予想外の戦果
少し離れたところから、ニーナがバルトを支えながら戻ってきた。
「ダリオ!」
「ニーナ! バルトは?」
「歩けはする。でも、王都に戻ったらちゃんと診てもらわないと」
「分かった」
ダリオがほっと息を吐く。
「……助かった。お前らが来なかったら危なかった」
「礼は帰ってからでいい」
俺は倒れたキラーマンティスを見る。
「それより、こいつどうする?」
「魔石と鎌を持って帰る」
ダリオが答えた。
「鎌?」
「ああ。キラーマンティスの鎌は武器の素材になる。状態が良けりゃ、かなり高く売れるぞ」
「マジか」
「食いつくの早ぇな」
「金は大事だろ」
「違いねぇ」
ダリオに教えられながら、キラーマンティスから魔石を取り出す。
「でかいな……」
グレイウルフのものとは比べ物にならない。
ずしりと重い魔石をルシオンへ渡す。
「これ入るか?」
「それくらいなら大丈夫です」
ルシオンが杖を向ける。
空間が歪み、魔石が消えた。
続いて、二本の鎌を根元から切り離す。
「これも頼む」
「待ってください」
「あ?」
「もうかなり入ってるんですよ」
そういえば。
グレイウルフの群れの主を丸ごと入れたうえに、他の奴らから回収した魔石や毛皮、牙、爪まで入ってる。
「入らねぇ?」
「……鎌二本くらいなら、なんとか」
「じゃあ頼む」
「人の苦労を軽く言いますね……」
ルシオンが杖を向ける。
二本の鎌が空間へ消えていった。
「これで、ほぼ限界です」
「意外と限界あるんだな」
「大型のグレイウルフ一匹に、十匹以上から回収した素材まで入ってるんですよ! 無茶言わないでください!」
「まあ、それもそうだな」
回収できるものは一通り回収した。
さすがに、もう戦う気力は残ってねぇ。
俺は剣を鞘へ戻した。
「よし。帰るぞ」
「はい」
「うん」
ダリオとニーナがバルトに肩を貸す。
俺たちは他の魔物が襲ってこないか警戒しながら、森を抜けた。
そして今度こそ、王都へ向かって歩き出す。
グレイウルフ十匹以上。
群れの主。
そして、キラーマンティス。
ギルドを出た時は、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
◇
王都へ戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。
「やっと戻ってきた……」
俺は大きく息を吐いた。
朝から森に入って。
グレイウルフの群れと戦って。
でかい群れの主まで出てきて。
帰ろうとしたら、今度はキラーマンティスだ。
「長ぇ一日だったな……」
「まだ終わってませんよ」
隣を歩くルシオンが言う。
「分かってるって。ギルドへの報告だろ?」
「分かっているなら結構です」
後ろを見る。
ダリオとニーナが、バルトに肩を貸しながら歩いている。
ルシオンが止血したとはいえ、まともに歩ける状態じゃない。
「もう少しだからな」
「悪い……」
「気にすんな」
ダリオがバルトを支え直す。
俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。
扉を開ける。
「戻りました――」
「ランドさん?」
聞き覚えのある声。
受付にいたアイリスさんだ。
「おかえりなさ――」
途中で言葉が止まった。
俺たちの後ろにいるダリオたちを見たからだ。
「ダリオさん!? バルトさん、その怪我は!?」
「ちょっとやられた……」
「ちょっとじゃありません!」
アイリスさんはすぐに近くの職員を呼んだ。
「治療室へお願いします!」
「ああ!」
職員が駆け寄ってくる。
「俺も行く」
「私も」
ダリオとニーナもバルトについていこうとする。
その前に、ダリオが振り返った。
「ランド」
「ん?」
「後でちゃんと話す」
