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ヴィクトリーノの名

二時間ほど歩くと、王都の城壁が見えてきた。


 門番へ冒険者証を見せ、門をくぐる。


 昼を少し過ぎた王都は、朝以上の賑わいを見せていた。


 俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かう。


 扉を開けると、中は依頼を終えた冒険者たちで賑わっていた。


 酒場では昼間から酒を飲んでいる連中もいる。


 依頼板の前では、次の仕事を探す冒険者たちが集まっていた。


「帰ってきましたね」


 ルシオンが小さく息をつく。


「ああ」


 俺は耳の入った袋を軽く持ち上げる。


「報酬をもらいに行くか」


「はい」


 俺たちは受付へ向かった。


 アイリスさんは俺たちを見ると、穏やかに微笑んだ。


「お帰りなさい。依頼は無事終わりましたか?」


 俺は思わず背筋を伸ばす。


「は、はい」


「終わりました」


 そう言って袋を受付へ置く。


「ゴブリン六匹分の右耳です」


 アイリスさんは一つずつ耳を確認し、小さく頷いた。


「……確かに六匹ですね。討伐お疲れ様でした」


 その時だった。


「あと」


 ルシオンが布で包んだ杖を受付へ置く。


「群れの中にゴブリンメイジがいました」


 アイリスさんの笑みが消えた。


「……ゴブリンメイジ、ですか?」


「はい。火属性魔法を使用してきました。こちらが使っていた杖です」


 アイリスさんは杖を受け取ると、目を見開いた。


「間違いありません……」


 その表情が真剣なものへ変わる。


「これはゴブリンメイジの杖です」


「やっぱりそうなんですね」


「はい」


 アイリスさんは俺たちへ向き直ると、深く頭を下げた。


「申し訳ありません。依頼内容と実際の状況に違いがありました。ゴブリンメイジの存在を事前に把握していれば、依頼の危険度そのものを見直す必要がありました」


「いや、別にアイリスさんが悪いわけじゃ――」


「それでも、ギルド側が把握できていなかったことに変わりはありません」


 アイリスさんは顔を上げた。


「ご報告、本当にありがとうございます。この情報がなければ、次に向かった冒険者が危険な目に遭っていたかもしれません」


 ルシオンは静かに首を横へ振る。


「気にしないでください。結果的に僕たちは無事でしたから」


 アイリスさんはほっとしたように頷くと、すぐに帳簿へ何かを書き込み始めた。


「至急、この依頼情報を修正します。周辺で活動している冒険者にも注意を呼びかけます」


 書き終えると、改めて俺たちへ向き直った。


「そしてゴブリンメイジの討伐が確認できましたので、追加報酬もお支払いします」


「追加報酬?」


「はい」


 アイリスさんは小さく微笑む。


「依頼にない危険個体まで討伐していただいたのですから、当然です」


 そう言って銀貨をカウンターへ並べた。


「通常の討伐報酬と合わせて、こちらになります」


 俺は両手で受け取る。


「ありがとうございます!」


 思っていたより多い。


 自然と頬が緩んだ。


 その様子を、近くにいた冒険者たちがいつの間にか見ていた。


「おい……」


「今、ゴブリンメイジって言わなかったか?」


「ウッドランクの二人だろ?」


「よく生きて帰ってきたな……」


 ギルドのあちこちで、小さなどよめきが広がっていった。


「おい」


 低い声がギルドに響いた。


 どよめいていた冒険者たちが道を開ける。


 三人組の冒険者だった。


 胸にはアイアンランクの冒険者証が付いている。


 先頭の男が俺を見下ろしながら笑った。


「ウッドランクがゴブリンメイジ討伐だぁ?」


「ずいぶん景気のいい話じゃねぇか」


 俺は男を見返す。


「何か用か?」


「用ってほどじゃねぇ。ただ気になってな」


 男は俺の冒険者証へ目を落とした。


「ランド・ヴィクトリーノ……」


 その名前を見た途端、男の笑みが深くなった。


「ヴィクトリーノ?」


 周囲の冒険者たちも反応した。


「おい、本当にヴィクトリーノか?」


「ヴァンダルディア王国じゃ有名な剣士の一族だぞ」


 俺は眉をひそめる。


「……?」


「何の話だ?」


 一瞬、ギルドが静まり返った。


「は?」


 男が間の抜けた声を出す。


「知らねぇのか?」


「母親の苗字ってことしか知らねぇ」


