大量の魔物と謎の少女
翌朝。
宿で朝飯を済ませ、俺たちはダンジョンへ向かう準備をしていた。
「忘れ物はありませんね?」
ルシオンが買ってきた道具を一つずつ確認していく。
魔石灯と予備の魔石。
探索用の縄。
水と携帯食。
救急用品。
採取用のナイフと素材袋。
チョークに簡易地図。
そして――。
「……なんで干し果物だけ三袋あるんだ?」
「必要だから」
レンが当然のように答える。
「何にだよ」
「お腹が減った時」
「携帯食あるだろ」
「それは携帯食。これは干し果物」
「同じ食い物だろ!」
「違うよ」
「何が違うんだよ……」
「ポーションは?」
ルシオンが俺たちのやり取りを無視して確認を続ける。
「二本あります」
瓶を取り出して確認する。
「日帰りで低階層までですから、今回はこれで足りるでしょう」
「ああ」
ルシオンが道具へ手をかざした。
空間が歪み、荷物が次々と消えていく。
「やっぱ便利だな、それ」
「そのための収納魔法ですから」
最後に縄を収納すると、ルシオンが俺たちを見る。
「ただし、何でも入るわけではありません。ダンジョン内で素材を回収することも考えて、ある程度は容量を空けておきます」
「了解」
全部を収納魔法に頼るわけにもいかない。
緊急脱出用のテレポーターだけは、すぐ取り出せるよう俺が腰の鞄へ入れておく。
「僕の干し果物は?」
レンが尋ねる。
「収納しましたよ」
「三袋とも?」
「三袋ともです」
「よかった」
「お前、絶対ダンジョン着く前に出してもらうなよ」
「大丈夫」
「本当か?」
「たぶん」
「信用できねぇ……」
「準備できましたよ」
ルシオンが眼鏡を押し上げる。
「では、行きましょう」
「ああ」
「うん」
俺たちは宿を出た。
◇
王都から歩くこと、およそ一時間。
「……あれか」
街道の先に岩山が見えてきた。
その麓に、巨大な穴がぽっかりと開いている。
洞窟というより、山そのものに巨大な口が開いているようだった。
入口の周囲には、思っていた以上に人がいる。
武器を持った冒険者。
大きな背負い袋を担いだ連中。
素材を山積みにした荷車まで行き来していた。
「結構いるんだな」
「王都近郊では有名なダンジョンですから」
ルシオンが答える。
「低階層は比較的危険度が低く、採取できる素材も豊富だそうです」
「へぇ……」
俺は巨大な入口を見上げる。
初めてのダンジョン。
何がいるのか。
どんな場所なのか。
考えるだけで少しわくわくしてくる。
「ランド」
「なんだ?」
「楽しそう」
レンが俺の顔を見ていた。
「悪いかよ」
「別に。僕も楽しみ」
「だろ?」
「干し果物もあるし」
「そっちかよ!」
入口の脇には、小さな詰所が建っていた。
「次!」
中から声が飛んでくる。
どうやら俺たちの番らしい。
三人で窓口へ向かう。
「冒険者証を」
「はい」
三人分を渡す。
職員の男は一枚ずつ確認していった。
「三人ともブロンズか。初回探索?」
「はい」
「なら、今回探索できるのは第五階層までだ。それより下には絶対に行くなよ」
「分かりました」
「低階層だからって油断するな。魔物は出るし、地上と違って逃げ道も限られる」
職員は冒険者証を返しながら続ける。
「日帰りか?」
「その予定です」
ルシオンが答えた。
「なら戻った時に必ず帰還報告をしてくれ。日が暮れても報告がなければ、未帰還者として扱われる」
「分かりました」
「テレポーターは?」
「持ってます」
「なら帰還標を入口の指定場所に設置しておけ」
職員が入口横を指差す。
「よし。行ってこい」
俺たちは詰所を離れ、指定された場所へ向かった。
そこには帰還標を固定するための穴がいくつも並んでいる。
「ここですね」
ルシオンが収納魔法から帰還標を取り出す。
空いている穴へ差し込むと――。
淡い光が走った。
俺が持っているテレポーターも、一瞬だけ光る。
「これで繋がったのか?」
「そのようですね」
レンが帰還標を覗き込む。
「使ったら、ここに戻ってくるんだ」
「ああ。でも、使わずに帰ってくるのが一番だろ」
「ランドにしてはまともなこと言うね」
「俺をなんだと思ってんだよ」
「では行きましょう」
ルシオンが魔石灯を取り出し、明かりを灯す。
