それぞれの目的地へ
宿へ入った瞬間、料理の匂いが鼻に飛び込んできた。
肉。
スープ。
焼きたてのパン。
「おお……」
「ほら」
アリアが笑う。
「ランドだって嬉しそうじゃない」
「腹減ってるからな」
「素直でよろしい」
「何でお前が偉そうなんだよ」
俺たちは空いている席につき、料理を注文した。
しばらくして運ばれてきたのは、大皿に盛られた焼いた肉と、野菜の入った温かいスープ。それに焼きたてのパン。
「いただきます!」
アリアが真っ先に手を伸ばす。
「いただきます」
レンも続く。
俺も肉を一切れ取って、口へ運んだ。
「……うまい」
腹が減っていたせいもあるんだろう。
いつも以上にうまく感じる。
しばらくは誰もまともに喋らなかった。
食べる方が忙しかったからだ。
腹が落ち着いてきた頃、アリアが口を開く。
「ねえ。明日ベルナードに着いて、荷物を届けたら依頼は終わりなのよね?」
「ああ。届け先で受け取りの証明をもらえばな」
「じゃあ、その後は自由?」
「王都に戻るまではな」
「ベルナードってどんなところ?」
「俺に聞くな。行ったことねぇよ」
「ルシオンは?」
「僕も初めてです」
「レンは?」
「知らない」
「誰も行ったことないの?」
「俺たちも初めてなんだよ」
ルシオンがスープの器を置く。
「交易都市ですから、商業はかなり盛んだと聞いています。いくつもの街道が繋がっていて、各地から商人が集まるそうですよ」
「へえ……」
アリアの目が輝く。
「商人がいっぱい……」
「お前、絶対別のこと考えてるだろ」
「何のこと?」
「金だよ」
「失礼ね。街にもちゃんと興味あるわよ」
「金の次に?」
「……同じくらい」
「今、間があったぞ」
「気のせいよ」
アリアがパンをちぎって口へ放り込む。
「じゃあ、依頼が終わったら少しくらい見て回れる?」
「時間があればいいんじゃねぇか?」
「本当?」
「ああ。俺も初めてだしな」
「僕も見てみたい」
レンも言う。
「じゃあ決まりね」
アリアが嬉しそうに笑った。
盗賊に襲われた時はどうなるかと思ったけど。
こうして全員で飯を食えている。
今日はそれで十分だ。
◇
翌朝。
宿場の外へ出ると、空が白み始めていた。
朝の冷たい空気を吸い込む。
「んー……」
アリアが大きく伸びをした。
「眠そうだな」
「ちょっとだけね」
「馬車で休める時に休んどけよ」
「ランドもね」
「ああ」
馬小屋の方では、御者たちが出発の準備を進めている。
馬に水を飲ませ、荷台を確認していた。
「ランド」
レンが俺の袖を引っ張る。
「何だ?」
「あれ」
レンが指差す。
宿場の反対側でも、騎士たちが出発の準備をしていた。
レティシアさんたちだ。
「おはよう」
俺が声をかける。
「おお。君たちも出発か」
「ああ」
「我々もこれから昨日の襲撃現場へ向かう」
騎士たちが次々と馬へ跨がっていく。
ディーノもすでに準備を終えていた。
「昨日教えていただいた場所を確認してきます」
「盗賊を追うのか?」
「現場を見てからですね」
ディーノが答える。
「足跡や痕跡が残っていれば、人数や逃走方向もある程度分かるはずです」
「行き先が分かれば追う」
レティシアさんが続ける。
「逃がしておけば、また別の商隊が襲われるかもしれんからな」
昨日みたいな襲撃が繰り返される可能性はある。
それなら、騎士団が動くのも当然か。
「そちらはベルナードまでだったな」
レティシアさんが俺を見る。
「ああ」
「昨日襲撃を受けた以上、今日も十分に警戒して進め」
「分かった」
「何かあれば、商隊を守ることを最優先にしろ。深追いはするなよ」
「ああ」
昨日、逃げた盗賊を追わなかった。
あれでよかったんだ。
「レティシアさんたちも気をつけてくれ」
「もちろんだ!」
レティシアさんが迷いなく答える。
「では、行くぞ!」
騎士たちが一斉に馬を進める。
向かうのは、俺たちが昨日通ってきた道。
俺たちとは反対方向だ。
ディーノが馬上から軽く頭を下げる。
「では、また」
「ああ」
「ベルナードまでお気をつけて」
「そっちもな」
レティシアさんたちは街道を進んでいく。
その姿が少しずつ遠ざかっていった。
「ランド!」
先頭の御者が呼ぶ。
「こちらも準備できました!」
「ああ!」
俺は馬車へ向かう。
「行こうぜ」
「ええ」
「うん」
「はい」
アリア、レン、ルシオンが続く。
三台の馬車が、ゆっくりと動き始める。
目指すのは交易都市ベルナード。
朝から空はよく晴れている。
俺は先頭の馬車の横を歩きながら、街道の先へ目を向けた。
ベルナードまで、あと一日。
まずは無事に商隊を届ける。
それが俺たちの仕事だ。
◇
宿場を出てから、一時間ほどが経った。
街道は緩やかな丘の間を伸びている。
昨日通った森とは違い、周囲には背の低い草原が広がっていた。
遠くまでよく見える。
「平和ねぇ」
アリアが馬車の横を歩きながら言った。
「昨日が大変だったから、余計にな」
「今日はこのまま何も起きないといいんだけど」
「そうだな」
それからしばらく、何事もなく街道を進んだ。
御者たちにも、昨日より少し余裕が戻っている。
馬車の車輪が土を踏む音。
馬の蹄の音。
風が草を揺らす音。
それくらいしか聞こえない。
俺は街道の先を見る。
このまま何もなければ、夕方にはベルナードへ着けるらしい。
「ランド君」
先頭の御者が声をかけてきた。
「少し先で休憩を取りましょう。この先に川がありますので、馬にも水を飲ませたいんです」
「ああ、分かった」
俺は後ろへ振り返る。
「ルシオン! 少し先で休憩だってよ!」
「分かりました!」
返事を確認して、前へ向き直る。
その時だった。
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