護衛
荷を整え終えると、ロイドが荷台を軽く叩いた。
「さあ、乗ってくれ」
俺は荷台へ上がり、ガレスの向かいへ腰を下ろした。
ロイドが手綱を鳴らす。
馬車はゆっくりと街道を進み始めた。
車輪が石を踏む音が、一定の調子で響く。
「ランド君は王都へ行くのは初めてなんだよね?」
「ああ」
「楽しみだろう?」
少し考えて答えた。
「どんなところか、まだ想像もつかねぇ」
ロイドは嬉しそうに笑う。
「驚くぞ。この辺りの村を全部合わせても敵わないほど人がいる。朝から晩まで、どこを見ても人だらけだ」
ブルーノが笑った。
「最初は人混みだけで疲れるぜ」
ガレスも頷く。
「城壁も馬鹿みてぇにでかい。俺は初めて見た時、口が開いたままだった」
「そんなにでかいのか?」
思わず身を乗り出す。
三人が笑った。
「きっとお前も同じ顔をするぞ」
「はは、それは今から楽しみだな」
少しだけ胸が躍った。
ロイドが話を続ける。
「王都には人間だけじゃなく、獣人やドワーフ、エルフも暮らしている」
「獣人までいるのか?」
「ああ。冒険者をしている者も多い」
ガレスが腕を組む。
「獣人は腕っぷしの強い奴が多い。ドワーフは鍛冶、エルフは魔法が得意だな」
「へぇ……会ってみてぇな」
村では見たことのない者ばかりだ。
王都という街が、少しずつ楽しみになってきた。
「冒険者になるなら、まずはギルドだ」
ロイドが言う。
「新人は全員、一番下のウッドランクから始まる。依頼をこなして実績を積めば、アイアン、ブロンズ、シルバーと上がっていく」
「ウッドか」
「不満か?」
「いや。すぐ上げる」
ブルーノが吹き出した。
「簡単に言うなよ」
「上げられない決まりでもあるのか?」
「ないけどよ」
「なら上げればいい」
ガレスが愉快そうに笑った。
「気に入った。そういう考え方は嫌いじゃねぇ」
ロイドも笑う。
「依頼の報酬だけでなく、魔物から取れる魔石や素材も収入になる。ゴブリンの魔石でも売れるぞ」
俺は荷袋を軽く叩いた。
「さっきのなら回収した」
「抜け目ねぇな」
ブルーノが笑う。
「村でも、肉や皮や牙は全部使ってた」
「それなら買い取りでも困らないだろうね」
しばらくして、ふと疑問が浮かんだ。
「王都へ着いたら、どこで寝ればいいんだ?」
「冒険者向けの宿屋がある」
ロイドが答えた。
「安い宿なら銅貨数枚で泊まれる。新人はしばらく宿暮らしをする者が多いね」
「冒険者はみんな宿暮らしなのか?」
「稼げるようになれば家を借りたり、仲間と一緒に暮らしたりする」
「へぇ……」
そんな暮らし方もあるのか。
ブルーノが笑った。
「宿も悪くねぇぞ。飯は出るし、他の冒険者から話も聞ける」
ガレスが肩をすくめる。
「ただし、こいつみたいに食いすぎると宿の親父に嫌な顔をされる」
「この前はおかわり三杯しただけだ!」
「それを食いすぎって言うんだ」
ロイドが吹き出し、俺もつられて笑った。
「宿も悪くなさそうだな」
流れていく景色へ目を向ける。
知らない街。
知らない種族。
知らない暮らし。
これから出会う、俺より強い奴ら。
「早く着かねぇかな」
ロイドたちは顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
◇
夕暮れが近づいた頃、ロイドが空を見上げた。
「今日はこの辺りで野営にしよう」
ロイドが手綱を引き、馬車が街道脇へ止まる。
ブルーノが荷台から飛び降りた。
「よし、準備するか」
ガレスも立ち上がろうとしたが、肩を押さえて顔をしかめる。
「座ってろ」
「もう動ける」
「傷が開く」
「……分かったよ」
俺は荷台を降り、周囲を確認した。
風向き。
足跡。
獣道。
鼻を利かせると、風に乗って獣の臭いが流れてくる。
