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追放王子の放浪記 ―灯りを守る旅―  作者: 伊佐波瑞樹


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【第92話 水場で消す足跡】


 鳥の声が、森の奥で鳴った。


 高く、細く、乾いた音。


 一度。


 少し間を置いて、二度目。


 同じ高さ。


 同じ長さ。


 そして、三度目。


 自然の鳥なら、あそこまで同じ間隔では鳴かない。


 ヨルムが言った通りだった。


 人の合図。


 商会の追手が使う鳥笛。


 その音は、木々に吸われながらも、確かにこちらへ近づいていた。


 アレックスは、雷の刃に触れる指を強めた。


 走りたい。


 足を速めたい。


 だが、ヨルムは走るなと言った。


 この山道で走れば、濡れた苔に足を取られ、木の根に引っかかり、斜面へ落ちる。


 ハルダ村からずっと学んできたことがある。


 焦れば、失う。


 水をかければ広がる。


 力任せにすれば壊れる。


 走れば、転ぶ。


 だから、急ぐ。


 でも、走らない。


 その違いが、今は命を分ける。


「足を上げすぎるな」


 ヨルムが低く言った。


「根に引っかかる。足裏を置く場所だけ見ろ。次の三歩を忘れるな」


 マーガレットが息を整えながら頷く。


「次の三歩……」


「声がでかい」


「……はい」


 彼女は今度こそ声を抑えた。


 サヴィルは息を切らしていた。


 山道に慣れていないことは明らかだった。


 足は泥で汚れ、外套の裾は枝に引っかかり、顔色は悪い。


 だが、立ち止まれば縄が引かれる。


 後ろにはマーガレット。


 前にはアレックス。


 逃げる余地はない。


 それ以上に、追手の鳥笛が彼自身を脅かしている。


 商会は、サヴィルを救いに来ているのではない。


 処理しに来ている。


 その現実が、彼の足を動かしていた。


「……本当に、山は嫌いだ」


 サヴィルが息を切らして呟く。


 ヨルムが振り返らずに言った。


「山もお前を好いとらん」


「それは光栄だ」


「無駄口を叩く余裕があるなら歩け」


 サヴィルは黙った。


 レクスターは最後尾で後方の気配を探っていた。


 水の本の頁が、風もないのにわずかに震えている。


 彼は水糸を細く伸ばし、足元の湿り、折れた枝、後方の空気の乱れを拾っている。


 その顔には疲労が残っていた。


 昨日の火と煙の処理、夜明け前の出発、そして今の山道。


 休息は十分ではない。


 それでも、彼の目は鈍っていなかった。


「追手は尾根道側を進んでいます」


 レクスターが低く言った。


「こちらの迂回には気づきましたが、まだ正確な位置は掴んでいない」


 アレックスが問う。


「どれくらい稼げている」


「長くて半刻。短ければその半分」


「水場まで?」


 ヨルムが答えた。


「このままなら間に合う。転ばなければな」


 マーガレットが自分の足元を見た。


「転ばない」


「力を抜け」


「抜いてます」


「まだ入ってる」


「何で分かるんですか」


「足音がでかい」


 マーガレットは慌てて足音を抑えようとした。


 その瞬間、逆に足元が不安定になる。


 ヨルムが低く叱った。


「抑えようとしすぎるな。山に合わせろ」


「難しい……」


「だから山だ」


 アレックスはサヴィルの縄を引きすぎないようにしながら、前方を見た。


 木々が少し開けている。


 水の音が聞こえる。


 さらさらではない。


 細く流れる音。


 岩の間を水が滑る音。


 水場が近い。


 ハルダ村を出てから、きれいな水音を聞くたびに胸が少し痛むようになった。


 水は、ただ水ではなくなった。


 命であり、危険であり、奪われるものでもあり、守るものでもある。


 ハルダ村の旧水路。


 北畑へ流れた清水。


 カイが指先で触れた水。


