三人で最初の依頼
俺は隣を歩くレンを見る。
「そういや、お前どこから来たんだ?」
「北」
「北って広すぎるだろ」
「山」
「全然分かんねぇよ」
レンは不思議そうに俺を見る。
「北の山」
「だから、その山がどこなんだよ」
隣で聞いていたルシオンが口を挟んだ。
「北ということは……もしかして、北大陸ですか?」
レンがルシオンを見る。
「うん」
「北大陸?」
俺は思わず聞き返した。
「お前、そんな遠くから来たのか?」
「うん」
あっさりした返事だった。
ルシオンは驚いたようにレンを見る。
「北大陸から東大陸までとなると、かなりの距離ですよ。海も渡ってきたんですよね?」
「うん」
「船で?」
「海は歩けないから」
「そりゃそうだろ」
思わず突っ込むと、レンは不思議そうに首を傾げた。
こいつ、本気で答えてるんだよな。
「じゃあ、王都にはいつ着いたんだ?」
「昨日」
「昨日!?」
俺たちとほとんど変わらねぇじゃねぇか。
「北大陸からずっと旅してきて、昨日ようやく王都に着いたってことか?」
「そう」
「ここまで一人旅かよ……」
見た目によらず、とんでもねぇ奴だ。
ルシオンが興味深そうに尋ねる。
「先ほどの拳法も、北大陸で習ったんですか?」
「うん」
「誰に?」
「じいちゃん」
「じいちゃん?」
「師匠」
「ああ、爺さんに拳法を習ったってことか」
レンが頷いた。
「本当のじいちゃんじゃないけど、小さい頃から育ててもらった」
俺は少しだけ目を見開いた。
「そうだったのか」
「うん」
レンはそれ以上話そうとしなかった。
気にはなったが、無理に聞くことでもない。
「道場には他にも弟子がいたのか?」
「いっぱいいた」
「何人くらい?」
「いっぱい」
「いや、それは今聞いた」
レンはしばらく考える。
「数えたことない」
「そういう問題か?」
ルシオンが小さく笑った。
「かなり大きな道場だったんでしょうね」
「なるほどな」
俺だけだったら、こいつから話を聞き出すのに一日かかりそうだ。
「その爺さんも北大陸にいるのか?」
何気なく聞いた。
レンが少しだけ黙る。
「……もういない」
「え?」
「病気で死んだ」
淡々とした声だった。
だが、さっきまでよりほんの少しだけ低く聞こえた。
「……そうか」
俺は頭を掻く。
「悪い。知らなかった」
「いいよ」
レンは前を向いたまま答える。
「じいちゃんが死ぬ間際に、旅に出ろって言ったから」
「それで東大陸まで?」
「うん。強くなるために」
それだけ言うと、レンは黙った。
どうして東大陸を選んだのか。
師匠から何を言われたのか。
まだ気になることはいくつもある。
けど――今はいいか。
「そっか」
俺はレンの背中を軽く叩いた。
「じゃあ、せっかくここまで来たんだ。強くならねぇとな」
レンが俺を見る。
「うん。そのつもり」
◇
そんな話をしているうちに、俺たちは依頼掲示板の前まで来ていた。
「さて」
並んだ依頼書を眺める。
「三人になって最初の依頼だ。何にする?」
ルシオンも隣から掲示板を覗き込んだ。
「僕たちはまだウッドランクですから、受けられるのはこの辺りですね」
薬草採取。
街道周辺のゴブリン討伐。
農場を荒らす魔物の討伐。
荷運びの護衛。
「薬草はもうやったし、ゴブリンも昨日やった。せっかくだし、違うのにするか?」
「僕は賛成です」
レンを見る。
「お前は?」
「何でもいい」
「一番困る答えだな、それ」
「そう?」
「三人で受けるんだから、お前も選べよ」
「分かった」
レンは素直に掲示板へ目を向ける。
しばらく眺めたあと、一枚を指差した。
「これ」
「どれだ?」
俺は依頼書を外す。
『グレイウルフ討伐』
王都近郊の森に生息する狼型の魔物。
「グレイウルフか」
ルシオンも横から覗き込む。
「討伐数は三頭以上、五頭まで。個体数調整の依頼ですね」
「個体数調整?」
レンが尋ねる。
「魔物保護法ですよ」
ルシオンが依頼書を指差した。
