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護衛依頼

「それじゃあ、何にする?」


 アリアが依頼板の前で足を止める。


「おい、勝手に決めるなよ」


「分かってるって」


 俺たちもその後を追った。


 昨日までは三人で見ていた依頼板。


 そこにアリアが一人増えただけなのに、なんとなくいつもと違って見える。


 とはいっても、こいつが仲間になったわけじゃない。


 今日は一緒に依頼を受ける。


 今のところは、それだけだ。


「いっぱいあるのね」


 アリアが依頼板を見上げる。


 採取。


 魔物の討伐。


 荷運び。


 街道の巡回。


 護衛。


 様々な依頼書が所狭しと貼られている。


「私、ウッドだから……この辺?」


 アリアが依頼板の下の方を見る。


「薬草採取、荷運び、掃除……」


 だんだん声が小さくなっていく。


「……地味ね」


「新人なんだから当たり前だろ」


「ランドたちも最初はこれやったの?」


「薬草採取ならやったぞ」


「本当?」


「ああ」


「じゃあ掃除は?」


「やってねぇ」


「ずるい」


「なんでだよ!」


「だって私なんて掃除よ?」


「別に掃除しろとは言ってねぇだろ!」


「それに――」


 アリアが依頼板の上へ視線を移す。


「こっちの方が報酬高いじゃない」


「そりゃブロンズの依頼だからな」


「……」


 アリアが黙る。


 嫌な予感がした。


「おい」


「何?」


「その顔やめろ」


「まだ何も言ってないでしょ」


「昨日見た顔だぞ」


「どんな顔よ」


「魔銀鉱をもう一個見つけた時の顔」


「そんな顔してないわよ!」


 絶対してた。


「でも、私もブロンズの依頼を受けちゃ駄目なの?」


「駄目なんじゃねぇの?」


「どうでしょう」


 ルシオンが眼鏡を押し上げる。


「上位ランクの冒険者と共同で受注する場合、内容によっては下位ランクでも参加を認められることがあります」


「本当!?」


 アリアが食いつく。


「ここがそうとは限りませんよ」


「聞いてくる!」


「早ぇよ!」


 止める間もなく、アリアが受付へ向かっていく。


 俺たちも仕方なく後を追った。


「アイリスさん!」


「はい?」


 受付にいたアイリスさんが顔を上げる。


「私、ランドたちと一緒ならブロンズの依頼も受けられます?」


「ブロンズ依頼ですか?」


「はい!」


 アイリスさんは少し考えてから、俺たちを見る。


「ランドさんたち三名と共同で受注するのであれば、内容によっては可能です」


「やった!」


「ただし」


 喜んだアリアの動きが止まった。


「何でも受けられるわけではありませんよ。危険度の高い依頼はお断りしますし、今回はブロンズであるランドさんたち三名が中心となって行動してください」


「分かりました」


「それから、ダンジョンの入場制限とは別です」


「あ」


 アリアの顔が固まる。


「ランドさんたちと一緒でも、ウッドのアリアさんはブロンズ指定のダンジョンへ入ることはできません」


「……やっぱり?」


「やっぱりです」


 アイリスさんが笑顔で答える。


「早くブロンズになろ……」


「今朝登録したばっかりだろ」


「目標を持つのは大事でしょ」


「昨日みたいに近道するなよ」


「もうしないって言ってるでしょ!」


 そこは本当に反省しているらしい。


「この辺りの依頼でしたら、アリアさんが同行しても問題ありませんよ」


 アイリスさんが依頼板の一角を指す。


「ありがとうございます!」


 俺たちは再び依頼板へ戻った。


     ◇


「これ」


 戻って早々、アリアが一枚の依頼書を指差した。


「早くないか?」


「ちゃんと見たわよ」


「何の依頼だ?」


「護衛」


 依頼書を見る。


 王都から南西にある街まで、商隊の馬車を護衛。


 馬車は三台。


 行きの護衛だけで、到着後は依頼終了。


 道中では魔物が出没する可能性があり、最近は盗賊の目撃情報もある。


 推奨ランクはブロンズ。


「護衛か」


「報酬も結構いいわよ」


「やっぱりそこ見て決めただろ」


「ちゃんと仕事内容も見たわよ!」


「どっちを先に見た?」


「報酬」


「ほらな」


「大事でしょ!」


 アリアが胸を張る。


「これ、四人でこの金額なの?」


「おそらくパーティ単位ですね」


 ルシオンが依頼書を確認する。


「拘束時間が長い分、通常の討伐依頼より報酬が高めに設定されているのでしょう」


「なるほど……」


 アリアが真剣な顔で頷く。


「効率は悪くないわね」


「お前、本当に冒険者になったばっかりか?」


「だからこそ、お金は大事なの」


 俺は改めて依頼書を見る。


 護衛か。


 正式な依頼として受けるのは初めてだ。


 けど、護衛そのものは初めてじゃない。


 王都へ来た時。


 俺はロイドさんたちの馬車に同行していた。


 あの時はガレスとブルーノがいて、護衛についていろいろ教えてもらった。


 敵を倒すこと。


 周囲を警戒すること。


 馬車から離れすぎないこと。


 何より――依頼人と荷物を無事に目的地へ届けること。


「俺はこれでいいと思う」


「僕も問題ありません」


 ルシオンが頷く。


「レンは?」


「いいよ」


「決まりね!」


 アリアが依頼書を剥がそうとする。


「待て」


「何よ?」


「護衛がどういう仕事か分かってるか?」


「馬車についていって、襲ってきた魔物を倒すんでしょ?」


「それだけじゃねぇよ」


「じゃあ何?」


「一番大事なのは、依頼人と荷物を目的地まで無事に届けることだ」


