街道の待ち伏せ
王都を出て、一時間ほどが経った。
今のところ、何も起きていない。
先頭の馬車を俺。
二台目をレン。
最後尾をルシオン。
《治癒》が使えるアリアは、何かあった時にどこへでも動けるよう、中央を基本にしている。
「ねえ、ランド」
そのアリアが後ろからやってきた。
「何だ?」
「護衛って、ずっと歩くの?」
「ずっとじゃねぇよ。俺も王都に来た時は、荷台に乗せてもらってたし」
「じゃあ私も乗っていい?」
「交代でな」
「じゃあ今から――」
「まだ一時間だぞ」
「一時間も、でしょ」
「歩け」
「横暴!」
アリアが頬を膨らませる。
まあ、目的地までずっと歩く必要はない。
安全な場所では交代で休み、危険そうな場所では全員で警戒する。
前にガレスたちと護衛した時もそうだった。
「ランド」
今度はレンがやってきた。
「何だ?」
「暇」
「護衛なんだから、暇な方がいいだろ」
「……僕、この護衛が終わったら結婚するんだ」
「誰とだよ!」
「分かんない」
「分かんねぇのに結婚すんな!」
何なんだ、こいつ。
「故郷に恋人が待ってる」
「いねぇだろ!」
「この仕事が終わったら、故郷に店を出すんだ」
「だから誰なんだよお前!」
「何してるの?」
騒ぎを聞きつけたアリアまでやってきた。
「暇だから、何か起こりそうなこと言ってる」
「何よそれ」
レンは真顔のまま空を見上げる。
「今日はいい天気だね。こんな平和な日に何か起きるわけ――」
「もう喋るな!」
「なんで?」
「なんか不吉なんだよ!」
「考えすぎでしょ」
アリアが笑う。
「じゃあ最後に一つだけ」
「まだあんのかよ」
レンは前を向いた。
「何か起きないかな」
「それが一番駄目だ!」
◇
昼。
街道脇で馬を休ませるのに合わせて、俺たちも交代で休憩を取った。
「この辺りまでは順調ですね」
ルシオンが地図を広げる。
「予定より少し早いくらいです」
「なら、夕方には宿場に着けそうだな」
干し肉を齧りながら、周囲を見渡す。
今のところ、おかしなところはない。
「ランド、何見てるの?」
「周り」
「何かいる?」
「いや。でも護衛中だからな」
「そういうのって、何を見ればいいの?」
アリアに聞かれ、少し考える。
「鳥とか、草とかだな」
「鳥?」
「急に鳴かなくなったり、一斉に飛び立ったり。あとは踏まれた草とか、折れた枝とか」
「魔物がいたら分かるってこと?」
「人間でも同じだ。大勢で隠れてりゃ、何かしら跡は残る」
「へぇ。狩人っぽい」
「元狩人だからな」
「こういう時は頼りになるのね」
「こういう時はって何だよ」
そんな話をしていると、御者から声がかかった。
「そろそろ出発します!」
俺たちは立ち上がった。
◇
午後になると、景色が変わった。
畑が減り、街道の両側を森が囲み始める。
人通りもほとんどない。
「この先はしばらく森が続きます」
御者が教えてくれた。
「盗賊が出るという話も、この辺りからですね」
「分かりました」
休んでいたレンとルシオンも馬車から降りる。
ここからは全員で警戒だ。
俺は森へ目を向ける。
鳥の声。
風に揺れる枝。
街道脇の草。
人が潜んでいるような気配は――。
今のところない。
そのまましばらく進んだ。
「……ん?」
街道が曲がった先。
何かが道を塞いでいる。
「止まってください」
俺が手を上げる。
御者が手綱を引き、三台の馬車が止まった。
「どうしたの?」
アリアがやってくる。
「前だ」
大きな木が、街道を塞ぐように倒れていた。
「……」
俺はレンを見る。
「何?」
「お前、あとで説教な」
「なんで?」
「なんとなくだ!」
まったく。
だが――。
「……ちょっと待て」
何かがおかしい。
自然に倒れたにしては、位置が出来すぎている。
まるで、最初から街道を塞ぐために倒したみたいだ。
「ここで待ってろ」
剣の柄に手を置き、慎重に倒木へ近づく。
周囲を確認しながら、根元を見る。
「……やっぱり」
折れたんじゃない。
切られている。
斧か何かで、何度も叩き込んだ跡がある。
その瞬間、背筋に嫌なものが走った。
「ルシオン!」
「はい!」
「みんなを馬車から離すな! 警戒しろ!」
剣を抜く。
「全員、武器を――」
森の中で、一瞬だけ何かが光った。
「伏せろ!」
直後。
ヒュンッ!
