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私、冒険者になる

来た道を引き返す。


 行きと違って、帰りは四人だ。


 先頭を俺が歩き、その後ろにレンとアリア。


 最後尾をルシオンが歩いている。


 分岐に差しかかるたび、ルシオンが地図を確認する。


「次を左です」


「了解」


 行きにつけておいたチョークの印も、まだ残っている。


 初めて通った時は、どこまで続いているのかも分からない暗闇だった。


 それが帰り道になると、不思議と少し違って見えた。


「ねえ」


 アリアが口を開く。


「あなたたち、いつも三人で行動してるの?」


「ああ。まあな」


「僕たち三人揃って、ギルド期待の新人三連星って呼ばれてるくらいだからね」


「いや、初めて聞きましたけど……」


「何勝手に変な異名つけてんだ」


「今、僕がつけた」


「やっぱりお前じゃねぇか!」


「ふーん」


 アリアが俺たちを順番に見る。


「新人三連星ね」


「覚えなくていいからな」


「結構気に入った」


「やめろ!」


「ランドは剣で、ルシオンは魔法。それでレンは……」


「殴る」


「聞く前に答えたわね」


「蹴ることもあるよ」


「それは見た」


 アリアが笑う。


「でも、三人とも結構強いのね」


「そうか?」


「そうよ。あれだけの数を相手にして、大怪我した人はいないんだから」


「ランドは怪我したよ」


「おい」


「それは私が治したでしょ」


「助かったけどな」


「でしょ?」


 アリアが得意げに笑う。


 こいつの《治癒》がなかったら、もっと面倒なことになっていたのは間違いない。


「そういや」


 アリアが俺を見る。


「ランドたちって、普段は何してるの?」


「何って……」


「三人で魔物を狩ったりしてるの?」


「そりゃ冒険者だからな」


「……冒険者?」


 アリアが足を止めた。


「ん?」


「あなたたち、冒険者なの?」


「そうだけど」


「三人とも?」


「ああ」


 アリアが俺たちを見回す。


「へぇ……」


「なんだよ」


「いや、そうだったんだと思って」


「むしろ、お前もそうだろ?」


「私?」


 アリアが自分を指差す。


「冒険者じゃないわよ」


「……」


 俺は足を止めた。


 ルシオンも止まる。


「……今なんて?」


「冒険者じゃないって言ったの」


「お前、冒険者じゃねぇの!?」


「声大きい!」


「いや、だって!」


 俺は周囲を指差す。


「ここ、ダンジョンだぞ!?」


「知ってるわよ」


「このダンジョンは、ブロンズ以上の冒険者でなければ探索できないはずですが」


 ルシオンが眼鏡を押し上げる。


「……そうなの?」


「知らなかったんですか?」


「だって入口から入ろうとしたら止められたから」


「止められた?」


「だから、他に入れるところがないか探したのよ」


「なんでそうなるんだよ!」


「魔銀鉱が採れるって聞いたから……」


「だからってなぁ……」


「そしたら、少し離れたところに洞窟があったの。奥まで進んでみたら、ここに繋がってて」


「それで入ったのか?」


「うん」


「完全に勝手に入ってるだけだろ」


「でも、そこには入るなって書いてなかったわよ?」


「そういう問題じゃねぇ!」


「知らなかったんだから仕方ないでしょ!」


「ルールを知らなかったら、何してもいいわけじゃねぇぞ!」


「それは……」


 アリアが少し考える。


「確かに」


「そこは素直なんだな」


「悪いことしたなら反省するわよ」


 その辺りの分別はあるらしい。


「しかし」


 ルシオンが考え込む。


「その洞窟のことは、ギルドへ報告した方がいいでしょうね」


「そうだな」


「え?」


 アリアの表情が固まる。


「報告するの?」


「するだろ」


「……怒られる?」


「たぶんな」


「黙って帰らない?」


「駄目だ」


「即答……」


「大丈夫」


 レンがアリアの肩へ手を置く。


「たまに面会に行ってあげるからね」


「私、捕まるの!?」


「そこまではならねぇよ! たぶん!」


「たぶんって何よ!」


 アリアがさらに青ざめる。


「レン、お前も変なこと言って脅すな」


「励ましたんだけど」


「どこがだよ!」


 アリアががっくりと肩を落とした。


     ◇


 さらに歩くことしばらく。


 やがて前方に、外から差し込む光が見えてきた。


「入口だ」


 探索前に設置しておいた帰還標も、そのまま残っている。


「あれ何?」


 アリアが覗き込む。


「帰還標だ」


