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群れの主

俺は剣。


 レンは拳。


 ルシオンは杖。


 戦い方なんて、まるで違う。


 なのに不思議と――悪くない。


「来るぞ」


 低く声をかける。


 グレイウルフたちは、すぐには飛びかかってこない。


 俺たちを囲むように、ゆっくりと動いている。


 右に二匹。


 左に三匹。


 正面に一匹。


 さらに、木の陰にも気配がある。


「何匹です?」


「分からねぇ。俺から見えるだけで六匹だ」


「多いですね……」


「こっちの木の陰にも二匹いるよ」


 レンが右へ視線を向けたまま言う。


「……じゃあ八匹以上か」


「ああ。完全に囲まれてる」


 レンが周囲を見渡す。


「人気者だね」


「嬉しくねぇよ」


 その瞬間だった。


 一匹が地面を蹴った。


「来た!」


 正面。


 俺に向かって突っ込んでくる。


 同時に――。


「ランド、左も!」


 ルシオンの声。


 二匹。


 違う。


 三匹同時だ。


「散るな!」


 俺は正面の一匹へ踏み込んだ。


 飛びかかってきた牙を剣で横から弾く。


 そのまま首を狙う。


 だが、グレイウルフは身体を捻って逃れた。


「ちっ!」


 追わない。


 今追えば――横から来る。


「ふっ!」


 鈍い音がした。


 レンだ。


 一匹の噛みつきを半歩ずれてかわし、そのまま顎へ掌底を叩き込む。


 グレイウルフの頭が跳ねた。


 その後ろから、もう一匹。


「レン!」


「見えてる」


 二匹目が飛びかかる。


 レンは一歩だけ横へずれた。


 牙が空を切る。


 伸びきった前脚へ手を添え、その勢いを利用して地面へ転がす。


 さらに三匹目。


「後ろ!」


「うん」


 振り向きざまに身体を沈める。


 頭上を牙が通り過ぎた。


 レンの拳が腹へ突き刺さる。


「ギャンッ!」


 三匹目が地面を転がった。


「……すげぇな」


 思わず声が漏れた。


 三匹に立て続けに襲われたってのに、ほとんど動きを乱してねぇ。


 手合わせした時から強いとは思ってた。


 けど――。


 こいつ、俺が思ってたよりずっと強ぇ。


「ランド!」


 ルシオンの声。


「っ!」


 右から一匹。


 剣を振る。


 グレイウルフが後ろへ跳んだ。


 届かない。


 直後、別の一匹が左から飛び込んでくる。


「面倒くせぇ!」


 こいつら――。


 交代で仕掛けてやがる。


 一匹が攻めれば、一匹が下がる。


 俺たちがそいつを追えば、別の奴が横から来る。


 狩り慣れてる。


 こっちが獲物ってわけか。


「ルシオン!」


「はい!」


「倒そうとしなくていい! 回り込ませるな! 来る方向を減らせ!」


 ルシオンが一瞬だけ俺を見る。


 すぐに意味を理解した。


「分かりました!」


 杖を地面へ向ける。


「《土壁》!」


 ――ゴゴッ!


 地面が盛り上がった。


 俺たちの左側に、腰ほどの高さの土壁が伸びる。


「これでいいですか!?」


「十分!」


 囲まれてるなら――囲ませなきゃいい。


 全部を防ぐ必要はない。


 来る方向さえ絞れれば、同時に相手をする数も減らせる。


「レン! 右!」


「うん!」


 俺が正面。


 レンが右。


 ルシオンが後ろ。


 これならやれる。


 一匹が俺へ飛びかかる。


 かわす。


 だが追わない。


 そのまま横へ流す。


「レン!」


「分かった!」


 俺を通り過ぎたグレイウルフの着地点。


 そこへレンが入る。


「ふっ!」


 拳が脇腹へめり込んだ。


「ギャンッ!」


 身体がくの字に曲がる。


「ルシオン!」


「《氷結》!」


 冷気が地面を走る。


 グレイウルフの後ろ脚へ絡みつき、一瞬で凍りつかせた。


「おらぁっ!」


 俺が踏み込む。


 首筋へ剣を叩き込んだ。


 一匹。


「次!」


 言った瞬間――。


「ランド!」


「っ!」


 土壁の向こうからグレイウルフが飛び越えてきた。


「壁の意味ねぇじゃねぇか!」


「これでいいって言ったのはランドでしょう!」


「あっ、俺か!」


 グレイウルフがルシオンへ向かう。


「また僕ですか!?」


 ルシオンが杖を向ける。


 だが、近い。


「レン!」


「行ってる」


 もう動いていた。


 グレイウルフがルシオンへ飛びかかる。


 その横からレンが滑り込んだ。


「お邪魔します」


 伸びてきた前脚へ両手を添える。


 身体を捻る。


 正面から止めるんじゃない。


 飛び込んできた勢いを、そのまま横へ流す。


「ふっ!」


 ――ドンッ!


