長い1日の終わり
陽だまり亭の扉を開けた瞬間。
「いらっしゃいませーっ!」
「うおっ!」
店中に響く声に、思わず肩が跳ねた。
相変わらずでけぇ声だ。
「……うるさ」
後ろから店内を覗き込んだレンが呟く。
「ランドより声がでかい」
「なんで俺と比べるんだよ」
「あっ!」
栗色の髪を後ろで束ねた少女が、こちらへ駆けてきた。
ティナだ。
「ランドさん! ルシオンさん!」
「どうも」
ルシオンが軽く頭を下げる。
「また来てくれたんですね!」
「ああ。飯食いに来た」
「ありがとうございます!」
やっぱり声がでかい。
ティナは嬉しそうに笑ったあと、俺たちの後ろにいるレンに気付いた。
「あれ? そちらの子は?」
「レン。俺たちの仲間だ」
レンが俺の横から顔を出す。
「レンです」
「初めまして! ティナです!」
「うん。よろしく」
ティナがレンをまじまじと見る。
黒髪の三つ編み。
小柄な身体。
そして顔へ視線を戻すと、ぱっと表情を明るくした。
「可愛いですね! 髪も綺麗だし、三つ編みも似合ってます!」
「ありがとう」
「女の子の冒険者って珍しいですよね。それに、こんな可愛い子――」
「男だよ」
「……え?」
ティナの動きが止まった。
「僕、男だけど」
「……」
顔を見る。
三つ編みを見る。
もう一度、顔を見る。
「ええええええっ!?」
「うるさっ!」
店中の客が一斉にこちらを見た。
厨房から大柄な男が顔を出す。
「ティナ! 店ん中で叫ぶな!」
「お父さん! 男の子!」
「何がだ!」
「この子!」
ティナがレンを指差す。
「男の子なんだって!」
「お客さんを指差すな!」
俺が止める横で、当のレンはまったく気にしていない。
「だ、だって……髪も長いし、顔も可愛いし……」
「よく間違えられるよ」
「嫌じゃないんですか?」
「別に」
レンが首を傾げる。
「可愛いって褒めたんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、ありがとう」
「……」
ティナが目をぱちぱちさせる。
こいつ、本当にこういうの気にしねぇんだな。
「ティナ」
今度は別の声が飛んできた。
料理を運んでいた女性がこちらへ歩いてくる。
ティナと同じ栗色の髪。
母親だ。
「お客さんを入口に立たせたまま、いつまで話してるの?」
「あっ! すみません!」
ティナが慌てて空いている席を指す。
「こちらへどうぞ!」
「やっと飯だ」
レンが真っ先に歩き出した。
「お前、それしか考えてねぇだろ」
「うん」
「否定しろよ」
俺たちは空いている席についた。
すぐにティナの兄が三人分の水を運んでくる。
「ほら、水」
「ありがとうございます」
ルシオンが礼を言う。
兄は水を置きながら、レンをちらりと見た。
「この子が、さっきティナが騒いでた子か?」
「そう!」
「へえ。妹と同じくらいか?」
「僕、男だよ」
「……マジか」
「お兄ちゃんも間違えた!」
「お前も間違えただろ!」
「私はもう知ってるもん!」
「知ったの今だろ!」
兄妹が言い合いを始める。
レンはそんな二人を眺めながら、水を一口飲んだ。
「仲いいね」
「どこを見たらそうなるんだよ」
俺が突っ込むと、ルシオンが小さく笑った。
「ティナ! 注文はどうした!」
厨房から父親の声が飛んでくる。
「あっ!」
ティナが慌てて俺たちへ向き直った。
「すみません! 今日は何にしますか?」
「何がおすすめなんだ?」
「今日の日替わりは鶏肉の香草焼きです! あとは川魚のソテーと、前にも食べてもらったビーフシチューがおすすめですよ!」
「ビーフシチュー三つ。あとパン九個」
レンが即答した。
「お前、いきなり頼むなよ」
俺が口を挟む横で、ルシオンが頷く。
「ちょうど三人分ですね。僕たちの分まで――」
「いや、僕の分だけど?」
「……」
ルシオンの動きが止まった。
「全部お前のかよ!」
「うん」
ティナが注文票とレンを交互に見る。