「緊急脱出用の魔道具の一部です」


 ルシオンが説明する。


「入口にこれを設置して、手元のテレポーターを起動すれば、ここまで転移できます」


「そんな便利なものあるの?」


「ああ」


「じゃあ、さっき使えばよかったじゃない」


「起動には少し時間がかかります」


 ルシオンが答える。


「その間、テレポーターへ魔力を流し続けなければなりません。攻撃を受けたり、手放したりすれば失敗します」


「あの状況で十秒も立ち止まるのは無理だったってことか」


「ええ」


「ああ、なるほど」


 アリアが納得したように頷く。


「便利だからって、いつでも逃げられるわけじゃないのね」


「そういうことです」


 ルシオンが帰還標を回収する。


 その横で、アリアが興味深そうに見ていた。


「冒険者って、こういう道具も使うのね」


「自分で買うんだけどな」


「いくらするの?」


「そこ聞くのかよ」


「大事でしょ」


 やっぱりこいつは、金の話になると食いつきが違う。


「金貨三枚だ」


「三枚!?」


 アリアが目を見開く。


「高っ!」


「俺も同じこと言ったよ」


「ですが、命は金貨三枚では買えませんから」


 ルシオンが淡々と言う。


「……どこかで聞いたような台詞だな」


 俺は昨日のサラを思い出した。


     ◇


 王都へ戻った頃には、昼を大きく過ぎていた。


 そのまま冒険者ギルドへ向かう。


 扉を開けると、受付にいたアイリスさんが俺たちに気付いた。


「あっ、ランドさんたち。お帰りなさい」


「どうも」


「初めてのダンジョンはどうでした?」


「まあ……」


 俺は隣を見る。


 アリアと目が合った。


「いろいろありました」


「いろいろ?」


 アイリスさんが首を傾げる。


 そして、アリアを見る。


「あら? そちらの方は?」


「アリアです」


「ダンジョンで会いました」


「そうだったんですね」


 アイリスさんが微笑む。


「では、アリアさんも冒険者証をお願いします。今回の討伐記録を――」


「持ってないです」


「はい?」


「冒険者証」


 アリアが答える。


「持ってません」


「……」


 アイリスさんの笑顔が止まった。


「紛失されたんですか?」


「いえ」


「では、別のギルドで登録を?」


「してないです」


「……」


 アイリスさんが瞬きをする。


「アリアさん」


「はい」


「冒険者ではない?」


「はい」


 アイリスさんが俺を見る。


「ランドさん?」


「俺も帰りに知りました」


「ルシオンさん?」


「同じくです」


「レンさん?」


 レンは無言のまま、首を左右に振った。


「……」


 アイリスさんがじっとレンを見る。


 レンはさらに激しく首を振る。


 ブンブンブン。


「お前、なんでそんな必死なんだよ」


「僕も知らなかった」


「口で言えよ!」


 アイリスさんが額に手を当てる。


「では、どうやってダンジョンへ?」


「えっと……」


 アリアの視線が泳ぐ。


「別のところから……」


「別のところ?」


「入口とは違う洞窟を見つけて。奥まで進んだら、中に繋がってまして……」


 アイリスさんの表情が変わった。


「アリアさん。その場所は覚えていますか?」


「え? はい。だいたいなら」


「後ほど詳しく教えてください」


「いいですけど……そんなにまずいんですか?」


「非常に危険です」


 アイリスさんの声が一段低くなる。


「正規の入口では、冒険者証を確認して入場を制限しています。ですが、別の場所から誰でも入れるとなれば話は違います」


「……」


「冒険者ではない方が迷い込む可能性があります。近隣の子供が好奇心で入り込むことだって考えられます」


 アリアの顔から笑みが消える。


「子供が……」


「それだけではありません」


 ルシオンが口を開く。


「人が通れる大きさなら、ダンジョン内部の魔物が外へ出る可能性もありますね」


「……あ」


 俺もそこで気付いた。


 確かにそうだ。


 人が入れるなら――。


 魔物が出てこられないとは限らない。


「その通りです」


 アイリスさんが頷く。


「至急、ギルドから人を向かわせます。内部との繋がりを確認したうえで、必要なら封鎖します」


 近くにいた職員を呼び、すぐに指示を出す。


 アリアは黙ったままだった。


「アリアさん」


「……はい」


「あなた自身も、今回は運がよかったんですよ」


「え?」


「ランドさんたちと出会えなかったら、どうなっていたと思いますか?」


「……」


 アリアは答えない。


 あの魔物の数だ。


 こいつは確かに動ける。