入口の先には、薄暗い通路が続いていた。
「……行くか」
「はい」
「うん」
三人でダンジョンへ足を踏み入れた。
◇
「涼しいな」
入って最初に感じたのは、それだった。
外より明らかに気温が低い。
湿った空気が肌にまとわりつき、俺たちの足音が石壁に反響する。
魔石灯の光だけが、薄暗い通路を照らしていた。
俺が先頭。
中央にルシオン。
最後尾をレン。
いつもの形だ。
しばらく進むと、道が二つに分かれた。
「ランド。そこで一度止まってください」
「ん?」
ルシオンが簡易地図を広げる。
「右へ行きましょう。それと、念のため印を残しておきます」
「ああ、チョークか」
ルシオンからチョークを受け取り、壁に矢印を書く。
「これでいいか?」
「ええ。地図にも記録しておきます」
「こういうの、お前がいると助かるな」
「ランドに地図を任せるのは不安ですからね」
「なんでだよ」
「迷子になりそう」
後ろからレンまで口を挟む。
「お前ら、俺をなんだと思ってんだ」
その時だった。
「待って」
レンがぴたりと足を止めた。
さっきまでとは声が違う。
俺もすぐに剣へ手をかける。
「どうした?」
「前に何かいる」
三人とも黙る。
耳を澄ませると――。
カリッ。
カリ、カリッ。
暗闇の奥から、何かが石を引っ掻くような音が聞こえてきた。
「何の音だ?」
「おそらく、ケイブハウンドです」
ルシオンが小声で答え、杖を構える。
「知ってるのか?」
「ええ。低階層では珍しくない魔物です」
ルシオンが魔石灯を少し前へ向ける。
光の端に――何かがいた。
四本の脚で地面に立つ、犬に似た魔物。
大きさはグレイウルフより一回り小さい。
だが、身体には毛が一本もない。
灰色の皮膚が剥き出しになり、前脚だけが妙に長い。
地面へ鼻を近づけながら、ゆっくりと歩き回っている。
「……なんだ、あれ」
俺は思わず顔をしかめた。
何より妙なのは目だ。
小さく退化していて、ほとんど閉じているように見える。
「あいつ、目見えてんのか?」
「ほとんど見えていないはずです」
ルシオンが声を潜める。
「その代わり、聴覚と嗅覚が非常に発達しています。特に音には敏感です」
「じゃあ、静かにした方がいいな」
「ええ。まだこちらには気付いていません」
俺たちはその場で動きを止める。
ケイブハウンドはまだ俺たちに気付かず、地面の匂いを嗅いでいる。
このままやり過ごすか。
それとも先に仕留めるか。
そう考えていた時だった。
「……ハゲてるじゃん」
レンがぽつりと呟いた。
「ぶっ!」
思わず吹き出した。
「ランド!」
ルシオンが小声で俺を睨む。
「わ、悪い……!」
「静かにしてください!」
「だって、こいつが急に……!」
「本当のこと言っただけだよ」
レンは真顔だった。
余計に笑いそうになる。
「今言うことじゃねぇだろ……!」
その時。
ケイブハウンドの耳が、ぴくりと動いた。
「……あ」
三人揃って固まる。
ゆっくりと、ケイブハウンドの顔がこちらを向いた。
「グルルルル……」
低い唸り声が通路へ響く。
「ランド」
レンが俺を見る。
「バレたよ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「笑ったランド」
「元はお前だろ!」
「二人とも、来ます!」
ルシオンの声と同時に、暗闇の奥から別の唸り声が聞こえた。
一つ。
二つ。
三つ――。
「一匹じゃねぇのかよ!」
「ケイブハウンドは群れで行動します!」
魔石灯の光の中へ、次々と灰色の身体が姿を現す。
最初の一匹を含めて五匹。
レンがそれを眺める。
「全部ハゲてる」
「もう黙ってろ!」
次の瞬間。
五匹のケイブハウンドが一斉に地面を蹴った。
「来るぞ!」
俺は剣を構える。
通路が狭い。
横へ大きく動けない。
だが――。
それは向こうも同じだ。
五匹同時には飛び込んでこられない。
先頭の一匹が飛びかかってくる。
牙を半歩ずれてかわし、その勢いのまま首筋へ剣を叩き込んだ。
「ギャッ!」
一匹。
すぐに右から二匹目が迫る。
「ランド、右」
「見えてる!」
剣を引き戻そうとした、その時。
レンが横から踏み込み、ケイブハウンドの横腹へ蹴りを叩き込んだ。
ゴッ!