 周囲からどよめきが起こる。


「マジかよ……」


「そんなことあるのか」


「ランド」


 隣にいたルシオンが口を開いた。


「ヴィクトリーノ家は、ヴァンダルディア王国ではかなり有名な剣士の家系ですよ」


「お前も知ってるのか?」


「名前くらいなら」


 ルシオンは頷く。


「僕は剣術には詳しくありませんが、学院でも知っている人は多かったと思います」


「へぇ……」


 そんなに有名なのか。


「初めて知った」


「本当に知らなかったんですね……」


「だからさっきからそう言ってるだろ」


「いえ、あまりにも普通にしているので……」


「知らねぇもんで驚きようがねぇよ」


「それもそうですね」


 男は呆れたように鼻で笑う。


「自分の家がどれだけ有名かも知らねぇとはな」


 その時だった。


 男の視線がルシオンへ向く。


「……ん?」


「お前、どっかで見た顔だな」


 少し考えたあと、口元を歪めた。


「ああ」


「思い出した」


「ローレライ魔術学院を退学になった奴か?」


 ルシオンの肩がぴくりと動いた。


「確か、試験で不正したって噂だったよな」


 周囲がまたざわつく。


 ルシオンは俯かなかった。


 けれど、その手がわずかに握られる。


「違います」


「あ?」


「僕は、カンニングなんてしていません」


「でも退学になったんだろ?」


「それは……」


 ルシオンが言葉に詰まる。


 男は鼻で笑った。


「だったら、何かやらかしたのは本当なんじゃねぇのか?」


 その瞬間だった。


 俺は一歩前へ出る。


「おい」


 男と視線がぶつかる。


「俺のことなら好きに言え。でも――」


 俺は男を睨む。


「仲間を馬鹿にするのは気に入らねぇ」


 男も笑みを消した。


「だったら何だ?」


「外でやるか?」


「いいぜ」


 空気が一気に張り詰める。


「そこまでです」


 静かな声がギルドへ響いた。


 アイリスさんだった。


「ギルド内での私闘は禁止です」


「……はい!」


 俺は即座に一歩下がる。


 男が目を丸くした。


 ルシオンまで呆気に取られている。


「止まるの早いですね……」


「当たり前だろ」


 俺は真顔で答えた。


「アイリスさんの言うことだぞ。従うに決まってる」


 一瞬、ギルドが静まり返る。


 次の瞬間。


「ぶっ!」


「はははは!」


 誰かが吹き出した。


 張り詰めていた空気が一気に緩む。


 アイリスさんは困ったように笑いながら咳払いをした。


「ありがとうございます。ですが、喧嘩は外でも駄目ですからね」


「……はい」


 男は舌打ちすると、俺を睨みつけた。


「……ちっ」


「覚えとけ」


「忘れねぇよ」


 俺も睨み返す。


 男は鼻を鳴らすと、大柄な男と弓を背負った女を連れて酒場の方へ歩いていった。


 三人とも、結局名前は名乗らなかった。


 まあ、別にいいか。


 男たちが離れていくと、ギルドも少しずつ元の賑わいを取り戻していった。


 アイリスさんは小さく息を吐く。


「申し訳ありません。時々、ああいう方もいるんです」


 俺は首を横に振った。


「気にしてません。でも、一つだけ聞きたいことがあります」


 アイリスさんは首を傾げる。


「何でしょう?」


「さっき言ってたヴィクトリーノって話です。俺、本当に何も知らなくて」


 アイリスさんは少し驚いたように目を丸くした。


「本当に、ご存じなかったんですね」


「はい」


「母親の苗字ってことしか知りません」


 アイリスさんは周囲へちらりと目を向けると、少しだけ身を乗り出した。


「失礼ですが……」


 先ほどよりも声が小さくなる。


「お母様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 俺もつられて声を落とした。


「リエラです」


「リエラ・ヴィクトリーノ」


 その瞬間。


 アイリスさんの目がわずかに見開かれた。


「やはり……」


「リエラ様の息子さんだったんですね」


 俺は思わず聞き返す。


「母さんを知ってるんですか?」


「直接お話ししたことはありません」


 アイリスさんは首を横に振った。


「ですが、お名前はよく存じています。リエラ様のお名前も、ヴィクトリーノ家も王国では広く知られています。私も冒険者だった頃、ヴィクトリーノ兵法を少しだけ学ばせていただいたことがあるんです」


