六章 天才擬態師という病
ハマキングは頷いている。
「もう既にアトリエへ用意してあるよ」
「よし、行くぞ」
「なんか、調子狂うな……いつも仕事前はそうだけど……慣れないもんだな」
◇
BANREIからチェロの映像が現れた。
「用意したぜ?」
「みんなプロのレプリカントだ」
「おう、兄弟。久しぶりだな」
「ヴィクター、調子はどうだい?」
「ぼちぼちさ」
「ぼちぼちが、一番長生きできる世界だ」
「ははっ、チゲーねぇ」
「でっ?どうだい?」
「うちの用意したレプリカントたちは?」
「こいつは、無理」
「こいつも、無理」
「こいつは……」
「左目の目線を右だけに向けて」
ゆっくりと右に向ける。
「次に左」
「止まれ」
他の候補者は首ごと目線が動く。
だが、この女だけは違う。
左目だけで視線を追い、首はほとんど動かない。
……これだ。
また、ゆっくり左に向けた。
「チェロ、この子だ」
ヒュ〜
チェロが口笛を鳴らした。
「女か!だが、そいつは一級のレプリカントだ」
ガチャ
「失礼……しまーす」
「あの時の女?ノアール?」
ハマキングがなにか言っている。
うるさい。
「見学だ」
「大丈夫なのか?」
ハマキングは肩を竦めている。
「そこからなにか漏れることはない」
「あの、ノアールさん、私、ここにいても……」
しまった。集中しすぎた。
ひよりは、関係ない。
笑顔だ。ノアールちゃんだ。
笑え。
ひよりを傷つけるな!ノアール!
「あはっ♡ひよりちゃん」
「来たなー!?」
「このあと、私の作ったキュンキュンご飯を食べろ!」
「えっ、ええ……そうね」
難しいな。私がアタシじゃなくなる。
ノリで呼んだ、そう、私が愚かだ。
わかっている!
しかしっ。
「アナ!」
『辛気臭いところねぇ、こんなところに——』
「栗山の映像を」
『……はいはい、ZONEに入っいるのね』
映像が浮かび上がり栗山白嶺の映像が浮かんだ。
「擬態を始める」
ノアールは栗山白嶺の立体映像を右側の空間へ移動した。
「フェイスマッピング開始」
映像の上に無数の測定線が走る。
額。 眉間。 鼻根。 頬骨。 顎先。
「ランドマーク一致率、九八・七%」
指先が女性の顔を優しく持ち上げる。
顎を右へ三ミリ動かした。
「鼻は触らん」
「頬骨も、そのまま」
「問題は右目じゃ」
ノアールは細いシリコンプロステティックを取り出した。
「失明した眼は閉じればいいわけじゃない」
右眼の上下に極薄のプロステティックを貼る。
右眼を押さえた。
「焦点が死ぬ」
瞼を指でなぞる。
「瞬きの速度が変わる」
顎を少し持ち上げる。
「眼球の遊びも消える」
「瞬きの速度が変わる」
指先でエッジブレンディング。
境界が消えた。
「ここまでで一時間か……」
今度はエアブラシ。
頬へ。 額へ。首筋へ。
「皮膚の色温度を合わせる」
アルコールアクティベートカラーで目の下へ僅かな血色を加える。
「栗山は常に寝不足」
「健康でもない」
細いスポンジでスティップリング。
毛穴。 皮脂。 肌理。
「人間は綺麗すぎる顔を見ると偽物だと思う」
最後にレースウィッグ。
生え際が消える。
「顔は完成」
ノアールは首を横に振った。
「違う」
女性の肩へ手を置く。
「ここからが本番だ!」
「胸部固定」
女性は胸部圧迫ベルトを巻く。
「肩幅補正」
肩のフレームを装着。
「骨盤補正」
「歩幅補正」
「これで骨格は栗山」
「歩け」
女性が歩いた。
一歩。
「違う」
肩へ手を置く。
二歩。
「違う」
腰を押す。
「重心が高い」
三歩。
「肩が揺れすぎだ」
女性はもう一度歩く。
「今度は視線」
「右を見るな」
「はい」
「違う」
女性は息を止めた。
「左目だけで人を追え!」
「首を〇・二秒遅らせろ!」
女性は何度も繰り返す。
ノアールは満足そうに頷いた。
「これでやっと、顔が栗山になった」
「人は顔で騙せる」
「だが、栗山白嶺になるには」
「呼吸まで盗まねばならん」
「これが、映像」
レプリカントの女性は映像を見た。
「これくらいならイケるわ」
女性がやや右に首を二センチほど首を傾けた。
「アナ、栗山の声の再生」
『映像は?』
「音だけだ」
『それは、面白いですねぇ』
「それは、面白いですねー」
「ヴィクター、変声器を」
「ん?ああ」
「女に取り付けろ」
ヴィクターは小指の先ほどの変声器を女性レプリカントの左側頬の内側へ取り付けた。
「では、もう一度」
「それは、 面白いですねぇ」
首を振る。
「違う」
指を一本立てた。
「息を吐く位置が早い」
「違う。もう一度」
「すまんが、もう一度聞かせてくれ」
「ダメだ。感覚で覚えろ」
「それは、 面白いですねぇ」
「違う」
「それは、面白いですねぇ」
「それだ!もう一度!」
「それは、面白いですねぇ」
「よし、これから決行日まで、常にその声域と呼吸を保て」
「わかった……」
「違う。それも栗山を感じろ」
「わかりました」
「そう!それ」
「今日の作業はここまで」
「決行日まで二日」
「栗山白嶺として生活しろ」
「食事も」
「歩く時も」
「寝る時も」
「身体が覚えるまで繰り返せ」
頷いた。
もう呼吸が変わっている。
早いな。
筋がよかった。
ノアールは、小さく息をついた。
「……術了」
指先が女性の頬をなぞる。
創り上げた"白嶺"は、あまりにも美しい。
女性の顔に近づいてゆく……?
気づけば、その唇がそっと重なっていた。
女性は目を丸くし――
「ノッ……ノアールさん……んっ……」
やがて抵抗することなく、静かに瞳を閉じた。
重なった唇がゆっくりと離れていく。
「ノアール……様……私……」
——ん?
しまった!