「ギャンッ!」


 グレイウルフが自分の勢いのまま地面へ叩きつけられた。


 レンはすぐに手を離す。


「ルシオン」


「はい!」


「今」


「《氷結》!」


 冷気が走る。


 グレイウルフの脚が凍りついた。


「ランド!」


「任せろ!」


 踏み込む。


 一閃。


 首筋を斬り裂く。


「二匹目!」


 すぐに剣を構え直す。


「まだ来ます!」


 ルシオンが叫ぶ。


 残りのグレイウルフがじりじりと距離を詰めてくる。


 さっきより動きが激しい。


 こっちも数を減らしてる。


 向こうも分かってるんだ。


 このままじゃ、自分たちが狩られるって。


「お前ら!」


「はい!」


「うん!」


「ここから一気に減らすぞ!」


 剣を構え直す。


 レンが拳を構える。


 ルシオンが杖を上げる。


 その時――。


「アオオオオオオオオ――!」


 森の奥から、遠吠えが響いた。


 今まで聞いたどの声よりも低い。


 その瞬間。


 俺たちを囲んでいたグレイウルフが、一斉に動きを止めた。


「……何です?」


 ルシオンが森の奥を見る。


 レンもそちらを向いた。


「ランド」


「ああ」


 嫌な感じがする。


 木々の奥。


 暗がりの中から――。


 ゆっくりと何かが歩いてくる。


 一歩。


 また一歩。


 グレイウルフたちが左右へ退き、道を空けていく。


 やがて、木々の間から巨大な灰色の巨体が姿を現した。


「……でけぇ」


 思わず声が漏れる。


 グレイウルフだ。


 だが、さっきまでの奴らとは明らかに違う。


 身体は一回り――いや、二回り近くでかい。


 太い四肢。


 盛り上がった肩。


 口を閉じているのに、長い牙が覗いている。


 灰色の毛はところどころ黒ずみ、左目から頬にかけて古い傷が走っていた。


 よく見れば、身体のあちこちにも傷痕が残っている。


 何度も戦って、それでも生き残ってきたってことだ。


「グルルルルル……」


 低い唸り声が響く。


 周りのグレイウルフたちは襲ってこない。


 それどころか、そいつが歩くたびに一歩ずつ場所を空けていく。


 俺は剣を握り直した。


「……群れの頭か」


「そうみたいだね」


 レンが答える。


 巨大なグレイウルフが足を止めた。


 すぐには襲ってこない。


 ただじっと、こっちを見ている。


 俺。


 レン。


 ルシオン。


 一人ずつ確かめるように、視線を動かしていく。


「……なんか、今までの奴と違いません?」


「ああ」


 でかいからじゃない。


 こいつ――。


「俺たちを見てやがる」


「見てる?」


「どいつから狙うか考えてんだよ」


 ルシオンの顔が引きつった。


「そ、それ、僕じゃないですよね?」


「だといいがな」


「嫌なこと言わないでくださいよ!」


 その横で、レンだけが黙っていた。


「レン?」


「うん」


 レンが一歩前へ出る。


 腰を落として構えた。


 さっきまでとは目つきが違う。


「今度のは、ちょっと強そう」


 巨大なグレイウルフが牙を剥く。


「グルルルルル……」


 レンもそいつを見たまま動かない。


「あれを見て『ちょっと強そう』で済むとか、お前どんだけ肝が据わってんだよ」


「ランド、もしかして怖い?」


「はぁ!? 怖くねぇよ!」


「そう?」


「お前が余計なこと言うから腹立ってきただけだ!」


「二人とも、こんな時に何やってるんですか!」


 ルシオンが慌てて止めに入る。


 するとレンまで、やれやれとでも言いたげに首を振った。


「ランド、落ち着いて。今は争ってる場合じゃないから」


「お前が言うな!」


「僕は聞いただけ」


「煽ってんだよ、それは!」


「二人とも静かにしてください! 目の前にもっと怖いのがいるでしょう!」


「グルルルルル……」


 まるで同意するように、巨大なグレイウルフが低く唸った。


