白狼のイザーク
「……ん?」
街道の先に何かが見えた。
人影だ。
一人じゃない。
「どうしたの?」
アリアが俺の視線を追う。
「あそこ」
「人?」
「ああ」
街道の向こうから、何人もの人間が歩いてくる。
旅人にしては多い。
商隊でもない。
馬車が一台もない。
十人。
いや――もっといる。
「馬車を止めてくれ」
「え?」
「前に武装した連中がいる」
御者がすぐに手綱を引いた。
三台の馬車が順番に止まっていく。
ルシオンとレンもこちらへ来た。
「前だ」
俺が指差す。
ルシオンが眼鏡の位置を直す。
「……二十人以上はいますね」
近づいてくるにつれ、その姿がはっきりしてきた。
剣。
斧。
槍。
弓。
全員が武器を持っている。
そして――。
「獣人が多いわね」
アリアが小さく呟いた。
「ああ」
耳や尾を持つ奴が目立つ。
それだけで盗賊だと決めつけることはできない。
だが、どう見てもただの旅人じゃない。
向こうも俺たちに気づいた。
先頭を歩いていた男が片手を上げる。
すると、後ろの連中が一斉に止まった。
揃いすぎてる。
「御者さん」
「は、はい」
「馬車はそのままで」
「分かりました」
「ルシオン、馬車を頼む」
「はい」
「レンは前に来てくれ」
「うん」
「アリアは御者たちを頼む」
「分かったわ」
昨日の戦いを経験したからか、みんなの動きが早い。
俺は馬車より少し前へ出た。
武装集団の中から、一人の男が歩いてくる。
大柄な獣人だった。
灰色がかった髪。
その間から、狼のような耳が伸びている。
腰には剣。
他の連中と違い、まだ抜いていない。
男は俺から少し離れたところで止まった。
「……商隊か」
「そうだ」
「ベルナードへ?」
「ああ」
男の視線が俺から外れる。
三台の馬車を順番に見ていく。
やがて、荷台に刺さったままの矢で止まった。
「なるほどな」
「何がだよ」
「昨日、森でうちの連中が世話になったらしくてな」
「――!」
俺はすぐに剣を抜いた。
レンが構える。
ルシオンも杖を握った。
アリアは御者たちを馬車の中央へ集める。
「やっぱり昨日の盗賊の仲間か」
「盗賊ねぇ」
男が笑った。
「まあ、否定はしねぇよ」
後ろの連中が武器へ手をかける。
昨日より多い。
しかも、雰囲気が違う。
「白狼旅団……」
ルシオンが呟いた。
先頭にいた男の耳が、ぴくりと動く。
「知ってんのか?」
男がルシオンを見る。
「名前だけは」
ルシオンが静かに答えた。
「そりゃ光栄だ」
男が口元を吊り上げる。
その手が腰の剣へ伸びた。
「お前が頭か?」
俺が聞く。
「そうだ」
男が剣を鞘から抜く。
「《白狼》のイザーク」
剣先が俺たちへ向けられた。
「白狼旅団を率いてる」
こいつが――。
イザーク。
「そっちは?」
イザークが俺を見る。
「ランド」
「ランドか」
イザークが俺の名前を確かめるように繰り返した。
「昨日、うちの連中を追い返したのはお前らだな?」
「ああ」
俺が答える。
「そうか」
イザークは意外にも、怒っているようには見えなかった。
むしろ、どこか面白そうに俺たちを見ている。
「仕返しか?」
「仕返し?」
イザークが鼻で笑った。
「負けた奴が悪い。いちいち仇討ちなんざしてられねぇよ」
「だったら通してくれないか?」
「それも無理だな」
「……だろうな」
イザークが剣を肩に担いだ。
「仲間を退けた連中が、どんな奴なのかには興味がある」
その視線が俺で止まる。
「特にな」
「俺?」
「ああ」
イザークが一歩前へ出た。
俺も剣を構える。
「こっちは護衛中なんだ。できれば戦いたくねぇ」
「だったら荷を置いていけ」
「もっと無理だ」
「だろうな」
イザークが笑った。
次の瞬間。
後ろにいた白狼旅団の連中が、一斉に武器を抜いた。
「来るぞ!」
俺が叫ぶ。
白狼旅団が動き出した。
弓を持った奴らは左右へ広がり、剣や斧を持った連中が馬車へ向かってくる。
「ルシオン! 馬車を頼む!」
「任せてください!」
ルシオンが杖を地面へ向けた。
「《クレイゴーレム》!」
地面が盛り上がった。
土が集まり、膨れ、人の形へ変わっていく。
俺より遥かに大きな土人形が、馬車を守るように立ちはだかった。
「ゴーレムだ!」
「魔法使いを狙え!」
一人の獣人がルシオンへ走る。
「行かせないよ」
レンがその前に立った。
「どけ!」
剣が振り下ろされる。
レンは半歩横へずれた。
剣が空を切る。
その瞬間、レンが懐へ潜り込んだ。
「《崩山》」
ドンッ!
「ごっ――!?」
肩から身体ごとぶつかる。
大柄な獣人の身体が浮き、そのまま後ろへ吹き飛んだ。
「おい」
低い声がした。
振り向く。
イザークが目の前にいた。
「俺を相手に余所見とは、随分余裕だな」
「――っ!」
ガキィンッ!
剣を合わせる。
「ぐっ!」
重い。
腕に衝撃が走り、身体が後ろへ押される。
「ちょっと気になっただけだ!」
「だったら自分の心配もしろ!」
イザークの剣が跳ね上がる。
「くっ!」
身体を反らす。
剣先が鼻先を掠めた。
すぐに踏み込む。
「はっ!」
剣を振り下ろす。
イザークが受ける。
ガキンッ!
「へえ」
イザークが口元を上げた。
「悪くねぇ」
「まだだ!」
二撃。
三撃。
剣がぶつかる。
イザークは俺の攻撃を受けながら、少しずつ馬車から離れていく。
いや。
違う。
俺を馬車から引き離してる。
「ランド!」
アリアの声が飛んできた。
「こっちは任せて!」
「ああ!」
これ以上、周りを気にしてる余裕はない。
俺はイザークへ剣を向けた。
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