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初めての大金

 一階へ降りると、いつもの騒がしさが戻ってきた。


 依頼を探す冒険者。


 酒を飲んで騒いでいる連中。


 受付で職員と話している者。


 その中に、ルシオンとレンを見つけた。


 二人は壁際の長椅子に座っている。


「お待たせ」


 俺が声をかけると、ルシオンが顔を上げた。


「終わりましたか?」


「ああ」


「どうでした?」


「……いろいろ聞いた」


「そうですか」


 それ以上、ルシオンは聞いてこなかった。


 レンは俺の顔をじっと見る。


「大丈夫?」


「ん?」


「難しい顔してる」


「……そうか?」


「してますね」


 ルシオンまで頷く。


 するとレンが口を開いた。


「ランドはもっと馬鹿っぽい顔してた方が似合うよ」


「おい、誰の顔が馬鹿っぽいだ、こら!」


「そうそう。そんな感じ」


「……あ?」


 レンが満足そうに頷く。


「そっちの方がランドっぽい」


 隣でルシオンが小さく笑った。


「レンなりに気を遣っているんですよ」


「……そうなのか?」


 俺がレンを見る。


「いや、違うけど」


「違うのかよ!」


「本当にそっちの方が似合うと思っただけ」


「なお悪いわ!」


「そう?」


「そうだよ!」


 レンは不思議そうに首を傾げる。


 ルシオンも少し困ったように眼鏡を押し上げた。


「……僕も少し買いかぶっていたようです」


「何を?」


「気にしなくていいです」


「変なの」


「お前が言うな」


 ったく。


 けど、レンとくだらないやり取りをしているうちに、さっきまで頭の中を占めていたものが少しだけ薄れた。


「そういや、査定は?」


「まだだそうです。キラーマンティスについては、ダリオさんたちの証言も必要ですから」


「結構かかるんだな」


「気長に待ちましょう」


「そんな気長に待ってたら餓死しちゃうよ」


 レンがぽつりと言った。


「大袈裟すぎるだろ!」


「だって動いたから」


「……まあ、俺も腹減ったけど」


「ほら」


「何がほらだ」


「報酬をもらったら、陽だまり亭に行きませんか?」


 ルシオンが提案する。


「ああ、いいな。騒がしいけど、味は確かだからな」


「陽だまり亭?」


 レンが尋ねる。


「前にルシオンと二人で行ったところだよ」


「えっ、ずるい」


「二人で行ったの?」


「お前、その時いなかっただろ!」


 その時だった。


「ランド」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向く。


「ダリオ」


 治療室の方から三人が歩いてきた。


 ダリオ。


 ニーナ。


 そして、杖をついたバルト。


 左脚には包帯が巻かれているが、森で見た時より顔色はずっといい。


「もう歩いて大丈夫なのか?」


「ああ。治療はしてもらった。ただ、しばらくは杖を使えってよ」


「そりゃそうだろ」


「さっき職員にも同じこと言われたよ」


 バルトが苦笑する。


「それと、キラーマンティスのことも散々聞かれた」


 ダリオが言った。


「どう戦ったとか、お前らがいつ来たとか」


「じゃあ、査定も進んでそうだな」


「ああ。それで――」


 ダリオが俺たち三人を見る。


 そして、頭を下げた。


「助かった。本当にありがとう」


「……」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。


「別に、頭まで下げなくても」


「下げさせろ」


 ダリオが顔を上げる。


「あの時、お前たちが来なかったら、俺たちはどうなってたか分からねぇ」


「俺はまともに動けなかったしな」


 バルトが自分の脚を見る。


 ニーナも小さく頷いた。


「私も……正直、もう駄目だと思った」


「でも、俺たちだけで倒したわけじゃないだろ」


「分かってる。だから助かったって言ってんだよ」


「……なら、どういたしまして」


「素直じゃねぇな」


「ちゃんと言っただろ」


 ダリオが苦笑する。


 そして――。


 その視線がルシオンへ向いた。


「……ルシオン」


「はい?」


「お前には、もう一つある」


 ルシオンがわずかに眉を上げる。


 ダリオは少し言いにくそうに頭を掻いた。


「前に学院の噂を聞いて、お前のことを勝手に決めつけてた」


「……」


「悪かった」


 ルシオンの表情がわずかに変わる。


「今日、一緒に戦って分かった。弱点を見つけたのも、ランドの剣を強化したのも、俺たちが戦いやすいように援護してたのも、お前だ」


「僕一人の力ではありません」


「分かってるって」


 ダリオは苦笑する。


「そういう話じゃねぇ。噂だけでお前を判断してた俺が間違ってたってことだ」


「……」


 少しの沈黙。


 やがてルシオンが眼鏡を押し上げた。


「分かりました」


「いいのか?」


「謝っていただいたのなら、僕から言うことはありません」


 そこで一度、言葉を切る。


「ただ――僕は不正をしていません」


「ああ」


 ダリオは真っ直ぐ頷いた。


「分かった」


「なら、それで十分です」


 それで話は終わった。


 ルシオンはいつもの顔に戻り、ダリオもほっと息を吐く。


「お前、もっと根に持つタイプだと思ってた」


「……今の謝罪を取り消しますか?」


「なんでそうなる!?」


「ダリオ」


 ニーナが横から睨む。


「余計なこと言わない」


「……はい」


 思わず笑ってしまった。