矢が俺の頬すれすれを通過した。
「敵襲!」
馬がいななく。
「馬を落ち着かせろ!」
続けて二本、三本と矢が飛んでくる。
「《岩壁》!」
ルシオンが杖を振るう。
地面がせり上がり、馬車の横に岩の壁が生まれた。
ガッ!
ガガッ!
飛んできた矢が岩へ突き刺さり、弾かれる。
「レン!」
「右」
レンが即答する。
「左にもいる」
「囲まれてるの!?」
アリアが短剣を抜く。
「多分な」
前を倒木で塞ぎ、左右の森から矢を射る。
その間に別の奴らが回り込む。
偶然ここで襲ってきたわけじゃない。
最初から、ここで馬車を止めるつもりだったんだ。
「後ろ!」
声に振り返る。
森から飛び出した二人の男が、街道へ太い丸太を転がしていた。
ドンッ!
丸太が街道を塞ぐ。
「逃げ道まで塞ぐ気かよ……!」
前は倒木。
後ろは丸太。
左右は森。
完全に閉じ込められた。
その間にも、前方の森から次々と人影が現れる。
剣。
斧。
槍。
そして、その頭には獣の耳があった。
「獣人……」
アリアが呟く。
俺の頭にも、同じ名前が浮かんだ。
――白狼旅団。
構成員の多くが獣人族だと、アイリスさんから聞いている。
「白狼旅団なの?」
「まだ分からねぇ」
獣人だからって、白狼旅団とは限らない。
だが――。
この手際。
偶然通りかかった商隊を襲うような野盗には見えない。
前に出てきた男が曲刀を構える。
「荷を置いていけ!」
低い声が街道に響いた。
「馬車と荷を置いて立ち去れ。そうすりゃ追わねぇ」
盗賊。
魔物じゃない。
言葉が通じる相手だ。
男が俺たちを見る。
「護衛。命まで張る必要はねぇだろ」
「……」
「退け」
俺は剣を握る手に力を込めた。
「断る」
「そうか」
男が曲刀を構える。
「なら、仕方ねぇ」
森の中で、いくつもの影が動く。
俺は素早く周囲を見る。
前。
左右。
後ろ。
数じゃ向こうが上だ。
なら、こっちから森の中へ追いかけるのは駄目だ。
「レン、右を頼む。深追いするな」
「分かった」
「ルシオンは馬車を守りながら、弓を抑えてくれ」
「任せてください」
「アリアは――」
「怪我人が出たら私が治す。それまでは中央から動かない」
俺が言うより早かった。
「……分かってるじゃねぇか」
「昨日とは違うわよ」
アリアが短剣を握り直す。
その顔には緊張が浮かんでいる。
それでも、勝手に前へ出ようとはしない。
「私だって、冒険者なんだから」
昨日までなら、少し不安になったかもしれない。
けど今は――。
「頼んだぞ」
「任せて」
「やれ!」
盗賊の声が響いた。
森から一斉に矢が放たれる。
同時に、前方から獣人たちが駆けてきた。
「来るぞ!」
俺も剣を構え、地面を蹴った。
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