 それらが思い出される。


 ここで足跡を消すために、水場を使う。


 だが、水を汚してはいけない。


 レクスターも同じことを考えていたのか、前へ声をかけた。


「水場での行動は慎重に。直接踏み荒らすと水が濁ります」


 ヨルムが少しだけ口元を緩めた。


「分かっている。わしの水場だ」


「所有権は」


「山のものだ」


「では、山の水場ですね」


「そうだ」


 そのやり取りに、マーガレットが少し笑った。


「レクスターとヨルム爺さん、似てる」


 二人が同時に言った。


「似ていない」


「似とらん」


 マーガレットは目を丸くした。


「今の、すごく似てた」


 アレックスも少し笑いそうになったが、鳥笛の音がまた聞こえたため、表情を戻した。


 今度は、少し近い。


 三回。


 同じ間隔。


 追手はまだこちらを探している。


 しかし、距離は縮まっている。


「急ぐ」


 ヨルムが短く言った。


 水場は、岩の斜面の下にあった。


 小さな湧き水が岩の割れ目から出て、細い流れになっている。


 その流れは、少し先で苔むした石の下へ潜り、また別の場所で顔を出す。


 周囲には湿った土が広がっているが、踏み跡が残りやすい。


 普通なら、足跡を消すには不向きに見える。


 だが、ヨルムは迷わず水場の横へ進んだ。


「ここから岩を渡る」


 彼は言った。


「土を踏むな。石だけを踏め。水の中にも入るな。水面を揺らすな」


 マーガレットが息を呑む。


「難易度高い」


「黙って見ろ」


 ヨルムは実際に見せた。


 岩。


 苔のない石。


 浅い根。


 また岩。


 それだけを踏んで、流れの向こうへ渡る。


 足跡は残らない。


 水も濁らない。


 まるで山そのものが知っている道を、老人だけが見えているようだった。


 アレックスは小さく頷いた。


「順番は?」


 レクスターが即座に判断する。


「まずヨルム。次にアレックス。サヴィルを渡すため、アレックスが向こう側で縄を受ける。マーガレットは後方補助。私は最後に足跡を消します」


「レクトが最後か」


「後方確認が必要です」


「無理はするな」


「本当に?」


 レクスターが少しだけ眉を上げる。


 アレックスは苦笑した。


「俺が言われる側だったな」


「はい」


 マーガレットが小声で言う。


「二人とも本当に」


 サヴィルが疲れた声で言った。


「仲の良いことだ」


 マーガレットは即座に返す。


「あなたは黙って石を踏んで」


「はい」


「はいは一回」


「……はい」


 アレックスはヨルムに続いて岩を渡った。


 思ったより滑る。


 苔のない石を選んでも、朝露で湿っている。


 足裏に神経を集中させ、一歩ずつ進む。


 向こう側へ着くと、サヴィルの縄を受ける位置へ立った。


「来い」


 サヴィルは水場を見て、明らかに嫌そうな顔をした。


「これは、私に向いていない」


「向いているかどうかは聞いていません」


 レクスターが後ろから言う。


「右足を最初の石へ。次に左足を根の手前。水には入らない」


「失敗したら?」


 サヴィルが聞く。


 ヨルムが冷たく言った。


「濡れて寒くなる。足跡も残る。追手が喜ぶ」


「最悪だ」


「なら失敗するな」


 サヴィルは息を吸い、最初の石へ足を置いた。


 身体が揺れる。


 マーガレットが後ろから縄を支える。


「ゆっくり!」


「分かっている」


「水、踏まない!」


「見えている」


「右!」


「どちらの右だ!」


「あなたの右!」


 レクスターが横から補足する。


「利き手側です」


「その説明、さっきも聞いた!」


 サヴィルは必死だった。


 普段の皮肉に余裕がない。


 それが逆に、彼が本当に恐怖していることを示していた。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 中央の石で足が滑る。