 せっかく綺麗に終わったのに、こいつは最後に余計なことを言う。


「それで」


 ダリオが誤魔化すように話を変える。


「今回の礼なんだけどな」


「まだ何かあるのか?」


「今度、飯でも奢らせてくれ」


「飯?」


 真っ先に反応したのはレンだった。


「本当?」


「お、おう」


「いっぱい食べてもいい?」


「……ほどほどにな」


「いっぱい食べる」


「ほどほどって言っただろ!」


 ダリオが早くも後悔したような顔をする。


 バルトが肩を震わせて笑った。


 まあ、一応忠告しておくか。


「財布、多めに持ってこいよ」


「……そんなに食うのか?」


 全員の視線がレンへ集まる。


「?」


 本人だけが首を傾げていた。


「まあ、今日はやめとこうぜ」


 バルトが杖を軽く持ち上げる。


「俺もこんなんだしな」


「ああ。ちゃんと動けるようになったらだ」


 ダリオが頷く。


「別に急がなくていいですよ」


「こっちが奢りたいんだよ」


「じゃあ遠慮しません」


「切り替え早ぇな」


 ニーナが笑う。


「自分から言い出したんだから諦めなさい」


「……そうする」


 その時。


「ランドさん」


 受付の方から声がした。


 アイリスさんだ。


「査定が終わりました」


「おっ」


 俺は立ち上がる。


「ダリオさんたちからもお話を伺いましたので、今回の報酬が確定しました」


「もう決まったんですか?」


「はい。詳しくは受付でご説明します」


「分かりました」


 俺はダリオたちを見る。


「じゃあ、行ってくる」


「ああ」


 ダリオが頷く。


「俺たちはもう用事も済んだし、今日は帰るよ」


「脚も休ませないとな」


 バルトが杖を軽く持ち上げる。


「飯の約束、忘れんなよ」


「そっちが言い出したんだろ」


「レン、お前はほどほどにな」


「何が?」


「食う量だよ」


「無理だよ」


「即答すんな!」


 ダリオの声を背に、俺たちは受付へ向かった。


     ◇


「では、今回の報酬についてご説明します」


 アイリスさんが書類を広げる。


「まず、グレイウルフについてです。依頼では数匹程度と想定されていましたが、実際には十三体。そのうち一体は、群れを率いていた大型個体でした」


「はい」


「契約数を超えていますが、群れから襲撃を受けた中での討伐ですので、超過分についても正当な討伐として認められています」


「ああ、よかった」


 魔物保護法に引っかかったなんて言われたらたまらない。


「そのため、追加討伐分と、大型個体の危険度に応じた報酬が加算されます」


 アイリスさんが次の書類へ目を移す。


「さらに、キラーマンティスとの戦闘における救援・討伐への貢献。それから、回収された素材の買い取り分」


「結構ありますね」


「今回は特殊ですから」


 アイリスさんが小さく笑う。


「それらをすべて合わせまして――」


 一度、言葉を切った。


「ランドさん、ルシオンさん、レンさん。それぞれに金貨十枚をお支払いします」


「……十枚?」


 思わず聞き返した。


「はい」


「一人で?」


「一人です」


 俺はルシオンを見る。


 ルシオンも珍しく目を見開いていた。


「……かなりの額ですね」


「今回の実績と危険度を考慮した査定です」


「へぇ……」


 隣でレンが何かを考えている。


 嫌な予感がした。


「レン」


「何?」


「今、飯のこと考えてただろ」


「うん」


「やっぱりかよ!」


「金貨十枚あったら、朝ごはんいっぱい食べられるね」


「もっと他に使い道あるだろ!」


「昼ごはんと夕ごはんも食べられる」


「飯から離れろ!」


 アイリスさんが小さく笑った。


「かなりの金額ですので、使いすぎには気を付けてくださいね」


「はい」


「うん」


「特にレンに言ってると思うぞ」


「なんで?」


「自覚ねぇのかよ」


 俺は差し出された革袋を受け取った。


 ずしりと重い。


 金貨十枚。


 村にいた頃には、こんな大金を一度に手にしたことなんてない。


 冒険者になって初めて手にする、大きな報酬だった。


「それと、特例昇格についてですが」


「ああ」


「現在、正式な審査に入っています」


「そっちはまだなんですね」


「はい。今回の報告書とダリオさんたちの証言、それからギルド長の推薦をもとに判断されます」


「ギルド長の推薦もあるんですか?」


「はい」


 少し驚いた。


 キリカさん、そこまでしてくれてたのか。


「結果が出るまで、数日お待ちください」


「分かりました」


 俺は革袋を腰にしまった。


 すると――。


「じゃあ」


 レンがすぐに立ち上がる。


「陽だまり亭行こう」


「切り替え早ぇな!」


「だってお腹すいた」


「金貨十枚もらった直後に言うことがそれかよ」


「いっぱい食べられるよ」


「全部使うなよ?」


「全部は食べられないよ」


「そういう意味じゃねぇ!」


 ルシオンも小さく笑いながら立ち上がった。


「行きましょう。僕も空腹です」


「……まあ、俺もだけど」


 俺たちはギルドを出た。


 朝から、本当にいろいろありすぎた。


 グレイウルフ。


 群れの主。


 キラーマンティス。


 特例昇格。


 そして――母さんのこと。


 一日で、頭に入りきらないくらいのことが起きた。


 けど。


「ランド、早く」


 前を歩いていたレンが振り返る。


「分かったから走るな!」


 今はもう――。


 腹が減った。

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