遊びじゃなかった訓練
その後、二分間の課題にも挑戦した。
結果は――。
パァン!
「はい、そこまで」
エレナさんがハリセンを下ろす。
俺は叩かれた肩を押さえ、息を吐いた。
「一分増えただけなのに……」
「最後は私しか見てなかったわね」
言われた通りだった。
最初は聞こえていた仲間の声が、途中から耳に入らなくなっていた。
自分が逃げることだけで精いっぱいだった。
「これは明日もやるわ。今日はここまで」
「終わった……」
ルシオンが膝に手をついた。
「その練習はね。水を飲んだら、次に行くわよ」
誰も返事をしなかった。
◇
休憩の後、エレナさんについて訓練場の奥へ向かった。
胸ほどの高さがある木の壁。
細長い丸太の橋。
梁から吊るされた何本もの縄。
その先には、低く張られた縄と、坂になった板まである。
「……これ、全部使うんですか?」
「ええ。壁を越えて、丸太を渡る。吊るされた縄を伝って向こうへ移り、低い縄をくぐって、最後に坂を上るの」
縄の下には砂が敷かれ、途中には低い踏み台も置かれていた。
「まずは重りなしで一周。難しいところは私が教えるわ」
「面白そう」
レンが目を輝かせる。
ルシオンは黙って、壁を見上げていた。
エレナさんが一度手本を見せると、レンは待ちきれないように前へ出た。
「僕からでいい?」
「どうぞ」
壁をひょいと越え、丸太の上を走る。
縄へ飛びつくと、身体を振って次々に渡っていった。
「おお……!」
楽しそうな声が響く。
「もう一回やっていい?」
「まだ続きがあるわよ」
「あ、そっか」
低い縄をくぐり、坂まで駆け上がる。
「……あいつだけ、遊びに来てません?」
「今のところはね」
エレナさんが笑った。
◇
俺も壁と丸太は問題なく進めた。
縄では少し手間取ったが、身体を振って次へ移る感覚は分かった。
アリアは俺より滑らかだった。
「これ、結構楽しいじゃない」
縄を渡りきると、そのまま身をかがめて低い縄の下へ入っていく。
背中も頭も触れない。
身軽だとは思っていたが、こういう動きも得意らしい。
一方、ルシオンは最初の壁で止まっていた。
「腕だけで引っ張らないで。横木にかけた脚を伸ばして」
「こう、ですか……!」
エレナさんに教わり、ようやく越える。
丸太は一歩ずつ。
縄にぶら下がると、次へ手を伸ばす前に砂の上へ下りてしまった。
「……先が長いですね」
「まずは次の一本を掴むところからね」
ルシオンが両手を開いたり閉じたりした。
◇
動きを確かめた後、俺たち三人には重りが渡された。
アリアには小さい袋。
俺にはそれより大きい袋。
レンは背負った途端、首を傾げた。
「まだ軽い」
「じゃあ、足しましょう」
エレナさんが中身を増やす。
「縄を渡る間は下ろして。横の道から向こうへ運び、渡り終わったら背負い直してね」
「僕は……?」
「重りなし。苦手なところを練習しながら進みましょう」
ルシオンが頷く。
レンは壁へ向き直った。
「早くやろう」
まだ楽しそうだった。
◇
休憩を挟み、何度も周回した。
壁に手をかける。
地面を蹴る。
「っ……!」
身体が上がらない。
横木へ足を置き、脚も使って押し上げた。
向こうへ下りると、膝が折れかける。
踏ん張って姿勢を戻しただけで、息が漏れた。
丸太を渡り、重りを下ろす。
肩は軽くなったのに、腕はだるいままだ。
縄を握る指に力を入れ直した。
次の一本が、さっきより遠く感じる。
どうにか渡りきり、また袋を背負った。
低い縄の出口で、アリアが片膝をついていた。
「……ちょっと、待って」
肩が大きく上下している。
俺も隣で膝に手をついた。
「あと……坂だぞ」
「見えてる……わよ……」
それ以上、言葉は続かなかった。
俺も返事ができない。
汗が顎から落ちる。
「二人とも、袋を下ろして。残りは重りなしで行きましょう」
エレナさんの声に紐を外す。
それでも、すぐには脚が動かなかった。
後ろからレンが来た。
もう笑っていない。
袋を背負い直し、坂の下で息を整えている。
「……面白いか?」
俺が聞くと、レンは首を振った。
「もう……いい」
最初は、もっと長くしてほしいと言っていたのに。
笑いそうになったが、息が足りなかった。
◇
ルシオンも、ようやく縄を一本進めた。
「掴め……ました……!」
「そう。足元の台へ下りていいわよ」
台へ足をつくと、そのまま膝に手を置く。
ずれた眼鏡を直そうとした指が震えていた。
「少し休みましょう」
「……はい」
返事の後にも、何度も息をしていた。
しばらく休んでから、ルシオンは残りのコースへ向かった。
俺たちも最後の一周を終える。
「そこまで!」
エレナさんの声に、俺はその場へしゃがみ込んだ。
アリアも座る。
レンは袋を下ろし、脚を投げ出した。
誰も喋らない。
四人の荒い呼吸だけが聞こえた。
「明日は今日の様子を見て、重さと回数を調整するわね」
明日。
俺は壁を見た。
今は、あそこまで歩いていくのも嫌だった。
隣でルシオンが水を両手で持ち、少しずつ飲んでいる。
俺もコップを受け取った。
腕を持ち上げるだけで、肩がだるかった。
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