 サヴィルの身体が横へ傾いた。


 マーガレットが縄を引く。


 アレックスが前から腕を掴む。


「踏ん張れ!」


「踏ん張っている!」


 サヴィルの片足が水面に近づく。


 レクスターが低く叫んだ。


「水に入れない!」


 アレックスが全身で引き戻す。


 サヴィルは何とか石の上へ戻った。


 息が荒い。


 顔は真っ青。


 マーガレットも汗をかいていた。


「だから山は嫌いだ……」


 サヴィルが吐き出すように言う。


 ヨルムが冷淡に答えた。


「山もお前が嫌いだと言った」


 それでも、サヴィルは渡りきった。


 次にマーガレット。


 彼女は力を入れすぎないよう、何度も深呼吸した。


「次の三歩……次の三歩……」


 小さく呟きながら進む。


 一歩目は慎重。


 二歩目も慎重。


 三歩目で少し力が入り、石がわずかに動いた。


 ヨルムが低く言う。


「力を抜け」


「抜いてるつもり!」


「つもりは山に通じん」


「山、厳しい!」


 それでも、彼女は渡りきった。


 最後にレクスター。


 彼は渡る前に、こちら側の足跡を確認した。


 追手に見つけられそうな深い跡へ、周囲の落ち葉を自然に戻す。


 踏まれた草を立て直す。


 水場の周囲に残った泥の乱れを、細い枝で整える。


 その手つきは、まるで記録を修正する時のように細かい。


 アレックスは感心して見ていた。


「足跡消しも記録係の仕事か」


「痕跡も情報です」


 レクスターは答えた。


「相手に渡す情報を減らします」


「なるほど」


 レクスターは最後に自分も岩を渡った。


 動きは慎重だが、思ったより安定している。


 ただ、渡りきった瞬間、少しだけ膝が揺れた。


 マーガレットが即座に支える。


「レクスター」


「問題ありません」


「それ信用度低い」


「……少し疲れています」


「よし、正直」


 ヨルムが言う。


「休むのはまだ先だ」


 マーガレットがヨルムを睨みかけた。


 だが、レクスターが先に言った。


「進みます。追手が近い」


 鳥笛がまた鳴った。


 今度は、水場の手前側。


 追手は、彼らの来た道を探している。


 もし足跡消しが甘ければ、水場まで来るだろう。


 だが、うまくいけば、別方向へ迷う。


 全員が息を潜める。


 木々の向こうで、人の声がかすかに聞こえた。


「足跡が消えたぞ」


「水場か?」


「水が濁ってない」


「岩を渡ったか」


「どっちだ」


 ヨルムが口元を引き結ぶ。


 追手の中に、山道を読む者がいる。


 足跡が消えた理由に気づきかけている。


 レクスターが小声で言う。


「完全には撒けません」


 アレックスは頷いた。


「でも、迷わせている」


「はい」


 ヨルムが低く言う。


「次だ。わざと古い獣道へ痕跡を残す」


 マーガレットが驚く。


「わざと?」


「追わせる道を作る」


「そんなことできるんですか」


「できる。やれなきゃ山では生き残れん」


 ヨルムは少し先へ進み、枯れ枝を一本折った。


 折り方も、位置も、わざとらしすぎない。


 さらに土を少し踏み、片側へ足跡らしき跡を残す。


 それから本来の道へ戻る。


「これで追手は迷う。半分は獣道へ行く」


 レクスターが目を細める。


「非常に有効です。偽装痕跡」


「お前は何でも名前をつけるな」


「記録のためです」


「勝手にしろ」


 サヴィルがそれを見ていた。


 彼の顔には、奇妙な表情が浮かんでいる。


「商会の書類には、こういう道は載らない」


 彼は呟いた。


 アレックスが振り返る。


「どういう意味だ」


「山林評価書には、水源、木材量、炭焼き道、所有権、収益予測は載る。だが、ヨルムのような者がどの枝を折れば追手を迷わせられるかは載らない」


 ヨルムが鼻を鳴らす。


