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エレナとの模擬戦

 ギルドの訓練場。


 俺は木剣を握り、エレナさんと向かい合っていた。


 結局、断る間もなく連れてこられてしまった。


「本当にやるんですか?」


「ここまで来て何言ってるのよ」


「いや、まだ心の準備が……」


「じゃあ、準備できるまで待ってあげる」


 意外と優しい。


「ありがとうございます」


「三、二、一。はい、終わり」


「早すぎません!?」


 エレナさんは楽しそうに笑った。


 手には二本の木剣。


 俺が持っているものと長さはほとんど変わらない。


 それを左右の手で軽々と扱っている。


 ……キリカさんと同じ二刀流か。


「二刀流なんですね」


「そうよ」


「片手で一本ずつって、扱いにくくないんですか?」


「慣れればね。まあ、最初は大変だったけど」


 エレナさんが二本の木剣を軽く振る。


 ヒュッ、ヒュッ!


 続けざまに風を切る音が響いた。


 ……速い。


「ルールは簡単。あんたが私に一本でも綺麗に入れたら勝ち」


「エレナさんは?」


「私? 適当に打ち込むわ」


「適当って……」


「安心しなさい。怪我しない程度には加減するから」


 それは安心していいのか?


 少し離れたところでは、アリアたちが見学している。


「ランド、頑張って!」


「ああ、わかってる」


「これで負けたら2連敗だよ」


「うるせえぞ!レン!」


 レンが涼しい顔で笑う。


 ルシオンはというと、エレナさんの二本の木剣を興味深そうに見つめていた。


「……ランド、始めていい?」


「あっ、すみません!」


 エレナさんは呆れたように笑った。


「仲がいいのね、あんたたち」


「まあ……はい」


「じゃあ、いいところ見せないとね?」


「余計にやりづらくなったんですけど!」


 ルシオンはエレナさんの二本の木剣を興味深そうに見ている。


「それじゃ、始めましょうか」


 エレナさんが構えた。


 右の剣を前へ。


 左の剣は少し引いている。


 背は低い。


 小柄なエレナさんと向かい合うと、俺とはかなり身長差がある。


 それなのに、不思議と小さく見えない。


 どこから攻めても、すぐに対応されそうな気がする。


「どこからでもどうぞ」


「……行きますよ」


 俺は地面を蹴った。


 一気に間合いを詰め、右上から木剣を振り下ろす。


 カンッ!


「――っ!」


 右手の木剣一本で弾かれた。


 剣先が大きく横へ流される。


 片手なのに、何て力だ。


 身体は俺よりずっと小さい。


 なのに、力負けしたのはこっちだった。


「まず一つ」


 エレナさんの左手が動いた。


「っ!」


 木剣を戻して受ける。


 カンッ!


 防いだ。


 そう思った瞬間には、右からもう一本が迫っていた。


「なっ――」


 肩。


 脇腹。


 太腿。


 コンッ、コンッ、コンッ!


