食べて休むことも修行
食堂へ入ると、焼いた肉の匂いがした。
長いテーブルには、パンとスープ、それに大皿に盛られた肉と野菜が並んでいる。
「おう、来たか!」
マルクが手を上げた。
「どうだった、エレナの修行は?」
「……きつかったです」
椅子へ腰を下ろしながら答える。
座れた。
それだけで、もうしばらく動きたくなくなった。
「最初は面白かった」
レンも隣へ座る。
「途中から、面白くなくなった」
「はっはっは! そうか!」
「お祖父ちゃん、笑い事じゃないわよ。四人とも頑張ったんだから」
エレナさんが向かいへ座った。
俺のもう片側では、アリアが椅子の背に身体を預けている。レンの隣では、ルシオンが眼鏡を外して汗を拭いていた。
「さあ、食え。遠慮はいらんぞ」
「いただきます」
スープを口へ運ぶ。
温かい。
塩気が妙にうまかった。
パンをちぎり、肉にも手を伸ばす。
「……うまい」
「そうかそうか。まだあるからな」
マルクが嬉しそうに頷く。
隣のレンは、もう肉を食べていた。
「お前、食う時は元気だな」
「お腹すいたから。ランドも、いっぱい食べないと大きくなれないよ」
「なんで年下のお前に言われなくちゃいけないんだよ」
「年下でも知ってる」
「そういう話じゃない」
レンは不思議そうな顔で、また肉を口へ運んだ。
俺も肉を切ろうとする。
だが、ナイフを握る手に力が入りにくい。
持ち直して、ゆっくり切った。
「……食べるのにも腕を使うのよね」
アリアがぽつりと言う。
「言われると、余計に疲れるだろ」
「僕は、しばらくスープにします……」
ルシオンもゆっくり匙を動かしていた。
それでも、少しずつ皿は空いていく。
エレナさんが近くにいた使用人へ、追加の料理を頼んでくれた。
◇
少し腹が落ち着いてから、宿の名前と部屋の場所を伝えた。
エレナさんが用意してくれた紙へ、荷物の場所を書いていく。
棚の着替え。
机に置いた武器の手入れ道具。
ベッドの下の鞄。
「これで全部?」
「たぶん……いや、これもお願いします」
最後に一つ書き足し、宿への伝言と一緒に渡した。
アリアたちも、それぞれ荷物の場所を伝える。
「宿泊代の精算についても、確認してもらうわね」
「ありがとうございます」
使用人が紙を受け取り、一礼して食堂を出ていった。
自分で取りに行かずに済む。
本当に助かった。
「一か月、お世話になります。お祖父ちゃん」
マルクへ向き直って言う。
「おう!」
大きな声が返ってきた。
「何か足りなければ言いなさい。お前たちもな」
「ありがとうございます、マルクさん」
アリアが頭を下げる。
ルシオンも続いた。
「修行だけでなく、食事や寝る場所まで用意していただいて……」
「腹をすかせていては、稽古にならんだろう」
「マルクおじいちゃん、おかわり」
「おう、食え食え!」
「お前は少し遠慮しろよ」
「遠慮はいらんと言っただろう、ランド。お前も食え」
「ランド、遠慮はいらないってさ」
「なんでお前がもてなす側なんだよ」
マルクが笑いながら、俺の皿にも肉を載せた。
まだ食べられる。
だが、腹が膨れるにつれて、今度は眠くなってきた。
アリアも、小さく欠伸をしている。
「眠そうね」
エレナさんが言った。
「朝、早かったですから」
「明日は移動がない分、少し長く寝られるわよ」
「それは助かります……」
ルシオンの返事も、ゆっくりだった。
マルクは俺たちを見回し、頷いた。
「話はまた、元気な時にしよう。今日はよく休みなさい」
俺は顔を上げた。
「お祖父ちゃん」
「ん?」
「今度、母さんがここにいた頃の話、聞かせてもらえますか?」
マルクの手が止まった。
しばらく俺を見つめ、それからゆっくり頷く。
「ああ。もちろんだ」
「お願いします」
「一日では話しきれんぞ。あいつは、色々とやってくれたからな」
マルクは笑った。
だが、その目元は少し赤くなっていた。
指で目尻を拭い、もう一度俺を見る。
「お前が覚えているリエラの話も、聞かせてくれるか?」
「はい」
母さんが、この家でどんなふうに暮らしていたのか。
何をして、お祖父ちゃんを困らせたのか。
聞きたいことは、たくさんあった。
俺から話せることもある。
マルクは頷くと、俺の皿を指さした。
「さあ、まずは食え。冷めるぞ」
俺は肉へ手を伸ばした。
◇
昼食を終え、宿舎へ向かった。
屋敷の横に建っていたのは、二階建ての建物だった。
中へ入ると、廊下の両側に扉が並んでいる。
「一人ずつ部屋を使ってね。水場は廊下の奥。食事の時は、屋敷の食堂まで来て」
エレナさんが最初の扉を開ける。
「ランドはここ」
ベッドと机。
椅子が一脚。
壁際には荷物を入れる棚があり、窓からは訓練場が見えた。
十分だ。
というか、今はベッドしか目に入らない。
「隣がレン。その向こうがルシオン。アリアは廊下の反対側ね」
「分かった」
レンが隣の部屋を覗く。
「ベッドある」
「宿舎なんだから、あるだろ」
「よかった」
気持ちは分かる。
「汗を拭いてから横になってね。布は水場に用意してあるわ。荷物も、届いたらそれぞれの部屋へ運んでもらうから」
「はい」
「夕方にはお風呂も使えるわよ。起きたら案内するわね」
「お風呂もあるの?」
アリアが顔を上げた。
「ええ。汗を流してから、夕食にしましょう」
「……それは楽しみね」
アリアの声に、少し元気が戻った。
「夕方まで寝てていい?」
レンが聞く。
「いいけど、呼んだら起きてよ」
「……たぶん」
「そこは起きるって言いなさい」
アリアが言った。
だが、そのアリアもすぐに自分の部屋へ入っていく。
ルシオンは扉の前で一度頭を下げた。
「では、少し休ませてもらいます」
俺も部屋へ入り、扉を閉めた。
◇
水場から戻り、濡らした布で汗を拭く。
靴を脱いでベッドの端へ座ると、腿に張りを感じた。
腕も脚も、よく使った。
窓の向こうには、木の壁と吊るされた縄が見えている。
最初は簡単に越えられた壁も、最後には身体を持ち上げるだけで苦労した。
剣を振れば、姿勢が崩れる。
自分ではできているつもりでも、まだ足りないところはいくつもあった。
俺は手を開き、もう一度握った。
最後の一振りは、褒めてもらえた。
意識すれば、変えられる。
明日は、あの振り方をもっと身体に覚えさせたい。
疲れていても構えを崩さなかったレンの動きも、よく見ておこう。
「……よし」
ベッドへ横になる。
背中が柔らかい寝具へ沈んだ。
隣の部屋から、何かを置く音がした。
それきり静かになる。
レンも寝たのかもしれない。
俺も今は休もう。
しっかり寝て、明日も修行をこなす。
今日できなかったことを、一つずつできるようにする。
一か月後、エレナさんにもう一度挑む。
その時には、最初に戦った時とは違うと思わせてやりたい。
俺は目を閉じた。
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