 《治癒》だって使える。


 それでも、一人でどうにかできる数じゃなかった。


「……死んでたかも」


 アリアが小さく呟いた。


「そうですね」


 アイリスさんは静かに頷く。


「ダンジョンは、知識や準備がなければ簡単に命を落とす場所です」


「……はい」


 アリアが素直に頭を下げた。


「ごめんなさい。知らなかったとはいえ、勝手に入ったのは私です」


「その件については、後ほど詳しくお話しします」


「はい……」


「ただ――」


 アイリスさんの声が少しだけ柔らかくなる。


「横穴について教えてくださったことには感謝します」


 アリアが顔を上げた。


「え?」


「知らないまま放置されている方が、はるかに危険ですから」


     ◇


 それからしばらく。


 アリアは別室で事情を聞かれることになった。


 俺たちは先に解体場へ向かい、ダンジョンで回収した素材を取り出す。


 ケイブハウンドの牙。


 ホーンラットの角。


 擬態トカゲの皮。


 巨大な虫の甲殻。


 それに、月光草などの採取品。


「……初探索にしては、ずいぶん集めたな」


 職員が呟く。


「ほとんど向こうから来たんですけどね」


「どういう意味だ?」


「ちょっといろいろありまして」


 説明すると長い。


 査定を頼んで待っていると――。


「終わった……」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返る。


 アリアがぐったりした様子で歩いてきた。


「お疲れ」


「笑わないでよ」


「笑ってねぇよ」


「ちょっと笑ってる」


「ちょっとだけな」


「ガハハ……」


 レンがわざとらしく笑う。


「ちょっと!」


「ガハハハ」


「絶対馬鹿にしてるでしょ!」


「そんなことないよ。ガハハ」


「その笑い方やめなさいよ!」


「ふふっ……」


 その横で、ルシオンまで小さく笑った。


「ルシオンまで笑ってるじゃない!」


「すみません……」


「もう……」


 アリアは頬を膨らませながら椅子へ座った。


「それで、どうなった?」


「すっごく怒られた」


「そりゃそうだろ」


「分かってるわよ!」


 アリアが肩を落とす。


「今回は初めてだったことと、横穴の場所をちゃんと話したこともあって、厳重注意だって」


「よかったじゃねぇか」


「うん……」


 いつもより反応が薄い。


「それと、横穴は今日中に確認して、危なかったらすぐ塞ぐって」


「それがいいでしょうね」


 ルシオンが頷く。


 アリアはしばらく黙っていた。


 それから、ぽつりと言った。


「……私、本当に運がよかったのね」


「ん?」


「ランドたちがいなかったら、たぶんあそこから帰ってこられなかった」


 俺は何も言わなかった。


「魔銀鉱を見つけて、もっとあるかもって思って……気付いたらどんどん奥まで行ってて」


 アリアが自分の手を見る。


「自分なら大丈夫って思ってた」


「……」


「馬鹿だったわ」


 珍しく、アリアが自分からそんなことを言った。


「もう勝手に入ったりしないわよ」


「そうしろ」


「分かってるって」


 顔を上げたアリアに、ようやく少しだけいつもの調子が戻った。


     ◇


 やがて査定が終わった。


「今回の討伐素材と採取品は、全部合わせて銀貨七十二枚です」


「七十二枚か」


 初探索としては十分な額だ。


「それから――」


 アイリスさんがアリアを見る。


「アリアさんが採取した魔銀鉱についてですが」


「はい!」


 アリアが勢いよく身を乗り出す。


 さっきまで反省してた奴とは思えない。


「こちらは一旦、ギルドで預からせていただきます」


「えっ」


 アリアが固まった。


「無許可でダンジョンへ入り、採取した物ですから、そのまま通常の買い取りを行うことはできません」


「そんな……」


 目に見えて落ち込む。


「ただし、横穴の発見については別です」


「え?」


「未確認の出入口の発見は重要な情報です。調査の結果、有用な情報だったと確認されれば、情報提供に対する報奨が出る可能性があります」


「報奨!」


 顔が上がった。


「まだ出ると決まったわけではありません」


「はい!」


「返事だけはいいな」


 俺が言うと、アイリスさんも苦笑した。


「無断で入ったこととは別に、正しく報告したことは正しく評価します」


「……はい」


 今度は少し真面目な返事だった。


「では、こちらの銀貨七十二枚についてですが――」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 俺はアリアを見る。


