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騎士団長との出会い

それからしばらく進んだ。


 幸い、二度目の襲撃はなかった。


 森を抜ける頃には、陽がかなり傾いている。


 空も赤く染まり始めていた。


「見えてきました!」


 先頭の御者が声を上げる。


 街道の先を見る。


 いくつもの建物が並んでいた。


 宿。


 食堂。


 馬小屋。


 その周りを行き交う人の姿も見える。


「あれが今日泊まる宿場です」


「やっとか……」


 俺は息を吐いた。


 今度こそ、少しくらい安心していいだろう。


「着いたー!」


 アリアが両腕を上げる。


「まだ着いてねぇぞ」


「もう目の前じゃない」


「まあな。でも、馬車が着くまでは護衛中だ」


「分かってるわよ」


「ならいい」


 アリアが俺の顔を見る。


「ランドって意外と真面目よね」


「意外は余計だ!」


「褒めてるのよ?」


「どこがだよ」


 アリアが楽しそうに笑う。


 宿場へ近づくにつれ、人の姿が増えてきた。


 街道脇には何台もの馬車が停まっている。


 荷物を運ぶ商人。


 馬の世話をする御者。


 食堂からは、肉を焼く匂いが漂ってきた。


「……いい匂い」


 レンが呟く。


「腹減ったのか?」


「うん」


「私も」


 アリアまで腹を押さえる。


「俺もだよ」


 昼から歩き続けたうえに、盗賊とも戦ったんだ。


 腹が減らない方がおかしい。


「じゃあ、着いたらすぐご飯ね」


「その前に馬車の確認だろ」


「はいはい、分かってるわよ」


「なら、その後だな」


「決まり!」


 アリアが嬉しそうに笑う。


 もう飯を食うことしか考えてなさそうだ。


 まあ、俺も似たようなもんだけど。


 やがて三台の馬車が、一軒の大きな宿の前で止まった。


「到着です」


 先頭の御者が御者台から降りる。


「皆さん、お疲れ様でした」


「ああ。お疲れ」


 ようやく着いた。


 俺たちはすぐに馬車の周りを確認する。


 荷台には何本か矢が刺さっているが、大きな損傷はない。


 荷物も無事。


 馬にも怪我はなさそうだ。


「こちらも問題ありません」


 最後尾を確認していたルシオンが戻ってくる。


「荷物もすべてあります」


「よし」


 俺は頷いた。


「じゃあ、今日はここまでか?」


「ええ」


 御者が答える。


「馬車はこちらで見ておきます。皆さんは休んでください」


「分かった」


「あの」


 さっき矢を受けた御者が、アリアのところへやってきた。


「何?」


「先ほどはありがとうございました」


 男が頭を下げる。


「アリアさんがいなければ、どうなっていたか」


「いいって。頭上げてよ」


 アリアが少し困ったように手を振る。


「でも、本当に助かりました」


「だったら今日はちゃんと休んで。傷が治っても、疲れまでなくなるわけじゃないんだから」


「はい。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 アリアが笑う。


 その横顔を見ながら、俺はさっきの戦いを思い出す。


 矢を受けた御者をすぐに治してくれた。


 俺が斬られた時もそうだ。


 アリアがいなかったら、もっと厳しい戦いになっていたはずだ。


「アリア」


「何?」


「さっきは助かった」


「……何よ、急に」


「本当のこと言っただけだ」


「ふーん」


 アリアが少しだけ笑う。


「どういたしまして」


「それより」


 アリアが宿を見る。


「ご飯!」


「やっぱりそれか」


「だってお腹空いたんだもの」


「僕も」


 レンが頷く。


「ほら、レンも」


「……まあ、俺も腹減ったけどな」


「でしょ?」


 アリアが得意げに笑う。


「じゃあ行きましょ」


「待て待て。ルシオンがまだ――」


「その馬車の矢は、どうした?」


 不意に、よく通る声が背後から響いた。


「ん?」


 振り返る。


 揃いの鎧を身につけた数人の男女が、こちらへ歩いてきていた。


 全員の胸元には、同じ紋章が刻まれている。


「あれって……」


 アリアが小さく呟く。


「王立騎士団ですね」


 ルシオンが言った。


「分かるのか?」