「ああ」
三人が奥へ消えていった。
アイリスさんはそれを見届けてから、俺たちへ向き直る。
「……何があったんですか?」
「えっと……どこから話せばいいです?」
「最初からお願いします」
「じゃあ、グレイウルフから」
「はい」
「十匹以上いました」
「……はい?」
アイリスさんが止まった。
「それと、普通の奴よりずっとでかいのが一匹。たぶん群れの主です」
「待ってください」
アイリスさんが眉を寄せる。
「今回確認されていたのは、数匹程度の小規模な群れだったはずです」
「俺もそう聞いてました」
「本当に十匹以上いたんですか?」
「はい」
ルシオンも横から口を挟む。
「間違いありません。群れの主と思われる大型個体も確認しました」
アイリスさんの表情が険しくなる。
「……依頼内容と違いすぎますね」
「やっぱりそうですよね」
「はい。ウッドランクの冒険者に任せる内容ではありません」
「帰ったら報告した方がいいって、ルシオンとも話してたんです」
「それは正解です。出現数がここまで違うとなると、ギルド側でも再調査が必要になります」
アイリスさんが手元の紙へ何かを書き留める。
「それで――」
俺たちの後ろを見る。
「ダリオさんたちの怪我は?」
「ああ、それなんですけど……」
俺は少し頭を掻いた。
「キラーマンティスが出ました」
アイリスさんの手が止まった。
「……キラーマンティス?」
「はい」
「ダリオさんたちが受けていた討伐依頼の?」
「そうです。俺たちが着いた時には、もうバルトが脚をやられてました」
「それで、皆さんはどうやって逃げたんです?」
「逃げてません」
「え?」
「倒しました」
アイリスさんが黙った。
「……何をですか?」
「キラーマンティスです」
「……」
今度こそ完全に固まった。
周囲にいた冒険者たちも、こちらを見始める。
「今、キラーマンティスって言ったか?」
「あの討伐依頼の奴だろ?」
「倒したって?」
「ウッドランクの新人が?」
ざわめきが広がっていく。
「ランドさん」
「はい」
「本当にキラーマンティスを?」
「はい。俺とレンとダリオ。それからルシオンの援護で」
アイリスさんはしばらく俺たちを見ていた。
「……討伐を証明できるものはありますか?」
「あります」
俺はルシオンを見る。
「持ってきてるよな?」
「もちろんです。魔石と鎌を収納してあります」
「分かりました。では、解体場へ来てください」
俺たちはアイリスさんの案内に従い、その背中を追った。
◇
ギルド裏手の解体場。
石造りの広い場所に、大きな作業台や滑車が並んでいる。
「ここで大丈夫です」
アイリスさんが帳簿を開く。
「まず、グレイウルフの討伐数を確認します」
「ルシオン」
「はい」
ルシオンが杖を向ける。
何もない空間が歪んだ。
――ゴトッ。
最初に現れたのは、グレイウルフの魔石。
続いて二つ目。
三つ目。
次々と作業台の上へ並べられていく。
さらに、回収した牙や爪、毛皮。
最初は帳簿へ何かを書いていたアイリスさんの手が止まった。
「……まだあるんですか?」
「ありますよ」
さらに素材が出てくる。
解体場にいた職員たちまで集まり始めた。
「なんだ?」
「グレイウルフか?」
「多くないか?」
ルシオンが最後の魔石を取り出す。
職員の一人が、一つずつ確認していった。
「……十個を超えてるな」
アイリスさんが小さく息を吐く。
「報告通りですね」
「俺たち、嘘つかないですよ」
「疑っていたわけではありません。討伐数の確認も仕事なんです」
「ああ……そりゃそうか」
アイリスさんは軽く咳払いをする。
「では次に、その大型個体を見せてください」
「ルシオン、頼む」
「はい」
ルシオンが再び杖を向ける。
今度は空間が大きく歪んだ。
――ズンッ!