身体が横へ弾かれ、壁へ激突する。
「相変わらずすげぇな!」
「前」
「おっと!」
三匹目が飛びかかってくる。
「そのまま!」
後ろからルシオンの声。
杖の先が地面へ向けられた。
「岩槍!」
ケイブハウンドの足元から、尖った岩が一気に突き出す。
「ギャウッ!」
腹を突き上げられ、身体が宙へ浮いた。
残り二匹。
一匹が俺へ。
もう一匹がレンへ向かう。
「レン!」
「うん」
それだけで伝わった。
俺は正面から来る一匹へ踏み込む。
振り上げられた前脚を避け、そのまま胴を斬り抜ける。
ほぼ同時に――。
ゴキッ!
横から鈍い音が響いた。
レンが噛みつきを紙一重で外し、首の横へ蹴りを叩き込んでいた。
最後の一匹が地面を転がる。
すぐには動かなくならない。
「レン、下がれ!」
俺が間へ入り、起き上がろうとした首筋へ剣を振り下ろす。
動きが止まった。
「……終わりか?」
剣を構えたまま周囲を確認する。
「ええ。近くに他の反応はありません」
ルシオンが杖を下ろした。
「ふぅ……」
俺も剣についた血を払う。
「思ったより楽だったな」
「ケイブハウンド自体、それほど強い魔物ではありません。それに、この通路の狭さも僕たちには有利でした」
「なるほどな」
森だったら五匹に散開されて、左右から囲まれていたかもしれない。
こっちが動きづらい代わりに、相手も数を活かせない。
場所が変われば、戦い方も変わるってことか。
「それに――」
ルシオンが俺とレンを見る。
「僕たちの連携も、以前より良くなっています」
「それは俺も思った」
俺はレンを見る。
「さっきも名前呼んだだけで分かっただろ?」
「なんとなく」
「なんとなくかよ」
「でも合ってた」
「まあな」
小さく笑う。
俺は剣。
ルシオンは魔法。
レンは拳と蹴り。
戦い方は全然違う。
それでも、一緒に戦っているうちに、少しずつ互いの動きが分かるようになってきた。
「さて」
俺は倒れているケイブハウンドを見る。
「こいつらはどうする?」
「牙を回収しましょう。素材として買い取ってもらえます」
「了解」
採取用のナイフで牙を回収する。
素材袋へ入れたあと、ルシオンが収納魔法へしまった。
◇
それからも、俺たちは慎重に奥へ進んだ。
分岐では地図を確認し、壁にチョークで印を残す。
時折足を止め、周囲の音を確認する。
さっきみたいに余計な音を立てて魔物に気付かれるのは御免だ。
「ランド」
「なんだ?」
「もう笑わないでね」
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「しーっ」
レンが口元に人差し指を立てる。
「……お前、後で覚えてろよ」
レンは何事もなかったように歩き出した。
ったく。
しばらく進んだところで、ルシオンが足を止める。
「少し待ってください」
通路の端へしゃがみ込む。
岩の隙間から、青白い草が何本か生えていた。
「なんだ、それ?」
「月光草です。回復薬の材料にも使われています」
「へぇ……」
薄暗い場所だってのに、細長い葉が微かに青白く光っている。
ルシオンが採取用のナイフを取り出すと、レンも隣にしゃがみ込んだ。
「食べられる?」
「お前はそればっかりだな」
「気になっただけ」
「食べられなくはありませんが、美味しくはないと思いますよ」
「じゃあいらない」
レンがすぐに立ち上がる。
「味が基準なのかよ」
ルシオンは月光草を傷付けないよう、根元を残して丁寧に刈り取っていく。
「それとレン。ダンジョンに生えている植物を勝手に口へ入れないでくださいね」
「なんで?」
「毒を持つ植物もありますから」
「僕なら平気だと思うけど」
「……なんでだよ」
俺が聞くと、レンは首を傾げた。
「なんとなく」