 俺は目を丸くした。


「え?」


「アイリスさんって、冒険者だったんですか?」


 アイリスさんは少し照れくさそうに笑う。


「はい。今は受付をしていますが、以前は冒険者として活動していました」


「そうだったのか」


「全然知らなかった」


「もう昔の話です」


 アイリスさんは小さく笑った。


「ですから、『ヴィクトリーノ』というお名前を見て、少し気になっていたんです」


 俺はしばらく黙り込んだ。


 母さんは、そんな話を一度もしなかった。


「……全然知らなかった」


 アイリスさんは優しく微笑む。


「もしかしたら……ランドさんの前では、普通のお母様でいてあげたかったのかもしれませんね」


 普通の母さん。


 俺が知っているのは、それだけだ。


 剣士としてどれだけ有名だったのかなんて、一度も聞いたことがない。


「でも」


 俺は少し考えてから口を開く。


「このことは、できれば他の人には言わないでもらえますか。変に注目されるのは好きじゃないんです」


 アイリスさんは真剣な表情で頷いた。


「もちろんです。受付で知ったことを他言することはありません。お約束します」


 ルシオンも頷く。


「僕も誰にも話しません」


「……お願いします」


 俺は二人へ軽く頭を下げた。


 アイリスさんは優しく微笑む。


「それでは改めまして、今回の依頼達成、おめでとうございます。これからも、お二人のご活躍を期待しています」


「ああ」


「ありがとうございます」


 俺とルシオンは受付を後にした。


     ◇


 ギルドを出ると、昼の日差しが石畳を照らしていた。


 しばらく歩いたところで、俺は腹をさする。


「腹減ったな」


 ルシオンも苦笑する。


「僕もです」


「この前のお店でもいいですが……」


 俺は通りを見回した。


「せっかくだし、別の店に入ってみるか」


「そうですね」


 二人で王都の大通りを歩き始める。


 すると。


「いらっしゃいませぇぇぇぇぇーーーっ!!」


 通り中に響くような大声が聞こえた。


 俺は思わず立ち止まる。


「……何だ?」


 少し先に、一軒の食堂が見えた。


 店の前では、栗色の髪を後ろで一つに束ねた少女が、大きく両手を振っている。


「焼きたてパンありますよーー!! シチューもできたてでーす!! 冒険者さん大歓迎ーー!!」


 周りを歩く人たちが苦笑しながら店へ入っていく。


 俺は耳を押さえた。


「……声でけぇな」


 ルシオンも苦笑する。


「王都中に聞こえている気がします」


 少女はこちらに気付くと、ぱっと笑顔になった。


「あっ!」


「お兄さんたちー! ご飯まだですよねー! 陽だまり亭どうですかー!」


 店の奥から低い男の声が飛ぶ。


「ティナ」


「声がでかい」


「はーい!」


 ……と思った次の瞬間。


「二名様ご案内しまーーす!!」


「……」


 全然反省してねぇ。


 俺は思わず笑う。


「賑やかな店だな」


 ルシオンも肩を震わせた。


「入ってみますか」


「ああ」


「腹も減ったしな」


 二人で陽だまり亭へ足を踏み入れた。


 店内は木造で温かみがあり、昼時ということもあって、多くの冒険者や商人で賑わっていた。


「いらっしゃいませー!」


 さっきと変わらない大声でティナが駆け寄ってくる。


「二名様ですね! こちらどうぞ!」


 元気よく席へ案内される。


「おすすめはシチューと日替わり定食です! どっちもおいしいですよ!」


 俺はメニューを見る。


「じゃあ日替わりで」


「僕も同じでお願いします」


「はーい!」


 ティナは厨房へ向かって叫んだ。


「お父さーーん! 日替わり二つお願いしまーーす!!」


 厨房から低い声が返ってくる。


「ティナ」


「だから声がでかい」


「ごめんなさーい!」


 厨房では、大柄な男が呆れたようにため息をつきながら鍋をかき混ぜていた。


 その隣では、一人の青年が苦笑しながら皿を並べている。


 しばらくすると、料理が運ばれてきた。


 湯気の立つシチュー。


 焼きたてのパン。


 香ばしく焼かれた肉。


「うまそうだな」


「ですね」


 さっそく肉を一口食べる。


 柔らかい。


 味付けもしっかりしていて、思わずもう一口食べた。


「うまい」


「気に入っていただけましたかー!?」


「うおっ!?」


 真横から突然でかい声が飛んできた。


 見ると、ティナが満面の笑みを浮かべて立っている。


「うちのお父さんの料理、おいしいでしょ!」


「あ、ああ」


「よかったー! ごゆっくりどうぞー!」


 ティナは元気よく別の席へ走っていった。


「……近くで聞くと余計でけぇな」


 ルシオンが苦笑する。


「元気な人ですね」


「元気って言葉で済むのか、あれ」


 二人で食事を進める。


 しばらくして、俺はさっきギルドで聞いた言葉を思い出した。


「そういや」


「天下五剣って結局何なんだ?」


 ルシオンはパンを置いた。


「天下五剣ですか」


「ああ」


「さっき俺の苗字を聞いて、あいつら言ってただろ」


「ヴィクトリーノ家がどうとかって」


 ルシオンは少し考えてから頷く。


「僕も詳しいことまでは知りませんが、有名な話なら」


「それでいい。頼む」


 ルシオンは眼鏡を押し上げた。


「まず、天下五剣というのは正式な称号ではありません」


「違うのか?」


「はい」


「騎士団の役職でもなければ、王国から与えられた称号でもありません。第八魔王――鬼王を討伐した五人の剣士を、人々がそう呼ぶようになったんです」


「鬼王……」


「魔王って、あの魔王か?」


「はい」


「歴史上、八番目に現れた魔王です。その五人というのが――」


「いらっしゃいませぇぇぇーーー!!」


 突然、店中にティナの声が響く。


「……」


「……」


 二人で入口を見る。


 新しい客が入ってきたらしい。


「三名様ですねー! こちら空いてますよーー!」


 厨房から低い声が飛ぶ。


「ティナ」


「声がでかい」


「はーい!」


 ルシオンが小さく咳払いする。


「……続けますね」


「ああ」


 ルシオンが一本ずつ指を立てた。


「聖騎士ベルクート。二刀流のキリカ。シノノメ列島出身の武士、志葉蘭蔵。魔剣の使い手、クザン」


 そして最後に――。


「マルク・ヴィクトリーノ」


「……」


 俺は少し反応した。


「ヴィクトリーノ?」


「はい」


「母さんと同じだな」


「同じ一族でしょうね」


「へぇ……」


 俺はパンをちぎる。


 その時の俺は、それ以上深く考えなかった。


 ヴィクトリーノ家が有名な剣士の家系なら、同じ姓の有名人がいたって不思議じゃない。


「その五人が一緒に戦ったのか?」


「そう伝わっています。ただ、最初から仲間だったわけではありません。それぞれ別の場所で名を上げていた剣士たちが、鬼王との戦いで集まったそうです。そして五人で鬼王を倒した」


