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まだ名もなき怪物達 第2部ー盟約の刻ー  作者: HANA


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第1話 3匹の猫

怒号が飛び交う搬入口の空気を裂くように、天音は歩き出した。

誰も止められなかった。

支部長ですら、その背中に声を掛けることが出来ない。

ストレッチャーの上で若い隊員が苦しげに呻いている。

腹部を押さえる手は血に染まり、呼吸も浅い。

救護班の女隊員が震える声で言った。

「輸血用の備蓄も……先月から申請したままで……」

天音の足が止まる。

「通っていないのか」

「は、はい……予算の都合で後回しに……」

その瞬間、背後で誰かが小さく息を呑んだ。

天音はゆっくりと振り返る。

視線の先にいるのは支部長と、顔色を失った幹部達。

「命に使う金を、何に回した」

低い声だった。

怒鳴り声ではない。

だが、誰一人として答えられない。

沈黙だけが落ちる。

やがて一人の男が、おずおずと口を開いた。

「……し、親睦会や接待費などもありまして……」

次の瞬間。

近くにあった金属棚へ、天音の拳が叩き込まれた。

轟音。

棚が大きく歪み、工具箱が床へ散乱する。

その場の全員が凍りついた。

天音は拳を下ろし、何事もなかったように言う。

「救護車両を出せ」

「し、しかしタイヤが――」

「予備車両は」

「そ、それは倉庫に……鍵が……」

「今すぐ持ってこい」

一拍の沈黙。

「……は、はい!」

鷹のように鋭い視線が飛ぶ。

数名の隊員が慌てて走り出した。

天音はそのままストレッチャーの横へ膝をつく。

若い隊員の手を掴み、短く言った。

「死ぬな。ここで死なせるほど、この組織は安くない」

掠れた声で、隊員が微かに頷く。

その時だった。

搬入口の外から、車のブレーキ音が響いた。

続いて、聞き覚えのない落ち着いた声。

「……随分と騒がしいな」

全員が振り向く。

雨上がりの光を背に、一人の男が立っていた。

整ったスーツ姿。

冷静な視線が周囲を見渡している。

男は歪んだ棚と、血塗れの床と、無表情の天音を見て小さく笑った。

「左遷初日から派手にやってんな、天音」

天音は立ち上がる。

ほんの僅かに、目を細めた。

「……大和」

東部第七管区。

腐った地方支部に、もう一体の怪物が到着した。

「輸血、輸液の備蓄と止血剤だ。早く投与してやれ」

車のトランクから橘は物資を取り出し、救護隊員へと手渡した。

「ありがとうございます!」

救護隊員は受け取るとすぐに処置へと入った。

「天音も運ぶの手伝えよ」

「ああ…物資助かったよ」

「上にごねられてな。遅くなって悪りぃ。ここの物資申請、止められてたぜ」

「本当に…腐ってんな」

「俺ら3人、目の敵にしやがって…」

橘大和とは訓練所からの同期だ。

頭の回転が早くて口がうまい。

物資も上をうまく言いくるめたんだろう。

だが、助かった。あの隊員を救える。

「龍二はどうした?」

「あいつはまっすぐ訓練施設。使えるやつがいるか見つけるってよ」

「ホント、実力主義な奴」

天音がははっと笑った。

鷹宮は昔からそうだ。

強そうなやつと腕試しをするのが、もはや趣味な奴だ。

実際、鷹宮が勝てなかったのは天音くらいのものだ。橘とは引き分けだったか…。

天音に勝てなかったからだけでなく、そのカリスマ性に惹かれたのかも知れない。

勝負してから、何故だか一緒にいる。

「しかし、子供が産まれてすぐに左遷てどうなんだよ…」

「その辺も腐ってんだろ」

天音には1ヶ月程前に息子が誕生している。

その中で期間も決められていない地方左遷だ。

妻の澪と息子の蒼真は神代家で暮らしてもらっている。

慣れない土地で子育ては大変だろうという天音の澪への配慮だった。

澪も訓練所で出会った1人だ。

珍しい女性戦闘員での入所だったが、この組織は女性蔑視が謙虚で酷い扱いを受けていた。

あまりに酷いその状況で、訓練所を退所せざるを得なかったが…入所時から仲の良かった天音、橘、鷹宮とは休みの日には神代家に集まり、穏やかな時間を過ごしていた。

そんな澪に天音が素の自分を見せて笑っていた事から、いずれ2人が結婚するのは自然だろうと橘は見ていたが…なかなか踏ん切りをつけない天音。見かねた鷹宮が澪は俺の女にする。と天音を追い込んでやっと付き合う迄に至った。

「で、ここのお偉いさんはどうだよ」

「同じ」

天音の返答に橘がため息をついた。

車から物資を運び入れ終わった頃、鷹宮が現れた。

「本部からこっちの訓練所来たやつ、みんな基本忘れてんぞ!定期的な訓練ないんだと!」

鷹宮が憤慨している。

こんな状態で有事の時にどうするつもりだ!と地方支部の上役達を睨みつけた。

「さて、施設も老朽化、物資もない、さらには隊員の指揮も低い。加えてあなた方の予算管理。全てがあまりにずさん」

天音は支部長を鋭い目つきで射抜いた。

「本日より、本部作戦統括室主任、神代天音、副主任、橘大和、本部特別訓練官、鷹宮龍二の3名でこの支部を再建する。……異論のある者は今すぐ立ち去れ」

支部内の空気が完全に冷えきった。

天音、橘、鷹宮を除いて…。



ー群れた烏が空を覆う時、

地を歩く猫たちは静かに牙を研いでいた。



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