「当たり前だ」


 サヴィルは続けた。


「カイの地図もそうだ。子どもが転んだ場所、煙が溜まる場所、白ヤギが水を飲まなかった記録。書類に載らない情報ばかりだ」


 レクスターが静かに言った。


「だから価値があります」


「そうだな」


 サヴィルは珍しく否定しなかった。


「私たちは、そこを見ていなかった」


 マーガレットが低く言う。


「見てなかったんじゃなくて、見なかったんでしょ」


 サヴィルは口を閉じた。


 その沈黙は肯定に近かった。


 追手の声は、少しずつ遠ざかった。


 ヨルムの偽装痕跡に引っかかったのか、獣道の方へ進んでいるようだった。


 それでも完全に安心はできない。


 鳥笛がまた鳴れば、別の追手と合流するかもしれない。


「今のうちに進む」


 ヨルムが言う。


「次の尾根を越えれば、ベルク領側の山影に入る」


 アレックスは頷いた。


 水場で足跡を消したことで、少し時間を稼いだ。


 しかし、体力も削られた。


 サヴィルの足取りはさらに重くなっている。


 レクスターも疲れている。


 マーガレットは元気そうに見えるが、力加減に神経を使い続け、肩が張っているのが分かる。


 ヨルムでさえ、息が少し深くなっていた。


 山道は、誰にも楽をさせない。


 進むうちに、空がさらに明るくなった。


 朝の光が森の中へ差し込み、葉の裏を照らす。


 鳥の声も少し増えた。


 本物の鳥の声。


 短く、不規則で、生き物の気配がある声。


 追手の鳥笛とは違う。


 マーガレットが小さく言った。


「本物の鳥、全然違うね」


「分かるようになったか」


 ヨルムが聞く。


「ちょっとだけ」


「なら少しは山を歩ける」


 マーガレットの顔が明るくなる。


「今のは褒めてます?」


「少しだけだ」


「やった!」


「声がでかい」


「すみません」


 アレックスは前を見た。


 道の先に、尾根が見える。


 そこを越えれば、ベルク領側の山影。


 ハルダ村からまた一歩遠ざかる。


 同時に、証拠を届ける場所へ近づく。


 その境目のような場所だった。


 だが、尾根の手前で、また異変があった。


 レクスターが足を止める。


「待ってください」


 全員が止まる。


 レクスターは水の本を開き、前方の空気を探る。


「煙の匂いがします」


 マーガレットの顔が強張る。


「火?」


「違います。炭の煙に近い」


 ヨルムが鼻を鳴らした。


「炭焼き場だ。だが、今は誰も使っていないはずだ」


 アレックスは雷糸を前へ伸ばす。


 人の気配がある。


 一人ではない。


 複数。


 尾根の手前、古い炭焼き場跡。


 そこに誰かがいる。


「待ち伏せか」


 マーガレットが低く言う。


 ヨルムは険しい顔で答えた。


「先回りされたか、別組か」


 サヴィルが青ざめる。


「ネイグは、尾根だけでなく合流点にも置く」


「今言うのか」


 アレックスの声が低くなる。


「確証がなかった」


「次からは可能性でも言え」


「……分かった」


 サヴィルは素直に頷いた。


 それが逆に、彼の恐怖を示していた。


 レクスターはすぐに状況を整理する。


「後方には追手。前方には待ち伏せの可能性。迂回路は?」


 ヨルムは周囲を見た。


「ある。だが、さらに細い。サヴィルを連れては厳しい」


 マーガレットがハルバードを握る。


「じゃあ、前を抜く?」


 アレックスは考える。


 後ろへ戻れば追手。


 前には待ち伏せ。


 迂回は危険。


 サヴィルを抱えている。


 証拠もある。


 レクスターは疲れている。


 ここで戦えば、音で後方の追手も来る。


 選ばされている。


 また。


 アレックスは深く息を吸った。


 選ばされる前に、手を増やす。


 ヨルムの偽装痕跡。


