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追放王子の放浪記 ―灯りを守る旅―  作者: 伊佐波瑞樹


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【第65話 枯れた畑へ続く道】


 グレイルの東門が、少しずつ遠ざかっていった。


 最初は、振り返ればまだ人の姿が見えた。


 門の前に立つエイナ。


 その隣で手を振るニナ。


 セラに支えられながら、小さな紙を胸に抱いているルミア。


 老女の杖。


 荷運びたちの手。


 布を干した古布置き場の白い揺れ。


 北鐘楼の影。


 それらが、歩くたびに小さくなっていく。


 道が緩く曲がると、まず人影が見えなくなった。


 次に門が見えなくなった。


 最後に、北鐘楼の上部だけが屋根の向こうへ残り、やがてそれも丘の傾きに隠れた。


 グレイルは見えなくなった。


 だが、消えたわけではなかった。


 アレックスの背中には、封印布に包まれた帳簿の写しがある。


 懐には、エイナから渡された旧施療院の鍵。


 旅袋の中には、ニナたちへの手紙の見本。


 マーガレットの荷物には、ルミアの匂い袋と、硬い焼き菓子と、たくさんの小さな約束が入っている。


 レクスターの水の本には、ルミアの治療経過と、グレイルの証言の要点が几帳面に記されている。


 町は見えなくなっても、グレイルは三人の中に残っていた。


 しばらく、誰も喋らなかった。


 朝の街道は静かだった。


 草の匂いがする。


 土はまだ朝露を含んでいる。


 道の両側には低い草地が広がり、その向こうに細い林が続いていた。


 空は薄く晴れている。


 雲は少ない。


 風も穏やかだ。


 旅立ちには、申し分のない朝だった。


 それなのに、三人の歩みは少し重かった。


 疲労だけではない。


 別れの重さ。


 置いてきたものの重さ。


 それを、誰もすぐには言葉にできなかった。


 最初に沈黙を破ったのは、マーガレットだった。


「……見えなくなっちゃったね」


 声は、いつもより少し小さい。


 アレックスは前を見たまま頷いた。


「ああ」


「ルミアちゃん、泣いてなかったね」


「泣いてたと思うぞ」


「そう?」


「少し」


「そっか」


 マーガレットは、自分の胸元を押さえた。


 そこには、ルミアの匂い袋が入っている。


 薬草の苦い香りが、歩くたびにわずかに漂った。


「私、泣きすぎたかな」


 レクスターがすぐに答える。


「かなり」


「やっぱり!?」


「ただし、状況を考えれば許容範囲です」


「許容された!」


「過度な号泣はルミアの不安を増やす恐れがありましたが、あなたの涙は概ね感情共有として機能していました」


「難しいけど、褒めてる?」


「半分」


「また半分!」


 マーガレットは頬を膨らませたが、すぐに笑った。


 その笑いは少しだけ震えている。


 だが、笑った。


 アレックスはそれを見て、胸が少し軽くなる。


 レクスターの言い方は不器用だ。


 けれど、ちゃんとマーガレットを気遣っている。


 それが分かるから、余計に温かかった。


「レクトは」


 アレックスが言う。


「何ですか」


「寂しいか?」


 レクスターは少しだけ沈黙した。


 歩きながら、地図を持つ手が止まりかける。


 彼は感情を即答しない。


 いつもなら、必要か不要か、合理的か非合理的かで言葉を選ぶ。


 だが今回は、少し長く考えた。


「……寂しい、という表現が適切だと思います」


 マーガレットが目を丸くする。


「レクスターが寂しいって言った」


「私にも感情はあります」


「知ってるけど!」


「では驚かないでください」


「だって嬉しくて」


「嬉しい?」


「うん。ちゃんと言ってくれたから」


 レクスターは少しだけ目を逸らした。


「言語化しただけです」


「それが大事!」


 マーガレットは力強く頷く。


「アレックスは?」


 今度は彼女が聞いた。


 アレックスは少し笑った。


「寂しい」


「即答」


「うん」


「いいね」


「いいのか?」


「うん。寂しいって言えるの、いい」


 マーガレットは空を見上げた。


「私も寂しい」


 風が吹く。


 草が揺れる。


 グレイルは見えない。