「なんとなくで毒草食おうとすんな!」
「食べるとは言ってないよ」
「じゃあなんで平気だと思うんだよ」
「なんとなく」
「それで押し通す気か?」
「うん」
「認めやがった!」
妙に自信があるみたいだが、何を根拠にしてるんだか。
「とにかく、知らない植物は口にしないでください」
「分かった」
「絶対ですよ?」
「分かったって」
ルシオンは採取した月光草を素材袋へ入れた。
「では、行きましょう」
「ああ」
◇
探索を続けていると、地上では見たことのない魔物にも何度か遭遇した。
最初に現れたのは、額から短い角を生やした大ネズミ。
ホーンラットという魔物らしい。
三匹程度なら、大した相手じゃなかった。
問題は、その次だった。
「上です!」
「なにっ!?」
ルシオンの声に反応して見上げる。
天井から、何かが落ちてきた。
人の頭ほどもある胴体。
六本の細長い脚。
その先には鎌みたいな爪がついている。
「うおっ!」
咄嗟に身体を引きながら腕で顔を庇った。
爪が左腕を掠める。
「くっ!」
焼けるような痛みが走った。
「ランド!」
レンがすぐに踏み込み、巨大な虫を横から蹴り飛ばす。
壁へ叩きつけられたところへ、ルシオンが杖を向けた。
「風刃!」
風の刃が虫の胴体を切り裂く。
地面へ落ちた魔物は、何度か脚を動かしたあと静かになった。
「大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっと切られただけだ」
左腕を見る。
服が裂け、その下から血が流れていた。
深くはない。
けど、放っておくには少し嫌な傷だ。
「ポーションを使いましょう」
「これくらいなら平気じゃねぇか?」
「傷を残したまま探索する必要はありません。まだ予備があります」
「……それもそうか」
ルシオンが収納魔法から一本取り出し、俺へ渡す。
蓋を開け、傷口へゆっくりとかける。
「っ……」
液体が傷に触れた途端、じんわりとした熱が広がった。
流れていた血が止まり、開いていた傷も少しずつ塞がっていく。
「おお……」
腕を動かしてみる。
痛みもほとんどない。
「やっぱ便利だな、これ」
「だから買っておいて正解だったでしょう?」
「高かったけどな」
「命には代えられません」
「そりゃそうだ」
空になった瓶をしまい、俺たちは探索を再開した。
◇
それからも魔物を倒しながら、さらに奥へ進んだ。
素材を回収し。
薬草を採り。
分岐を見つければ地図を確認する。
最初は何をすればいいのか分からなかったが、少しずつダンジョン探索ってものが分かってきた。
「なるほどな……」
「何がです?」
地図を確認していたルシオンが顔を上げる。
「ダンジョンだよ」
俺は周囲を見回した。
「ただ魔物を倒せばいいってわけじゃねぇんだな」
「当然です。素材の採取や地形の把握も重要です。特に未知の階層では、現在地を見失わないことが――」
「長くなる?」
「……説明した方がいいですか?」
「帰ってから聞く」
「やっぱり聞かないんだ」
後ろを歩いていたレンが言った。
「聞くって言ってんだろ!」
「帰ったら忘れてそう」
「忘れねぇよ!」
そんなやり取りをしながら、岩の多い通路へ入った時だった。
ガサッ!
「っ!」
すぐ横の岩が動いた。
いや――。
岩じゃない。
岩肌と同じ色の鱗。
トカゲだ。
「ランド!」
ルシオンの声。
近い。
完全に岩だと思っていた。
トカゲが口を開き、前脚を振るう。
「くっ!」
咄嗟に剣を差し込みながら身体を捻る。
直撃は避けた。
だが、爪の先が脇腹を掠める。
「ぐっ!」
服が裂け、鋭い痛みが走った。
俺はそのまま剣を横薙ぎに振るい、トカゲを牽制する。
「このっ!」
魔物が一歩下がる。
そこへレンが一気に懐へ入った。
ゴッ!
