白狼旅団との激突
背後から激しい音が響く。
ちらりと目を向けると、レンの周りには四人の獣人が集まっていた。
「囲め!」
槍を持った獣人が叫ぶ。
「一人ずつ行くな! まとめて潰せ!」
「うん。その方が早いね」
「何だと?」
槍が伸びる。
レンが上体をずらした。
穂先が頬の横を抜ける。
その瞬間、レンの手が槍の柄を掴んだ。
「えい」
「うおっ!?」
真っ直ぐ引っ張るんじゃない。
相手が突き出した勢いを利用して、斜め前へ引き込む。
大柄な獣人の体勢が崩れた。
そこへ一歩踏み込む。
「《崩拳》」
ドンッ!
「がっ!」
拳が腹へ突き刺さる。
前のめりになっていた身体がさらに崩れ、そのまま地面を転がった。
「このっ!」
横から斧を持った獣人が迫る。
斧が振り下ろされた。
レンは下がらない。
逆に懐へ潜り込む。
「《頂肘》」
ゴッ!
「ぐっ!」
胸元へ肘を叩き込まれ、獣人の身体がよろめいた。
「後ろだ!」
別の獣人が叫ぶ。
レンの背後から剣が迫った。
レンが振り返る。
剣を紙一重でかわし、そのまま片足を高く振り上げた。
「《墜天》」
踵が落ちる。
ドンッ!
「ぐあっ!」
肩口へ食らった獣人が膝をつき、そのまま地面へ倒れ込んだ。
「何なんだ、こいつ!」
残った男が後ずさる。
「囲め! 一対一でやるな!」
さらに二人が加わり、レンを取り囲む。
レンが周囲を見回した。
「今度はちゃんと考えたんだ」
「舐めやがって……!」
「別に舐めてないよ」
レンが拳を構える。
「来るなら、どうぞ」
レンは右から飛んできた拳を受け流した。
腕を掴む。
そのまま身体を半回転。
「《流転》」
「なっ――!」
獣人の身体が勢いのまま前へ流れる。
レンはその背中へ掌を添えた。
「《震掌》」
ドンッ!
「ぐおっ!」
崩れていた獣人がさらに前へ飛び、正面から来ていた仲間へぶつかった。
「ぐあっ!」
二人まとめて地面を転がる。
「……」
周囲の獣人たちの動きが、一瞬止まった。
レンは拳を構え直す。
「まだやる?」
「こ、このガキ……!」
今度は三人が同時に走り出した。
レンも地面を蹴る。
拳。
掌。
肘。
肩。
まともに力をぶつけるんじゃない。
相手の攻撃をずらし、崩し、その隙へ打ち込んでいく。
小さな身体が三人の間を縫うように動いた。
「《猛虎》」
ドドドッ!
「がっ!」
「ぐおっ!」
「な――!」
一人の腹。
一人の顎。
最後の一人には懐へ潜り込み、肩をぶつける。
体勢を崩していた獣人が、たまらず後ろへ倒れ込んだ。
……やっぱり、あいつに心配はいらなそうだ。
◇
ガキンッ!
イザークの剣を受けながら、視界の端で馬車の方を見る。
「ゴーレム、右です!」
ルシオンの声。
クレイゴーレムが動き、馬車へ迫った二人の前へ巨大な身体を滑り込ませた。
「邪魔だ!」
斧が振り下ろされる。
ゴッ!
ゴーレムの肩が抉れた。
それでも止まらない。
巨大な腕を横へ振り、二人を押し返す。
「弓兵! 撃て!」
白狼旅団の男が叫んだ。
三人の弓兵が一斉に弦を引く。
ルシオンがそちらへ杖を向ける。
「《突風》!」
ブワッ!
