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祖父と4人の孫

 エレナさんが扉を叩いた。


「お祖父ちゃん、連れてきたわよ」


「おう、入れ!」


 扉の向こうから、よく通る声が返ってきた。


 書斎に入ると、机の向こうにいた老人が立ち上がった。


 白髪に短い白髭。年を取ってはいるが、背が高く、肩幅も広い。俺を見るなり、大股で近づいてくる。


「お前がランドか!」


「は、はい」


「はっはっは! そうか、そうか!」


 両肩を掴まれ、顔を覗き込まれた。


「目元がリエラに似ているな。だが、そんなに固くなるな。取って食いやしない」


「お祖父ちゃん、勢いが怖いのよ」


「おっと、悪い悪い!」


 エレナさんに言われ、老人は笑いながら手を離した。


「マルク・ヴィクトリーノだ。リエラの父親で、お前の祖父になる」


「えっと、ランドです。ランド・ヴィクトリーノです」


「うん。よく来た!」


 マルクは嬉しそうに頷いた。そして、待ちきれないという顔で尋ねる。


「それで、リエラはどうしている? あいつとはもう何年も会っていないんだ。元気にしているか?」


 答えようとして、言葉が止まった。


 俺がここへ来ることは聞いていても、母さんのことは知らないらしい。


「……母さんは、亡くなりました」


 マルクの笑顔が止まった。


 隣でアリアが息を呑む。レンも俺を見た。二人には、母さんが亡くなったことを話していなかった。


 ルシオンだけが、何も言わずに視線を伏せる。


「……何を言っている?」


「俺が八歳の時です」


「待て。リエラが? 何があったんだ?」


 マルクが一歩近づく。さっきまでの嬉しそうな声は、もうどこにもなかった。


「村の近くで、ドラゴンに襲われたと聞いています」


「聞いている? お前はそこにいたのか?」


「分かりません。その日のことは、覚えていないんです」


 母さんと過ごした日々の記憶はある。笑った顔も、俺を叱る声も覚えている。


 なのに、最後の日だけが抜け落ちていた。


「何度も思い出そうとしたんですけど……」


 マルクは何か言いかけて、口を閉じた。


 隣ではエレナさんも俯いている。小さい頃、リエラ叔母さんに遊んでもらったと話していた。彼女も母さんの死を知らなかったんだ。


「……七年」


 マルクがぽつりと言った。


「七年も、俺は知らずにいたのか」


 握りしめた拳が震えている。


 マルクは机に片手をつき、深く頭を下げた。俺たちは誰も口を開けなかった。


 俺が母さんを失ったのは七年前だ。でも、マルクがそれを知ったのは、今この瞬間だった。


「すまん、ランド」


 しばらくして、マルクが顔を上げた。


「会って早々、つらいことを聞かせた。覚えていないことまで、問い詰めるような真似をしてしまった」


「いえ。母さんのことを聞いてくれて、嬉しかったです」


「……そうか」


 マルクは俺の顔を見つめた。その目は赤かった。


「リエラのことを、もっと聞きたい。お前のことも聞かせてほしい。どうやって、ここまで来たのか」


 マルクが椅子を勧める。俺たちは席に着いた。


 どこから話せばいいか迷い、まず村での暮らしから話した。


 母さんがいなくなってから、村の人たちに助けられたこと。狩りを教わり、山へ入るようになったこと。


「一人で山へ入っていたのか?」


「最初は教わりながらです。慣れてからは一人でも」


「リエラの息子だなあ。あいつも小さい頃は、目を離すとすぐどこかへ行っていた」


 マルクがかすかに笑う。


 俺が知らない、子供の頃の母さんだ。もっと聞きたかったが、今は自分の話を続けた。


 領主の飼っていた魔物を倒し、村を追われたことを話すと、マルクが目を見開いた。


「待て待て。魔物を倒して、お前が追放されたのか?」


「はい」


「そもそも、そいつは村で何をしていた?」