「ヴァンダルディア王国では、魔物だからといって無制限に討伐していいわけではありません」
「魔物なのに?」
「ああ」
俺も頷く。
「必要以上に狩れば、罰せられることもある」
少し前までなら、その法律自体が気に食わなかった。
魔物に家族を奪われた俺からすれば、わざわざ魔物を守るなんて考えは、今でも馴染めない。
だが――。
「森の生き物は全部繋がってるからな。魔物だって他の生き物を食ってる。全部殺せば、それまで食われてた奴が増えすぎることもある」
カルロから何度も教えられたことだ。
獲物がいるからといって、何でも殺せばいいわけじゃない。
必要な分だけ狩る。
そこだけなら理解できる。
ルシオンが依頼書を読み進める。
「今回はグレイウルフが増えすぎて、人の生活圏に近づいているようです」
「だから増えた分を狩るのか」
「そういうことですね」
俺は依頼書を見る。
「三頭以上、五頭までか」
レンが尋ねる。
「六頭いたら?」
「五頭倒したら終わりだ」
「残りは?」
「向こうから襲ってこなきゃ放っておく」
「襲ってきたら?」
「そん時は自分の命の方が先だ」
「なるほど」
レンは小さく頷いた。
「お前、魔物とは戦ったことあるんだよな?」
「ある」
「狼型は?」
「ない」
「なら覚えとけ」
俺は依頼書を軽く振る。
「狼型で厄介なのは、一頭一頭の強さより群れだ。正面の一匹ばっか見てると、横や後ろから別の奴に噛みつかれる」
レンがじっと俺を見る。
「一匹だけ追うな。見えてねぇ奴がどこにいるかまで考えろ」
「分かった」
「まあ、実際に見た方が早いけどな」
「教えてくれる?」
「ああ」
俺は笑う。
「さっきは人相手だったから、お前の方が上だったけどな。魔物相手なら、俺にも教えられることはある」
「じゃあ見る」
「おう。しっかり見とけ」
「ランド、ちょっと嬉しそうですね」
ルシオンが言う。
「そりゃそうだろ。さっきはこいつに散々かわされたんだからな」
レンが首を傾げる。
「僕、何もしてないよ」
「だから、それが悔しいんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
やっぱり、こいつと話してると調子が狂う。
「よし。これにするか」
「はい」
「うん」
三人で受付へ向かおうとした、その時だった。
「おいおい」
後ろから聞き覚えのある声が飛んでくる。
「見覚えのあるガキがいると思ったら、この前の新人じゃねぇか」
振り返る。
「あ?」
そこには見覚えのある三人組がいた。
昨日、俺たちに絡んできた冒険者たちだ。
「……またお前らか」
露骨に嫌そうな顔をすると、先頭の男の眉が動いた。
「なんだその顔は」
「また面倒くせぇのが来たなって」
「本人を前にして言うな!」
「じゃあ来るなよ」
「お前なぁ……!」
男の額に青筋が浮かぶ。
後ろで、弓を背負った女がため息をついた。
「だから言ったでしょ。新人相手にいちいち絡むのやめなさいって」
「絡んでねぇ! 声かけただけだ!」
「この前もそれで喧嘩になりかけたじゃない」
「止められたから、なってねぇ!」
「大差ないわよ」
俺は三人を眺める。
そういや――。
「お前ら、名前なんだっけ?」
「はぁ!?」
先頭の男が目を剥いた。
「俺たちの名前も覚えてねぇのか!?」
「聞いてねぇよ」
「この前会っただろ!」
「会ったけど、名乗ったか?」
「…………」
男が止まった。
「名乗ってませんよ。この前はそのまま言い合いになりましたから」
ルシオンが冷静に口を挟む。
「……」
弓使いの女が口元を押さえる。
「ふっ……」
「笑うな!」
「だって、自分から名乗ってないのに怒ってるんだもの」
俺も笑った。
「やっぱお前が悪いんじゃねぇか」
「なんで俺が悪いことになってんだ!」
「名乗ってねぇからだろ」
「ぐっ……」
女が肩をすくめる。
「ほら。いい機会なんだから名乗ったら?」
「……ちっ」
男は俺へ向き直った。
