仲間を背負って
「次は組み合わせを替えるわよ」
エレナさんが旗を立て直した。
アリアも攻める側へ入り、休憩を挟みながら相手を替える。
レンが前へ出れば、俺は抜け道を探す。
アリアと組んだ時は、先に走り出しすぎた。
「ちょっと、私が近づくまで待って!」
「悪い!」
自分が動けるからといって、仲間も同じ速さで来られるわけじゃない。
ルシオンも、旗の前から簡単には動かなくなった。俺たちを追う代わりに、通ってほしくない場所へ魔法を置いてくる。
取れた時もあれば、最後まで近づけなかった時もあった。
日が傾く頃には、俺の服もレンの袖も濡れていた。
「お前も濡れたな」
「今は、その話じゃない」
レンが袖を絞る。
俺は笑い、木剣を持ち直した。
「そこまで!」
エレナさんの声が響く。
「今日の訓練は終わり。片づけるわよ」
アリアが、その場で目を閉じた。
「……終わった」
ルシオンも杖を下ろし、長く息を吐く。
俺は木剣を棚へ戻した。
まだ走れと言われれば走れる。
だが、柄から離した指は、すぐには伸びなかった。
◇
片づけを終えると、エレナさんが俺たちを見回した。
「今日、自分が失敗したところを一つ覚えておきなさい。明日は、そこを変えてみること」
俺はレンの方を見て叩かれた時のことを思い出した。
「はい」
「よし。汗を流して、しっかり食べるわよ」
アリアとルシオンが頷いた。
レンは、その時にはもう屋敷の方を向いていた。
◇
風呂へ入る前に、泥のついた靴を洗った。
洗い終えたレンが、俺の隣へ座る。
「ランド、最後の旗を取った時」
「ん?」
「代われって、すぐ分かったよ」
「お前の方がエレナさんに近かったからな」
俺は靴についた泥を布で拭った。
説明している暇なんてなかった。
それでもレンは、すぐに棒を出してくれた。
「俺も、右が塞がれたって言ってくれたから分かった」
「じゃあ、また言う」
「ああ。頼む」
靴を置き、立ち上がる。
腿が張った。
早く湯へ浸かりたい。
◇
夕食を終えて部屋へ戻ると、窓の向こうに訓練場が見えた。
昨夜は、あそこへ出て剣を振った。
今日も確かめたい気持ちはある。
だが、ベッドへ座り、先に手を開いた。
指の付け根が少し赤い。
握って、緩める。
エレナさんの剣を外した時。
レンと入れ替わった時。
旗を掴んだ時。
順に思い返した。
仲間が何をしているかで、自分の次の動きも変わる。
明日は、もっと早く気づきたい。
俺は着替えを用意し、靴を扉のそばへ揃えた。
続きは明日だ。
◇
三日目の朝も、身体には張りが残っていた。
だが、立ち上がる動きは昨日より滑らかだった。
廊下では、アリアが肩をゆっくり回している。
ルシオンも出てきた。昨日のように、扉の前で立ち止まってはいない。
レンはいつも通りだった。
朝食を終え、身体をほぐしてから訓練場へ並ぶ。
エレナさんの足元には、訓練用の人形が寝かされていた。
大人くらいの大きさがある。
「今日は、これを運んでもらうわ」
「人形をですか?」
「動けなくなった仲間だと思って。戦いに勝っても、置いて帰るわけにはいかないでしょ」
俺は人形を見下ろした。
「担いで運ぶんですか?」
「ええ。担架を作っている暇がない場面を想定するわ。まずは意識があって、背負われることはできる怪我人ね」
エレナさんが人形の上体を起こす。
「背負う時も、下ろす時も雑に扱わないこと。ほかの人は道を確かめて、運ぶ人へ声をかけて」
「どこまで?」
レンが聞いた。
「横の道を通って、最後の坂を越えたら折り返し。落としたらやり直しよ」
俺は訓練場の奥を見た。
昨日まで、自分が上るだけでも苦労した坂だ。
今度は、一人連れて越えるらしい。
隣のアリアへ目を向ける。
「……よし。気合い入れていかないとな」
「私、そんなに重くないわよ!」
「重いなんて言ってないだろ!」
「こっちを見て言ったじゃない!」
レンがアリアを見る。
「大丈夫。アリアは太ももとケツがでかいだけだから」
「どこが大丈夫なのよ!」
「重いとは言ってないよ」
「フォローになってませんよ、レン……」
ルシオンが眼鏡を直した。
俺は吹き出しかけ、アリアに睨まれて口を結ぶ。
「ランド、今笑おうとしたでしょ」
「まだ笑ってないだろ!」
「まだって何よ!」
エレナさんが手を叩いた。
「はい、そこまで。ランド、まずは人形を背負って」
俺は人形の前へしゃがんだ。
レンに支えてもらい、腕を肩へ回す。
膝の裏を抱え、ゆっくり立ち上がった。
ずしりと、背中へ重さがかかる。
袋と違って、腕も脚も垂れてくる。抱える位置を直すと、今度は上体が横へ傾いた。
「背負う前に、もっと身体を寄せて。隙間があるから揺れるのよ」
「はい」
一度しゃがみ直し、レンに支えてもらう。
背中へ密着させてから立つと、さっきより安定した。
「そう。そのまま歩いてみて」
まずは一歩。
人形の脚が揺れる。
腕を締め、歩幅を狭めた。
レンが前へ出る。
「右、少しぬかるんでるよ」
「ああ」
乾いたところへ足を置く。
背中の重さを確かめながら、坂へ向かった。
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