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交易都市でお買い物

古書店を出て大通りを歩いていると、レンが足を止めた。


「ランド、あれ」


「ん?」


 レンが指差した先には、小さな屋台があった。


 透明な器の中に、赤や白、橙色の菓子が並んでいる。その横では、箱型の魔道具から冷たい空気が漂っていた。


「何だ、あれ?」


「氷菓ですね。果汁や乳を冷却魔道具で凍らせた菓子です」


 ルシオンが説明する。


「食べたい」


「俺も食ってみたいな」


「私も!」


「では、僕も」


 四人で屋台へ向かった。


 レンは南方から運ばれてきたというマンゴラ。


 俺はミルク。


 アリアは木苺。


 ルシオンは少し酸味のあるリムの実。


 見事に全員違う味になった。


 一口食べる。


「冷たっ!」


「一気に食べるからよ」


 アリアが笑う。


「でも、うまいな」


「ランド、こっちも食べてみる?」


「じゃあ一口」


 アリアの木苺をもらう。


 今度はレンがマンゴラを差し出してきた。


「これも」


「おう」


「僕のもどうぞ」


 ルシオンからはリムの実。


 せっかく全員違う味を選んだんだ。


 俺のミルクも渡して、四人で少しずつ食べ比べる。


「俺はミルクが一番だな」


「私はマンゴラかな」


「僕もマンゴラ」


「僕はリムですね」


「見事にバラバラだな」


「その方がいいじゃない。また食べる時も分けられるし」


「また食べる気か?」


「ランドだって気に入ったでしょ?」


「……まあな」


 否定はできない。


 王都にもあればいいんだけどな。


     ◇


 氷菓を食べ終え、再び大通りを歩く。


 香辛料に衣服、装飾品、魔道具。


 ベルナードには王都で見かけない物がいくらでもある。


 そんな中、俺の足が止まった。


「ランド?」


「ちょっと寄っていいか?」


 店先には、剣や槍、斧、盾が並んでいる。


 武器屋だ。


「もちろん」


 四人で中へ入った。


     ◇


「いらっしゃい」


 店の奥から、髭を生やした大柄な男が出てきた。


「冒険者か。何か探してるのか?」


「この剣を見てもらいたくて」


 俺は腰から剣を外した。


 昨日、イザークとは何度も激しく打ち合った。


 剣を受け、弾かれ、こっちからも何度も打ち込んだ。


 最後には剣まで弾き飛ばされた。


 あれだけやり合ったんだ。


 さすがに何ともないとは思えない。


「貸してみろ」


「お願いします」


 店主は剣を抜くと、光にかざして刃を調べ始めた。


「……派手にやったな」


「分かるんですか?」


「見りゃ分かる。ここを見ろ」


 店主が刃の一部を指差す。


 小さく欠けていた。


「こっちにも刃こぼれ。それに細かい傷も多い」


「そんなに……」


「相手も剣か?」


「はい」


 間違いなくイザークとの打ち合いでついた傷だろう。


 普段から手入れはしていたつもりだったけど、自分じゃ気づかなかった。


「どうです?」


「剣自体は悪くない。歪みもほとんどない。研ぎ直して細かい傷を整えれば、まだ十分使える」


「じゃあ、お願いします」


「ああ。夕方までには仕上げておく」


 店主が剣を鞘へ戻す。


「激しく打ち合った後は、身体だけじゃなく武器も見てやれ。戦ってる最中に折れてからじゃ遅いからな」


「はい」


 これは覚えておこう。


 狩りの道具だって、使えば傷む。


 剣も同じだ。


「新しい剣は見なくていいの?」


 アリアが聞いた。


「ああ」


「今の剣が気に入ってる?」


「それもあるけど……昨日負けたのは、こいつのせいじゃないからな」


 もっと高い剣なら勝てた。


 もっと切れる剣なら勝てた。


 そんな戦いじゃなかった。


 イザークの方が、俺より強かった。


「足りなかったのは俺の腕だ」


「……そっか」


「だから、今はこいつでいい」


 まずは今の剣をもっと使いこなす。


 買い替えるなら、その先だ。


「ランド」


 レンに呼ばれた。


「ん?」


「これ」


 レンが見ていたのは、小さな籠手だった。


 普通の剣士が使う物より薄く、手の甲から手首までを革と金属で覆っている。


「そいつは格闘家用だ」


 店主が言った。


「拳を握る邪魔にならんよう、軽く作ってある」


「着けていい?」


「ああ」


 レンが籠手を装着する。


 拳を握って、開く。


 もう一度握る。


 軽く腕を振ってから頷いた。


「いい」


「気に入ったのか?」


「うん。買う」


「即決だな」


 レンは自分の拳を見た。


「昨日、もっと早くあいつらを倒せてたら、ランドのところに行けたから」


「……俺?」


「うん」


 昨日の戦いを思い出す。


 レンは何人もの獣人に囲まれていた。


 それでも動きはほとんど落ちていなかった。


 余力だって残っていた。


 ただ、敵の数が多すぎて、馬車のそばを離れられなかった。


「お前はちゃんと馬車を守ってただろ」


「でも、もっと早く倒せたかもしれない」


「それは――」


「ランド、死にそうだったし」


「……まあ」


 否定できない。


 レティシアが来なかったら、どうなっていたか分からない。


「だから、次はもっと早く倒す」