「鎧にヴァンダルディア王国の紋章があります」


「なるほど」


 その先頭を歩いているのは、一人の女だった。


 長い髪を後ろで束ね、堂々とした足取りでこちらへ向かってくる。


 整った顔立ち。


 すっと通った鼻筋。


 凛とした目元も相まって、かなりの美人だ。


「……」


 一瞬、ドキッとした。


 慌てて視線を逸らす。


 何やってんだ、俺。


 改めて女を見る。


 腰には一振りの剣。


 隙がない。


 カルロたちとは違う。


 けど、長く戦ってきた人間が持つ雰囲気だけは分かる。


 この人。


 たぶん、かなり強い。


 その一歩後ろには、若い騎士がいた。


 俺とそう歳が変わらないように見える。


 女は荷台に刺さった矢を見るなり、表情を変えた。


「道中で襲撃を受けたのか?」


「あ、はい」


 御者が答える。


「盗賊に襲われまして」


「盗賊だと?」


 女の目つきが鋭くなる。


「場所はどこだ?」


「王都側の森です。ここからしばらく戻ったところで――」


「まだ近くにいる可能性があるな」


 女が後ろの騎士たちへ振り返る。


「馬を用意しろ。すぐに現場へ向かう」


「団長」


 後ろにいた若い騎士が、静かに呼び止めた。


「何だ、ディーノ」


「もう日が暮れます」


「だから急ぐんだ」


「現場を調べるのでしょう?」


「当然だ」


「暗くなってからでは、痕跡をまともに確認できません」


「…………」


 女が止まる。


「足跡や戦闘の跡を調べるなら、明るくなってからの方が確実です。それに、相手は森を利用して待ち伏せする盗賊です」


「しかし、今ならまだ追えるかもしれん」


「敵の人数も、逃走方向もまだ聞いていません」


「む……」


「追跡に入れば、こちらが逆に待ち伏せを受ける可能性もあります」


 ディーノが街道の向こうを見る。


 すでに陽は山の向こうへ沈みかけている。


「まずは詳しく話を聞きましょう。そのうえで、夜明けと同時に現場を調べるべきです」


「……分かった」


 女が俺たちへ向き直った。


「すまない。詳しく聞かせてくれ」


「ああ」


 俺たちは襲撃について説明した。


 倒木で前を塞がれたこと。


 後ろにも丸太を転がされ、逃げ道を潰されたこと。


 森の中には弓兵まで配置されていたこと。


 盗賊には獣人が多かったこと。


 そして俺たちが反撃すると、一人の指示でまとまって撤退したこと。


 女は黙って話を聞いていた。


「……なるほど」


 話を聞き終えると、腕を組む。


「前後を塞ぎ、森に弓兵を配置していたか」


「ああ」


「偶然見つけた商隊に襲いかかったわけではなさそうだな」


 ディーノも頷く。


「待ち伏せに適した場所を、あらかじめ選んでいたのでしょう」


「それに、逃げる時もバラバラじゃなかった」


 俺が付け加える。


「一人が撤退を叫んだら、他の奴らもすぐに引いた。倒れた仲間も連れていった」


「統率も取れている……」


 ディーノが少し考える。


「行き当たりばったりの野盗ではなさそうですね」


「ああ」


 女の目つきが鋭くなる。


「ならば、なおさら調べる必要がある」


「はい」


「夜明けと同時に現場へ向かう」


 今度はディーノも頷いた。


「それがいいでしょう」


 女が後ろの騎士たちを見る。


「今夜は予定通り宿場の警備を続ける。明朝、数人をここに残し、残りは私と現場へ向かう」


「はっ!」


 騎士たちが一斉に返事をする。


 指示を出す声には迷いがない。


 盗賊と聞いた瞬間は、すぐに飛び出そうとしていた。


 けど、ディーノの意見を聞くと、すぐに判断を切り替えた。


 勢いだけの人じゃないらしい。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな」


 女が俺たちを見る。


「ヴァンダルディア王立騎士団長、レティシア・グレイヴだ」


「騎士団長!?」


 思わず声が出た。


「えっ、この人が?」


 アリアも目を丸くする。


 王立騎士団なのは分かっていた。


 それに、さっきディーノから団長と呼ばれていたから、偉い人なんだろうとは思っていた。


 でも、まさか王立騎士団そのものを率いる騎士団長とは。


「こちらは私の副官だ」


「ディーノ・ジルドです」