魔物のものではない。
「何かいるのか?」
ブルーノが尋ねた。
「ああ。鹿の臭いだ。近くにいる」
「見えねぇのに分かるのか?」
「匂いが流れてきた」
腰の手斧を抜く。
「晩飯、取ってくる」
「え、ちょっ――」
ロイドの声を背中で聞きながら、俺は林へ入った。
◇
足音を殺して進む。
新しい蹄の跡。
踏み倒された草。
風下へ回り込み、木々の隙間から様子をうかがう。
一頭の鹿が草を食んでいた。
こちらには気づいていない。
手斧を構える。
息を整え、狙いを定めた。
ヒュッ――。
手斧が鹿の首元へ食い込む。
鹿は数歩よろめき、その場へ倒れた。
すぐに駆け寄り、苦しまないようナイフで止めを刺す。
「……悪いな」
小さく呟き、鹿を肩へ担いだ。
◇
野営地へ戻ると、ブルーノが目を丸くした。
「もう戻ってきたのか?」
ガレスも苦笑する。
「本当に狩ってきやがった」
「晩飯だ」
鹿を地面へ降ろし、ナイフを抜く。
血を抜き、腹を開き、皮を剥ぐ。
ロイドたちは、俺の手元を興味深そうに眺めていた。
「見事なもんだな」
ブルーノが感心したように息を漏らす。
「俺なら解体だけで倍はかかる」
「慣れだ」
ガレスが切り分けられた肉を眺めながら頷いた。
「だから、あんな戦い方だったのか」
「何がだ?」
「ゴブリンを一匹ずつ引き離して仕留めてた」
「その方が確実だ」
「それを当たり前みてぇにやれる奴は少ねぇよ」
ロイドも頷く。
「君なら王都でも食いっぱぐれはしなさそうだ」
「そうか?」
「少なくとも私はそう思うよ」
ガレスが立ち上がろうとした。
「座ってろ。焼くくらい俺がやる」
「……悪いな」
肉を食べやすい大きさに切り分け、串へ刺していく。
焚き火の上へ並べると、脂が落ちて炎が小さく跳ねた。
香ばしい匂いが辺りへ広がる。
ブルーノの腹が盛大に鳴った。
「腹減った……」
「まだだ」
「もう焼けただろ」
「中は生だ」
ブルーノが大げさに肩を落とす。
「狩りも料理も容赦ねぇな」
「腹壊した奴を担ぐのは俺だぞ」
「それは困るな」
「なら待て」
ロイドとガレスが笑った。
やがて肉が焼き上がる。
「熱いぞ」
串を一本ずつ手渡す。
ブルーノは待ちきれず、大きくかぶりついた。
「熱っ!」
口を押さえながらも肉は離さない。
「だから言っただろ」
「腹が減ってたんだよ!」
ロイドとガレスが吹き出す。
ガレスは笑いながら串を受け取った。
「そんな慌てるからだ」
そう言って肉をかじる。
「……熱っ!」
今度はガレスが顔をしかめた。
ブルーノが腹を抱えて笑う。
「お前もじゃねぇか!」
「今のは油断しただけだ」
「同じだろ!」
ロイドも笑いながら串を受け取る。
「二人とも落ち着きなさい」
ふうふうと息を吹きかける。
「こうやって冷ませば――」
一口かじる。
「熱っ!」
三人の笑い声が一段と大きくなった。
「ロイドさんまで!」
「思ったより熱かったよ……」
俺は呆れて肩をすくめた。
「揃いも揃って馬鹿だな」
最後の一本を手に取る。
少し息を吹きかける。
これなら大丈夫だろう。
一口かじった。
「……熱っ」
一瞬、口の中が焼けるように熱くなる。
三人が一斉に俺を見る。
次の瞬間――。
「お前もじゃねぇか!」
焚き火を囲んで大きな笑い声が響いた。
俺は熱さをこらえながら肉を飲み込む。
「……うるせぇ」
そう言うと、三人はまた笑った。
つられて俺も吹き出す。
昨日まで知らない相手だったとは思えないほど、焚き火を囲む空気は柔らかくなっていた。
王都まで、あと四日。
旅は、まだ始まったばかりだった。
◇
翌朝。
鳥のさえずりで目が覚めた。
狩人になってから寝坊したことはほとんどない。
焚き火は白い灰になっていた。
周囲へ目を向ける。
異変はない。