「魔王を倒した五人……」


「そりゃ有名になるわけだ」


 ルシオンは頷く。


「だから『天下五剣』なんです。誰かがそう呼び始め、その呼び名が王国中へ広まりました」


「じゃあ、今も天下五剣っているのか?」


「いいえ」


 ルシオンは首を横に振る。


「天下五剣と呼ばれているのは、その五人だけです。後にも先にも、同じ呼び名で呼ばれた剣士はいません」


「だから今でも有名なんだな」


「そういうことです」


「ユアーーーン!」


「パン追加ーー!!」


 またティナの声が響く。


 厨房の奥から青年の声が返る。


「分かったから叫ぶな!」


「はーい!」


 ルシオンが眼鏡を押し上げる。


「……ここ、説明するには向いてないかもしれませんね」


 俺は吹き出した。


「気にするな」


「そのうち慣れるだろ」


「慣れますかね……」


「で」


 俺はパンをちぎる。


「その魔王ってのは、鬼王以外にもいるんだろ?」


 ルシオンの表情が少し真面目になる。


「はい」


「これまで、この世界には八体の魔王が現れています」


 ルシオンは指を一本立てる。


「第一魔王――《龍王》」


 二本目。


「第二魔王――《獣王》」


「第三魔王《戦王》、第四魔王《闇王》、第五魔王《死王》」


 そして、さらに続ける。


「第六魔王《楽王》、第七魔王《武王》。そして最後が――」


 ルシオンが俺を見る。


「第八魔王《鬼王》です」


「八体もいたのか……」


「はい」


「魔王は一体倒されると、長い年月を経て、また別の魔王が現れると言われています。それぞれ力も目的も全く違ったそうです」


「全部『王』が付くんだな」


「魔王ですからね」


「そりゃそうか」


 俺はシチューを一口飲む。


 母さんの苗字。


 俺にとっては、それだけだった。


 でも王都ではそうじゃないらしい。


 母さんは、何も話してくれなかったな。


「ランド?」


「いや」


 俺は首を横に振る。


「何でもねぇ」


 今考えても答えは出ない。


 それより――。


「この肉うまいな」


「今その話になります?」


「冷めるだろ」


 ルシオンは呆れたようにため息をつく。


 その時。


「おかわりもありますよぉぉぉーーー!!」


 ティナの声が店中に響いた。


「……じゃあ肉おかわり」


「はーい!!」


「返事もでけぇな」


 俺は思わず笑った。


     ◇


 食事を終えると、俺は満足そうに息を吐いた。


「ごちそうさま」


「おいしかったですね」


 ルシオンも空になった皿を見ながら頷く。


「お味はどうでしたかー!」


 ティナが満面の笑みで駆け寄ってくる。


「ああ。うまかった」


「本当ですか!」


「やったー!」


 ティナは両手を上げて喜んだ。


 その様子を見て、厨房から大柄な男が姿を現す。


「ティナ」


「店の中で騒ぐな」


「だって褒めてもらえたんだもん!」


 男はため息をつく。


「……騒ぐ理由にはならん」


 俺は思わず苦笑した。


「親父さんの料理だったのか」


 男は短く頷く。


「ああ」


「口に合ったなら何よりだ」


 それだけ言うと、また厨房へ戻ろうとする。


「お父さん!」


「せっかくなんだから、もうちょっとお話ししようよ!」


「仕事だ」


「ぶー」


 ティナは頬を膨らませる。


 すると、厨房から皿を運んできた青年が苦笑した。


「ほらティナ」


「親父も忙しいんだから」


「お兄ちゃんまでぇ」


 兄妹らしいやり取りに、店内の客たちも笑みを浮かべる。


 俺は立ち上がった。