 若い騎士が軽く頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「副官?」


 思わず聞き返した。


 どう見ても若い。


「いくつなんだ?」


「十六です」


「十六!?」


 俺と一つしか違わねぇ。


「そんなに驚くことですか?」


「そりゃ驚くだろ。騎士団長の副官だぞ」


「よく言われます」


 ディーノは平然としている。


「ディーノは若いが優秀だ」


 レティシアさんが迷いなく言う。


「剣の腕もある。だが、それ以上に状況を見る目がいい」


「団長」


「何だ?」


「そこまで言わなくても結構です」


 ディーノが少しだけ困ったように笑った。


「事実だろう」


「そうですが……」


 さっきまでずっと冷静だったけど。


 こうして見ると、やっぱり俺たちとそう変わらない歳なんだな。


「ところで」


 レティシアさんが俺たちを見る。


「君たちが、この商隊の護衛を?」


「ああ。王都の冒険者ギルドで依頼を受けた」


「そうか」


 レティシアさんが、矢の刺さった荷台を見る。


「この人数で、あれだけ統率された盗賊を退けたのか」


「俺一人じゃない」


 ルシオンたちを見る。


「ルシオンとレン。それにアリアもいたからな」


「当然でしょ」


 アリアが胸を張る。


「私だって戦ったんだから」


「ああ。助かったよ」


「……また素直」


「何だよ。悪いか?」


「悪くないけど」


 アリアが笑う。


「ならいいだろ」


 レティシアさんも俺たちを見て、少し表情を緩めた。


「良い仲間だな」


「まあな」


「まだ正式に仲間になったわけじゃないけどね」


 アリアが付け加える。


「そうなのか?」


「今は一緒に依頼を受けてるだけよ」


「なるほど」


 レティシアさんが頷く。


「だが、共に命を預けて戦ったことに変わりはない」


「……まあ、それはそうね」


 アリアが俺たちを見る。


 その顔が、少しだけ嬉しそうに見えた。


「明日はベルナードへ向かうんだな?」


「ああ」


「なら、ベルナードの冒険者ギルドにも今回の襲撃を報告してくれ」


「分かった」


「我々は明朝、現場を調べる。何か分かれば、こちらからも情報を回そう」


 レティシアさんが頷く。


「君たちは今日のところは十分に役目を果たした。今夜は休むといい」


「ああ。そうする」


「それではな」


 レティシアさんたちは、宿場の巡回へ戻っていった。


 その背中を見送る。


「王立騎士団長か……」


 俺が呟く。


「すごい人に会いましたね」


 ルシオンが言う。


「すごいっていうか……」


 アリアが首を傾げる。


「思ってた騎士団長とは、ちょっと違ったわ」


「それは分かる」


「綺麗な人だったけどね」


「……まあな」


「ランド、ちょっと見惚れてたよね」


 レンが言った。


「み、見惚れてねぇよ!」


「そうなの?」


 アリアが俺を見る。


「なんでお前まで食いつくんだよ!」


「別に。ちょっと気になっただけ」


「何がだよ」


「さあ?」


 アリアがニヤニヤしながら笑う。


「ったく……」


「それにしても、ディーノって人も十六歳なんでしょ?」


「ああ」


「私たちとほとんど変わらないじゃない」


「それで副官だからな」


 レンが二人の背中を見ながら言う。


「大変そう」


「どっちが?」


「ディーノ」


「……俺もそう思う」


 アリアが吹き出した。


「確かに。苦労してそうだったわね」


「まだ会って数分だけどな」


「それでも分かるでしょ」


「まあな」


「それより、ご飯行きましょ」


「急に話変わったな」


「だってお腹空いたんだもの」


「僕も」


「ほら、レンも」


「お前ら、さっきから飯のことばっかりだな」


「ランドもお腹空いたって言ってたじゃない」


「それはそうだけどよ」


「じゃあ早く行きましょ」


「走るなよ」


「走ってないわよ」


 そう言いながら、アリアの歩く速度が明らかに上がる。


「速くなってんじゃねぇか」


「気のせいよ」


「僕も先に行く」


「レンまでかよ」


 レンもアリアの後を追っていく。


 俺とルシオンは顔を見合わせた。


「……行きましょうか」


「ああ」

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