護衛依頼、完了
しばらくすると、街道に静けさが戻ってきた。
さっきまで剣と怒号が飛び交っていたのが嘘みたいだ。
「負傷者はこちらへ!」
「動ける者は周囲を警戒しろ!」
騎士たちが手際よく動いている。
逃げ遅れた白狼旅団の連中は拘束され、負傷者の手当ても始まっていた。
馬車にも大きな損傷はない。
御者たちも怪我はしたけど、アリアの治癒のおかげで全員動けるようだった。
「よかった……」
御者の一人が馬車にもたれかかる。
「荷も無事だ」
「そこ大事なんだな」
「商人ですからね」
「まあ、そうか」
その時。
「ランド」
振り返る。
レティシアさんとディーノが歩いてきた。
「傷はどうだ?」
「アリアに治してもらったので、もう大丈夫です」
「そうか」
レティシアさんが俺を上から下まで確認する。
「ならいい」
ディーノもほっとしたように息を吐いた。
「間に合って本当によかったです」
「そういえば」
俺は二人を見る。
「どうしてここに?」
朝、騎士団は昨日襲われた場所を調べに向かったはずだ。
俺たちとは逆方向だった。
「昨日の現場を調べたんです」
ディーノが答える。
「街道脇に、大人数が移動した跡が残っていました」
「大人数?」
「昨日あなた方を襲った者たちだけではありません。さらに多くの足跡が、ベルナード方面へ続いていたんです」
「それで追ってきたのか」
「はい。嫌な予感がしたので」
「私はすぐ追うべきだと言ったんだがな」
レティシアさんが腕を組む。
「団長は現場を見る前から言っていたでしょう」
「結果的に正しかった」
「今回は、ですね」
「……何だ、その言い方は」
やっぱりこの二人、こんな感じなんだな。
隣にいたレンが二人を見上げる。
「仲いいね」
「お前、本人たちの前で言うなよ」
「聞こえているぞ」
「ほら!」
耳までいいのか、この人。
ディーノが小さく咳払いする。
「ともかく、今回の件は予想以上に大きいです」
「白狼旅団か?」
「ええ」
ディーノが拘束された連中を見る。
「首領が自ら出てきた上に、この人数です。単なる街道荒らしとして扱うわけにはいきません」
イザーク。
あれだけ強い奴が、白狼旅団の頭。
しかも今日いた奴らが全員とも限らない。
「ベルナードの騎士団と冒険者ギルドにも情報を共有します。皆さんも到着後、襲撃について報告をお願いします」
「分かりました」
「それと」
ディーノがレティシアさんを見る。
「我々もベルナードまで同行します」
「一緒に?」
「ああ」
レティシアさんが答える。
「連中が引き返してこないとも限らん。捕虜もいるからな」
拘束された白狼旅団の連中が騎士たちに連れていかれている。
確かに、このまま置いていくわけにもいかない。
「助かります」
「礼は要らん。騎士の仕事だ」
レティシアさんが声を張る。
「出発準備を急げ! 日が落ちる前にベルナードへ入るぞ!」
「はっ!」
騎士たちが動き始めた。
ディーノが小さく息を吐く。
「負傷者もいますから、速度は抑えてくださいね」
「分かっている」
「なら大丈夫です」
「何だ、その不安そうな顔は」
……まあ、ディーノがいるなら大丈夫だろう。
◇
それからの道中は驚くほど静かだった。
当然か。
前にも後ろにも王国騎士団がいる。
これを見て襲ってくる奴がいたら、相当な馬鹿だ。
「急に楽になったわね」
アリアが馬車の横を歩きながら言う。
「ああ」
「最初から騎士団が護衛してくれればよかったのに」
「それじゃ俺たちの仕事がないだろ」
「報酬だけ貰えれば――」
アリアが口を閉じる。
「……今のなし」
「言ったな?」
「言ってないわ」
元気そうで何よりだ。
前を歩いているレンにも声をかける。
「レン、身体は大丈夫か?」
「うん」
「あれだけ戦ったのに?」
「ちょっと疲れた」
「ちょっとかよ……」
相変わらずだ。
一方。
ルシオンは馬車の荷台にもたれかかっていた。
「ルシオン、生きてるか?」
「生きています……」
「声が死んでるぞ」
「魔力がほとんど残っていないので……」
「寝てていいぞ」
