ベルナードの夜
受領印の押された完了証明書をしまう。
これを王都のギルドへ持ち帰れば、正式に依頼達成だ。
「これで仕事は終わり?」
アリアが聞いてくる。
「護衛はな。あとは王都に戻って報告すれば終わりだ」
「じゃあ、ご飯?」
「その前にもう一個ある」
「まだあるの?」
露骨に嫌そうな顔をするな。
「白狼旅団のことだよ」
「あっ」
忘れてたな、こいつ。
俺たちが襲われたのは、ベルナードからそう遠くない街道だ。
イザークたちがまだこの辺りにいる可能性もある。
「王都へ戻る前に、こっちの冒険者ギルドにも知らせた方がいいだろ」
「それはそうね」
「私たちも行くぞ」
後ろから声がした。
レティシアさんだ。
隣にはディーノもいる。
「捕らえた連中はこちらで預かる。白狼旅団については、現地の守備隊と冒険者ギルドにも情報を共有しておこう」
「分かりました」
「では行くぞ」
レティシアさんが歩き出す。
数歩進んだところで、ディーノが呼び止めた。
「団長」
「何だ?」
「ギルドはそちらではありません」
「……」
レティシアさんが止まる。
「知っていた」
「では、なぜ逆方向へ?」
「街の様子を確認しようと思っただけだ」
「そういうことにしておきます」
「何だ、その言い方は」
笑いそうになって、慌てて口を閉じた。
この人、耳がいいからな。
◇
ベルナードの冒険者ギルドは、大通りから少し外れた場所にあった。
王都ほど大きくはないが、二階建ての立派な建物だ。
中へ入った途端、周囲の視線が集まった。
「騎士団?」
「何かあったのか?」
まあ、そうなるよな。
「責任者はいるか?」
レティシアさんが受付へ向かう。
「は、はい! 少々お待ちください!」
受付の女性が慌てて奥へ走っていった。
「団長」
「何だ?」
「もう少し穏やかに話しかけてもよかったのでは?」
「普通に聞いただけだ」
たぶん話し方より、迫力の問題だと思う。
しばらくして、四十代くらいの男が奥から出てきた。
「お待たせしました。ベルナード支部の副支部長を務めております」
レティシアさんを見ると、すぐに表情を引き締める。
「王国騎士団長レティシア・グレイヴ殿ですね。本日はどのようなご用件でしょうか」
「街道で白狼旅団と交戦した」
「……白狼旅団ですか?」
「ああ。首領のイザークもいた」
周囲がざわついた。
どうやら、こっちでも名前は知られているらしい。
「詳しくお聞かせください」
「そのために来た。ランド、君たちも来てくれ」
「はい」
俺たちは奥の部屋へ通された。
◇
昨日と今日、二度にわたって襲撃されたことを説明した。
倒木で街道を塞がれ、弓を持った奴らと獣人たちに囲まれたこと。
そして今日、首領のイザークが率いる白狼旅団と交戦したこと。
「イザーク本人が名乗ったのですね?」
「はい」
副支部長の表情が険しくなる。
「白狼本人が出てきたとなると、事態は思った以上に深刻ですね」
「ああ。奴らは撤退しただけだ。壊滅したわけではない」
レティシアさんが答える。
「承知しました。すぐに警戒を強めます。街道を利用する冒険者や商人にも注意を出しましょう」
「頼む」
これなら少しは安心だ。
「皆さんも、王都へ戻る際は十分注意してください」
「はい」
これで、ベルナードでやるべきことは終わった。
◇
ギルドを出る頃には、空が赤く染まっていた。
「終わったぁ……」
アリアが大きく伸びをする。
「今度こそ終わりよね?」
「今日はな」
「よし!」
「何がそんなに嬉しいんだよ」
「やっと休めるじゃない」
まあ、それは俺も同じだ。
「宿を探すか」
「その前にご飯」
レンが言う。
「宿が先だ」
「ご飯」
「荷物置いてからな」
「……分かった」
そんなに残念そうな顔するなよ。
大通り近くで、一階が食堂になっている宿を見つけた。
扉を開けた瞬間、肉の焼ける匂いが鼻に入る。
「ここ」
レンが即決した。
「まだ中も見てないだろ」
「ここがいい」
「決断早いな」
「僕も賛成です……」
ルシオンまで。
相当疲れてるな。
部屋を取り、荷物を置いてから食堂へ戻った。
◇
「うまっ」
肉を口に入れた瞬間、思わず声が出た。
香ばしく焼けた肉に濃いめの味付け。
疲れた身体に染みる。
「これ美味しいね」
レンはもう二皿目だ。
「食うの早すぎだろ」
「お腹空いてたから」
「知ってる」
ルシオンはスープをゆっくり飲んでいる。
さっきより顔色もいい。
「生き返るわね」
アリアが満足そうにパンをちぎる。
「治癒魔法使える奴が言うと変な感じだな」
「私の魔法は空腹には効かないの」
「十分便利だろ」
「でしょ?」
いつものように、くだらない話をしながら飯を食った。
俺も普通に笑っていた。
それでも――。
今日の戦いだけは、頭から離れなかった。
◇
夜。
ベッドに腰掛け、壁に立てかけた剣を見る。
イザーク。
強かった。
力も、速さも、剣の腕も。
今の俺じゃ、あいつには勝てない。
それが悔しかった。
でも――。
だったら、もっと強くなればいい。
次に戦う時、今日より強くなっていればいい。
それだけだ。
コンコン。
扉が鳴った。
「ランド、起きてる?」
アリアだ。
「起きてるぞ」
「入っていい?」
「ああ」
扉が開き、アリアが顔を出した。
「どうした?」
「ちょっと気になって」
「何が?」
「ランドが」
「俺?」
アリアは部屋へ入ると、俺の顔をじっと見る。
「イザークのこと、気にしてるでしょ」
「……まあな」
「やっぱり」
隠してたつもりだったんだけどな。
「今の俺じゃ、あいつに勝てなかった」
「でも、負けてもないでしょ?」
「え?」
「ランドがあいつを引きつけてたから、私たちは馬車を守れた。ちゃんとベルナードにも着いた」
アリアが俺の隣に腰を下ろす。
「護衛としては、ちゃんと仕事したじゃない」
「……そうだけどな」
「それでも悔しい?」
「ああ」
「じゃあ、次は勝てばいいじゃない」
「簡単に言うな」
「だってランド、もっと強くなるつもりなんでしょ?」
「……まあな」
「ならいいじゃない」
妙に自信満々だ。
「何でお前がそんな自信あるんだよ」
「何となく」
「何となくかよ」
「でも、私はそう思ってる」
アリアが笑う。
「ランドなら、もっと強くなるって」
「……そうか」
不思議と、少しだけ気が楽になった。
「ありがとな」
「どういたしまして」
アリアが立ち上がる。
「じゃあ、もう寝なさい」
「お前、何しに来たんだよ」
「元気づけに来たの」
「自分で言うのか」
「ちゃんと元気になったでしょ?」
「まあ、少しは」
「なら成功ね」
満足そうに扉へ向かう。
「あ、そうだ」
「何だ?」
「明日はベルナードを見て回るわよ」
「決定なのか?」
「もちろん」
「いつ決まったんだよ」
「今」
「勝手に決めんな!」
「おやすみ!」
アリアは笑いながら扉を閉めた。
「……ったく」
静かになった部屋で、俺は小さく笑う。
もう一度、剣を見る。
今の俺じゃ、イザークには勝てない。
でも――次は分からない。
俺は明かりを消し、ベッドへ横になった。
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