「ごちそうさん」


「また来る」


 ティナの顔がぱっと明るくなる。


「ぜひ来てください! 次はデザートも食べていってくださいね! あと、おかわりも! あとあと――」


 厨房から低い声が飛ぶ。


「ティナ」


「引き止めるな」


「はーい!」


 俺は笑いながら店を出る。


 扉を閉める直前。


「また来てくださーーーい!!」


 王都の通りまで響く声が聞こえた。


「最後まででけぇな」


 ルシオンも肩を震わせた。


「でも……ああいう店、嫌いじゃありません」


「ああ。俺もだ」


 俺たちは陽だまり亭を後にした。


     ◇


 宿へ戻ると、夕方にはまだ少し早かった。


 部屋へ入ると、俺は椅子へ腰を下ろす。


「ふぅ……」


 今日は色々あった。


 初めての討伐依頼。


 ユニークスキル。


 ヴィクトリーノ家。


 天下五剣。


 そして魔王。


 一日で聞くには多すぎる話だった。


 ルシオンも荷物を降ろし、ベッドへ腰掛ける。


「今日は本当に疲れましたね」


「ああ」


 俺は報酬の入った袋を机へ置いた。


「まずは数えるか」


 袋の中から銀貨を取り出す。


 二人で机へ並べていく。


 今回の討伐依頼でもらった報酬。


 初めて薬草採取以外で稼いだ金だ。


「討伐依頼は、やっぱり報酬が違いますね」


「ああ」


「これくらい貰わねぇと割に合わねぇ」


 銀貨を袋へ戻す。


「無駄遣いはできねぇな」


「装備も揃えたいですしね」


「そうだな」


 俺は自分の剣を見る。


 まだ使える。


 だが、いつまでもこのままじゃ駄目だ。


「防具も欲しいですね」


「今日みたいに魔法を使う魔物もいますし」


「ああ」


「それに回復薬もいるな」


「今日は無傷で済んだけど、次もそうとは限らねぇ」


 ルシオンも真剣な表情で頷く。


「最低でも一本は持っておきたいですね」


「少しずつ揃えていくか」


「はい」


 しばらく静かな時間が流れた。


「明日はどうする?」


「依頼を受けますか?」


「ああ」


「せっかくパーティーも組んだんだ。少しずつ実績を積まねぇとな」


 ルシオンは少し考えてから言う。


「僕は、あまり無理はしない方がいいと思います。今日はゴブリンメイジが一匹だったから何とかなりました。もし二匹いたら、かなり危なかったです」


「分かってる」


 俺は苦笑する。


「最初から無茶する気はねぇ。危なそうな依頼は避けよう」


 ルシオンは安心したように笑った。


「それなら賛成です。まずは経験を積みましょう」


「ああ」


 そこで街道で助けた商人のことを思い出す。


「そういや」


「この前助けた商人が、王都で店をやってるって言ってたな。回復薬を買うなら、そこへ行ってみるか」


「いいですね」


「道具屋ならポーションも置いてあるでしょう」


「よし」


「明日はギルドへ行く前に寄るか」


「はい」


 予定を決めると、それぞれベッドへ横になった。


 疲れが一気に押し寄せてくる。


 目を閉じると、意識はすぐに闇へ沈んでいった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


初めての討伐依頼を終えたランドたち。


そして今回、ランド自身も知らなかった「ヴィクトリーノ」という名前について、少しずつ明らかになってきました。


次回は、回復薬を買って再び冒険者ギルドへ。


そこで新たな出会いが待っています。


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