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突然現れた従姉

 アイリスへの報告を終え、行きと帰り、二件分の報酬を受け取る。


「これで二件とも終了です。お疲れさまでした」


「ありがとうございます」


 ようやく全部終わった。


 ベルナードへ向かってから、本当に色々あった。


 盗賊に襲われ、白狼旅団と戦い、イザークには負けた。


 レティシアたちが来なかったら、どうなっていたか分からない。


「さて、今日はどうする?」


 アリアが聞いてくる。


「とりあえず今日は――」


 バンッ!


 突然、ギルドの扉が勢いよく開いた。


「アイリス!」


 よく通る女の声がギルド中に響いた。


「……何だ?」


 振り返る。


 一人の女がズカズカとギルドの中へ入ってきた。


 俺より少し年上に見える、若い女だった。


 背はアリアよりも少し低い。百六十センチに届かないくらいだろうか。


 赤茶色の長い髪を後ろで束ね、整った顔立ちにはどこか気品がある。


 だが、勝気そうな目と堂々とした歩き方のせいか、おとなしい令嬢には到底見えない。


 身体は細身ながらも引き締まっていて、足取りに無駄がなかった。


 そして何より目を引いたのは、腰の左右に差した二本の剣だ。


 二刀流?


 女は周囲の視線なんて気にも留めず、そのまま真っ直ぐ受付へ向かってきた。


「あ、エレナ」


 アイリスが顔を上げる。


「聞いたわよ」


「何を?」


「とぼけないで。ここにヴィクトリーノを名乗った奴が来たんでしょ?」


「ちょっと、声大きいって」


「別にいいでしょ」


「よくない。もう少し場所を考えて」


「相変わらず細かいわね」


「エレナが大雑把なの」


 ……仲いいな、この二人。


 普段のアイリスは冒険者相手には丁寧に話している。


 こんなふうに話しているところは初めて見た。


「それで?」


 エレナと呼ばれた女が受付台へ両手をつく。


「どこの誰なの?」


「それを聞いてどうするの?」


「確認するのよ」


「何を?」


「本当にヴィクトリーノなのか」


 ヴィクトリーノ。


 その名前に、俺は思わず二人を見る。


「そんな話、どこで聞いたの?」


「人づてに。ヴィクトリーノの姓で登録した若い冒険者がいるって」


「……もう広まってるのね」


「だから来たのよ。知らない奴が勝手に名乗ってたら困るでしょ?」


「事情も分からないうちから、そう決めつけないの」


「だから確認しに来たんじゃない」


 知らない奴。


 ……俺のことか?


「あの」


 思わず声をかける。


「ん?」


 エレナが振り返った。


「ヴィクトリーノって――」


 そこまで言って、言葉が止まった。


「…………」


 何だ?