「いってぇ!」


 慌てて距離を取る。


 何だ、今の。


「はい。三回死んだ」


「三回!?」


「肩、脇腹、足。最後は動けなくなったところを仕留めて終わり」


「そこまで考えてたんですか……」


「もちろん」


 エレナさんは平然と答えた。


 速い。


 それに手数が多い。


 片方を防いだ瞬間には、もう片方が飛んでくる。


 しかも、一発一発が軽くない。


 速さを優先して威力を捨てているわけじゃない。


 速くて、重い。


「もう一回お願いします」


「いいわよ」


 俺は木剣を構え直した。


     ◇


「はぁ……はぁ……」


 まただ。


 何度挑んでも、まともに一本入らない。


 対するエレナさんは、ほとんど息を乱していなかった。


「もう終わり?」


「……まだです」


「いい返事ね」


 木剣を構え直す。


 今度はこっちから攻めない。


 相手の動きをよく見て――。


「来ないの?」


「待ってるんです」


「何を?」


「隙を」


「じゃあ、作ってあげる」


 エレナさんが踏み込んだ。


 右の木剣。


 防ぐ。


 左。


 避ける。


 次は右――。


「ぐっ!」


 腹に衝撃が走った。


 蹴りだ。


 身体が後ろへ押し戻される。


「剣だけ見すぎ」


「……何ですか?」


「まだ終わってないわよ」


「っ!」


 迫る木剣を受ける。


 右。


 左。


 右。


 また左。


 防いでも防いでも、次が来る。


「くっ……!」


 強引に木剣を振り払う。


 だが、その瞬間。


 エレナさんが懐へ潜り込んだ。


 木剣が俺の首筋に触れる。


「はい。終わり」


「…………」


 また負けた。


「今の、分かった?」


「……剣ばっかり見てたってことですか?」


「そう」


 エレナさんが一歩離れる。


「剣が動いてから防ごうとしても、私の速さには間に合わないわ」


「じゃあ、どうすればいいんですか?」


「身体を見るの」


「身体?」


「肩、腰、足、重心。それに視線。剣が動く前に、身体のどこかが動いてる」


 エレナさんが自分の肩を指差す。


「もちろん、慣れた相手ならそこにも嘘を混ぜてくるけどね」


「……難しいですね」


「最初から全部できるわけないでしょ」


 それから、エレナさんは俺を見た。


「あんた、狩りをしてたんでしょ?」


「はい」


「獣が飛びかかってくる時、爪だけ見てた?」


「……いや」


 獣の足。


 身体の沈み込み。


 視線。


 飛びかかる直前の重心の移動。


 そういうものを見ていた。


「でしょう?」


「……なるほど」


「剣を持った途端、自分が今までやってきたことを忘れないことね」


 エレナさんが二本の木剣を構える。


「もう一回」


「はい!」


 俺も木剣を握り直した。


 今度は剣だけを追わない。


 肩。


 腰。


 足。


 身体全体を見る。


 エレナさんの右肩が動く。


 来る!


 カンッ!


「おっ」


 防いだ。


 次は左――。


 いや、違う!


「っ!」


 身体を引く。


 木剣が鼻先を通過した。


「へぇ」


 エレナさんが笑う。


「今のは悪くないわね」


「でしょう?」


「でも」


「え?」


 エレナさんが一気に横へ回り込んだ。


 次の瞬間。


 コンッ!