 それでも、三人はしばらくその寂しさを抱えたまま歩いた。


 無理に消さない。


 無理に明るくしない。


 寂しいまま、進む。


 それが、この旅の新しい歩き方なのかもしれなかった。


 昼前になると、街道は少し広くなった。


 荷車の轍が増え、道端に古い道標が立っている。


 文字は擦れているが、レクスターが指で埃を払いながら読んだ。


「東宿場まで二刻。南東、ハルダ村方面。北東、巡察小屋」


「巡察小屋?」


 アレックスが聞く。


「小規模な外部巡察拠点でしょう。帳簿の写しを預ける候補になります。ただし、信頼性の確認が必要です」


「いきなり渡せないか」


「はい。グレイルの件を考えれば、巡察側が完全に清廉とは限りません」


 マーガレットが眉を寄せる。


「どこも信用できないの、疲れるね」


「信用は段階的に確認するものです」


「レクスターらしい」


「重要です」


 アレックスは道標を見る。


 北東へ行けば巡察小屋。


 南東へ行けばハルダ村。


 今すぐ帳簿を預けるべきか。


 それとも先に村の様子を見るべきか。


 グレイルで預かったものは重い。


 危険もある。


 だが、ハルダ村の井戸水が濁っているという噂が本当なら、放置できない。


 マーガレットは道標とアレックスを見比べている。


「どっち?」


「迷ってる」


「うん」


「レクトは?」


 レクスターは地図を広げた。


「合理的には、まず東宿場へ向かい情報収集。巡察小屋とハルダ村、両方の評判を確認するべきです」


「直接行かない?」


「帳簿を持った状態で未知の巡察へ接触するのは危険。ハルダ村の汚染が本当なら準備が必要。宿場で水、布、食料、薬草を補充すべきです」


 アレックスは頷く。


「じゃあ東宿場だな」


「はい」


 マーガレットがほっとしたように言う。


「宿場なら、ご飯あるかな」


「食料状況は不明です」


「またそれ!」


「ハルダ村周辺で作物被害があるなら、宿場にも影響がある可能性があります」


「そっか……」


 マーガレットは少ししょんぼりした。


 だが、すぐに顔を上げる。


「でも、困ってるなら助けよう」


「はい」


「それで、いつか一緒に美味しいご飯食べよう」


 アレックスは笑った。


「いい目標だ」


 レクスターも頷く。


「長期目標として悪くありません」


「短期でもいいよ?」


「まず原因究明です」


「はい!」


 三人は東宿場へ向けて進んだ。


 道中、荷車と何度かすれ違った。


 だが、その数は思ったより少なかった。


 グレイルへ向かう荷車も、グレイルから出る荷車も、どこか警戒している。


 グレイルの騒動がもう周辺へ伝わっているのかもしれない。


 あるいは、ハルダ村周辺の作物被害で物流が鈍っているのか。


 どちらにせよ、空気は穏やかではなかった。


 昼過ぎ、道端で休んでいる荷運びの老人に出会った。


 痩せた馬に水を飲ませ、自分は乾いたパンをかじっている。


 アレックスたちが近づくと、老人は少し警戒した顔をした。


 無理もない。


 旅人三人。


 武器を持っている。


 アレックスは両手を見える位置にして声をかけた。


「こんにちは」


「……ああ」


「東宿場へ向かっています。道はこのままで合っていますか」


 老人は三人を見回した。


 マーガレットのハルバードで目が止まる。


 次にレクスターの本。


 最後にアレックスの腰の雷刃。


「冒険者か?」


「旅人です」


「旅人にしては物騒だ」


 マーガレットが明るく言う。


「よく言われます!」


「否定しないのか」


「武器大きいので!」


 老人は少しだけ口元を緩めた。


 警戒がわずかに解ける。


「東宿場ならこの先だ。日暮れ前には着く」


「ありがとうございます」


「ただ、泊まるなら気をつけろ」


 レクスターが目を細める。


「何か?」


 老人は馬の首を撫でた。


「最近、宿場も変だ」


「変?」


「南東の村から人が流れてきてる。畑がだめになったとか、井戸が苦いとか、家畜が水を飲まねえとか」


 アレックスたちは顔を見合わせた。


 噂と一致する。


 老人は続ける。


「宿場の井戸までおかしいって言う奴もいる」


「宿場も?」


 レクスターの声が鋭くなる。


「ああ。全部じゃないが、一つの井戸が濁ったらしい。宿の主人は土が混じっただけだって言ってるが、飲んだ奴が腹を下した」