街道の砂と土が一気に巻き上がった。
「うわっ!?」
「目がっ!」
「くそ、見えねぇ!」
弓兵たちが顔を庇う。
狙いが外れ、放たれた矢が馬車から大きく逸れて地面へ突き刺さった。
「弓は狙えなければ意味がありません」
「まだ来ます!」
アリアが叫ぶ。
馬車の反対側からも敵が迫っていた。
「見えています!」
ルシオンが杖を振る。
「《岩槍》!」
地面から岩の槍が突き出す。
「うおっ!?」
獣人たちが足を止めた。
その隙にもゴーレムが別の敵を押し返している。
ゴーレムを操りながら。
風。
岩。
相手に合わせて魔法を使い分けてる。
相変わらず器用な奴だ。
だが――。
「数が多いですね……」
ルシオンが呟く。
レンが何人も引き受けている。
それでもまだ、馬車へ向かう奴がいる。
「ルシオン!」
アリアが叫んだ。
「右からまた来るわよ!」
「分かっています!」
ルシオンが周囲を見渡す。
剣士。
槍使い。
さっき砂埃を食らった弓兵たちも、目を擦りながら体勢を立て直そうとしている。
馬車を囲むように広がっていた。
ルシオンが眼鏡の位置を直す。
「……なら、まとめて止めます」
「まとめて?」
アリアが聞き返した。
ルシオンは杖を掲げる。
「アリアさん! 御者の皆さんを馬車の陰へ!」
「え?」
「馬からも離れてください! 急いで!」
「分かったわ!」
アリアが御者たちへ振り向く。
「みんな、馬車の向こう側へ! 早く!」
「は、はい!」
御者たちが慌てて移動する。
「レン!」
ルシオンが叫んだ。
「そちらから離れてください!」
「分かった」
レンが敵の拳を受け流し、そのまま大きく後ろへ跳ぶ。
「何をする気だ?」
白狼旅団の一人がルシオンを見る。
ルシオンは答えない。
杖を高く掲げた。
「《降雨》!」
空気が変わる。
ぽつ。
水滴が落ちた。
だが、雨が降り始めたのは街道全体じゃない。
白狼旅団が集まっている場所だけだった。
「……雨?」
アリアが目を丸くする。
ぽつ。
ぽつ。
すぐに雨脚が強くなった。
敵の足元が濡れていく。
服も。
武器も。
地面も。
「何だ、この魔法?」
「雨なんか降らせてどうする!」
白狼旅団の連中が笑う。
でも。
俺はルシオンを見て、嫌な予感がした。
あいつ。
まだ杖を下ろしてない。
「まさか……」
アリアも気づいたらしい。
杖の先へ青白い光が集まっていく。
バチッ。
小さな雷が弾けた。
「ルシオン」
アリアの顔が引きつる。
「それ、もしかして……」
「はい」
ルシオンが杖を振り下ろした。
「《雷撃》!」
閃光。
直後。
バリバリバリッ!!
「ぐああああっ!?」
「うおおおっ!」
「な、何だ――!」
雷が、魔法で濡らされた場所だけを走った。
一人。
二人。
三人。
水を伝うように青白い光が広がっていく。
次々と身体を震わせ、敵が地面へ倒れた。
武器を落とす奴。
膝をつく奴。
完全に気を失う奴。
一瞬で何人もの動きが止まった。
「……すげぇ」
思わず呟く。
「おいおい」
イザークも横目でそちらを見る。
「あの魔法使い、随分器用な真似しやがるな」
「だろ?」
「何でお前が自慢げなんだよ」
「仲間だからな!」
俺はイザークへ斬りかかった。
「っと!」
イザークが剣で受ける。
ガキンッ!
「今度はそっちが余所見したな!」
「言うようになったじゃねぇか!」
◇
「くそっ……!」
「立て!」
「まだ終わってねぇぞ!」
雨の範囲から外れていた連中が動き出す。
雷を受けた奴の中にも、ふらつきながら立ち上がる奴がいた。
「やはり全員は無理ですか」
ルシオンが息を吐く。
だが、杖は下ろさない。
「まだ何かするの?」
アリアが聞く。
「せっかく濡れているんです」
「え?」
ルシオンが杖を地面へ向けた。
「使わない手はありません」
白い冷気が杖の先から漏れ出す。
「《氷結》!」
パキパキッ!
濡れた地面が一気に凍りつく。
「うおっ!?」
「滑るぞ!」
白狼旅団の連中が次々と足を取られた。
雷を受けて痺れた身体に、凍った足場。
まともに動ける奴は少ない。
その時だった。
「魔法使いだ!」
一人の獣人が叫ぶ。
「あいつを先に潰せ!」
氷の範囲から外れていた男が、ルシオンへ向かって走り出す。
「――!」
ルシオンが杖を向ける。
だが。
動きが遅い。
さすがに魔法を使いすぎてる。
「もらった!」
獣人が剣を振り上げた。
その横から。
「だめだよ」
「なっ――」
レンが滑り込んだ。
踏み込んだ獣人の足を払う。
「うおっ!?」
ただでさえ濡れた足。
そのまま凍った地面へ乗った獣人が、大きく体勢を崩す。
「《崩拳》」
ドンッ!