 いつもの淡々とした声だった。


 でも、こいつなりに昨日のことを気にしてたんだろう。


「別にお前のせいじゃないぞ」


「分かってる」


 レンが俺を見る。


「でも、強い方が仲間を助けられるでしょ?」


「……そうだな」


 それなら、俺も同じだ。


 昨日より強くなれるなら、その方がいい。


「蹴りも使うのか?」


 店主が尋ねる。


「使う」


「なら、これも試してみろ」


 取り出したのは、革と薄い金属で作られた脛当てだった。


「拳だけ守っても仕方ない。硬い魔物を蹴るなら、脛も守っておけ」


 レンが脛当ても装着する。


 膝を曲げ、脚を上げる。


 何度か蹴る動きをしてから頷いた。


「邪魔にならない」


「なら、両方あった方がよさそうね」


 アリアが言う。


「うん」


 レンは迷わなかった。


「籠手と脛当て、両方ください」


「あいよ。身体に合わせて調整してやる」


     ◇


 しばらくして、調整を終えた籠手と脛当てをレンが装着する。


 何度か拳を握ってから、俺を見る。


「ランド」


「何だ?」


「試していい?」


「俺で試すな」


「まだ何も言ってない」


「顔で分かる」


「軽く」


「お前の軽くは信用できねぇんだよ!」


 アリアが吹き出す。


 ルシオンまで小さく笑っていた。


「でも、似合ってるじゃない」


 アリアがレンを見る。


「前より格闘家らしくなったわよ」


「そう?」


「ああ。お前には合ってると思うぞ」


 俺が言うと、レンは籠手を眺めた。


「これなら、次はもっと早く倒せそう」


「無茶はするなよ」


「ランドに言われたくない」


「……それはそうだな」


     ◇


 武器屋を出て、再び大通りを歩く。


 俺の剣は夕方まで預けることになった。


 レンは新しい籠手と脛当てが気に入ったらしく、時々拳を握って感触を確かめている。


 ルシオンは相変わらずアルベルト・クロイツの本を大事そうに抱えていた。


 しばらく歩いていると、


「わぁ……」


 アリアが足を止めた。


「どうした?」


「見て。綺麗じゃない?」


 小さな露店だった。


 腕輪や首飾り、指輪、髪飾りなんかが並んでいる。


「あ、これ可愛い」


 アリアが手に取ったのは、青い花をかたどった小さな髪飾りだった。


 そのまま自分の金色の髪に当てる。


「どう?」


「俺に聞くのか?」


「聞いてるんだから答えてよ」


 仕方なく見る。


 背中まで伸びた金色の髪に、青い花。


 俺には装飾品の良し悪しなんて分からないけど。


「……似合ってるんじゃないか?」


「本当?」


「ああ。いいと思う」


「…………」


 アリアが少しだけ目を丸くした。


「何だよ?」


「ランドもそういうこと言えるのね」


「聞いたのお前だろ」


「ふふっ、そうだけど」


 アリアはもう一度髪飾りを眺める。


 気に入ってるみたいだったが、しばらくすると元の場所へ戻した。


「買わないのか?」


「うん。他にも見てみたいし」


「そうか」


 アリアは別の商品を見始める。


 俺は元に戻された髪飾りを見る。


 ……結構似合ってたんだけどな。


「これ、いくらですか?」


「え?」


 アリアが振り返った。


 店主に金を払い、青い髪飾りを受け取る。


「ほら」


 アリアへ差し出した。


「……何?」


「さっきの髪飾り」


「それは分かるけど……なんで?」


「気に入ってたんだろ?」


「そうだけど」


「じゃあ、やるよ」


「私に?」


「他に誰がいるんだよ」


「…………」


 アリアが黙った。


「いらないなら――」


「いる!」


 すぐに髪飾りを受け取る。


「お、おう」


 アリアは両手で髪飾りを持つと、大事そうに眺めた。


「……ありがと」


「おう」


「大事にする」


「そんな高い物じゃないぞ?」


「そういうことじゃないの」


「?」


「もう、いいから」


 アリアは髪飾りを金色の髪につけた。


 それから俺の方を向く。


「どう?」


「さっきも見ただろ」


「もう一回」


「……似合ってるよ」


「そっか」


 アリアが嬉しそうに笑った。


 いつもの勝気な笑い方とは、少しだけ違って見えた。


「よかったね、アリア」


 レンが言う。


「うん。ありがと」


 アリアが髪飾りにそっと触れる。


「本当に気に入ったみたいですね」


 ルシオンも微笑んだ。


「もちろん。せっかくランドが買ってくれたんだもの」


「そんなに喜ぶとは思わなかったけどな」


「だから値段じゃないって言ってるでしょ」


「そういうもんなのか?」


「そういうものなの」


 よく分からない。


 ルシオンを見ると、なぜか小さく笑っていた。


「何だよ?」


「いえ。何でもありません」


「絶対何かあるだろ」


「気のせいですよ」


 何なんだ。


「じゃあ、次行きましょ」


 アリアが楽しそうに歩き出す。


「ああ」


 その金色の髪で、青い花が揺れていた。


 まあ。


 あれだけ喜んでくれたなら、買った甲斐はあったか。


 俺たちは再び、ベルナードの賑やかな大通りを歩き始めた。

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