蹴りが顎の横へ直撃する。
頭が大きく弾かれた。
「ルシオン!」
「はい!」
ルシオンがすでに杖を構えている。
「岩槍!」
床から突き出した岩の槍が、傾いたトカゲの腹を貫いた。
魔物が一度大きく痙攣する。
俺は念のため剣を構えたまま待つ。
動かない。
「……終わったな」
「ランド、大丈夫?」
「ああ……」
脇腹へ手を当てる。
ぬるりとした感触。
手を見ると、血がついていた。
「思ったより切れてるな」
「見せてください」
ルシオンが傷を確認する。
「深くはありません。ただ、このまま探索を続けるのはおすすめしません」
「残りのポーション使うか」
「ええ」
ルシオンが最後の一本を取り出す。
俺は服の裂けた部分を少し持ち上げた。
蓋を開け、脇腹の傷へポーションをかける。
「っ……!」
液体が染みて、思わず顔をしかめる。
だが、すぐに傷口が温かくなった。
流れていた血が止まり、裂けた皮膚もゆっくりと塞がっていく。
「ふぅ……」
身体を捻ってみる。
「大丈夫そうだ」
「ですが、これでポーションはなくなりました」
「ああ」
ルシオンが真剣な顔になる。
「それにランドは今日、二度不意を突かれています」
「……耳が痛ぇな」
「地上と違って、上や壁にも注意しなければならないということでしょう」
「ああ」
反論する気はなかった。
グレイウルフみたいに地面だけ見てればいいわけじゃない。
天井。
壁。
岩陰。
ダンジョンじゃ、どこから襲われてもおかしくない。
「これ以上進むのは危険です」
「そうだな」
俺もすぐに頷く。
「そろそろ戻るか」
「僕も賛成です。初探索としては十分でしょう」
レンも頷いた。
「じゃあ、少し休んだら戻ろうぜ」
「そうですね」
ちょうど少し先に、通路が広くなっている場所が見える。
俺たちはそこで足を止めた。
ルシオンが地図を畳む。
俺も壁にもたれかかろうとした――。
「……待って」
レンが突然、奥の通路へ顔を向けた。
声の調子が変わる。
「どうした?」
「何か聞こえる」
俺も耳を澄ませる。
「……何も聞こえねぇぞ」
「来るよ」
「何が?」
レンは暗闇を見つめたまま答えた。
「いっぱい」
「いっぱい?」
次の瞬間。
ドドドドド……。
「……おい」
聞こえた。
遠くから、何かが走ってくる。
一匹や二匹じゃない。
地面まで微かに震えている。
ルシオンがすぐに杖を構えた。
「複数の足音です」
「複数って数じゃなさそうだけどな」
俺も剣を抜く。
最悪だ。
こっちはもうポーションが一本もない。
ドドドドドドドド――!
音がどんどん大きくなっていく。
「来るぞ!」
三人で通路の奥へ向かって身構える。
やがて、魔石灯の光が――。
何かを捉えた。
「……ん?」
人影?
「人だよ」
レンが言った。
目を凝らす。
確かに人だ。
一人の少女が、長い金髪をなびかせながら、こっちへ向かって全力で走ってくる。
「どいてええええええっ!」
「うおっ!?」
少女の叫び声が通路中に響く。
そして、その後ろから――。
次々と魔物が姿を現した。
「……は?」
ケイブハウンド。
ホーンラット。
さっき戦った岩に擬態するトカゲ。
見たことのない魔物まで混じっている。
一匹。
二匹。
五匹。
十匹――。
数えるのをやめた。
通路を埋め尽くすほどの魔物が、少女を追いかけている。
「なんだあれ!?」
少女が俺たちに気付いた。
「あっ!」
その顔が、ぱっと明るくなる。
「よかった! 人がいた!」
「よくねぇよ!」
「助けてーっ!」
「こっち来んなあああああっ!」
俺の叫びなんて聞いちゃいない。
金髪の少女は大量の魔物を引き連れたまま――。
一直線に俺たちへ向かってくる。
「ランド!」
「分かってる!」
剣を構える。
ルシオンも杖を構えた。
レンだけが、迫ってくる少女と魔物の群れを交互に見ていた。
「すごい数だね」
「感想言ってる場合か!」
しかも――。
こっちにはもう、ポーションが一本もない。
初めてのダンジョン探索。
どうやら――。
順調だったのは、ここまでらしい。
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