巨大な灰色の身体が現れる。
周囲が静かになった。
「……こいつは」
職員の一人が近づく。
普通のグレイウルフとは明らかに違う体格。
身体中に残った古傷。
首筋には、俺がつけた深い傷が残っている。
「群れの主だな」
「ああ。かなり長く生きた個体だ」
別の職員も身体を調べる。
「古傷が多いな……左前脚にもある」
「そこを庇ってました」
「よく気付いたな」
「見つけたのはルシオンです」
ルシオンが少し首を振る。
「正確には、左前脚だけ魔力の流れが他と違うことに気付いただけです。古傷だと見抜いたのはランドですよ」
職員が感心したように俺たちを見る。
アイリスさんは帳簿へ何かを書き込んでから、顔を上げた。
「それで……キラーマンティスの方は?」
「ああ」
ルシオンが頷く。
「さすがに本体までは収納できなかったので、魔石と鎌だけです」
空間が歪む。
――ゴトッ。
大きな魔石が作業台へ置かれた。
続いて――。
――ゴトンッ!
巨大な鎌が一本。
さらに、もう一本。
「……」
職員たちの表情が変わった。
一人がすぐに近づき、魔石と鎌を確認する。
外殻。
切断面。
大きさ。
しばらく調べたあと、アイリスさんを見る。
「間違いない。キラーマンティスだ」
ざわっ――。
解体場が一気に騒がしくなる。
「本物かよ……」
「誰が倒したんだ?」
「あの新人たちらしいぞ」
「ウッドランクじゃなかったか?」
アイリスさんも魔石を見つめている。
「……本当に討伐したんですね」
「はい」
「疑っていたわけではないんですが……さすがに驚きました」
「まあ、俺たちも必死だったんで……」
「正直、倒せるとは思いませんでしたけどね」
ルシオンが横から言う。
「戦うことになった時は、どうなるかと思いましたよ」
「でも、なんとかなっただろ」
「結果論です!」
「そうだけど」
アイリスさんは魔石と二本の鎌を見ながら、しばらく考えていた。
やがて帳簿を閉じる。
「ランドさん」
「はい」
「これは、私の判断だけでは処理できません」
「そんなにですか?」
「グレイウルフだけであれば、依頼内容との差異を確認し、追加報酬を査定するところです」
アイリスさんが巨大な群れの主を見る。
「ですが、依頼にない規模の群れと、その主まで討伐している」
続いて、キラーマンティスの魔石へ視線を移す。
「さらに、別件で討伐依頼が出されていたキラーマンティスまで討伐しています」
アイリスさんは俺たち三人を見る。
「今回の件は、ギルド長へ報告します」
「ギルド長に?」
「はい。報酬だけでなく、皆さんの功績についても判断していただく必要があります」
「分かりました」
「少々お待ちください」
アイリスさんは足早に建物の中へ戻っていった。
「……」
俺はその背中を見送る。
「僕たち、何かやっちゃった?」
レンが聞く。
「なんか大事になったな」
「当然でしょう」
ルシオンが眼鏡を押し上げる。
「グレイウルフ十匹以上に群れの主。それにキラーマンティスまでですから」
「俺たち、薬草摘んでたの二日前だよな?」
「ええ。あの平和な日が懐かしく感じますね」
「マジで二日で変わりすぎだろ……」
「まあ、それは僕もそう思います」
珍しくルシオンと意見が合った。
レンは何も言わず、作業台に置かれたキラーマンティスの鎌を眺めている。
しばらくすると、建物の奥から足音が聞こえてきた。
アイリスさんが戻ってくる。
その隣には、見覚えのない女がいた。
年齢はかなり上に見える。
白いものが混じった髪。
顔には深い皺も刻まれている。
七十――いや、八十近いのかもしれない。
それでも、不思議と弱々しさは感じなかった。
背筋は真っ直ぐ伸びている。
足取りもしっかりしていて、一歩一歩に迷いがない。
腰には二本の剣。
ただ歩いているだけなのに、自然と目が向く。
いや。
目を逸らしちゃいけないような、妙な圧がある。
周囲の職員たちも、その姿を見た途端に口を閉じた。
「お待たせしました」
アイリスさんが俺たちの前で足を止める。
隣の女を示した。
「こちらが王都冒険者ギルドのギルド長――キリカさんです」
ここまで読んでくださった皆様、ぜひブックマーク・評価をお願いします!
一つでも増えると作者がめちゃくちゃ喜びます。




