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一難去ってまた一難

「ランド!」


 ルシオンが駆け寄ってくる。


「やりましたね!」


「ああ」


 俺は倒れた群れの頭を見る。


 強かった。


 《風纏》がなければ、あの速さにはついていけなかった。


 左脚の異変も、ルシオンが見つけてくれた。


 最後に逃げ道を塞いだ土壁もそうだ。


「ルシオン」


「はい?」


「助かった。ありがとう」


 ルシオンが一瞬きょとんとする。


「……なんか変に素直ですね」


「礼くらい言うわ!」


「なら、どういたしまして」


 ルシオンが少し笑った。


「お前がいなきゃ、もうちょい苦戦してた」


「もうちょいですか?」


「……かなり」


「最初からそう言ってください」


「細けぇな」


 俺も少し笑う。


 そうだ。


 あとは――。


「レン!」


 振り返る。


「……あ?」


 思わず声が漏れた。


 少し離れた場所。


 何匹ものグレイウルフが地面に倒れている。


 その真ん中で、レンが最後の一匹と向き合っていた。


「ガァッ!」


 グレイウルフが飛びかかる。


 レンは動かない。


 ギリギリまで引きつけ――半歩ずれる。


 牙が空を切った。


 すれ違いざまに前脚へ手を添え、その勢いを殺さず身体を捻る。


「ふっ」


 ――ドンッ!


 グレイウルフが背中から地面へ叩きつけられた。


 起き上がろうとしたところへ掌底。


 ――ゴッ!


