ダンジョン探索の準備
しばらく歩いて、ロイド商会へ到着した。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ!」
元気な声が飛んできた。
店の奥からサラが駆けてくる。
「あっ、ランドさん! ルシオンさん!」
「どうも」
「こんにちは」
ルシオンが軽く頭を下げる。
「今日は何をお探しですか?」
「明日、ダンジョンに行くことになってさ。その準備に必要な物を買いに来た」
「ダンジョン!」
サラの目が輝く。
「初めてですか?」
「ああ」
「でしたら、うちに来て正解ですよ! 探索用品なら一通り揃ってます!」
「急に商売人の顔になったな」
「いつでも商売人です!」
「ランド君、ルシオン君」
聞き覚えのある声がした。
店の奥からロイドさんが歩いてくる。
「いらっしゃいませ。また来ていただけて嬉しいですよ」
「ロイドさん。この前はどうも」
「こちらこそ」
ロイドさんは穏やかに笑う。
「先ほどダンジョンと聞こえましたが、探索へ行かれるのですか?」
「はい。今日ブロンズに上がったんで、明日行ってみようと思って」
「ブロンズに?」
ロイドさんが目を見開いた。
「もう昇格されたのですか?」
「はい」
「それは……驚きました」
いつも落ち着いているロイドさんが、珍しくはっきりと驚いている。
「ランド君が冒険者になってから、まだそれほど経っていませんよね?」
「俺も、こんなに早く上がれるとは思ってませんでした」
「何か大きな依頼を?」
「グレイウルフの群れを討伐したのと、その帰りにキラーマンティスと戦って」
「キラーマンティス!?」
サラが声を上げる。
「ランドさん、そんなのと戦ったんですか!?」
「まあ、こいつらと一緒にな」
俺はルシオンとレンを見る。
「三人だけで?」
「いや。別の冒険者たちが戦ってて、俺たちはその救援に入ったんだ」
「それでもすごいですよ!」
サラが興奮したように身を乗り出す。
ロイドさんも驚いた表情のまま俺たちを見ていたが、やがて嬉しそうに笑った。
「そうでしたか」
そして、俺の肩を軽く叩く。
「おめでとうございます、ランド君」
「あ……ありがとうございます」
「王都へ来る時は、これから冒険者になると話していたのに……もうブロンズですか」
ロイドさんは感慨深そうに頷く。
「こんなに早く活躍されるとは思っていませんでした。私も嬉しいですよ」
「……そこまで言われると、なんか照れるな」
「ランド、顔赤いよ」
「うるせぇ」
レンが俺の顔を覗き込んでくる。
「ギルドでも褒められて照れてた」
「それ言う必要ある!?」
「ギルドでも?」
サラが楽しそうに笑う。
「ランドさん、褒められるのに弱いんですね」
「違ぇよ!」
ロイドさんも小さく笑った。
「ルシオン君も、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ルシオンが頭を下げる。
「それから――」
ロイドさんがレンを見る。
「こちらの方は初めてですね」
「ああ。新しく仲間になったレンです」
「レンです」
「初めまして。ロイドと申します」
「よろしく」
「よろしくお願いいたします」
ロイドさんは丁寧に頭を下げる。
「なるほど。新しい仲間も増えて、三人揃ってブロンズへ昇格されたのですね」
「はい」
「でしたら今日は、初めてのダンジョン探索に向けた準備ということですか」
「そうなんです。必要な物も、まだよく分からなくて」
「承知いたしました」
ロイドさんが穏やかに頷く。
「日帰りで低階層を探索されるのでしたら、それほど大掛かりな装備は必要ありません」
そう言って、棚からいくつかの商品を取り出していく。
「まずは魔石灯と予備の魔石。探索用の縄、水筒、携帯食、簡単な救急用品。それから採取用のナイフと素材袋ですね」
「結構あるな」
「ダンジョンでは、何が起こるか分かりませんから」
ロイドさんが、今度は小さな白い棒を取り出した。
「こちらも持っていくことをおすすめします」
「なんです、それ?」
「チョークです」
「チョーク?」
「分かれ道などで壁に印をつけておくのです。帰り道を見失わないためですね」
「なるほど」
安そうな道具だが、言われてみれば重要だ。
