


 二つのベッド。


 小さな机。


 椅子が二脚。


 広くはないが、寝泊まりするには十分だった。


「思ったより広いですね」


「ああ。寝られりゃ十分だ」


 荷物を下ろす。


 俺は腰の剣を抜き、机へ置いた。


 水差しから少量の水を取り、砥石を湿らせる。


 刃へ一定の角度で当てる。


 シャッ……。


 シャッ……。


 静かな音が部屋へ響いた。


 魔物を相手にする以上、武器の手入れは欠かせない。


 刃こぼれ一つが、生死を分けることだってある。


 ふと見ると、ルシオンも荷物から分厚い本を取り出していた。


『初級魔物図鑑』


「そんな本まで持ち歩いてるのか」


「はい」


 ルシオンは少し照れくさそうに笑った。


「分からない魔物がいたら、すぐ確認できますから。学院にいた頃から持ち歩く癖がありまして」


「便利だな」


 本を開く。


 俺は剣を研ぎながら尋ねた。


「明日は何を受ける? 討伐依頼にしてみるか」


 ルシオンが顔を上げる。


「僕も、それがいいと思います。今日ランドの戦いを見ましたけど、ウッドランクの討伐依頼なら十分対応できると思います」


「フォレストウルフのことか?」


「はい。相手の動きを見て、一番確実な瞬間だけ攻撃していましたよね」


「狩りじゃ普通だ」


「普通じゃありませんよ」


 ルシオンは苦笑した。


「学院には魔法が得意でも、実戦になると何もできない人が大勢いました。魔物を目の前にして、あれだけ冷静に動ける人は多くありません」


「そんなもんか」


「はい」


 ルシオンが図鑑をめくる。


「ウッドランクでしたら……」


 指が止まった。


「ホーンラビット、グリーンスライム、ゴブリン。この辺りでしょうか」


「ゴブリンなら何度か狩った」


「本当ですか?」


「ああ。村の近くに出た奴をな。大抵二、三匹だったけど」


「でしたら経験もありますね」


 ルシオンはページを俺へ向ける。


「ただし、王都周辺では群れを作ることもあります。見張りを立てたり、仲間を呼んだりすることもあるので注意が必要です」


「場所が違えば、同じゴブリンでも違うってことか」


「そうですね」


 図鑑を見る。


 生息地。


 活動時間。


 習性。


 細かく書かれている。


「獣と同じだな」


 ルシオンの目が輝いた。


「そうなんです! 魔物にもちゃんと習性があるんです! 例えばゴブリンの場合、群れの中でも――」


「また始まったな」


「あっ」


 ルシオンが口を押さえる。


「す、すみません……」


「別にいい」


 俺は研ぎ終えた剣を鞘へ納めた。


「明日使える話なら、いくらでも聞く」


「……はい!」


 また嬉しそうになった。


「じゃあ明日はゴブリンだ」


「はい」


「無理はしねぇ。でも、勝つ」


 俺は剣を壁へ立て掛ける。


 ルシオンが小さく笑った。


「僕も全力で援護します」


     ◇


 翌朝。


 まだ日が昇りきる前に目が覚めた。


 狩りの日は昔から早い。


 隣を見る。


 ルシオンはまだ眠っていた。


 俺は音を立てず部屋を抜け、宿の裏庭へ出る。


 朝露を含んだ空気が肌に冷たい。


 剣を抜く。


 一振り。


 もう一振り。


 無駄な力を抜き、体の状態を確かめる。


 村にいた頃から続けてきた日課だ。


 十分ほどして部屋へ戻ると、ルシオンが起きていた。


「あ……おはようございます」


「おはよう」


「もう起きていたんですか?」


「剣振ってた」


「毎日ですか?」


「ああ。狩りの前はいつもだ」


 ルシオンが感心したように頷く。


「だからあんな動きができるんですね」


「そういうお前は?」


「僕は魔力操作の練習をしていました。魔法を使わず、体内の魔力を循環させる訓練です。学院にいた頃から毎朝やっていました」


「お互い似たようなもんだな」


「そうですね」


 二人で顔を見合わせ、小さく笑った。


     ◇


 朝食を済ませ、冒険者ギルドへ向かう。


 朝の王都は、すでに活気に満ちていた。


「朝から人が多いな」


「依頼は早い者勝ちですから。人気の討伐依頼は、すぐなくなります」


「じゃあ急ぐか」


「はい」


 ギルドへ入ると、依頼板の前にはすでに人だかりができていた。


 二人で依頼書を確認していく。


 やがてルシオンが一枚を指差した。


「ランド」


「あったか?」


「これです」


 依頼書を見る。


『ゴブリン討伐』


 王都西街道付近でゴブリンの群れを確認。


 旅人への被害が出る前に討伐されたし。


 推定四〜六匹。


 報酬・銀貨五枚。


「ちょうどいいな」