 顎を打ち抜かれ、グレイウルフの頭が跳ねる。


 そのまま地面へ倒れた。


 動かない。


 レンは周囲を見渡し、他に動く奴がいないことを確かめてから構えを解いた。


「終わったよ」


「……早ぇな」


「そう?」


 俺は地面に倒れたグレイウルフを見渡す。


 一匹。


 二匹。


 三匹――。


 六匹。


「お前……本当に一人で六匹抑えてたのか」


「うん」


「しかもほとんど倒してるじゃねぇか」


 レンは服についた土を軽く払う。


 多少息は上がっている。


 それでも、目立った傷はない。


「これくらいなら平気」


「……百人組手やったってのは伊達じゃねぇんだな」


「だから言ったでしょ」


「ああ。今のでよく分かった」


 俺との手合わせでも強いとは思っていた。


 けど、実戦で見るとまた違う。


 複数相手でも慌てない。


 相手の動きを見て、必要な時だけ動く。


 こいつ、本当に強ぇ。


 レンが倒れた群れの頭を見る。


「ランドも倒したんだ」


「ああ。ルシオンのおかげでな」


「僕もちゃんと役に立ったでしょう?」


「立ちまくりだよ」


 ルシオンが満足そうに笑う。


「それなら結構です」


「……疲れた」


 俺はその場に腰を下ろした。


 さすがに、すぐ動く気にはなれねぇ。


 木の根元に背中を預け、水筒を取り出す。


「っはぁ……」


 冷たい水が喉を通る。


 生き返る。


 ルシオンも近くの木にもたれた。


「とんでもない依頼になりましたね」


「ああ」


 辺りを見渡す。


 そこら中にグレイウルフが倒れている。


 十匹以上。


 その奥には、巨大な群れの頭。


「これ、本当にウッドランクの依頼か?」


「依頼書の内容とは明らかに違いますね」


「数匹って話だったよな?」


「ええ。それが実際には十匹以上。しかも、あの大型個体までいた。普通のウッドランクなら、かなり危険だったと思います」


「だよなぁ……」


 二日前のことを思い出す。


 森を歩いて。


 薬草を探して。


 十束集めて。


 王都まで持って帰った。


「……薬草十束摘んでた頃が懐かしいな」


「二日前ですよ」


「分かってるよ!」


「ずいぶん昔みたいに言うから」


「二日で差がありすぎんだろ……」


 二日前は薬草十束。


 今日はグレイウルフ十匹以上に、群れの頭。


 どうしてこうなった。


 レンが水を飲みながら聞いてくる。


「冒険者って、いつもこんな感じ?」


「知らねぇよ。俺に聞くな」


 俺だって冒険者になって、まだ三日目だ。


「おい、ルシオン」


「僕に振るんですか?」


「俺より長いだろ?」


「まあ、そうですけど……」


 ルシオンは少し考える。


「少なくとも、ウッドランクの依頼でこれが普通なわけありません。依頼内容の再調査が必要な案件です」


「帰ったら報告だな」


「ええ」


     ◇


 しばらく休んでから、俺は立ち上がった。


 身体を伸ばし、辺りを見渡す。


 倒れたグレイウルフがそこら中に転がっている。


「さて、そろそろ魔石取るぞ」


「待ってください」


「あ?」


 短剣を抜こうとしたところで、ルシオンに止められた。


「先に、価値のある部位を確認しましょう」


「魔石だけじゃないのか?」


「毛皮、牙、爪。状態が良ければ肉も買い取ってもらえるかもしれません」


「そりゃそうだけどよ」


 俺だって狩りをしてたから、それくらいは分かる。


 獲物は使えるところまで使う。


 村なら肉を食って、皮をなめして、骨や牙だって道具にする。


 問題は――。


「どうやって運ぶんだよ」


「僕が収納します」


「……収納?」


 ルシオンが杖を向けた。


 その先で、何もない空間がぐにゃりと歪む。


「……あ?」


 黒い穴のようなものが開いた。


 ルシオンは一匹のグレイウルフへ手を向ける。


 死体がふわりと浮かび――。


 すっと消えた。


「……」


 俺は目を瞬いた。


 さっきまでそこにあった死体がない。


「おい」


「何です?」


「今、何した?」


「収納しました」


「だから、どうやってだよ」


「空間魔法ですよ」


「空間……魔法?」


「知らないんですか?」


「知らねぇよ」


 ルシオンが眼鏡を押し上げる。


 なんか嬉しそうだな。


「なるほど。では説明しましょう」


「なんで嬉しそうなんだよ」


「説明するのは嫌いじゃないので」


「物知り眼鏡め……」


「誰が物知り眼鏡ですか」


「で、空間魔法って何なんだ?」


「それを説明するには、第四魔王の話からですね」


「待て。なんで急に魔王が出てくる」


「空間魔法の始まりだからですよ」


「始まり?」


「ええ。第四魔王は、空間そのものを操る力を持っていたと言われています」


 ルシオンが指を一本立てる。


「離れた場所を繋ぐ。空間を歪める。物を別の場所へ移す。当時の人類には、何をしているのかすら理解できなかったそうです」


「そんな奴だったのか」


「第四魔王との戦いによって、人類は初めて空間そのものに魔力で干渉できることを知ったんです」


「それで真似した?」


「大雑把に言えば」


「できるもんなんだな」


「簡単に言わないでください。何十年も研究して、ようやく術式として体系化されたんです」


「それが今の空間魔法か」


「そういうことです」


 俺はグレイウルフが消えた場所を見る。


「じゃあ、今のは?」


「小さな亜空間を作って、そこへ物を収納する術です」


「……便利だな」


「歴史の説明を聞いた感想がそれですか?」


「だって便利だろ」


 狩りじゃ、獲物を倒した後も大変なんだ。


 血を抜いて。


 解体して。


 持てる大きさにして。


 村まで運ぶ。


 でかい獲物なら、それだけで一仕事になる。


 俺は群れの頭を指差した。


「あれも入る?」