 初めて会ったはずなのに、どこかで見たことがある。


 改めて顔を見る。


 すっと通った鼻筋。


 形のいい眉。


 そして、少し切れ長の目。


 誰かに似ている。


 エレナも俺の顔を見たまま、動かなくなった。


「……あんた」


「何ですか?」


「ちょっと顔、よく見せて」


「え?」


 エレナが俺の前まで来る。


 俺より頭一つほど背が低いので、少し見上げるようにして顔を覗き込んできた。


「ち、近いですって」


「…………」


「あの……」


「似てる」


「何がですか?」


 エレナが俺の目元を見る。


「リエラ叔母さんに」


「――え?」


 その名前を聞いた瞬間、身体が止まった。


「今……リエラって言いました?」


「言ったけど」


「何で母さんの名前を知ってるんですか?」


「……母さん?」


 今度はエレナが固まった。


「リエラ叔母さんが、あんたの母親?」


「はい」


「…………」


 エレナが俺を見る。


 次にアイリスを見る。


「アイリス」


「うん」


「まさか……この子?」


 アイリスは俺を見てから、小さく頷いた。


「そう。さっき話していた子よ」


「…………」


 エレナの視線が俺へ戻る。


「名前は?」


「ランドです」


「ランド……」


 何かを確かめるように呟く。


「ランド・ヴィクトリーノ?」


「……はい」


「母親はリエラ?」


「はい」


「……そう」


 さっきまでの勢いが少しだけ消えた。


 エレナはしばらく俺の顔を見つめる。


 やがて、小さく笑った。


 その笑顔を見て、ようやく分かった。


 母さんだ。


 もちろん、そっくりというわけじゃない。


 母さんより目つきは鋭いし、表情もずっと勝気だ。


 でも、笑った時の目元がよく似ていた。


「やっぱり似てるわ」


「母さんにですか?」


「うん。特に目元がね」


「母さんのこと、知ってるんですか?」


「少しだけ」


「少し?」


「私も小さかったから、そんなに覚えてないの。何度か会ったことがあって、遊んでもらったくらい」


「そうなんですか……」


 母さんを知っている。


 ほんの少しとはいえ、それだけでも驚きだった。


 するとエレナが、何かを思い出したように聞いてくる。


「そうだ。キリカさんは?」


「キリカ?」


「元気にしてる?」


「はい。元気ですよ」


「そっか」


 エレナが少し安心したように笑った。


「ならよかった」


「キリカのことも知ってるんですか?」


「昔、少しだけね」


「この前、キリカから母さんたちのことを聞いたんです」


「そうなの?」


「はい」


「じゃあ、ヴィクトリーノのことも?」


「少しだけですけど」


 俺が答えると、エレナが頷いた。


「なら、全く知らないってわけじゃないのね」


「まあ、そうですね」


「それなら話が早いわ」


「ああ、そういえば私もまだ名乗ってなかったわね」


 エレナが腰に手を当てる。


「私はエレナ」


 一度言葉を切る。


「エレナ・ヴィクトリーノよ」


「――!」


 やっぱり。


 同じ姓だ。


「ヴィクトリーノ……」


「そう」


「じゃあ、母さんとは……」


「リエラ叔母さんは、父さんの妹よ」


「お父さん?」


「リカルド」


「――リカルド?」


 その名前には聞き覚えがあった。


 キリカから聞いた名前だ。


 その娘が、今目の前にいる。


 ヴィクトリーノのことを聞いてから、俺も考えてはいた。


 王都に戻ったら、いずれ俺の方からヴィクトリーノ家の人たちに会いに行こうと。


 母さんのことも、もっと知りたかった。


 ただ――。


 まさか王都に帰ってきたその日に、向こうからやって来るとは思っていなかった。


「リカルドって……」


「知ってる?」


「はい。この前、キリカさんから聞きました」


「そっか」


「じゃあ、エレナさんが……」


「うん」


 エレナが自分を指差す。


「リカルドの一人娘」


「…………」


 キリカから聞いたリカルド。


 その娘が、今目の前にいる。


「ってことは……」


「ええ」


 エレナがニッと笑った。


「私とあんたは従姉弟ってことになるわね」


「……従姉弟」


 俺に従姉がいた。


 しかも、王都へ戻ってきたその日に会うなんて思ってもいなかった。


「ランドの従姉?」


 隣からアリアが顔を出す。


「そうみたいだ」


「そうみたいって……」


「だって、俺だって今知ったんだから仕方ないだろ」


「それもそうね」


「まさか、王都に戻った日に親族と再会するとは思いませんでしたね」


 ルシオンが驚いたように言う。


「俺もだよ」


「……顔、ちょっと似てる」


 レンが俺とエレナを見比べる。


「そうか?」


「うん。目の辺り」


「やっぱり分かる?」


 エレナが嬉しそうに笑った。


「私はヴィクトリーノを名乗る奴が現れたって聞いて、確認しに来ただけだもの」


「じゃあ、ランドがいること自体知らなかったの?」


 アリアが聞く。


「全然」


 エレナはあっさり答えた。


「名前だって今初めて聞いたし」


「そりゃそうか」


「あなたたちは?」


 エレナが三人を見る。


「アリアよ」


「ルシオンです」


「レン」


「ランドの仲間?」


「はい」


 俺が答える。


「一緒に冒険してるんです」


「へぇ」


 エレナが三人を順番に見る。


「ちゃんと仲間もいるのね」


「何ですか、その言い方」


「別に?」


「今日初めて会いましたよね?」


「従姉なんだからいいでしょ」


「便利ですね、その立場」


 エレナが楽しそうに笑う。


 なんというか。


 随分と距離を詰めるのが早い人だ。


 すると、エレナの視線が俺の腰で止まった。


「剣、使うの?」


「はい」


「冒険者なんでしょ?」


「そうですけど」


「ランクは?」


「ブロンズです」


「もうブロンズなんだ。まあ、ヴィクトリーノの人間ならそれぐらい当然よね」


「……そうなんですか?」


「そうよ」


 何の迷いもなく言い切った。


 この人にとっては、それが当たり前らしい。


「ふーん……」


 エレナの目つきが変わった。


 顔じゃない。


 肩。


 腕。


 腰。


 足。


 俺の身体全体を観察している。


「……何ですか?」


「ちょっと気になっただけ」


「何がです?」


「どのくらい戦えるのかなって」


「それなりには戦えますよ」


「それなりねぇ」


「ランド、結構強いよ」


 レンが横から言った。


「へぇ?」


 エレナが興味深そうにレンを見る。


「でも、もっと強くなりたいんでしょ?」


「……まあ」


「なら、ちょうどいいんじゃない?」


「何がちょうどいいんですか」


「エレナ」


 アイリスが呆れたような声を出す。


「何?」


「その顔やめて」


「どの顔よ」


「面白そうなものを見つけた時の顔」


「失礼ね」


「何年の付き合いだと思ってるの」


 エレナはそんなアイリスを無視して、俺を見る。


「ランド」


「何ですか?」


「ちょっと付き合いなさい」


「どこにですか?」


「訓練場」


「……何でですか?」


「決まってるでしょ」


 エレナが腰の二本の剣に手を置く。


「あんたの実力を見るのよ」


「は?」


「せっかく従弟が見つかったんだもの。どのくらい戦えるのか気になるじゃない」


「気になるからって、いきなり戦うんですか?」


「剣士同士なら一番分かりやすいでしょ?」


「分かりやすいですけど……」


 俺もエレナの腰を見る。


 二本の剣。


 ただ立っているだけなのに、妙に隙がない。


 身体は小柄なのに、こちらが不用意に踏み込めば先に斬られそうな気がした。


「そもそも、エレナさんは強いんですか?」


 そう聞いた瞬間。


「…………」


 なぜかアイリスが黙った。


 近くにいた何人かの冒険者まで、ちらりとこちらを見る。


「何だ?」


「ランド」


 ルシオンが小さな声で言う。


「今、何人かこちらを見ましたよ」


「何で?」


「さあ……」


 エレナは一瞬きょとんとしてから、


「ふっ」


 笑った。


「何ですか?」


「いや、別に」


 エレナが腰の二本の剣を軽く叩く。


「強いかどうか知りたいんでしょ?」


「はい」


「なら――」


 ニッと笑う。


「自分で確かめればいいじゃない」


 ……何だろう。


 その笑顔を見た瞬間。


 聞く相手を間違えた気がした。

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