「ぐあっ!」
腹へ拳を叩き込まれ、獣人が氷の上を滑っていった。
「助かりました」
「うん」
「レン! 後ろ!」
アリアの声が飛ぶ。
「!」
レンが振り返る。
別の獣人が槍を突き出していた。
身体を捻る。
穂先が脇を通り抜ける。
だが、完全には避けきれなかった。
シュッ!
「……あ」
レンの腕が浅く裂けた。
「あ、じゃない!」
アリアが駆け寄る。
その間にルシオンが杖を振った。
「《風刃》!」
風の刃が槍使いの足元を走る。
「うおっ!」
獣人が慌てて後ろへ跳んだ。
「今のうちに!」
「分かってる!」
アリアがレンの腕を掴む。
「傷を見せて!」
「これくらい平気だよ」
「平気かどうかは私が決めるの!」
「そうなの?」
「そうなの!」
アリアが手をかざす。
「《治癒》!」
淡い光が傷を包み、裂けていた皮膚が塞がっていく。
「はい、終わり!」
「ありがとう」
「どういたしまして。次はちゃんと避けなさいよ」
「分かった」
レンが頷く。
「二人とも!」
ルシオンが叫ぶ。
「まだ戦闘中です!」
「分かってるわよ!」
「なら構えてください!」
二人が同時に敵へ向き直った。
……なんだかんだ、息合ってるじゃねぇか。
◇
だが。
俺も他人の心配をしてる場合じゃない。
「随分余裕だな」
「――!」
イザークの声。
俺は反射的に剣を上げる。
ガキンッ!
「ぐっ!」
「戦ってる最中に、向こうばっか見てんじゃねぇよ!」
「そっちも見てただろ!」
「違いねぇ!」
イザークが笑いながら距離を取った。
俺も剣を構え直す。
「いい仲間じゃねぇか」
「だろ?」
「だったら、なおさら負けられねぇな」
「最初からそのつもりだ!」
俺は地面を蹴った。
振り下ろした剣を、イザークが受け止める。
ガキンッ!
すぐに横へ払う。
だが、もうそこにイザークはいない。
返ってきた剣が目の前を走る。
身体を沈める。
頭の上を風が抜けた。
剣だけを見るな。
肩。
脚。
腰。
重心。
カルロに何度も教えられた。
獣の牙だけを見ていたら、その次の動きに対応できない。
相手全体を見る。
イザークの右肩がわずかに下がった。
来る。
半歩引く。
直後、剣が目の前を通過した。
「そこ!」
踏み込む。
「!」
イザークが身体を捻った。
俺の剣先が脇腹を掠める。
服が裂けた。
薄く血が滲む。
「……」
イザークが傷へ目を落とした。
「当たった」
「見りゃ分かる」
深くはない。
それでも確かに斬った。
「なるほどな」
イザークが俺を見る。
そして笑った。
「お前、面白ぇ」
「こっちは全然面白くねぇよ」
「そう言うな」
イザークが剣を構え直す。
その瞬間。
空気が変わった。
「少し本気でやるか」
「最初からやれよ」
「後悔すんなよ?」
「するか!」
イザークの姿が沈む。
次の瞬間には、もう目の前にいた。
「――っ!」
反射的に剣を合わせる。
ガキィンッ!
「ぐっ!」
重い。
腕まで衝撃が突き抜ける。
押し返そうとした瞬間、イザークが剣を引いた。
「え――」
支えを失って身体が前へ流れる。
「遅ぇ!」
腹に衝撃。
「ぐっ!」
蹴られた。
身体が地面を転がる。
「ランド!」
アリアの声。
「大丈夫だ!」
すぐに起き上がる。
くそ。
さっきまでとは全然違う。
力だけじゃない。
こっちがどう動くかまで見られてる。
「まだやるか?」
「当たり前だ!」
今度は俺から行く。
右から斬る。
イザークが剣を合わせようとした。
――今だ。
途中で剣を止め、踏み込みを変える。
「おっ?」
逆側へ回り込む。
脇腹を狙う。
だが。
ガキンッ!