「すでに探索されている低階層でしたら、簡易地図もございます」
ロイドさんが一枚の紙を広げる。
通路やいくつもの分岐が、簡単に描かれていた。
「完全な地図ではありませんが、大まかな構造は分かります。未確認の通路などを見つけた場合は、自分たちで書き足していくといいでしょう」
「それも買います」
ルシオンが即答した。
「地図があるのとないのでは、探索効率が大きく変わります」
「じゃあ、地図は任せる」
「ランドも覚えてください」
「分かってるって」
「本当ですか?」
「信用ねぇな!」
サラがくすくす笑う。
「あ、そうだ」
俺は腰の鞄に触れた。
「この前ここで買ったポーション、まだ使ってないんですけど」
「それは何よりです」
ロイドさんが微笑む。
「ポーションは使わずに済むのが一番です。ただ、今回は三人での探索ですからね。何が起こるか分かりませんし、何本か予備を用意しておいた方がいいでしょう」
「じゃあ、買い足すか」
「そうですね」
ルシオンも頷いた。
「お父さん!」
突然、サラが割って入ってくる。
「ここからは私に任せて!」
「サラ?」
「ダンジョンへ行くなら、絶対に紹介しなきゃいけない商品があるでしょ!」
サラが棚の奥へ走っていく。
「なんか嫌な予感するな」
「そうですか?」
「こういう時のサラ、絶対なんかやるだろ」
すぐにサラが、小さな箱を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました!」
「待ってねぇけど」
「初めてダンジョンへ挑む冒険者の皆さん!」
「誰に喋ってんだよ」
俺たちしかいねぇぞ。
サラは気にせず箱を開く。
中には、手のひらほどの丸い魔道具と、小さな杭のような物が入っていた。
「ダンジョンで一番怖いこと。それは――」
サラが一拍置く。
「帰れなくなることです!」
「急に怖いこと言うなよ」
「そんな皆さんにおすすめなのが――こちら!」
丸い魔道具を高々と掲げる。
「テレポーター!」
「おお……」
「まず、この帰還標をダンジョンの入口付近に設置!」
今度は杭を掲げる。
「そして探索中、危険な状況になったらテレポーターを起動!」
サラが勢いよく両手を広げた。
「帰還標の有効範囲内なら、設置した場所まで一気に戻ることができます!」
「すげぇじゃん!」
「でしょう!」
「迷子になった! 魔物に追われた! もう歩いて帰る体力がない! そんな時もこれ一つ!」
「便利だね」
レンも興味深そうに覗き込む。
「しかも持ち運びも簡単! 初めてのダンジョン探索にもおすすめの商品です!」
「でも、お高いんでしょう?」
レンが真顔で言った。
「なんでお前までそのノリなんだよ」
「なんとなく」
「よくぞ聞いてくれました!」
サラが待ってましたとばかりにレンを指差す。
「なんとこちら――金貨三枚です!」
「高ぇよ!」
「ご安心ください!」
「何を安心すればいいんだよ!」
「ですがランドさん!」
サラがぐっと身を乗り出す。
「命は金貨三枚では買えませんよ!」
「ぐっ……」
言い返せねぇ。
「いいこと言ってますね」
ルシオンが感心する。
「でしょう?」
「買わせるためだけどね」
レンが言った。
「お前、さっきから絶妙に邪魔するな!」
「そ、そんなことありませんよ!」
サラの目が泳いだ。
「……それで」
ルシオンがテレポーターを手に取る。
「これほど便利な魔道具なら、何か制限があるのでは?」
「もちろんです!」
サラが答えようとした、その時。
「サラ」
ロイドさんが静かに呼んだ。
「はい?」
「今度はきちんと説明しなさい」
「……はい」
急に勢いがなくなった。
ロイドさんが俺たちへ向き直る。
「テレポーターは確かに便利ですが、万能ではありません」
「やっぱり制限があるんですね」
「はい。まず、帰還標から一定以上離れると使用できません。今回皆さんが探索するような低階層であれば問題になりにくいですが、深く潜れば有効範囲の外へ出ます」
「なるほど」
「それから、起動してから転移するまで十秒ほどかかります」
「十秒……」
「その間、魔道具を手から離してはいけません。強い衝撃を受けて起動が中断された場合も、転移は失敗します」
俺は手のひらほどの魔道具を見る。
魔物に囲まれた状態で十秒。
