守るための剣
真っ先に来たのは、斧を持った獣人だった。
「おおおっ!」
振り下ろされた斧を横へ避ける。
ドンッ!
地面に斧が食い込んだ。
隙だらけだ。
剣を振り――。
「――っ」
一瞬だけ、手が止まった。
魔物じゃない。
人だ。
「何してやがる!」
獣人が斧を引き抜く。
「死ねぇ!」
二撃目が来る。
「くっ!」
剣で受け流す。
重い。
だが、受けられないほどじゃない。
そのまま押し返し、距離を取る。
獣人はすぐに斧を構え直した。
その目に迷いはない。
本気で俺を殺すつもりだ。
「……迷ってる場合じゃねぇな」
剣を構え直す。
殺す必要はない。
でも、こいつを止めなきゃ後ろにいる人たちがやられる。
「おおっ!」
獣人が地面を蹴った。
斧が振り下ろされる。
かわす。
踏み込む。
「ふっ!」
剣を振り抜いた。
「ぐあっ!」
獣人の右腕を斬り裂く。
血が飛び、斧が地面に落ちた。
「くそっ……!」
それでも獣人が左手を伸ばしてくる。
「まだやるのかよ!」
腹を蹴り飛ばす。
「がっ!」
獣人が地面を転がった。
斬られた腕を押さえ、うずくまる。
もう戦えない。
なら、追撃する必要はない。
「ランド! 右!」
「分かってる!」
振り向く。
今度は剣を持った男が迫っていた。
「ガキが!」
横薙ぎの一撃。
剣で受け流す。
金属同士がぶつかり、甲高い音が鳴った。
「ガキで悪かったな!」
押し返す。
男が体勢を崩す。
その隙に踏み込み、剣を持つ右腕を斬る。
「ぐあっ!」
剣が落ちた。
さらに足を払う。
「うおっ!?」
男が背中から地面へ倒れる。
落とした剣を蹴り飛ばす。
これでこいつも戦えない。
ヒュンッ!
「!」
反射的に飛び退く。
矢が足元へ突き刺さった。
森を見る。
木々の隙間に、弓を構えた影。
「ルシオン!」
「見えています!」
杖が向けられる。
「《風刃》!」
風の刃が森へ飛ぶ。
「うおっ!」
弓兵が慌てて身を引く。
風の刃が弓を捉え、弦を切り飛ばした。
「もう一人!」
ルシオンが杖を振る。
「《岩弾》!」
岩の塊が別の弓兵の足元へ飛び、地面を弾けさせる。
「くっ!」
男が木の陰へ逃げ込んだ。
その間にも、盗賊たちは止まらない。
「馬を押さえろ!」
「御者を引きずり下ろせ!」
狙いを変えた。
俺たちじゃない。
馬車だ。
「まずい!」
一人が先頭の馬車へ走る。
追おうとした瞬間――。
「行かせないよ」
レンが立ちはだかった。
「どけ!」
槍を持った獣人が突っ込んでくる。
レンは動かない。
「レン!」
槍が突き出される。
その瞬間。
レンが半歩だけ横へずれた。
槍が脇を通り抜ける。
そのまま柄を掴む。
「なっ――」
引く。
「うおっ!?」
獣人の身体が前へ泳ぐ。
そこへ――。
ドッ!