 マーガレットが眉を寄せる。


「それ、危ないじゃん」


「危ない。だから水は買うなら気をつけろ」


「ハルダ村には行きましたか」


 アレックスが聞く。


 老人は首を横に振った。


「行かねえ。行く理由がない。野菜は枯れ、金もない。行った商人は空荷で戻ってくる」


「原因は?」


「知らん。村人は呪いだって言ってる。役人は病害だって言ってる。巡察は……」


 老人はそこで鼻で笑った。


「巡察は、見に行ったきり戻ってねえ」


 空気が変わった。


 レクスターがすぐに聞く。


「戻っていない?」


「二人行った。三日前だ。まだ帰らん」


「巡察小屋から?」


「たぶんな」


「それで小屋は?」


「今は閉まってるって聞いた」


 アレックスは背中の帳簿を意識した。


 巡察小屋。


 預け先候補だった場所。


 そこが閉まっている。


 しかも、巡察がハルダ村へ行って戻っていない。


 ただの作物被害ではないかもしれない。


 マーガレットが低く言う。


「嫌な感じ」


「同感です」


 レクスターも頷いた。


 老人は三人を見る。


「あんたら、ハルダへ行く気か」


「状況次第です」


 アレックスが答える。


「やめとけ、とは言わねえ」


 老人は乾いたパンを袋にしまった。


「でも、水は持っていけ。井戸水は飲むな。畑の黒い土には触るな。あと、夜は村の外で寝るな」


「なぜですか」


 レクスターが問う。


 老人は少し声を落とした。


「夜になると、畑が鳴るらしい」


 マーガレットが顔をしかめる。


「畑が?」


「ああ」


「どう鳴るの?」


「根っこが泣くみたいに、ぎしぎしと」


 沈黙。


 風が草を揺らした。


 老人は苦い顔で続ける。


「俺は聞いてねえ。だが、聞いた奴がいる。夜の畑で、土の下から声がしたってな」


「声……」


 アレックスの胸に、嫌な予感が広がる。


 グレイルで聞いた言葉たち。


 名前を奪われた人々の声。


 薬液。


 欠片。


 水路汚染。


 それらが、ハルダ村の噂とどこかで繋がり始めている気がした。


 レクスターは老人へ頭を下げた。


「貴重な情報をありがとうございます」


「礼はいい。行くなら気をつけろ」


「あなたは?」


「東宿場へ戻る。グレイル方面はしばらく避ける」


 アレックスは少しだけ苦笑した。


「グレイルも、変わり始めています」


 老人は目を細める。


「そうかい」


「はい」


「なら、いつかまた荷を運べるかもな」


「きっと」


 老人は小さく笑い、馬を引いて歩き出した。


 三人はその背を見送った。


 マーガレットが腕を組む。


「畑が鳴るって何?」


「不明です」


 レクスターが答える。


「ただ、欠片汚染が植物や土壌に影響している可能性はあります」


「植物にも?」


「水路を通じて薬剤が広がれば、土壌や根に反応が出る可能性は否定できません」


 アレックスは眉をひそめた。


「リゼットが関係していると思うか」


「現時点では断定できません。ただし、旧施療院の原液槽と手法が類似している可能性は高い」


「ハルダ村が次の実験場かもしれない」


 マーガレットの声が低くなる。


「そんなの、だめだよ」


「ああ」


 アレックスは東宿場の方角を見た。


 まず情報を集める。


 水を確保する。


 帳簿を守る。


 ハルダ村へ向かう準備をする。


 次の闇は、もう道の先に見え始めていた。


 夕方近く、東宿場が見えてきた。


 大きな町ではない。


 街道沿いに宿屋が数軒、馬小屋、井戸、旅商人の小さな市、簡易の柵。


 普段なら旅人や荷運びで賑わう場所なのだろう。


 だが、今は空気が重かった。


 宿場の入口近くに、人が集まっている。


 荷物を抱えた家族。


 農具を持った男。


 泥で汚れた子ども。


 疲れ切った老人。


 彼らは宿場の外れに座り込んでいた。


 まるで避難民だった。


 マーガレットの表情が変わる。


「村の人かな」


「おそらく」


 レクスターが答える。


 アレックスたちが近づくと、数人がこちらを見た。


 警戒。


 不安。


 期待。


 グレイルで見たものと似ているが、少し違う。


 ここにあるのは、何かから逃げてきた者たちの顔だった。


 宿場の中では、井戸の周囲に縄が張られていた。


 木札が立っている。


 “この井戸、使用禁止”