風向きも昨日と変わっていなかった。
枯れ枝を集め、火を起こす。
ぱちぱちと薪が爆ぜ始める頃、ロイドたちも次々と目を覚ました。
「おはよう、ランド君」
「ああ」
ブルーノは毛布を頭まで被ったまま唸る。
「……あと少し寝かせてくれ」
ガレスが笑った。
「じゃあ、飯ができても寝てろ」
「起きる!」
ブルーノは勢いよく飛び起きる。
「朝から騒がしい奴だ」
俺は苦笑しながら、昨日の鹿肉を火にかけた。
温めた肉とパンだけの簡単な朝飯だったが、十分だった。
「ごちそうさまでした」
ロイドが立ち上がる。
「よし、出発しよう」
荷物をまとめ、馬車へ積み込む。
ロイドが馬へ声を掛けると、馬車はゆっくりと街道を進み始めた。
昨日より少しだけ、馬車の中の空気は気楽だった。
ブルーノが他愛もない話をしては、ガレスに小突かれる。
ロイドはそんな二人を見て笑っている。
俺も時々言葉を返した。
昨日まで他人だったとは思えない。
そんな穏やかな時間が流れていた。
昼を過ぎた頃だった。
風が少し湿ってきた。
俺は空を見上げる。
「……降るな」
ロイドも空を見て頷いた。
「雨か」
ぽつり、と一滴。
また一滴。
雨粒が荷台を叩き始める。
次の瞬間。
ザーッ――。
激しい雨が街道へ降り注いだ。
ブルーノが顔をしかめる。
「うわっ、土砂降りじゃねぇか」
馬も嫌そうに首を振る。
街道はみるみるぬかるみ始めた。
ロイドは手綱を握り直す。
「このまま進むのは危ないな」
ガレスも頷く。
「馬が足を滑らせたら洒落にならねぇ」
俺は周囲へ視線を巡らせる。
少し先。
街道脇に古びた石造りの建物が見えた。
屋根は半分崩れているが、壁はまだ残っている。
「あそこだ」
俺が指差す。
三人がそちらを見る。
ロイドが頷いた。
「よし、あそこで雨宿りしよう」
「急ごう」
ロイドが馬へ合図を送る。
馬車は激しい雨をかき分けるように進み、古びた建物の前でゆっくりと止まった。
◇
雨は勢いを増すばかりだった。
屋根を叩く雨音が、廃屋の中へ絶え間なく響く。
焚き火の火だけが薄暗い室内を照らしている。
ブルーノは外を眺め、大きく伸びをした。
「止みそうにねぇなぁ……」
ロイドが苦笑する。
「自然相手じゃ焦っても仕方ないさ」
ガレスは壁にもたれたまま頷く。
「今日は休養日だな」
しばらく雨音だけが響く。
ブルーノがぽつりと呟いた。
「ガレスは帰ったら奥さん喜ぶんじゃねぇか? 無事に帰れたんだし」
ガレスは少し照れくさそうに笑う。
「いや、最初に言われるのは決まってる。『また無茶したんでしょ』だ」
ブルーノが笑う。
「怒られるのかよ」
「ああ。でも、そのあと何だかんだ飯が並ぶ。結局、心配してくれてるんだ」
ロイドが頷く。
「いい奥さんじゃないか」
「俺にはもったいないくらいだ」
ガレスは照れ隠しに頭を掻いた。
ブルーノは羨ましそうにため息をつく。
「いいなぁ……俺も早く結婚してぇ」
ロイドが笑う。
「相手はいるのかい?」
「……いません」
「それじゃ、まずそこからだね」
「分かってますよ」
ブルーノは肩を落とした。
少し沈黙が流れる。
するとブルーノが何か思い出したようにロイドを見た。
「そういやロイドさん。サラちゃん元気ですか?」
ロイドの表情が一瞬で柔らかくなる。
「ああ、元気だよ。最近は店番も任せられるようになってね。帳簿も覚え始めた。私が留守でも店を回せるくらいになったよ」
ブルーノが嬉しそうに笑う。
「相変わらず可愛いんでしょうね」
ロイドは迷わず頷いた。
「もちろん。世界一可愛い娘だからね」
ガレスが思わず吹き出す。
「親馬鹿ですね」
「何とでも言ってくれ。娘が可愛いのは事実だからね」
ロイドは胸を張る。
ブルーノがにやりと笑う。