 俺が事情を説明すると、マルクは腕を組んで唸った。


「……分かった。後で詳しく聞かせてくれ。まずは続きを頼む」


 王都に来て冒険者になったこと。そして、アリア、レン、ルシオンと出会ったことも話した。


「ランド、最初は何でも一人でやろうとしてたのよ」


 アリアが口を挟む。


「今も時々そう」


 レンまで頷いた。


「お前ら、余計なこと言うなよ」


「余計じゃないわよ」


 アリアはそう言ってから、少しだけ声を落とした。


「……知らなかったことは、たくさんあるけど。今のランドのことは、私たちも話せるから」


 俺はアリアを見た。レンも、いつものように短く頷く。


「無茶をすることはあります」


 ルシオンが続けた。


「でも、僕たちが困っている時は必ず助けてくれます」


 面と向かって言われると、どう答えていいか分からない。


 マルクは三人の話を黙って聞いていた。


「ランド。村でも王都でも、お前には支えてくれる人たちがいたんだな」


 俺は三人を見た。村で世話になった人たちの顔も浮かぶ。


「……はい」


「よかった」


 マルクの大きな手が、俺の肩に置かれた。


「リエラが亡くなったことも知らず、お前が育つ姿も見られなかった。今さら祖父を名乗っていいのかとも思う」


「そんなこと――」


「だが、今日お前に会えてよかった。話を聞かせてもらえて、嬉しかった」


 マルクは言葉を切り、俺の目を見た。


「これからは、ここにも来てくれるか?」


「……はい」


「修行が終わってからでも、用がない時でもいい。会いに来なさい」


 初めて訪れた屋敷だった。


 さっきまでは、母さんが育った場所でも、自分とはまだ遠い場所に感じていた。


 でも今は、また帰ってきてもいいと言われた気がした。


「ありがとう、お、お祖父ちゃん」


 マルクは目を丸くした。


 それから、顔をくしゃりとさせて笑った。


「……ああ。何度でもそう呼んでくれ」


 マルクは俺の肩を抱き、もう一度顔を見て笑った。


 その時、横からレンがひょいと顔を出す。


「ありがとう! マルクおじいちゃん!」


「おう!」


 マルクは反射的に返事をしてから、ぴたりと固まった。


「……ん? 待て。この子もわしの孫だったか?」


「違いますよ! おいレン、お前は違うだろ!」


「えっ。呼んじゃ駄目なの?」


「呼ぶなとは言ってない! お前は孫じゃないって話だ!」


 レンが首を傾げる。


「じゃあ、呼んでもいい?」


「それは……」


「もちろん、いいぞ!」


 俺が答える前に、マルクが胸を張った。


「お祖父ちゃん、話がややこしくなるから!」


 エレナさんが笑いながら言う。マルクも楽しそうに笑った。


「はっはっは! 孫が一人や二人、いや、四人増えたところで変わらん!」


「四人?」


 ルシオンがアリアと顔を見合わせた。


「それ、僕たちも含まれてます!?」


「もちろんだ。ここに来た四人、まとめて面倒を見てやる!」


「俺は本当の孫ですからね! 一緒に数えないでください!」


「細かいことを言うな、ランド」


「細かくないですよ!」


 アリアが呆れたように笑った。


「マルクさん、初対面なのに話が大きすぎますよ」


「遠慮するな。エレナの客人なら、わしにとっても大事な客だ」


「客と孫ではだいぶ違いますけどね……」


 ルシオンが苦笑する。


「分かった。じゃあ、僕は孫」


「お前はもう少し迷えよ!」


 レンは俺の抗議を気にせず、マルクに向かって手を上げた。


「マルクおじいちゃん、また来てもいい?」


「いつでも来い!」


 マルクの笑い声が書斎に響いた。


 母さんを失った悲しみが消えたわけじゃない。それでも俺は、母さんのことも、これからのことも、この人と話していける気がした。

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