 ルシオンは少し考えた。


「単体なら入ると思います。ただ、全部そのままは厳しいですね」


「全部は無理なのか?」


「僕の収納にも容量があります。あの大型個体まで入れるなら、残り全部を丸ごとは入りません」


「なんだ。無限じゃねぇのか」


「そんな便利な魔法じゃありませんよ」


「十分便利だろ」


 ルシオンは群れの頭へ杖を向ける。


 空間が歪む。


 巨大な身体が浮かび――すっと消えた。


「入りましたね」


「……すげぇ」


 思わず声が漏れる。


「じゃあ、残りは?」


「価値のある部位だけ取って収納しましょう。魔石や毛皮、牙、爪なら全部入ると思います」


「なるほど」


 それなら分かる。


 丸ごと十匹以上入るより、そっちの方が現実的だ。


「じゃあ解体するぞ」


「はい」


 レンも近くへ来る。


「僕もやる?」


「できんのか?」


「知らない」


「じゃあ俺の見てろ」


「分かった」


 俺は短剣を抜いた。


 魔石。


 毛皮。


 牙。


 爪。


 使えそうな部位を順番に外していく。


 ルシオンがそれを空間魔法へ収納する。


 レンは横でじっと見ていた。


「なるほど」


「覚えたか?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


「次はやってみる」


「指切るなよ」


「それくらい分かる」


「本当か?」


「ランド、心配性」


「うるせぇ」


 ルシオンが小さく笑いながら素材を収納していく。


 しばらくして、ようやく全部の処理が終わった。


「これなら容量も問題ありません」


「便利だなぁ……」


「またそれですか」


 するとレンが口を挟む。


「じゃあ今度から、お弁当も入れてよ」


「お、それいいな!」


「勝手に決めないでくださいよ」


「腐らねぇのか?」


「中は時間の流れがかなり遅いので、数日程度なら問題ありません」


「ますます便利じゃねぇか!」


 レンが頷く。


「いっぱい入れよう」


「僕の空間魔法を弁当箱にしないでください!」


「便利なんだからいいだろ」


「使うのは僕なんですよ!」


 ルシオンがため息をついた。


 俺は荷物を背負う。


「よし。今度こそ帰るぞ」


「はい」


「うん」


     ◇


 森の中をしばらく歩く。


 来た時と違って、足取りは軽い。


 グレイウルフは倒した。


 群れの頭も倒した。


 素材も回収できた。


 あとはギルドで報告して、報酬を受け取るだけだ。


「腹減ったな」


 歩きながら呟く。


「さっきお弁当の話をしたからじゃない?」


 レンが腹をさする。


「僕もお腹すいた」


「お前、朝あんだけ食ってもう食えるのかよ」


「育ち盛りの胃袋を舐めない方がいいよ」


 なぜか誇らしげに胸を張る。


「なんで誇らしげなんですか?」


 ルシオンが呆れたように言う。


「正直、レン一人にあれだけ食べられてたら、先に財布が空になりますよ」


「確かに」


「言っておくけど、僕の胃袋は底なし沼って言われるほどだからね」


「誰に言われてんだよ」


「道場の人」


「だからなんでそんな偉そうにできるんですか!」


 ルシオンがすかさず突っ込む。


「ギルドからの追加報酬に期待するしかねぇな」


「はぁ……そうですね」


 そんなことを話しながら、来た道を戻っていく。


 今日はもう十分だ。


 グレイウルフが十匹以上。


 そのうえ、あのでかい群れの頭までいた。


 三人で受けた最初の討伐依頼としては、やりすぎなくらいだ。


 王都へ戻ったらギルドへ報告して、報酬を受け取る。


 できれば追加報酬も欲しい。


 それから飯。


 今日は腹いっぱい食ってやる。


 そんなことを考えていた――その時だった。


「――うわあああああああっ!!」


「っ!?」


 足が止まった。


 レンも同時に振り返る。


「今の……」


「人の悲鳴ですね」


 ルシオンの表情が変わった。


 森の奥。


 俺たちが進んでいる方向から、少し外れた場所だ。


 耳を澄ます。


「誰かっ! 助けてくれえええっ!」


 今度ははっきり聞こえた。


 間違いない。


 人の悲鳴だ。


「行くぞ!」


 俺は走り出した。


「やっぱり行くんですね!」


「当たり前だろ!」


 ルシオンも後ろからついてくる。


 レンは何も言わず、すでに俺の横を走っていた。


 木々の間を駆け抜ける。


 枝をかわしながら、地面へ目を走らせる。


 足跡。


 いくつもある。


 新しい。


 歩幅が大きく、土が深く抉れている。


「走ってるな」


「分かるの?」


「ああ。何かから逃げてる」


 足跡を追う。


 その先から声が聞こえた。


「ダリオ! もういい! 逃げろ!」


「馬鹿野郎! お前置いて行けるか!」


 この声――。


「ダリオ?」


 間違いない。


 俺たちより先に森へ入った三人組だ。


 さらに走る。


 その時――。


 ――ガキィン!


 金属同士がぶつかる音が森に響いた。


「近い!」


 茂みを突っ切る。


 視界が開けた。


「――っ!」


 最初に見えたのは、地面に座り込んでいるバルトだった。


 片脚から血を流している。


「バルト!」


 その肩をニーナが支えていた。


「しっかりして!」


「悪い……脚が動かねぇ……」


「喋らなくていいから!」


 そして二人を庇うように――。


「ダリオ!」


「……ランド!?」


 ダリオが剣を構えて立っていた。


 息が荒い。


 服もところどころ裂けている。


「何があった!」


「来るな!」


「あ?」


「逃げろ! こいつはヤバい!」


 直後。


 ――ヒュンッ!


「っ!」


 何かが振り抜かれた。


 ダリオが咄嗟に剣を上げる。


 ――ギィンッ!