「はい。ただし、数はあくまで推定です」


「分かってる」


 依頼書を剥がす。


「受けよう」


     ◇


「ゴブリン討伐ですね」


 受付のアイリスさんが依頼書を確認する。


「ウッドランクでも受注できますが、討伐依頼ですので十分注意してください。危険だと判断した場合は、撤退してくださいね」


「はい!」


 思わず姿勢よく返事をする。


 隣から小さな笑い声が聞こえた。


「……何だよ」


「いえ」


 ルシオンが口元を押さえている。


「ランドって、アイリスさんの前だと緊張してますよね」


「してねぇよ」


「敬語ですし。姿勢も普段よりいいです」


「年上にはちゃんとしろって教わっただけだ」


「そういうことにしておきます」


「……あとで覚えてろ」


「ふふっ」


 アイリスさんも微笑んでいる。


「討伐証明として、ゴブリンの右耳を持ち帰ってください」


「分かりました!」


 また返事が大きくなる。


「……ルシオン」


「何も言ってませんよ」


     ◇


 王都西門を抜け、街道を歩く。


 三十分ほど進んだところで、小さな足跡を見つけた。


 俺はしゃがみ込む。


「新しいな」


「ゴブリンですか?」


「ああ」


 土へ触れる。


「まだそれほど時間は経ってない」


 立ち上がる。


「気を付けろ。もう奴らの縄張りに入ってる」


     ◇


 足跡は街道を外れ、小さな林へ続いていた。


 音を殺して進む。


 しばらくすると、鼻をつく臭いが漂ってきた。


「……臭ぇ」


「ゴブリンの体臭ですね」


 風向きを見る。


 向こうからこちらへ。


「まだ俺たちの臭いは届いてない」


 草むらから覗く。


 小さな焚き火。


 獣の骨。


 ゴブリンが四匹。


「四匹ですね」


「いや」


 俺は地面を見る。


「あと二匹はいる」


「分かるんですか?」


「足跡だ。見えてる奴より多い」


 ルシオンが目を凝らす。


「僕には同じにしか……」


「慣れだ。二匹は外に出てる。餌でも探してるんだろ」


「待ちますか?」


「ああ。全部戻ってきてから仕留める」


 しばらく待つ。


 やがて林の奥から音がした。


 ガサッ。


 二匹のゴブリンが姿を現した。


 一匹は小動物を抱え、もう一匹は木の実の入った袋を担いでいる。


「六匹」


「ああ」


 依頼書の推定どおりだ。


 俺は群れを観察する。


 位置。


 武器。


 逃げ道。


「どうします?」


「正面から六匹まとめて相手にする必要はねぇ」


 石を拾う。


「群れを分ける」


 林の反対側へ石を投げた。


 ガサンッ!


 音に反応して二匹が立ち上がる。


「来た」


 二匹が確認へ向かってくる。


 十分に離れた。


「今だ」


 手斧を投げる。


 一匹の額へ突き刺さった。


 もう一匹が驚いて振り返る。


 草むらから飛び出し、剣を抜く。


 一閃。


 二匹目も倒れる。


「ギャアアッ!」


 残る四匹がこちらへ走ってくる。


「来るぞ!」


「はい!」


 一匹目。


 棍棒をかわし、首筋を斬る。


 二匹目。


 短剣をかわして手首を蹴り上げ、そのまま腹へ剣を突き込む。


 残り二匹。


 一匹が怯んだ。


「ウィンド!」


 ルシオンの魔法が直撃し、体勢を崩す。


 俺が踏み込もうとした――その時だった。


「ランド! 伏せて!」


 反射的に地面へ身を伏せる。


 ゴォッ!!


 火球が頭上を通過した。


 背後の木へ直撃する。


「何だ!?」


 顔を上げる。


 最後に残っていた一匹。


 そいつが杖を構えていた。


 杖の先に、赤い光が集まっている。


 ルシオンの表情が変わる。


「ゴブリンメイジです! 魔法を使う個体です!」


「厄介そうだな」


「普通のゴブリンとは危険度が違います!」


 もう一匹のゴブリンがこちらへ駆ける。


「ファイア!」


 ルシオンの火球が胸へ直撃した。


「ギャアッ!」


 吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。


「助かった!」


「メイジを!」


「ああ!」


 これで残るは一匹。


 ゴブリンメイジだけだ。


     ◇


 杖に赤い魔力が集まる。


「また来ます!」


 地面を蹴る。


 火球が横を通過する。


 距離を詰める。


 五歩。


 四歩。


 三歩。


 だが、次の火球の方がわずかに早い。


「そこだ」


 腰の投げナイフを抜いた。


 狙うのはゴブリンじゃない。


 杖。


 投げる。


 カンッ!