「えっと……シチュー三つとパン九個を、お一人で?」
「うん」
「食べきれるんですか?」
「足りなかったら追加するよ」
「そっち!?」
ティナが目を丸くする。
ルシオンは眼鏡を押し上げると、何事もなかったようにティナへ向き直った。
「……では、僕は川魚のソテーをお願いします」
「俺は鶏肉の香草焼きで」
「分かりました! ビーフシチュー三つ、川魚のソテー一つ、鶏肉の香草焼き一つ、パン九個ですね!」
「うん」
レンが満足そうに頷く。
「お前だけ量がおかしいからな」
「そう?」
「そうだよ」
◇
「お待たせしましたーっ!」
しばらくして、ティナが料理を運んできた。
さすがに一度では持ちきれなかったらしく、兄も一緒だ。
「シチュー三つと、川魚のソテー一つ、香草焼き一つ!」
次々と皿が並べられていく。
「それからパン九個です!」
パンを盛った大皿が置かれる。
俺の前には鶏肉の香草焼き。
ルシオンの前には川魚のソテー。
そしてレンの前には――。
シチューが三皿。
「……すげぇな」
並べてみると、余計に多く見える。
レンは気にした様子もなく、スプーンを手に取った。
「いただきます」
一口。
「……」
ぴたりと動きが止まる。
「どうした?」
「美味しい」
「だろ?」
答えた時には、もう二口目を食べていた。
パンをちぎってシチューにつけ、そのまま口へ放り込む。
「美味しい」
「二回言ったな」
レンがスプーンを置き、真顔でティナを見る。
「シェフを呼んでくれ」
「調子に乗るな」
何様だ、こいつ。
ティナが嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます! お父さんも喜びます!」
レンは再びスプーンを手に取った。
シチュー。
パン。
またシチュー。
またパン。
とにかく速い。
「お前、もう少しゆっくり食えよ」
「ちゃんと噛んでるよ」
「そういう問題か?」
向かいでは、ルシオンが川魚を切り分けながらレンを眺めていた。
「……本当に三皿食べきりそうですね」
「だから言ったでしょ」
なぜかレンが得意げに答える。
「自慢することじゃねぇだろ」
俺も鶏肉を切り分け、口へ運ぶ。
皮は香ばしく焼けていて、中は柔らかい。
香草の香りが肉の脂とよく合っている。
「……うまい」
やっぱり、ここの飯はうまい。
朝からいろんなことがあった。
魔物と戦って。
天下五剣の一人に会って。
母さんの知らなかった過去まで知った。
まだ、頭の中は整理できていない。
「ランド」
「ん?」
見ると、レンが俺の皿をじっと見ていた。
「その肉、美味しい?」
「ああ」
「一口ちょうだい」
「お前、シチュー三皿あるだろ」
「これはシチュー。そっちは肉」
「見りゃ分かるわ」
「一口だけ」
「……ったく」
俺は鶏肉を一切れ切り分け、レンの皿に置いた。
「ほら」
「ありがとう」
レンが口へ運ぶ。
「……美味しい」
「だろ?」
もぐもぐと味わったあと。
レンの視線が、また俺の皿へ落ちる。
「もう一口」
「ダメに決まってんだろ」
「けち」
「一口やっただろ!」
向かいでルシオンが小さく笑った。
レンは諦めたのか、再び自分のシチューへ戻っていく。
「ランド」
「今度はなんだよ」
「次来たら、それ頼む」
「勝手に頼めよ」
「シチューも頼む」
「結局両方食うのかよ!」
ルシオンが堪えきれず吹き出した。
「……ふふっ」
「お前まで笑うな」
「すみません。でも、今日はいろいろありすぎましたから」
「まあな」
俺は残った鶏肉を口へ運ぶ。
……そうだな。
今くらいは、難しいことを考えなくてもいいか。
母さんのことも。
マルクのことも。
考えるのは明日でいい。
長かった一日の終わりくらい――。
こいつらと腹いっぱい飯を食う。
今は、それで十分だった。
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