「じゃあ俺にも、まだ望みはありますかね?」
ロイドは笑顔のまま首を横に振った。
「ないね」
「即答ですか!?」
ガレスが吹き出す。
「ははっ!」
ロイドは穏やかな口調のまま続けた。
「ブルーノ君は悪い子じゃない。でも、サラはうちの大事な看板娘だからね。残念だけど――非売品だよ」
ブルーノは苦笑する。
「娘さんを物みたいに言わないでくださいよ」
「商品じゃないからこそだよ。簡単には渡せない」
「俺、結構本気なんですけど」
「知ってるよ。店へ来るたび言ってるからね」
ロイドはにこりと笑う。
「だから、これ以上しつこくしたら出入り禁止かな」
ブルーノの笑顔が固まる。
「……冗談ですよね?」
「半分はね」
「半分!?」
ガレスが肩を震わせる。
「ロイドさん、その顔は本気だぞ」
ロイドは笑顔のまま頷いた。
「商売は誰でも歓迎する。でも父親としては話が別だからね」
ブルーノは肩を落とした。
「父親って手強ぇ……」
ガレスが笑う。
「まだ諦めてなかったのか」
「諦める理由がねぇ」
「サラちゃん本人に何回断られても?」
「……それは、そのうち気が変わるかもしれねぇし」
ロイドが苦笑する。
「その前向きさは感心するけどね。サラが嫌だと言ったら、それ以上は駄目だよ」
ブルーノは頭を掻いた。
「分かってますよ。嫌がることはしません」
「それなら安心だ」
ロイドは満足そうに頷いた。
そのやり取りを聞いていた俺は首を傾げる。
「そんなに可愛いのか?」
三人が一斉に俺を見る。
ブルーノが真っ先に口を開いた。
「可愛いなんてもんじゃねぇ。王都に着いたら絶対会ってみろ」
ガレスも笑う。
「ロイドさんの話がどこまで本当か、自分の目で確かめるといい」
ロイドは照れ笑いを浮かべた。
「二人とも持ち上げすぎだよ」
俺は静かに頷いた。
「そうか」
ブルーノは呆れたように笑う。
「反応薄いな、お前」
「今まで狩りしかしてこなかったからな」
ガレスとロイドは顔を見合わせ、思わず笑った。
ブルーノはふと俺を見た。
「そういやランド。お前は好きな子とかいねぇの?」
「いない」
「即答かよ。村に可愛い子とかいただろ?」
少し考える。
「いたと思う」
「思うって何だよ」
「顔なんて気にしたことねぇ」
三人が顔を見合わせる。
ガレスが苦笑する。
「お前、本当に十五歳か?」
「ああ」
ブルーノは呆れたように笑った。
「じゃあ仲の良かった女の子は?」
「妹みたいな奴はいた」
「おっ!」
ブルーノが身を乗り出す。
「どんな子だ?」
「ミナ。昔、一緒に狩りをしてた仲間の娘だ。家族みたいに育った」
「可愛かったのか?」
「……たぶん」
「たぶん!?」
ブルーノが頭を抱える。
「分かんねぇのかよ!」
俺は首を傾げた。
「妹みたいなもんだったからな」
ガレスが笑う。
「ランドらしい答えだ」
ロイドも穏やかに頷く。
「王都へ行けば、ランド君もいろいろな人と出会うさ」
俺は首を傾げる。
「そういうもんなのか?」
三人は顔を見合わせる。
ブルーノが苦笑した。
「そういうもんなんだよ」
笑い声が廃屋の中へ響く。
いつの間にか、さっきまで激しく降っていた雨音も小さくなっていた。
「……止んできたな」
ガレスが立ち上がり、外へ目を向ける。
「本当だ」
ロイドも廃屋の入口へ歩み寄る。
「よし、そろそろ出発しよう」
ロイドの声に全員が立ち上がる。
焚き火の始末を済ませ、荷物を馬車へ積み込む。
ロイドが手綱を鳴らすと、馬車はゆっくりと街道を進み始めた。
雨上がりの空気は澄み渡り、森の匂いが風に乗って流れてくる。
王都まで、あと三日。
◇
街道は昨日までとは比べものにならないほど賑わっていた。
商人の馬車。
旅人。
冒険者。
皆、それぞれの目的地へ向かって歩いている。