思っていたより、ずっと長い。
「また、魔力を阻害する場所などでは正常に作動しないこともあります」
「じゃあ、絶対に帰れるわけじゃないんですね」
「はい」
ロイドさんが頷く。
「さらに、一度使用すれば内部の魔石を消費します。再び使うには、新しい魔石を取り付ける必要があります」
「つまり――」
ルシオンが眼鏡を押し上げる。
「戦闘中にいつでも逃げられる道具ではなく、あくまで緊急時に撤退するための保険ということですね」
「その認識で間違いありません」
「それでも十分だろ」
俺はテレポーターを見る。
「買おう」
「僕も賛成です」
ルシオンが頷く。
「撤退手段は用意しておくべきです」
「僕も」
レンも頷いた。
「ありがとうございます!」
サラが満面の笑みを浮かべる。
「そして!」
「まだあんのかよ」
「最後はこちら! ダンジョン探索に欠かせない携帯食です!」
「おおー」
レンが反応した。
「お前、ちょっと楽しくなってきてるだろ」
「うん」
「認めるのかよ」
サラが硬そうなパンと干し肉を並べる。
「長持ち! 軽い! お腹にも溜まる! 日帰り探索ならこれで十分です!」
「美味しい?」
レンが尋ねる。
「……」
サラが止まった。
「美味しい?」
「長持ちします!」
「味は?」
「お腹に溜まります!」
「味は?」
「……冒険者向けです!」
「美味しくないんだ」
「言わないでください!」
俺は思わず吹き出した。
「非常食なんだから我慢しろよ」
「美味しい方がいい」
「非常時に贅沢言うな」
「でしたら」
ロイドさんが別の袋を取り出す。
「こちらの干し果物はいかがでしょう。保存が利きますし、甘味もありますよ」
「買う」
「早ぇよ!」
「保存が利くから」
「絶対、甘いってところだろ」
「それもある」
「認めんのかよ」
◇
結局、必要な物を一通り買い揃えた。
魔石灯と予備の魔石。
簡易地図。
縄。
水筒。
携帯食と干し果物。
採取用の道具。
ポーション。
そして、緊急脱出用のテレポーター。
「結構増えたな……」
積み上がった荷物を見る。
「ルシオン。これ入るか?」
「この程度なら問題ありません」
ルシオンが杖を向ける。
昨日、ギルドで収納していた魔物の素材をすべて出したおかげで、空きも十分にあるらしい。
空間が歪み、荷物が次々と消えていく。
「やっぱ便利だな、それ」
「だからといって、何でも入れようとしないでくださいね」
「分かってるって」
「この前も同じことを言っていました」
「覚えてたのかよ」
「忘れるわけないでしょう」
ロイドさんが興味深そうにその様子を眺める。
「収納系の魔法ですか。ダンジョン探索とは相性がよさそうですね」
「採取した素材を持ち帰るには便利だと思います」
ルシオンが頷く。
「ただし、容量には限界がありますので」
「そうだったな」
「ランドに言っているんですよ」
「分かってるって!」
ロイドさんが小さく笑った。
それから、少しだけ表情を引き締める。
「ランド君」
「はい?」
「ダンジョンでは、無理に先へ進まないでください」
さっきまでとは違い、その声は真剣だった。
「地図にない道を見つけても、珍しい素材を見つけても、危険だと思ったら引き返すことです」
「……分かりました」
「テレポーターもありますが、それに頼り切ってはいけません」
ロイドさんは俺だけでなく、ルシオンとレンにも視線を向ける。
「何より大切なのは、三人で無事に戻ってくることです」
その言葉に、カルロの顔が浮かんだ。
獲物を仕留めることより、生きて帰ること。
森でも。
ダンジョンでも。
そこは同じらしい。
「よし」
俺は腰の剣を確認する。
「これで準備完了だな」
「はい」
ルシオンも頷く。
「明日は予定通り、朝から向かいましょう」
「うん」
レンも頷く。
――と思ったら。
「サラ」
「はい?」
「干し果物、もう一袋」
「まだ買うのかよ!」
「非常時のため」
「お前の場合、明日ダンジョンに着く前になくなるだろ!」
レンは少し考える。
「じゃあ二袋」
「なんで増えるんだよ!」
サラの笑い声が店内に響いた。
これで準備は整った。
明日は――。
初めてのダンジョン探索だ。
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