レンの拳が腹へ突き刺さった。
「ごっ……!」
勢いを利用された獣人の身体が浮き、そのまま地面へ崩れ落ちる。
「……相変わらずすげぇな」
あいつに心配はいらなそうだ。
だが――。
「きゃっ!」
「アリア!」
中央だ。
盗賊が一人、馬車の反対側から回り込んでいた。
アリアの後ろには、御者と店の従業員がいる。
「どけ!」
「嫌よ!」
アリアが短剣を抜く。
男の剣が振り下ろされた。
「っ!」
横へ避けながら、短剣で軌道を逸らす。
そのまま懐へ飛び込んだ。
「このっ!」
「遅い!」
蹴りを膝へ叩き込む。
「ぐっ!」
男の体勢が崩れた。
だが、倒れない。
「小娘が!」
男が無理やり剣を振るう。
「っ!」
アリアが後ろへ跳ぶ。
男が追う。
「アリア!」
間に合わない。
そう思った瞬間。
「《岩弾》!」
石の塊が男の肩を直撃した。
「ぐあっ!」
剣が手から落ちる。
男が肩を押さえ、その場に膝をついた。
これならアリアも大丈夫だ。
そう思った直後だった。
「ぐあっ!」
悲鳴が上がる。
御者の一人が倒れた。
「!」
肩に矢が刺さっている。
「アリア!」
「分かってる!」
アリアがすぐに駆け寄る。
「動かないで!」
「う、ぐ……!」
傷を確認する。
アリアは矢の状態を見て、慎重に引き抜いた。
「《治癒》!」
淡い光が傷口を包む。
それを見た盗賊の一人が叫んだ。
「治癒術師だ!」
「先にあの女を狙え!」
森の中で弓兵が動く。
狙いはアリアだ。
「ルシオン!」
「させません!」
ルシオンが杖を振る。
「《岩壁》!」
ドンッ!
アリアたちの前に岩壁がせり上がった。
直後。
カッ! カッ!
二本の矢が岩へ突き刺さる。
「助かった!」
「治療を続けてください!」
「ええ!」
ルシオンはそのまま森へ杖を向ける。
「《風刃》!」
風の刃が木々の間を走った。
「くそっ!」
「隠れろ!」
弓兵たちが慌てて木の陰へ身を隠す。
これで、しばらくアリアは狙えない。
なら俺も、目の前の相手に集中できる。
◇
「おらぁ!」
剣を持った獣人が斬りかかってきた。
一撃。
二撃。
速い。
ゴブリンなんかとは比べ物にならない。
こいつら、戦い慣れてる。
「どうした!」
「っ!」
剣を弾かれる。
男が踏み込んだ。
刃が迫る。
身体を捻る。
服が浅く裂けた。
「ランド!」
「大丈夫だ!」
かすっただけだ。
「威勢だけか、ガキ!」
「……」
落ち着け。
剣ばかり追うな。
狩りと同じだ。
獣の牙だけ見ていたら、その次の動きに対応できない。
脚。
身体の向き。
重心。
相手全体を見ろ。
カルロから何度も教えられた。
「おらぁ!」
男が踏み込む。
右足が前へ出る。
身体が沈む。
来る。
振られた剣をかわし、そのまま懐へ入る。
「なっ!?」
右腕を斬りつける。
「ぐあっ!」
男が剣を落とした。
そのまま肩からぶつかる。
「がっ!」
男が地面へ倒れた。
剣を蹴り飛ばす。
これでこいつも戦えない。
顔を上げる。
レンの周りにも何人か倒れている。
ルシオンに弓を潰された奴もいる。
最初に比べて、動ける盗賊は明らかに減っていた。
「くそっ……!」
曲刀を持った男が周囲を見る。
俺たち。
馬車。
倒れた仲間たち。
舌打ちした。
「引け!」
その声に、盗賊たちが一斉に反応する。
「こいつらは聞いてた話と違う! 撤退だ!」
森の中から矢が飛んでくる。
「っ!」
剣で弾く。
その間に、盗賊たちが倒れた仲間のところへ走った。
「レン、追うな!」
「追わないの?」
「ああ。馬車を守るのが優先だ」
「分かった」
こいつらを捕まえるのが依頼じゃない。
商隊を目的地まで無事に届ける。
そのために、わざわざ森の中まで追いかける必要はない。
「急げ!」
「こいつを運べ!」
腕を斬られた獣人に仲間が肩を貸す。
レンに殴られて気を失っている奴は、二人がかりで担ぎ上げた。
森に残った弓兵たちは、こちらへ矢を向けながら仲間の撤退を援護している。
ただ逃げるだけじゃない。
倒れた仲間まで連れていく。
やっぱり、普通の野盗とは動きが違う。