 俺は一度息を吐き、剣を握り直す。


「……ったく。ふざけるのはここまでだ」


 群れの頭が牙を剥く。


 今度は誰もふざけなかった。


 空気が変わる。


 レンが拳を構え、ルシオンが杖を握り直す。


 周りを見る。


 まだいる。


 さっき二匹倒したが、それでも六匹以上は残ってる。


 こいつだけに集中するわけにはいかねぇ。


「レン」


「何?」


「残りの奴ら、抑えられるか?」


 レンが周囲を見た。


 右。


 左。


 後ろ。


「六匹くらい?」


「たぶんな」


「なら大丈夫」


「本当かよ?」


 レンが拳を構える。


「昔やった百人組手より少ないから」


「……比べるもんが違ぇだろ」


「そう?」


「まあいい。無茶はすんなよ!」


「うん」


 こいつなら、少なくとも簡単にはやられない。


 俺はルシオンを見る。


「ルシオン」


「はい」


「俺はあのでかいのを見る。お前は援護してくれ」


「分かりました」


「あと、俺に何かこう……あれ、かけられるか?」


「何かって何ですか?」


「速くなるやつ」


「注文が雑ですね!」


「分かるだろ! 身体が軽くなって、シュッて動けるやつ!」


「説明まで雑になりましたね」


「で、あるのか?」


「ありますよ」


「あるんじゃねぇか!」


「最初から『身体強化系の付与魔法は使えるか』って聞いてください」


「そんな言葉知るか!」


「でしょうね」


「なんか腹立つな、お前」


 ルシオンが杖を俺へ向ける。


「動かないでください」


「早くしろ。来るぞ」


「今やってます!」


 杖の先に淡い光が集まる。


「《風纏》!」


 風が身体を包んだ。


「うおっ」


 髪と服が揺れる。


 身体が軽い。


 剣を握った腕まで、いつもより軽く感じる。


「身体と武器に風を纏わせました。動きが少し速くなります」


「少しかよ!」


「初級魔法なんですから文句言わないでください」


「悪かった。十分だ!」


 剣を構える。


 群れの頭が俺を見る。


「グルルルル……」


「よし」


 来い。


 その瞬間。


「ガァッ!」


 左右からグレイウルフが飛び出した。


「レン!」


「分かってる」


 レンが前へ出る。


 一匹目の牙をかわし、すれ違いざまに掌底。


「ギャンッ!」


 すぐに二匹目へ向かう。


「そっちは任せた!」


「任された」


 俺は目の前の巨体へ意識を戻す。


 周りばかり気にするな。


 レンに任せたんだ。


 なら俺は――こいつを見る。


「来い!」


「ガアアアッ!」


 群れの頭が地面を蹴った。


「速っ――!」


 でかい身体からは想像できない速さだった。


 一気に間合いを潰される。


 横へ跳ぶ。


 風が身体を押した。


 いつもより一歩が速い。


 巨大な牙が目の前を通り過ぎる。


「っ!」


 かわした。


 すれ違いざまに剣を振る。


 ――ザシュッ!


 肩を斬った。


 だが――。


「浅い!」


 毛皮が厚い。


 その下の筋肉もだ。


 巨体が着地する。


 すぐに振り返った。


「グルルルル……」


 肩から血が流れている。


 なのに、ほとんど怯んでいない。


「硬ぇな……」


「ランド!」


「大丈夫だ!」


 ルシオンへ返す。


 奴が動く。


 今度は飛びかかってこない。


 ゆっくりと俺の周りを歩き始めた。


 俺も剣先を向けたまま動く。


 右。


 左。


 また右。


 こいつ。


 俺の間合いを見てやがる。


「頭いいな、お前」


 当然、返事はない。


 奴が一歩踏み込む。


 俺は剣を振ろうとして――止めた。


 来ない。


 フェイント。


 次の瞬間。


「ガァッ!」


「くそっ!」


 本当に来た。


 横へ跳ぶ。


 牙をかわす。


 だが、前脚が来る。


 剣で受けた。


 ――ガンッ!