「ぐっ!」


 衝撃で身体が大きくよろめく。


「ダリオ!」


「大丈夫だ!」


 踏ん張り、剣を構え直す。


 俺も剣へ手を掛ける。


 そこで初めて――そいつの姿がはっきり見えた。


「……なんだ、あれ」


 緑色の巨体。


 人間よりでかい。


 細長い胴体。


 三角形の頭。


 ぎょろりとした大きな複眼。


 そして何より目につくのは――二本の前脚。


 巨大な鎌だ。


 俺の剣よりも長く、内側には鋭い棘がびっしりと並んでいる。


「キラーマンティス……!」


 ルシオンの声が強張った。


「あれが?」


「ええ。さっきダリオたちが持っていた依頼書に書かれていた魔物です」


 俺も思い出す。


 ダリオが自慢げに見せてきた依頼書。


『キラーマンティス討伐』


 アイアンランクでも複数人での討伐が推奨される魔物。


「……なるほどな」


「何がです?」


「ダリオが珍しく自慢していい相手だったってことだよ」


「今そこですか!?」


 キラーマンティスがゆっくりと鎌を持ち上げた。


 横へ振るう。


 ――ザンッ!


 俺の腕より太い枝が、何の抵抗もなく切断された。


「……は?」


 なるほど。


 あんなものをまともに食らえば、剣ごと身体を持っていかれかねない。


 キラーマンティスの三角形の頭が動く。


 俺。


 レン。


 ルシオン。


 新しく現れた俺たちを、一人ずつ見ている。


「ランド!」


 ダリオが叫ぶ。


「何してる! 逃げろ!」


「お前らはどうすんだよ!」


「バルトが脚をやられた!」


 ダリオが後ろを指す。


 バルトのズボンは血で濡れている。


 あれじゃ走れない。


「俺がこいつを引きつける! ニーナがバルトを連れて逃げる! お前らも行け!」


「ダリオ!」


「いいから行け!」


「一人じゃ無理よ!」


「分かってる!」


 ダリオが怒鳴る。


 それでも逃げない。


 自分だけなら、逃げられるかもしれない。


 けど、バルトは置いていけない。


 だから残ってる。


「……馬鹿だな、お前」


「は!?」


「一人じゃ無理だって分かってんのに残ってんだろ」


「仲間置いて逃げられるか!」


「だったら同じだ」


 俺は剣を抜いた。


 ダリオが目を見開く。


「お前……」


「三人増えた方がマシだろ」


「ランド」


 ルシオンが俺を見る。


「あれはグレイウルフとは違いますよ」


「分かってる」


「僕たちは、さっき戦ったばかりです」


「それも分かってる」


 俺はバルトを見る。


 ニーナに肩を借りても、まともに立てていない。


「でも、あいつ置いて逃げるわけにもいかねぇだろ」


「……そう言うと思いました」


 ルシオンが小さく息を吐く。


「ルシオン」


「はい」


「バルトを頼めるか?」


「治癒魔法は使えませんが、応急処置ならできます。止血くらいは」


「十分だ。頼む」


「分かりました」


 ルシオンがバルトたちのところへ走る。


「ニーナさん、傷を見せてください」


「お願い!」


 これで後ろは任せられる。


「レン」


「うん」


 レンはずっとキラーマンティスを見ていた。


 いつもの軽い表情は消えている。


 二本の鎌。


 脚。


 身体の向き。


 相手の動きをじっと観察していた。


「どうだ?」


「まだ分からない」


「お前でも?」


「初めてだから」


「そりゃそうか」


 レンが腰を落とす。


 両手を構えた。


「でも――」


 キラーマンティスが二本の鎌をゆっくり広げる。


「さっきの狼より強そう」


「見りゃ分かる」


「ランド!」


 ダリオが俺の横へ来た。


「本当にやる気か?」


「今さら聞くなよ」


 俺は剣を構える。


「お前もまだ戦えるんだろ?」


「……当たり前だ!」


「なら三人だ」


 俺。


 レン。


 ダリオ。


 三人でキラーマンティスと向き合う。


 後ろではルシオンがバルトの傷を診ている。


 ニーナもそのそばにいる。


 俺たちがやることは一つ。


 こいつを――後ろへ行かせない。


 キラーマンティスが二本の鎌を大きく広げた。


 ――ギチギチギチ。


 耳障りな音が鳴る。


「来るぞ」


 剣を握る手に力を込める。


 次の瞬間。


 キラーマンティスが一気に距離を詰めてきた。

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