「いってぇ!」


 後頭部を叩かれた。


「調子に乗るのが早い」


「褒めた直後に叩かないでくださいよ!」


「隙があったから」


「……それはそうですけど」


 エレナさんは笑いながら二本の木剣を下ろした。


「でも、思ったより面白いわ」


「何がですか?」


「あんた」


「俺?」


「うん」


 エレナさんは少し考え込む。


 それから、何かを決めたように頷いた。


「よし。一か月ね」


「……何がですか?」


「一か月、私があんたを鍛える」


「…………」


 俺はエレナさんを見る。


 エレナさんも俺を見ている。


「……急ですね」


「そう?」


「そうですよ。今日会ったばかりじゃないですか」


「でも従姉弟でしょ?」


「またそれですか」


 エレナさんが肩をすくめる。


「今のままじゃ勿体ないのよ。狩人としての経験もあるし、身体の使い方も悪くない。でも、対人戦になると無駄が多い」


「……」


「もっと強くなりたいんでしょ?」


 イザークの顔が頭に浮かんだ。


 あいつの攻撃を読めなかった。


 剣を弾き飛ばされ、最後には何もできずに倒された。


 次も誰かが助けに来てくれるとは限らない。


「……はい」


「なら、やる?」


 答えは決まっていた。


「お願いします」


「決まりね!」


 エレナさんが満足そうに笑った。


「じゃあ、明日の朝から――」


 そこでエレナさんが何かに気づいたように、俺の後ろを見る。


 アリア、ルシオン、レン。


 三人とも、少し離れたところから俺たちを見ていた。


「そうだ」


「?」


「あんたたち三人もやる?」


「え?」


 アリアが自分を指差した。


「私たちも?」


「ええ」


「何で?」


「一緒に冒険してる仲間なんでしょ?」


「そうだけど」


「だったら一人だけ強くなっても仕方ないじゃない」


 エレナさんが三人を見渡す。


「一か月。まとめて面倒見てあげる」


「まとめてって……」


 アリアが苦笑する。


 すると、


「やる」


 真っ先に答えたのはレンだった。


「早いな!」


「強くなれるんでしょ?」


 レンがエレナさんを見る。


「もちろん」


「じゃあ、やる」


「即決かよ」


「ランドもやるんでしょ?」


「やるけど」


「なら僕もやる」


 レンは完全に乗り気だ。


 白狼旅団との戦いのあと、新しく籠手と脛当てまで買っていたくらいだ。


 もっと強くなりたいという気持ちは、こいつにもあるんだろう。


「いい返事ね」


 エレナさんが満足そうに頷く。


 続いてアリアを見る。


「あなたは?」


「うーん……」


 アリアが少し考える。


「強くなれるなら、やってみたいけど」


「決まり」


「まだ最後まで言ってないんだけど」


「嫌なの?」


「嫌じゃないけど……」


「じゃあ決まりね」


「強引ね、この人」


 アリアが俺を見る。


「俺に言うなよ」


 俺だって同じように巻き込まれた側だ。


「これで三人」


 エレナさんの視線が最後にルシオンへ向く。


「あなたは?」


「僕は遠慮しておきます」


 即答だった。


「あら」


「僕は剣士ではなく魔法使いですから」


 ルシオンが眼鏡を直す。


「エレナさんが優れた剣士なのは、先ほどの戦いを見て十分分かりました。ただ、僕の場合は魔法の研究や訓練に時間を使った方が――」


「それ、本気で言ってる?」


「……はい?」


 エレナさんがルシオンの前まで歩いていく。


 ルシオンよりかなり背が低い。


 それなのに、なぜかルシオンの方が押されているように見える。


「魔法使いなら接近戦は絶対に起きないの?」


「それは……」


「魔力がなくなったら?」


「…………」


「詠唱する暇がなかったら?」


「…………」


「敵に懐へ入られたら?」


「……おっしゃりたいことは分かります」


「なら決まりね」


「まだ参加するとは言ってませんが」


「一か月よ」


「話を聞いてください」


「大丈夫。魔法の練習をやめろとは言わないから」


「そういう問題では――」


「それに」


 エレナさんがニッと笑う。


「魔法使いを鍛えたことがないから、ちょうどやってみたかったのよね」


「僕を実験台にしないでください!」


 珍しくルシオンが強めの声を出した。


「はい、これで四人ね」


「まだ僕は了承していません!」


「じゃあ、嫌?」


「嫌というわけではありませんが……」


「なら決まり」


「…………」


 ルシオンが黙る。


 やがて、大きくため息をついた。


「……分かりました。一か月だけですよ」


「もちろん」


「魔法の訓練時間も確保してください」


「分かってるわ」


「本当でしょうね……」


 完全に諦めた顔をしている。


 こうして、なぜか俺だけだったはずの修行に、三人まで参加することになった。


「じゃあ明日から始めるわよ」


「はい」


「日の出前に集合」


「……日の出前?」


「そうよ」


「早くないですか?」


「修行するんでしょ?」


「しますけど……」


 アリアが俺の横から口を挟む。


「ちょっと待って。私たちも日の出前?」


「当然」


「そこは当然じゃないでしょ!」


「僕は平気」


 レンが答える。


「何でそんなにやる気なのよ!」


「強くなりたいから」


「正論なのが腹立つわね……」


 ルシオンが眼鏡を押し上げる。


「……僕は今から明日の睡眠時間を計算しておきます」


「ルシオンまで受け入れるの早くない?」


「抵抗しても無駄だと判断しました」


「賢明ね」


 エレナさんが満足そうに頷く。


 少し離れたところで、アイリスが笑っていた。


「大変だね、ランド」


「笑ってないで助けてくださいよ」


「無理」


「即答ですか……」


「エレナ、一度決めたら聞かないから」


「知り合って一日も経ってませんけど、もう分かってきました」


「でしょ?」


 アイリスが楽しそうに笑う。


 エレナさんはそんな俺たちを見回して、二本の木剣を肩に担いだ。


「一か月。覚悟しておきなさい」


 ランドだけじゃない。


 ルシオンも、レンも、アリアも。


 こうして俺たち四人は、エレナさんのもとで一か月修行することになった。

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