「そうします……」
ルシオンが目を閉じる。
しばらくすると、本当に寝てしまった。
「早いな」
「それだけ疲れてるのよ」
アリアが苦笑する。
まあ、あれだけ魔法を使えば当然か。
俺も身体のあちこちが重い。
傷は治っても、疲れまで消えるわけじゃない。
それでも。
馬車は動いている。
荷物も守った。
あとはベルナードまで届けるだけだ。
◇
「見えたぞ!」
御者の声に顔を上げる。
街道の先。
夕日に照らされた大きな城壁が見えた。
「あれがベルナードか……」
王都ほどじゃない。
それでも、俺が今まで見てきた町とは明らかに規模が違う。
大きな門の前には何台もの馬車が並び、商人や旅人がひっきりなしに出入りしていた。
「さすが交易都市ね」
アリアが目を輝かせる。
「店、多そう」
「最初にそこかよ」
「大事でしょ」
「どうせ値段を見るんだろ」
「安く買うのも才能よ」
「はいはい」
騎士団が同行していたこともあって、門での確認はすぐに終わった。
ベルナードへ入る。
「うわ……」
中はさらに賑やかだった。
大通りの両側には商店と露店が並び、荷物を積んだ馬車が行き交っている。
王都とはまた違う活気だ。
「ランド」
レンが袖を引いた。
「何だ?」
「あれ何?」
指差した先では、大きな肉の塊が串に刺されて焼かれている。
「知らん」
「美味しそう」
「あとでな」
「うん」
素直に頷いた。
今すぐ食べたいと言わないだけ偉い。
「着いたぞ」
御者が声を上げる。
馬車が一軒の大きな商店の前で止まった。
奥には倉庫も見える。
中から恰幅のいい男が出てきた。
「おお、待っていたぞ!」
御者が馬車から降りる。
「ロイドさんからの荷です」
「ああ。話は聞いている。荷は?」
「すべて無事です」
「本当か!」
男の顔が明るくなる。
……途中で盗賊に二回襲われたけどな。
無事は無事だ。
店の人たちが荷を下ろし、確認していく。
しばらくして。
「問題ない。確かに受け取った」
男が書類に印を押した。
御者がそれを俺に渡してくる。
「護衛依頼の完了証明です」
「これをギルドに?」
「はい」
紙を見る。
荷物は無事にベルナードへ到着。
依頼完了。
「……終わった」
自然と息が抜ける。
「終わったね」
レンが言った。
「長かったです……」
いつの間にか起きていたルシオンが荷台から降りてくる。
「大丈夫か?」
「少し寝たので、多少は」
「まだ顔色悪いわよ」
アリアが言う。
「今日はもう休みましょう」
「賛成です」
「僕、お腹空いた」
「さっきの肉だろ」
「うん」
「その前にギルドな」
俺が言うと、アリアが顔をしかめる。
「まだあるの?」
「依頼完了の報告。それと白狼旅団のこともある」
「ああ……そうだった」
遊びに来たわけじゃない。
特に今日の襲撃は、報告しないわけにはいかない。
「私たちも行く」
振り返る。
レティシアさんとディーノが立っていた。
「白狼旅団について、こちらからもギルドへ報告する」
「分かりました」
「それが終わったら休め」
レティシアさんが俺たちを見る。
「特に君たちはな」
「はい」
「ランド」
「何ですか?」
「無茶はするな」
「……はい」
朝にも聞いたな、それ。
レティシアさんが歩き出す。
ディーノがその後ろを追った。
「団長、ギルドの場所は分かっていますか?」
「当然だ」
「では、どちらです?」
「……」
レティシアさんが止まった。
「団長?」
「ディーノ」
「はい」
「案内しろ」
「やっぱり知らないんじゃないですか」
「うるさい」
思わず笑ってしまう。
レティシアさんが振り返った。
「何だ?」
「い、いえ。何でもありません」
また聞こえてた。
俺たちは二人の後を追った。
二日がかりの初めての正式な護衛依頼。
盗賊に二度も襲われて。
白狼のイザークには負けて。
それでも。
荷は守った。
全員、生きてベルナードまで辿り着いた。
護衛依頼は――これで完了だ。
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