ブルーノが前方を見て目を丸くした。
「おい……」
ガレスも視線を向ける。
「あれは……」
向こうから六人組の冒険者が歩いてくる。
先頭を歩くのは、穏やかな雰囲気をまとった青年剣士。
その隣には長槍を肩に担いだ青年。
後ろには杖を持った女性が二人。
弓を背負った少年。
そして最後尾には、全身を重厚な鎧で包んだ重戦士が無言で続いていた。
六人は自然な足取りで街道を歩いてくる。
それだけなのに、すれ違う旅人や商人は自然と道の端へ寄り、その六人を見送っていた。
誰に言われたわけでもない。
それが当たり前であるかのようだった。
ブルーノが思わず呟く。
「『暁の明星』……」
俺は六人から目を離せなかった。
「知ってるのか?」
ガレスが頷く。
「王国最強って噂の冒険者パーティだ。オリハルコンランクに認定されてる」
ブルーノも興奮した様子で言う。
「王命まで受けるらしいぜ」
ロイドが微笑んだ。
「ええ。その噂は本当ですよ」
やがて六人は馬車の前で足を止めた。
先頭の青年が穏やかに笑う。
「ロイドさん」
ロイドも笑みを返した。
「クラウス君。久しぶりですね」
「ええ。王都へ戻られる途中ですか?」
「はい。皆さんは?」
クラウスは静かに首を横へ振った。
「これから任務です。急ぎますので、手短に」
ロイドはその言葉だけで頷いた。
クラウスは続ける。
「一つ、お伝えしておきます。この先の森でブラッドベアの痕跡を確認しました」
ガレスの顔から笑みが消えた。
「ブラッドベアか……この辺にも出るのか」
長槍を担いだ青年が頷いた。
「ああ。足跡も新しかった。腹を空かせてりゃ、街道まで下りてきてもおかしくねぇ」
ブルーノが顔をしかめる。
「そんなに危ねぇ魔物なのか?」
ロイドが頷いた。
「危険ですよ。ゴールドランクの冒険者でも、一人では危ない相手です」
ブルーノが尋ねる。
「倒しに行かないんですか?」
長槍を担いだ青年が肩をすくめた。
「できるもんなら今すぐ狩ってる。だが今回は無理だ」
クラウスが静かに続ける。
「王命です。これ以上は話せません」
ロイドも深くは聞かなかった。
「承知しました」
クラウスは軽く頷いた。
「皆さんも、お気を付けください」
六人は再び歩き出す。
誰一人振り返ることなく、街道の先へ姿を消していった。
ブルーノはその背中を見送りながら呟く。
「やっぱり格好いいな……」
ガレスも頷く。
「ああ。ありゃ、本物の英雄だ」
ロイドは手綱を握り直した。
「私たちも急ぎましょう。日が暮れる前に森を抜けたい」
馬車は再びゆっくりと動き出した。
俺は黙ったまま、街道の先を見つめていた。
――ブラッドベア。
その名だけが、頭の中で何度も繰り返される。
ロイドが俺の横顔を見て、静かに声を掛けた。
「ランド君。何か気になることでもありましたか?」
俺はすぐには答えなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて、小さく息を吐いて口を開いた。
「……親父は、俺がまだ母親の腹の中にいた頃、ブラッドベアに殺された」
馬車の中が静まり返る。
ブルーノは目を見開き、ガレスも言葉を失う。
ロイドは静かに目を伏せた。
「そうでしたか……」
俺は小さく頷く。
「親父の顔も、声も知らない。知ってるのは、ブラッドベアに殺されたってことだけだ」
再び沈黙が流れる。
誰も軽々しく言葉を掛けようとはしなかった。
ブラッドベア。
会ったこともない父との、たった一つの繋がりだった。
馬車は王都へ向かって進み続ける。
俺は無意識に拳を握り締めていた。
王都まで、あと三日。
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