「一回しか言わねぇぞ」
「おう」
「ダリオ。剣士だ」
「ダリオな」
「今度は覚えろよ」
「たぶん」
「たぶんじゃねぇ!」
「はいはい。次」
「勝手に進めんな!」
俺はその後ろの大柄な男を見る。
「バルトだ」
「何やってんの?」
「前衛」
「武器は?」
バルトは背中の大盾と腰の斧を示した。
「盾と斧だ」
「なるほど。よろしく、バルト」
「ああ」
短い。
ダリオよりずっと話が早い。
「お前、見習えよ」
「なんで俺がバルトを見習うんだ!」
「うるさくねぇから」
「喧嘩売ってんのか!?」
弓使いの女が呆れたように笑う。
「私はニーナ。弓使いよ」
「ニーナな。よろしく」
「ええ」
そしてニーナの視線がレンへ向く。
「その子は?」
「レンだ」
レンが自分から小さく頭を下げた。
「レンです」
「……それだけ?」
「うん」
「本当にそれだけなのね」
「こいつに長い自己紹介を期待すんな」
「ランドに言われたくない」
「俺はお前より喋るわ!」
レンは首を傾げる。
ニーナが笑った。
「それで今日は何するの?」
「ああ、そうだった」
俺は手に持った依頼書を見せる。
「グレイウルフの討伐」
ダリオが覗き込む。
「三頭から五頭の個体数調整か」
「ああ。三人になって最初の依頼だ」
「新人三人にはちょうどいいんじゃねぇか?」
「その言い方なんだよ」
「馬鹿にしてねぇよ」
「顔が馬鹿にしてんだよ」
「気のせいだ」
「そういうお前らは?」
「よくぞ聞いてくれた!」
「……聞かなきゃよかった」
「最後まで聞け!」
ダリオが依頼書を突き出す。
『キラーマンティス討伐』
「キラーマンティス?」
「ああ。アイアンランクでも複数人での討伐が推奨される魔物だ」
報酬も俺たちの依頼より明らかに高い。
「こいつを倒せば、次はいよいよブロンズランクが見えてくる」
「へぇ。すげぇじゃん」
「そうだろ?」
「じゃあ頑張れよ」
「……それだけ?」
「何が欲しいんだよ」
「もっと先輩を敬うとかあるだろ!」
「ねぇよ」
「即答するな!」
「はいはい。すごいすごい」
「全然気持ちがこもってねぇ!」
俺は受付へ向かう。
「待て。先輩冒険者のありがたい話が――」
「まだあんのかよ!」
「これから冒険者として――」
「もういい!」
振り返ってダリオを指差す。
「いちいち絡んでくるんじゃねぇ! 邪魔だ!」
「そこまで言う!?」
ダリオが目を剥いた。
ルシオンが俺の袖を引く。
「ランド。一応先輩なんですから、もう少し言葉を選びましょう」
「こいつがしつこいんだろ!」
「それは否定しませんけど」
「おい!」
ダリオがルシオンを見る。
「お前まで言うのか!」
「事実です」
「ぐっ……」
ニーナが呆れたようにため息をついた。
「ほら、もう行くわよ」
「分かってる!」
ダリオは依頼書を持ち直した。
「お前らもグレイウルフ相手にヘマすんなよ!」
「ああ。お前らもキラーマンティスに食われんなよ!」
「誰が食われるか!」
ニーナに引っ張られ、ようやく三人は離れていった。
俺はその背中を見送り、大きく息を吐いた。
「……やっと行った」
「賑やかな人ですね」
ルシオンが苦笑する。
「賑やかっていうか、うるせぇんだよ」
「ランドも大差ない」
レンが言った。
「おい」
「声と態度がでかい」
「誰の態度がでかいんだよ!」
「そういうところ」
「お前な……!」
レンは気にした様子もなく、ルシオンを見る。
「違う?」
「え?」
突然振られたルシオンが困ったように俺を見る。
「……声は大きい方だと思います」
「ルシオン!」
「僕に怒らないでくださいよ!」
レンが小さく頷く。
「やっぱり」
「やっぱりじゃねぇ!」
仲間が増えたはずなのに、俺の味方が減った気がする。
「もういい。俺たちも行くぞ」
「はい」
「うん」
ここまで読んでくださった皆様、ぜひブックマーク・評価をお願いします!
一つでも増えると作者がめちゃくちゃ喜びます。




