敵に回すと面倒な奴
休憩を終えて訓練場へ戻ると、ルシオンはもう杖を持って待っていた。
「じゃあ、使える魔法を見せて」
エレナさんが木人を指さす。
水の塊が胴へ当たり、弾けた。
風が白い布をめくり、小さな火球が足元へ落ちる。続いて土がせり上がり、低い壁ができた。
地面をぬかるみに変える魔法もあった。
「相手の動きを鈍らせることもできます」
「それは私にかけて」
ルシオンが杖を向ける。
エレナさんは軽く脚を動かし、頷いた。
「走っている途中だと、歩幅が狂いそうね。どのくらい続くの?」
「今の強さなら、数呼吸ほどです」
俺も受けてみた。
膝を上げると、少し引っかかるような重さがある。動けなくなるほどではないが、走っている最中なら厄介そうだった。
ひと通り確かめたエレナさんが、訓練場の奥へ旗を立てる。
「攻める方は、この旗を抜いたら勝ち。ルシオンは魔法で守って。今見せたものは、組み合わせてもいいわ」
俺は旗までの道を見た。
左右には壁や丸太がある。正面から行くだけでなく、回り込むこともできそうだ。
「攻撃が身体に直撃したら、出発地点からやり直し。水しぶきくらいなら続けていいけど、わざと受けて突っ切るのはなしよ」
「分かりました」
武器を置き、出発地点へ立った。
◇
「始め!」
地面を蹴る。
ルシオンの杖がこちらを向いた。
水を斜め前へ避け、そのまま踏み込む。
足が沈んだ。
「うおっ!?」
乾いていた地面が、ぬかるみに変わっている。
靴を引き抜き、顔を上げたところへ水が来た。
ばしゃっ。
「冷てえ!」
「戻って!」
俺は顔を拭い、出発地点へ戻った。
まだ半分も進んでいない。
次は、ぬかるみを避けて右へ走る。
水をかわして距離を詰めると、目の前で土がせり上がった。
胸くらいの高さだ。
手をかけて越えようとした瞬間、壁の向こうから水の塊が浮かび上がった。
頭上へ落ちてくる。
「っ!」
横へ跳ぶ。
着地したところへ、次の水が飛んできた。
胸に当たる。
「またかよ……!」
壁で止め、上から追い立てて、避けた先を狙う。
俺が身体を起こす間に、ルシオンはもう杖を構え直していた。
◇
攻め直すたびに、通りにくい場所が増えていった。
正面にはぬかるみ。
右には土の壁。
俺は壁へ向かい、ルシオンが杖を上げたところで左へ切り返した。
水が背後へ落ちる。
今だ。
踏み込もうとした脚が、重くなった。
「……っ!」
さっき試した魔法だ。
思ったほど足が前へ出ない。
歩幅を縮めたところへ火球が来た。横へ逃げると、靴がぬかるみの縁へかかる。
滑った。
踏ん張った時には、もう水が迫っていた。
「はい、やり直し!」
俺は濡れた顔を拭った。
一発で倒されるような威力はない。
だが、走れば足元が変わり、止まれば狙われる。壁を越えようとすれば上から来て、抜けられそうになると脚が重くなる。
「……お前、敵に回すと、こんなに面倒くさいんだな」
ルシオンが少しだけ口元を緩めた。
俺は旗へ目を戻す。
魔法を避けるだけでは、あいつの用意した場所へ追い込まれる。
「ランド、いったん休憩。ルシオンも」
エレナさんの声に、二人とも構えを解いた。
◇
休憩を挟み、もう一度始めた。
今度は左へ走る。
水を避け、障害物の壁へ身を隠した。
止まらずに反対側へ抜け、その先の丸太へ向かう。
ルシオンが杖を向け直す。
撃たれる前に姿勢を低くし、丸太の陰へ入った。
頭上を水が越えていく。
落ちる場所を見ながら進むと、前方で土が動いた。
道を塞ぐつもりだ。
俺は壁がせり上がりきる前に、その端へ走った。
横を抜ける。
ルシオンと目が合った。
旗は、あいつの右後ろ。
俺は左へ踏み込み、杖をそちらへ向けさせた。
脚に重さがかかる。
今度は歩幅を狭めた。
無理に加速せず、ルシオンを見る。
杖の先に水が集まった。
放たれる瞬間、右へ切り返す。
肩の脇を水が抜けた。
ルシオンが振り返る。
次を撃たれる前に、旗の棒を掴んだ。
「取った!」
「そこまで!」
地面から引き抜き、大きく息を吐く。
今度は、当たっていない。
ルシオンが杖を下ろした。
「……最後、動きを鈍らせたんですが」
「分かってれば、何とか動ける。最初と同じように走ってたら転んでたけどな」
脚の重さが抜けていく。
俺は旗をエレナさんへ渡した。
「隠れた後も動き続けたのはよかったわ。ルシオンは、相手を追って旗の前を空けたわね」
「はい」
ルシオンが自分の立っていた場所を振り返る。
俺もそこを見た。
次は、簡単には空けてくれないだろう。
◇
ルシオンを休ませている間に、レンが出発地点へ向かった。
俺は腰掛けに座り、濡れた袖を絞る。
力も速さもあるあいつなら、どこを通るのか。
旗までの道へ目を向け、始まるのを待った。
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