 あの時、ガレスたちから教わったことだ。


「敵を倒すのが目的じゃねぇ。何も起きないなら、それが一番いい」


「何も起きなくても報酬貰えるの?」


「当たり前だろ」


「最高じゃない!」


「お前、護衛向いてない気がしてきた」


「なんでよ! 何も起きない方がいいって今言ったじゃない!」


「そういう意味じゃねぇよ!」


「まあまあ」


 ルシオンが苦笑する。


「とりあえず、これにしますか?」


「ああ」


 俺は依頼書を剥がした。


 受付へ持っていく。


「こちらですね」


 アイリスさんが内容を確認する。


「商隊護衛。こちらでしたら、アリアさんが同行しても問題ありません」


 アリアが小さく拳を握る。


「よし」


「ただ、アリアさん」


「はい?」


「先ほどもお話しした通り、今回はランドさんたちの指示をよく聞いてくださいね」


「分かってます」


「珍しい物を見つけても、勝手にどこかへ行かないように」


「……」


「アリアさん?」


「分かってます!」


「信用ねぇな」


「昨日の今日なんだから仕方ないでしょ!」


 自分で言うのか。


「では、受注処理を――」


 アイリスさんが依頼書へ印を押そうとして、その手を止めた。


「その前に、一つお伝えしておかなければならないことがあります」


 さっきまでの柔らかい表情が少し変わる。


「何です?」


「依頼書にもありますが、最近、この街道では盗賊の目撃情報が増えています」


「ああ。それなら読みました」


「その中に、《白狼旅団》の構成員と思われる者を見たという報告があります」


「白狼旅団?」


 聞いたことのない名前だ。


「盗賊団です」


 アイリスさんが答える。


「王都から離れた街道を中心に活動しており、構成員の多くが獣人族だと言われています」


「獣人族……」


 王都でも何度か見かけたことがある。


 獣の耳や尾を持つ者たちだ。


「普通の野盗とは違うんですか?」


 ルシオンが尋ねる。


「同じようには考えない方がいいでしょう」


 アイリスさんの声が真剣になる。


「集団での待ち伏せや奇襲を得意としていて、商隊の動きを事前に調べてから襲ったと思われる事例もあります」


「頭を使う盗賊ってこと?」


 アリアが聞く。


「そう考えてください」


「……面倒そう」


 レンがぼそっと呟いた。


 俺も同感だ。


 魔物とは違う。


 人なら罠も仕掛ける。


 騙しもする。


 こっちの動きを読んでくることだってある。


「でも――」


 俺は依頼書を見る。


「そんな連中がいるなら、この依頼を俺たちが受けて大丈夫なんですか?」


「その疑問はもっともです」


 アイリスさんが頷く。


「ただ、白狼旅団がこの街道で活動していると確認されたわけではありません。数日前に、それらしい獣人の一団を見たという報告があっただけです」


「じゃあ、本当に白狼旅団かどうかも分からない?」


「はい」


 アイリスさんが頷く。


「現時点で確認されている情報から、ギルドではこの依頼をブロンズ相当と判断しています」


「なるほど……」


 白狼旅団を倒せという依頼じゃない。


 俺たちの仕事は、商隊を目的地まで無事に届けることだ。


「もし遭遇したとしても、討伐する必要はありません」


 アイリスさんが続ける。


「必要なら戦わず離脱してください。護衛対象を守ることを最優先に」


「分かりました」


 俺は頷く。


「ただし――」


 アイリスさんの表情が険しくなる。


「一人だけ、覚えておいてほしい人物がいます」


「誰です?」


「《白狼》イザーク」


「白狼……」


「白狼旅団を率いているとされる、狼の獣人です」


「強いの?」


 アリアが尋ねる。


「……はい」


 短い返事だった。


 それだけで、少し空気が変わった。


「少なくとも、イザーク本人の討伐をブロンズ冒険者へ任せることはありません」


「そんなに?」


 アリアの目が丸くなる。


「もし本人と遭遇した場合は、戦わないでください」


 アイリスさんがはっきりと言い切る。


「可能な限り、商隊を連れてその場から離脱してください」


「向こうから襲ってきたら?」


「戦うとしても、逃げるための時間を作ることを優先してください」


「……分かりました」


「そこまで危険な人物なら、本人がこの街道にいると分かった時点で、依頼の危険度も変わるんですよね?」


 ルシオンが確認する。


「もちろんです。その場合は依頼の危険度を見直し、状況によっては商隊にも出発延期を勧告します」


「じゃあ今のところは、そこまでの情報はないと」


「はい」


 アイリスさんが頷く。


「今ある情報だけで判断すれば、何事もなく目的地へ到着できる可能性の方が高いでしょう」


「そうよね」


 アリアが安心したように頷く。


「何も起きないで、目的地まで歩くだけで報酬が貰えるかもしれないんでしょ?」


「お前、急に嬉しそうになったな」


「だって最高じゃない!」


「油断しないでくださいね、アリアさん」


「……はい」


 アイリスさんに釘を刺され、アリアが大人しくなる。


「では、受注処理をしますね」


 アイリスさんが依頼書へ印を押した。


「出発は今日です。依頼主から直接説明がありますので、こちらへ向かってください」


 一枚の紙を渡される。


 集合場所は商業区。


 店の名前も書かれている。


「……ん?」


「どうしました?」


「いや……」


 見覚えのある名前だった。


 もう一度確認する。


 間違いない。


「……ロイド商会?」

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