「お前の分もあるだろ」


「え?」


「一緒に戦ったし、俺の怪我も治してくれたからな」


 アリアが目を瞬く。


「でも、魔物を連れてきたのは私よ?」


「それはそれ。戦ったのは別だろ」


「……」


「四人で戦ったんだから、四等分でいいんじゃねぇか?」


「それは駄目」


 アリアが即答した。


「駄目なのか?」


「だって、ほとんど倒したのはランドたちでしょ。そもそも私が魔物を連れてきたんだし」


「まあ、それはそうだけど」


「だから、同じ取り分はいらない」


 アリアが少し考える。


「……半分でいいわ」


「半分?」


「四等分なら、一人十八枚でしょ?」


「ああ」


「その半分だから九枚。それでいい」


「本当にいいのか?」


「いいの」


 アリアが頷く。


「自分が働いた分はちゃんと貰う。でも、働いてない分まで貰う気はないわ」


「……」


「損するのは嫌。でも、人に損させて得するのも嫌なの。その方が後腐れないでしょ?」


「なるほどな」


 金には細かい。


 でも、欲しいからって何でも自分の物にしたいわけじゃないらしい。


「二人は?」


 俺はルシオンとレンを見る。


「僕は構いません」


「僕も」


「じゃあ決まりだな」


「ありがと」


 アリアが嬉しそうに笑った。


 アイリスさんが銀貨九枚をアリアへ渡す。


 残った六十三枚は俺たち三人で分けて、一人銀貨二十一枚。


「よし」


 俺は銀貨を革袋へしまった。


「これで終わりだな」


「待って」


 アリアが受け取った銀貨を一枚ずつ数えている。


「一、二、三……九」


「ちゃんと九枚あるだろ」


「確認は大事なの」


「そうかよ」


 九枚きっちり確認すると、アリアは満足そうに革袋へしまった。


 その時だった。


「ねえ」


「なんだ?」


「冒険者って、こうやって依頼を受けたり、魔物を倒したりして稼ぐのよね?」


「ああ」


「ブロンズになれば、ダンジョンにも正式に入れる?」


「入れるぞ」


「素材も採れる?」


「ルールを守ればな」


「……なるほど」


 アリアが何やら考え込む。


 なんとなく嫌な予感がした。


「お前、何考えてる?」


「決めた」


「何を?」


 アリアが顔を上げる。


「私、冒険者になる」


「……は?」


「だから、冒険者になるの」


「急だな!」


「だって正式にダンジョンへ入れて、依頼をこなせば報酬も貰えるんでしょ?」


「まあ、そうだけど」


「だったら、冒険者になった方がいいじゃない」


「言っとくけど、登録したからって、いきなりブロンズにはなれねぇぞ」


「え?」


 アリアの動きが止まる。


「……なれないの?」


「最初はウッドからだ」


「じゃあ、ダンジョンは?」


「ブロンズになるまでお預けだな」


「そんなぁ……」


 露骨に肩を落とす。


 だが――。


「でも、冒険者になればいつかは入れるのよね?」


「そりゃな」


「じゃあなる!」


「切り替え早ぇな」


「今度はちゃんとブロンズになってから入るわよ!」


「そこは反省したんだな」


「したわよ!」


 アリアが少し頬を膨らませる。


「それに――」


 俺たち三人を見る。


「一人で無茶するより、誰かと一緒の方がいいって分かったし」


 その言葉だけは、少し真面目だった。


「あと、結構楽しそうだし」


「……そうか?」


「うん」


 そして、すぐにいつもの笑顔へ戻る。


「じゃあ私、今日は帰るわ」


「登録しないのか?」


「今日はもう疲れた!」


「そこは明日なんだな」


「明日の朝来るわよ」


 アリアが俺たちへ手を振る。


「今日は本当にありがとね!」


「ああ」


「またね」


「お気をつけて」


「じゃあね!」


 アリアは元気よくギルドを出ていった。


 俺はその背中を見送る。


「……本当に明日来ると思う?」


「来ると思う」


 レンが即答した。


「僕もそう思います」


「やっぱり?」


 なんとなく――。


 俺も、そんな気がした。

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