「なっ――!」
止められた。
「今のは悪くねぇ」
「褒められても嬉しくねぇよ!」
「でも、まだ素直だ」
イザークが剣を押し返した。
距離が開く。
「何がだよ」
「目だ」
「目?」
「お前、俺が動く前に肩や腰を見てるだろ」
「……!」
気づかれてる。
「相手の動きを先に読む。悪くねぇ」
イザークが自分の右肩をわざと動かした。
反射的に俺の目がそちらへ向く。
しまった。
イザークが笑う。
「ほらな」
「……」
「けど、それじゃ読まれるぞ」
右肩が沈む。
来る。
右から――。
そう思った瞬間。
イザークの身体が逆へ動いた。
「――!」
剣が左から迫る。
どうにか身体を引く。
熱が走った。
「ぐっ!」
肩が浅く裂ける。
距離を取った。
血が腕を伝う。
「相手もお前を見てるってことを忘れんな」
「……なるほどな」
肩を見れば動きが分かる。
腰を見れば次が読める。
ずっとそう思ってた。
でも。
それを逆に利用された。
「勉強になったか?」
「授業料が高ぇよ」
「ははっ! 違いねぇ!」
だったら。
どうする。
肩だけを見れば騙される。
腰だって同じだ。
なら――。
見る場所を決めるな。
全部見る。
剣。
肩。
腰。
足。
目。
イザークが踏み込んだ。
右肩が動く。
でも、足はまだ動いてない。
フェイント。
次。
左足が踏み出された。
「こっちだ!」
身体を捻る。
剣が頬の横を抜けた。
「ほう」
読めた。
すぐに反撃する。
イザークの胸へ剣を走らせる。
だが。
あと少し。
剣先が届く直前、イザークが身を引いた。
「惜しい」
「くそっ!」
「でも、さっきよりいい」
「だから褒めんな!」
「伸びる奴を見るのは面白くてな」
「俺は全然面白くねぇ!」
もう一度踏み込む。
今度は俺から仕掛ける。
剣を右へ。
イザークの視線が動いた。
見てる。
俺も見られてる。
だったら――。
右へ行くふりをして、踏み込みだけを左へ変える。
「!」
ほんの一瞬。
イザークの反応が遅れた。
「そこだ!」
剣を突き出す。
だが、届かない。
イザークが上体だけでかわした。
「今のは危なかったな」
「ちっ!」
「だが――」
一瞬で距離を詰められる。
「まだ甘い」
ドンッ!
「がっ!」
肩が胸へぶつかった。
身体が後ろへ飛ぶ。
背中から地面へ落ちた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
でも。
さっきとは違う。
一度だけ。
ほんの一瞬だけど。
こいつの反応を遅らせた。
立て。
まだやれる。
剣を地面について身体を起こす。
イザークはもう目の前にいる。
剣が振り下ろされた。
避ける余裕はない。
剣を斜めに構える。
ガキィンッ!
まともに受け止めない。
刃を滑らせる。
「おっ?」
イザークの剣が横へ流れた。
その隙に立ち上がる。
「へぇ」
イザークが楽しそうに笑った。
「今のも教わったのか?」
「まあな」
「いい師匠がいるみてぇだな」
「……ああ」
カルロだけじゃない。
ポール。
ドゥラン。
村で一緒に狩りをしてきたみんな。
俺はあいつらから色んなことを教わった。
「だったら、もっと見せてみろ」
イザークが剣を構える。
「言われなくても!」
俺も構え直す。
こいつが俺より強いのは分かる。
経験も。
技術も。
今は向こうが上だ。
だからって――。
負けるつもりはねぇ。
俺が退けば、こいつが馬車へ行く。
それだけは絶対にさせない。
「ここは通さねぇぞ」
「……いい目だ」
イザークの笑みが消える。
「だったら、力ずくで通る」
「やってみろ!」
イザークが地面を蹴った。
ここまで読んでくださった皆様、ぜひブックマーク・評価をお願いします!
一つでも増えると作者がめちゃくちゃ喜びます。