俺たちは馬車のそばを離れず、盗賊たちを警戒する。
やがて最後の一人が木々の向こうへ消えた。
「……」
まだ剣は下ろさない。
「レン。分かるか?」
「うん」
レンが森へ耳を澄ませる。
「何人か走ってる。どんどん遠ざかってるよ」
「そうか」
しばらく待つ。
森は静かだ。
矢も飛んでこない。
「……よし」
そこでようやく剣を下ろした。
刃には血がついている。
さっき斬った盗賊たちのものだ。
「……」
人を斬った。
初めてだ。
魔物を斬るのとは、やっぱり違う。
手に残る感触まで、妙に生々しい。
けど――。
あそこで迷っていたら、誰かがやられていたかもしれない。
なら、あれでよかったんだ。
「これが護衛か……」
前にロイドさんの馬車を守った時は、相手はブラッドベアだった。
今回は人間。
同じ護衛でも、まるで違う。
「ランド」
「ん?」
レンが俺の脇腹を指差す。
「怪我してる」
見ると、服が裂け、うっすら血が滲んでいる。
「ああ。これくらいなら――」
「見せて!」
アリアが走ってきた。
「御者は?」
「もう大丈夫。傷も塞いだわ」
「なら俺は大したこと――」
「いいから見せなさい!」
「浅いって」
「浅くても怪我は怪我でしょ!」
「……分かったよ」
アリアが傷へ手を当てる。
「《治癒》」
淡い光が脇腹を包む。
痛みが引き、傷が塞がっていく。
「これでよし」
「ありがとな」
「どういたしまして」
アリアが笑う。
だが、すぐに自分の短剣へ目を落とした。
「……やっぱり、魔物とは違うわね」
「怖かったか?」
「そりゃ怖いわよ」
アリアはあっさり認める。
「剣も矢も本物なんだから。でも――」
三台の馬車を見る。
「守れたわね」
馬車は三台とも無事だ。
荷物も奪われていない。
怪我をした御者も、もう立ち上がっている。
「ああ」
俺は頷いた。
「なんとかな」
さて。
これで一件落着――とはいかない。
前を見る。
街道を塞いでいる倒木。
後ろには、盗賊たちが転がした丸太。
「……こっちが残ってたな」
「そうですね」
ルシオンも倒木を見る。
「まず道を空けないと進めません」
「だよな」
問題は前の倒木だ。
かなり太い。
簡単には動かせそうにない。
「レン」
「何?」
俺は倒木を指差す。
「動かせそうか?」
「やってみる」
レンが倒木へ向かう。
俺も手伝おうと後を追った。
「どっち持てばいい?」
「大丈夫」
「いや、一人じゃ――」
レンがしゃがみ込み、幹の下へ両手を差し込む。
足を地面へしっかり据える。
「ふんっ」
ミシッ。
倒木の片側が浮いた。
「……やっぱりいけるのか」
「うん」
まあ、レンだしな。
「えっほ、えっほ」
ズズズズッ――。
反対側を地面に引きずりながら、少しずつ倒木を横へずらしていく。
「……え?」
アリアが目を丸くした。
「ちょっと待って。何で動くの?」
「レンだから」
「説明になってないわよ!」
「俺に聞くな。俺も分からん」
「えっほ、えっほ」
ズズンッ!
倒木が街道脇へずれた。
馬車一台が通れるだけの隙間ができる。
レンが手についた土を払った。
「これくらいでいい?」
「ああ。十分だ」
アリアはまだ倒木を見ている。
「昨日も力が強いとは思ってたけど……あれを一人で動かす?」
「レンですからね」
ルシオンが平然と言う。
「ルシオンまでそれで済ませるの!?」
「僕たちも最初は驚きましたよ」
「最初は?」
「慣れました」
「慣れるものなの、これ……?」
御者たちはまだ呆気に取られている。
当の本人だけは、特に気にした様子もない。
「通れるなら行こう」
「お前が一番普通にしてるのが怖ぇよ」
「そう?」
「ああ」
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
俺はもう一度、森へ目を向ける。
盗賊たちが戻ってくる気配はない。
「よし。先を急ごう」
剣を鞘へ収める。
「暗くなる前に宿場へ着きたい」
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