ベルナードの夜二日目
剣を受け取った後も、俺たちはしばらくベルナードの街を歩いて回った。
港町から運ばれてきた魚介類。
見たことのない果物や香辛料。
王都ではあまり見かけない魔道具。
気になる店を見つければ立ち寄って、疲れたら適当に休む。
そうしているうちに、空が赤く染まり始めた。
「そろそろ宿に戻るか」
「そうですね」
「賛成。結構歩いたし」
アリアが伸びをする。
その金色の髪には、さっき買った青い髪飾りがついたままだ。
「レンは?」
「僕もいいよ」
「じゃあ戻るか」
◇
宿へ戻り、夕食を済ませる。
その後は特に予定もない。
俺たちはそれぞれ好きに過ごすことにした。
俺は部屋で、手入れしてもらった剣を改めて確認する。
細かな刃こぼれも綺麗になくなっていた。
レンは新しく買った籠手と脛当ての具合を確かめると言っていた。
アリアは風呂に行くらしい。
そしてルシオンは――。
「…………」
食堂の隅で本を読んでいた。
ベルナードの古書店で買った、アルベルト・クロイツの本だ。
ページをめくる目が真剣すぎて、声をかけるのも悪い気がする。
「そんなに面白いのか?」
「はい」
即答だった。
「四大属性それぞれの特性だけでなく、それらをどう組み合わせるかまで書かれています。特に――」
「待て」
「はい?」
「長くなりそうだからいい」
「……そうですか」
ちょっと残念そうな顔をするな。
「でも、本当に好きなんだな」
「もちろんです」
ルシオンはまた本へ視線を落とす。
こいつ、放っておいたら夜中まで読んでそうだな。
「ほどほどにしろよ」
「分かっています」
本当に分かってるのか?
まあ、明日の朝に起きられるなら好きにすればいいか。
俺も自分の部屋へ戻った。
◇
ベッドへ腰を下ろし、剣を眺める。
昨日のイザークとの戦いが頭に浮かんだ。
強かった。
今の俺じゃ勝てなかった。
やっぱり悔しい。
コンコン。
「ランド?」
「開いてるぞ」
入ってきたのはアリアだった。
髪には、まだ青い髪飾りがついている。
「まだつけてるのか?」
「気に入ったの」
「そっか」
アリアが俺の剣を見る。
「昨日のこと考えてた?」
「……まあな」
「悔しい?」
「そりゃな」
「なら、次に勝てばいいじゃない」
「簡単に言うな」
「でも、ランドならもっと強くなるでしょ?」
ずいぶん簡単に言ってくれる。
「……そのつもりだ」
「なら大丈夫」
アリアが笑った。
「それだけ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
扉へ向かうアリアを見て、ふと思う。
「アリア」
「何?」
「……髪飾り、似合ってるぞ」
「!」
アリアが一瞬固まった。
「さっきも言ったけど」
「……分かってるわよ」
少しだけ顔を逸らす。
「おやすみ!」
「お、おう」
アリアはそのまま部屋を出ていった。
……何だったんだ?
俺も剣を鞘へ戻す。
隣の部屋からは物音一つしない。
ルシオンはまだ本を読んでるんだろうか。
レンも今頃は寝ているかもしれない。
ベルナードに来てから色々あった。
白狼旅団との戦い。
イザークとの敗北。
レティシアたちとの出会い。
そして今日は、街を歩いて買い物をした。
明日はまた王都へ向けて出発する。
「……寝るか」
灯りを消し、ベッドへ横になる。
こうして、ベルナードでの夜は静かに過ぎていった。
◇
翌朝。
俺たちは朝飯を済ませ、荷物を持って宿を出た。
まだ朝早いというのに、ベルナードの大通りには何台もの荷馬車が行き交っている。
「眠い」
レンが欠伸をする。
「昨日ちゃんと寝たのか?」
「寝た」
「じゃあ何で眠いんだよ」
「朝だから」
「……それはそうか」
「納得するんですね」
ルシオンが笑う。
「遅れないでよ。商人を待たせたらまずいんだから」
アリアが先を歩いていく。
その髪には、今日も青い髪飾りがついていた。
「今日もつけてるのか?」
「悪い?」
「いや、別に」
「ならいいでしょ」
アリアが少し嬉しそうに髪飾りへ触れた。
そこまで気に入ってくれたなら、買った甲斐はあったな。
俺たちはそのまま、昨日聞いていた待ち合わせ場所へ向かった。
◇
待ち合わせ場所は、ベルナードの西門に近い広場だった。
着いた時には、すでに二台の荷馬車が停まっている。
木箱や麻袋が積み込まれ、御者たちが馬具の最終確認をしていた。
「あれだな」
事前に聞いていた通り、二台の荷馬車だ。
俺たちが近づくと、商人らしい男がこちらへやって来た。
「護衛を引き受けてくださった冒険者の方ですね?」
「はい。ランドです」
「お待ちしていました」
「こっちがルシオン、レン、アリアです」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「よろしくね」
「こちらこそ。王都までよろしくお願いします」
商人が二台の馬車を示す。
「荷物の積み込みはほとんど終わっています。予定通り、もうすぐ出発できます」
「分かりました」
「それと――」
商人の表情が少し曇った。
「昨日、ベルナードへ向かう街道で大規模な盗賊団が出たそうですね」
「白狼旅団です」
「やはり……」
「俺たちも昨日、襲われました」
「あなた方が?」
商人が驚く。
「王国騎士団が来てくれたので何とかなりました。ただ、奴らは撤退しただけです」
「なるほど……」
商人は少し考えてから頷いた。
「危険があると判断した場合は、皆さんの意見も聞かせてください。無理に予定を優先するつもりはありません」
「分かりました」
話の分かる依頼人で助かる。
危険な状況で無理に進めと言われるより、ずっとやりやすい。
出発前に配置だけ確認しておく。
「俺とレンが前。ルシオンは後ろを頼む」
「分かりました」
「アリアは何かあったら、どっちにも動けるようにしてくれ」
「了解」
やがて荷物の積み込みが終わり、御者たちも馬車へ乗り込む。
「準備できました。出発しましょう」
「はい」
俺も先頭の馬車へ乗り込んだ。
御者が手綱を鳴らす。
二台の馬車がゆっくりと動き始めた。
昨日はベルナードへ来る途中で白狼旅団に襲われた。
今度は同じ道を王都へ戻る。
できれば、帰りくらい何事もなく終わってほしい。
ベルナードの門を抜ける。
賑やかな街並みが少しずつ遠ざかっていく。
こうして俺たちは、王都へ向けて出発した。
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