 レクスターの水糸。


 マーガレットの力。


 自分の雷。


 サヴィルの情報。


 すべてを使う。


「前の人数を確認する」


 アレックスは言った。


「見つからずに?」


 マーガレットが聞く。


「雷糸で気配を見る。レクト、水で煙の流れを見られるか」


「できます」


「ヨルムさん、炭焼き場の構造は?」


「窪地と古い窯。隠れる場所は多い」


「サヴィル」


 アレックスは振り返る。


「ネイグの部下が待つなら、何をする」


 サヴィルは少し息を整えた。


「煙を使う。こちらを窪地へ誘い、視界を奪う。証拠持ちを狙う」


「証拠持ち」


「君だ」


 アレックスは頷いた。


「なら、証拠を持っているように見せる相手を作る」


 マーガレットが目を丸くする。


「囮?」


「空の包みを作る」


 レクスターがすぐ理解した。


「白紐の偽装包みですね」


「できるか」


「できます。布と紙束で重さを似せます」


 マーガレットが言う。


「私が持つ?」


 レクスターは一瞬考えた。


「あなたなら、狙われても対処できます」


「信用度上がった!」


「ただし、投げない」


「投げない!」


 アレックスは本物の白紐をさらに奥へ隠した。


 ミレ婆の布で包み、旅袋の底へ。


 レクスターは空の紙束と布で、白紐に似せた包みを作った。


 マーガレットがそれを背負う。


「これで私が証拠持ちに見える?」


「はい」


 レクスターが答える。


「相手が視覚で判断するなら」


 ヨルムが鼻を鳴らす。


「面白い。山でも狸は化かす」


「狸?」


 マーガレットが聞く。


「黙って歩け」


「はい」


 アレックスは前方へ雷糸を伸ばした。


 煙の向こう。


 炭焼き場跡。


 人影は三つ。


 いや、四つ。


 一人は高い位置。


 二人は窪地。


 一人は奥の窯跡。


 待ち伏せ配置。


 レクスターが水糸で煙の流れを見る。


「煙は右から左。左側へ誘導されています」


 ヨルムが低く言う。


「左は窪みだ。落ちると囲まれる」


「なら、右を抜く」


 アレックスが言う。


「ただし右は斜面」


 ヨルムが答える。


「マーガレット」


 アレックスが見る。


「右斜面の倒木を動かせるか」


「力なら」


「音を立てずに」


「……何分の一?」


 ヨルムが言う。


「倒木の重さによる」


「また難しいやつ」


 マーガレットは深呼吸した。


「でも、やる」


 作戦は決まった。


 マーガレットが偽の白紐を背負い、見える位置に出る。


 敵が彼女を狙った瞬間、右斜面の倒木を動かして煙の流れを変える。


 レクスターが水糸で煙を薄め、視界を作る。


 アレックスが高所の敵を牽制。


 ヨルムが安全な抜け道へ誘導。


 サヴィルは縄で短く繋ぎ、逃走も転倒も防ぐ。


 危険な賭けだった。


 だが、正面から囲まれるよりはいい。


 マーガレットは偽の包みを背負い直した。


「行くよ」


 アレックスが頷く。


「無理はするな」


「うん」


 レクスターが言う。


「追いすぎない」


「本当に?」


 マーガレットが笑う。


「本当に」


 そして、彼女は一歩前へ出た。


 炭焼き場の煙が、薄く揺れる。


 待ち伏せの気配が動いた。


 敵は、こちらを見つけた。


 山道の逃走は、また次の局面へ入ろうとしていた。


 アレックスは雷の刃を静かに抜いた。


 ハルダ村の声を、ここで奪わせるわけにはいかない。


 水場で足跡は消した。


 次は、この煙の中を抜ける。


 山を越えるために。


 ベルク領へ辿り着くために。


 そして、カイが書いた一文を、必ず次の場所へ届けるために。

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