修行初日母の実家へ
翌朝。
「眠い……」
アリアが欠伸をした。
「だから早く寝ろって言っただろ」
「寝たわよ。でも日の出前は早すぎるの」
「僕も眠い」
レンは目をこすっている。今にも立ったまま寝そうだ。
「僕も少し眠いですね……」
ルシオンが眼鏡を直した。
まだ朝日も昇りきっていない。俺たちは昨日言われた通り、冒険者ギルドの前に集まっていた。
「でも、何で俺だけじゃなくて全員なんだ?」
「私が聞きたいわよ」
「エレナさん、詳しいことは今日説明するって言ってたけど……」
アリアの言う通り、まだ何も聞かされていない。
俺の修行に三人も付き合わせるつもりなんだろうか。全員戦い方が違うのに、二刀流のエレナさんがまとめて教えられるのかも分からない。
「来た」
レンが通りの向こうを見た。
「おはよう!」
エレナさんがこちらへ歩いてくる。朝から元気だな。
「おはようございます」
「おはようございます、エレナさん」
「おはよ」
「おはようございます……」
最後のアリアだけ、明らかに眠そうだった。
「全員いるわね」
「はい。それで、今日は何をするんですか?」
「移動」
「……移動?」
「そう。ついてきて」
エレナさんが歩き出す。
「ギルドの訓練場は使わないんですか?」
「使わないわよ」
昨日はそこで模擬戦をしたから、今日からの修行も同じ場所でやるものだと思っていた。
「じゃあ、どこでやるんです?」
「うち」
「……エレナさんの家?」
「正確には――ヴィクトリーノ家ね」
足が止まった。
「ヴィクトリーノ家……?」
「そうよ」
「ちょっと待ってください。俺たち全員で行くんですか?」
「そのために呼んだんだけど」
「聞いてませんよ!」
「今言ったじゃない」
「そういう問題じゃないです!」
「いいから来なさい。時間が勿体ないわよ」
エレナさんはさっさと先へ進んでいく。
「ランド」
アリアが俺を見た。
「ヴィクトリーノ家って、ランドの家でもあるの?」
「……知らん」
「知らないの?」
「俺だって行ったことないんだから仕方ないだろ」
母さんの一族。リカルド。エレナさん。そして、ヴィクトリーノ家。
名前は知っている。でも、そこがどんな場所なのかは何も知らない。
「置いてくわよー!」
前からエレナさんの声が飛んできた。
「今行きます!」
俺たちは慌てて後を追った。
まさか修行初日から、母さんの実家へ行くことになるとは思わなかった。
◇
エレナさんについて歩くこと、しばらく。
王都の中心部から少し離れた住宅街までやってきた。大通りに並んでいた商店は減り、代わりに大きな屋敷が目立つようになる。しかも、進めば進むほど一軒一軒が大きくなっていった。
「ランド」
アリアが小声で話しかけてくる。
「もしかして、ヴィクトリーノ家って結構お金持ち?」
「俺に聞くなよ」
「だってランドの親戚でしょ?」
「昨日知ったばっかりだぞ」
「それもそうね」
前を歩いていたエレナさんが振り返る。
「何こそこそ話してるの?」
「何でもないです」
「そう?」
エレナさんはまた前を向いた。
しばらくして、足を止める。
「着いたわよ。ここがヴィクトリーノ家」
目の前には、大きな門があった。
高い塀が左右へ続き、その向こうには何本もの木が見える。門の奥には石畳の道が伸び、さらにその先に大きな屋敷が建っていた。
「……でか」
思わず声が漏れた。
「大きいですね……」
ルシオンも屋敷を見上げる。
「お金持ちだ」
レンが言った途端、アリアが俺を見た。
「やっぱりそうじゃない!」
「だから俺に言うなって!」
「ランドの家でもあるんでしょ?」
「ここに来るのは初めてだよ!」
「でもヴィクトリーノでしょ?」
「そうだけど!」
「朝から元気ね、二人とも」
エレナさんが呆れたようにこちらを見る。
言い返そうとして、もう一度屋敷を見た。
母さんも、この門を通ったんだろうか。
この庭を歩いて、ここで暮らしていたんだろうか。
そう考えると、急に目の前の景色が違って見えた。
「ランド? どうしたの?」
「いや……母さんもここに住んでたのかなって」
「あ……」
「住んでたわよ」
エレナさんが答えた。
「ここで?」
「ええ。ただ、私もここで暮らしていた頃のリエラ叔母さんのことは、ほとんど知らないの」
「そうなんですか?」
「小さい頃に何度か会って、遊んでもらったことくらいしか覚えてなくて。昔どんなふうに暮らしていたかは、お祖父ちゃんに聞いた方がいいわ」
「……分かりました」
エレナさんが知っている母さんも、ほんの一部分だけ。
でも、この家には母さんの昔を知っている人がいる。
それに、母さんが育った場所へ来られただけでも、意味はある気がした。
「入りましょ」
エレナさんが門を開ける。俺たちも後に続いた。
敷地へ入ると、正面の屋敷がいっそう大きく見えた。
二階建ての石造りで、派手な装飾は少ない。豪華というより、古くからここに建っているような重みがある。
その左右には別の建物もあった。そして屋敷の横には、かなり広い空間が見える。
地面は平らに均され、端には木剣や槍らしきものが並んだ棚。木人もいくつか立っていた。
「……あれは?」
「訓練場よ」
「家に訓練場があるんですか?」
「あるわよ」
「普通に言いますね……」
ギルドの訓練場ほどではない。だが、家の敷地にあるものとしては十分すぎる広さだ。
レンが訓練場へ近づいていく。
「広い。ここなら暴れてもいい?」
「壊さない程度なら」
「分かった」
「本当か?」
俺が聞くと、レンは少し考えた。
「たぶん」
「たぶんじゃ駄目だろ」
エレナさんが笑う。
「面白い子ね」
「身体は小さいですけど、力はとんでもないですよ」
「へぇ」
エレナさんがレンを見る。その目が一瞬、昨日俺を見た時と同じものになった。
「……何か、嫌な予感がする」
「奇遇だね。僕も」
レンも気づいたらしい。
「安心しなさい。四人まとめて鍛えてあげるわ」
「それ、安心するところですか?」
「もちろん。誰も置いていかないもの」
エレナさんは楽しそうに笑った。
「でも、俺たちは戦い方が違いますよ」
「分かってるわ。その上で、四人一緒にやるの」
「何をするんですか?」
「それは後で説明するわ」
またそれか。
エレナさんは訓練場を横切り、屋敷の方へ向かう。
「まずは中に入りましょ」
「修行しないんですか?」
「その前にやることがあるの」
「何です?」
エレナさんが振り返った。
「挨拶」
「挨拶?」
「当たり前でしょ。これから一か月、ここを使うんだから」
「誰に――」
そこまで言って、気づいた。
ここはヴィクトリーノ家だ。エレナさん以外にも、当然ここに住んでいる人がいる。
「……もしかして」
「そう。家の人に紹介するわ」
エレナさんが屋敷の扉に手をかけた。
昨日、突然従姉ができたと思ったら、今日は母さんが育った家に連れてこられた。しかも、これからその家族に会うらしい。
修行より先に、別の意味で緊張してきた。