 刃が杖を弾く。


「ギャッ!?」


 放たれた火球が大きく逸れ、木へ激突した。


 その一瞬。


 距離を詰める。


「終わりだ」


 一閃。


 ゴブリンメイジの首を斬る。


 杖が地面へ落ちた。


 静寂。


「……終わったな」


 ルシオンが駆け寄ってくる。


「怪我は?」


「ない。お前もな」


「はい」


 俺たちは顔を見合わせた。


「初めてにしちゃ悪くなかったな」


 ルシオンが笑う。


「はい。僕たち、結構いい組み合わせかもしれません」


「かもな」


     ◇


 六匹分の右耳を回収する。


 その途中、ルシオンがゴブリンメイジの杖を拾った。


「これも持ち帰りましょう」


「何でだ?」


「依頼書には通常のゴブリンとしか書かれていませんでした。メイジがいたことを報告すれば、ギルドも周辺の危険度を見直せます。場合によっては、追加報酬が出ることもあります」


「なるほど。そういうところまで考えるんだな」


「学院では実習の後に報告書を書いていましたから。癖です」


 俺は少し笑った。


「役に立つ癖だ」


     ◇


 帰り道。


 ふと気になっていたことを尋ねた。


「ルシオン」


「はい?」


「さっき、メイジが魔法を撃つ前に気付いたよな。あれ、どうやった?」


 ルシオンは一瞬だけ黙った。


 そして眼鏡へ手を添える。


「……見えるんです」


「何が?」


「魔力です」


 ルシオンはこちらを見る。


「相手の魔力量や属性。それから、魔法を発動する前の魔力の流れも。怪我や病気も、ある程度なら分かります」


「そんなことできるのか?」


「僕のユニークスキルです。名前は『観測眼』」


 ユニークスキル。


 聞き慣れない言葉だった。


「便利そうじゃねぇか」


 するとルシオンは苦笑する。


「学院では、そう評価されませんでした。『見るだけの能力』『戦えない能力』『地味だ』って」


「ふーん」


 俺は少し考える。


「確かに派手じゃねぇな」


「……やっぱり」


「でも、それの何が悪い?」


 ルシオンが顔を上げる。


「敵の強さが分かる。属性も分かる。怪我も分かる。魔法を撃つ前だって分かるんだろ?」


「あ……はい」


「だったら十分だ」


 俺は前を向いたまま言う。


「狩りで一番怖いのは、知らないことだ。相手の数も、場所も、強さも分からないまま突っ込む奴から死ぬ。お前の力があれば、それを減らせる」


 ルシオンは黙っている。


「実際、さっき助かった。お前が気付かなかったら、俺は火球を食らってたかもしれねぇ」


 ちらりと見る。


「だから俺なら、一緒に冒険するならお前みたいな奴がいい」


 ルシオンの目が少し見開かれた。


「……ありがとうございます」


 照れくさそうに笑った。


     ◇


 しばらく歩いていると、別のことが頭に浮かんだ。


 ブラッドベアと戦った時。


 あの瞬間。


 右腕が焼けるように熱くなった。


 筋肉が異様に膨れ上がり、自分でも信じられないほどの力が出た。


 あれは――。


「ルシオン」


「はい?」


「ユニークスキルって、誰でも持ってるのか?」


「いいえ」


 首を横に振る。


「持っている人の方が圧倒的に少ないです。創造神から授けられる特別な力だと言われています。生まれつき持つ人もいれば、後から目覚める人もいます」


「後から……」


 右腕を見る。


「じゃあさ。俺にもあるか分かるか?」


「ランドのですか?」


「ああ」


 ルシオンは頷いた。


「調べてみます」


 眼鏡へ指を添える。


 じっと俺を見る。


 数秒。


 ルシオンの表情が変わった。


「……え?」


「何だよ」


「あります」


「は?」


「ランドにも、ユニークスキルがあります」


 足が止まった。


「……俺に?」


「はい」


 ルシオンも足を止める。


「間違いありません。観測眼に、通常とは違う魔力反応が見えます。ただ……」


「ただ?」


「能力の詳細までは分かりません。観測眼で分かるのは、特殊な力が存在することまでです」


 右腕を見る。


 ブラッドベアを倒した時の熱が蘇る。


 あれが――。


 ユニークスキル?


「……まあ」


 俺は小さく息を吐いた。


「今分からねぇなら仕方ない。そのうち分かるだろ」


「気にならないんですか?」


「気にはなる」


 歩き出す。


「でも、考えて答えが出るもんでもねぇだろ」


 ルシオンは一瞬ぽかんとしたあと、笑った。


「ランドらしいですね」


「どういう意味だよ」


「褒めてます」


「本当か?」


「本当です」


 二人で王都への街道を歩く。


 俺はもう一度、自分の右腕を見る。


 今は何も変わらない。


 だが――。


 俺の中に、自分でも知らない何かがある。


 それだけは確かなようだった。

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