「ぐっ!」


 重い。


 腕が痺れる。


 そのまま押し込まれ、たたらを踏んだ。


「ランド!」


「来るな!」


 ルシオンを止める。


 力じゃ勝てねぇ。


 速さも《風纏》がなきゃ危なかった。


 なら――見る。


 牙。


 爪。


 脚。


 目。


 呼吸。


 地面の踏み方。


 カルロに何度も言われた。


 獲物を見るな。


 獲物の動きを見ろ。


「ランド!」


「なんだ!」


「左の前脚!」


「あ?」


 奴から目を離さないまま聞き返す。


「左の前脚だけ、魔力の流れがおかしいです!」


「どういうことだ!」


「分かりません! 怪我か、何か異常があるのかもしれません!」


「かもしれないって――」


「僕の眼で分かるのは、魔力の流れが他と違うことまでです!」


「分かった! 十分だ!」


 左前脚。


 そこへ意識を向ける。


 奴が距離を取った。


 右へ動く。


 左へ切り返す。


「……ん?」


 もう一度。


 右。


 左。


 やっぱりだ。


 左へ踏み込む時だけ、ほんの少し身体が沈む。


 目を凝らす。


 灰色の毛に隠れて分かりにくいが、左の前脚には古い傷痕が走っていた。


「なるほどな」


 ルシオンの眼がなければ、気付くのが遅れていたかもしれない。


 だが、分かって見ればはっきりしてる。


 こいつ――左前脚を庇ってる。


「グルルル……」


「左が悪いんだな」


 奴が牙を剥く。


 俺は踏み込んだ。


「おらぁっ!」


 剣を横薙ぎに振るう。


 奴が身を引いてかわした。


 逃がさない。


 そのまま間合いを詰め、今度は奴の右側へ回り込む。


「こっちはどうだ!」


 剣を突き出す。


 奴がそれを避けようと、左へ身体をずらした。


 その瞬間――。


 左前脚が沈んだ。


 ほんの一瞬。


 だが、今度は見逃さなかった。


「そこだ!」


 一気に踏み込む。


 動きの鈍った左側へ剣を走らせた。


 ――だが。


 奴の目が、ぎらりと光った。


「ガァッ!」


「っ!?」


 逃げると思っていた巨体が、逆にこっちへ飛び込んできた。


 牙が迫る。


「やべっ――!」


 咄嗟に剣を横にする。


 ――ガンッ!


「ぐっ!」


 衝撃が腕を突き抜けた。


 身体が浮く。


 そのまま地面へ叩きつけられた。


「ランド!」


「いってぇ……!」


 すぐに起き上がる。


 油断した。


 弱点が分かったからって、簡単に仕留められるわけじゃねぇ。


 向こうだって何度も戦って生き残ってきたんだ。


「グルルルル……」


 奴がゆっくり近づいてくる。


 俺は剣を構え直した。


 一人で勝つ必要はない。


 俺たちは三人で来たんだ。


「ルシオン!」


「はい!」


「土壁、出せるか!」


「出せます!」


「今度は高いやつだ!」


「分かってます!」


 それだけで通じた。


 さっき一度、低い壁を飛び越えられてる。


 同じ使い方はしない。


 奴が走り出した。


 俺も前へ出る。


 真正面。


 巨大な牙が迫る。


 ギリギリまで引きつけ――横へかわす。


 そのまま剣を振った。


 奴が左へ逃れようとする。


 だが――。


 左前脚が、わずかに沈んだ。


「今だ!」


「《土壁》!」


 ――ゴゴゴゴッ!


 地面が隆起する。


 奴の左側に、人の背丈を越える土壁が立ちはだかった。


「ガッ!?」


 行く手を塞がれ、巨体が急停止する。


 左には壁。


 右には俺。


 しかも、悪い左脚ではすぐに切り返せない。


 ほんの一瞬。


 だが――十分だ。


「もらった!」


 地面を蹴る。


 《風纏》が背中を押した。


 一気に間合いを詰める。


 奴も俺を見る。


「ガアアアアッ!」


 逃げない。


 牙を剥き、真正面から飛び込んできた。


「上等だ!」


 俺も止まらない。


 力じゃ勝てねぇ。


 だったら、まともにぶつかる必要なんかない。


 牙が迫る。


 一歩。


 横へ。


 巨大な頭が俺のすぐ横を通り過ぎる。


 見えた。


 首筋。


 さっき斬った肩口から、首へ続く傷。


 灰色の毛が裂け、血が流れている。


「そこだぁっ!」


 踏み込む。


 《風纏》で加速した剣を、その傷口へ叩き込んだ。


 ――ザシュッ!


「ガァッ!」


 深い。


 さっきとは違う。


 だが――まだ倒れない。


 奴が身体を捻る。


「くっ!」


 剣を引き抜く。


 もう一度だ。


 振り返られるより早く、一歩踏み込む。


「おらああああっ!」


 今度は両手で剣を握った。


 狙う場所は同じ。


 傷口へ。


 全体重を乗せて――振り抜く。


 ――ザンッ!


 刃が深々と首筋へ食い込んだ。


「ガ……ッ」


 巨体が止まる。


 ぐらりと傾いた。


 ――ズンッ!


 地面が揺れる。


 土煙が舞った。


「……」


 俺は剣を構えたまま動かない。


 まだだ。


 倒れたからって油断するな。


 獲物が完全に動かなくなるまで目を離すな。


 カルロに何度も言われてきたことだ。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 動かない。


 俺はようやく剣を下ろした。


「……終わった」


 息を吐く。


 途端に肩から力が抜けた。

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