 マーガレットが顔をしかめる。


「本当に濁ったんだ」


 アレックスは井戸の縁を見る。


 水面は見えない。


 だが、井戸の周囲の石が黒っぽく汚れていた。


 泥か。


 薬か。


 分からない。


 レクスターが近づこうとすると、宿場の男が慌てて止めた。


「触るな!」


 中年の男だった。


 宿の主人らしい。


「その井戸はだめだ。近づくな」


 レクスターは足を止める。


「調べても?」


「調べる?」


「水の状態を確認したい」


 男は警戒した。


「あんたら何者だ」


「旅人です」


 アレックスが答える。


「南東のハルダ村へ向かう途中です。井戸水の異常について話を聞きました」


 男の顔が曇る。


「ハルダへ行くのか」


「そのつもりです」


「やめとけ」


 老人と同じ言葉。


 だが、こちらはもっと切実だった。


「村はもう終わりだ」


 その言葉に、避難している人々の何人かが顔を上げた。


 怒り。


 悲しみ。


 諦め。


 いろいろな目が宿の主人へ向く。


 男はそれに気づき、気まずそうに口を閉じた。


 アレックスは静かに聞いた。


「何が起きているんですか」


 男は答えなかった。


 代わりに、避難民の中から一人の少年が立ち上がった。


 十歳ほどだろう。


 顔は泥で汚れ、服も擦り切れている。


 だが、目だけが強かった。


「終わってない」


 少年は言った。


 宿の主人が顔をしかめる。


「カイ、座ってろ」


「終わってない!」


 少年は叫んだ。


「母ちゃんも父ちゃんも、まだ村にいる! 畑も、まだ……まだ……!」


 声が詰まる。


 彼は拳を握った。


「助けに行く人、いないのかよ!」


 宿場の空気が沈む。


 誰も目を合わせない。


 助けたい気持ちはあるのかもしれない。


 だが、怖い。


 畑が鳴る。


 井戸が濁る。


 巡察も戻らない。


 そんな村へ、誰が行けるのか。


 少年は泣きそうな顔で周囲を睨む。


「みんな逃げたんだ」


「カイ」


 近くの女が止めようとする。


「お前だって逃がされたんだ」


「違う!」


 少年は涙をこぼした。


「俺は、戻る!」


 マーガレットが一歩前に出かけた。


 アレックスが止める。


 まず聞く。


 少年の怒りを受け止める。


 グレイルで学んだことだ。


 焦って手を伸ばせば、相手の痛みを置き去りにしてしまう。


 アレックスは少年の前に膝をついた。


「名前は?」


 少年は睨む。


「……カイ」


「カイ。君はハルダ村から来たのか」


「そうだ」


「村には、まだ人がいる?」


「いる」


「どれくらい」


「分かんない。でもいる。父ちゃんも母ちゃんも、村長も、畑を見てる人たちも」


「何が起きた?」


 カイは唇を噛んだ。


 言葉を探している。


 怖い記憶を引っ張り出している。


「最初は、井戸が苦くなった」


「苦い?」


「飲んだら舌がしびれた。家畜が飲まなくなった。次に、畑が黒くなった」


「黒く」


「土が焦げたみたいに。でも火じゃない。触ったら手が痛くなる」


 レクスターの顔が険しくなる。


「刺激性の汚染……」


 カイは続ける。


「それから、夜に音がした」


 宿場の人々がざわつく。


 畑が鳴る話だ。


「根っこが、ぎしぎし鳴る。土の下で何かが動くみたいに」


 マーガレットが拳を握る。


「怖かったね」


 カイは彼女を見た。


 その一言で、表情が崩れかけた。


 だが、すぐに堪える。


「怖くない!」


「そっか」


 マーガレットは否定しなかった。


「でも、怖かったら言っていいよ」


 カイは言葉に詰まった。


 涙だけが落ちる。


 アレックスは静かに言った。


「俺たちは、ハルダ村へ行く」


 宿場の男が目を見開く。


「本気か」


「はい」


「話聞いてただろ!」


「聞きました」


「ならなぜ」


「まだ人がいるからです」


 カイがアレックスを見る。


 信じたいけれど信じられない、そんな目。


 アレックスは続けた。


「ただし、準備してから行く。水を確保して、井戸を調べて、村の状況を聞く」


 カイが焦ったように言う。


「早く行かないと!」


「焦って行けば、助けられるものも助けられなくなる」


 その言葉は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。


 グレイルで何度も学んだ。


 急ぐことと、焦ることは違う。


「君にも話を聞かせてほしい」


「……俺に?」


「村を知ってるのは君だ」


 カイの目が揺れる。


 自分が必要とされたことに驚いたようだった。


「俺、子どもだぞ」


「でも村の人だ」


 カイは黙った。


 そして、小さく頷いた。


「……話す」


 マーガレットが明るく言う。


「ありがとう、カイ!」


「別に……」


 カイは顔を背けた。


 耳が赤い。


 レクスターが宿の主人へ向き直る。


「安全な水を購入したい。あと、井戸の濁水を少量採取したい」


「採取?」


「調べます」


「危険だぞ」


「承知しています」


 宿の主人は、しばらくレクスターを見た。


 疲れた顔。


 怯えた顔。


 だが、やがて深く息を吐く。


「……分かった。ただし、俺の宿で騒ぎを起こすなよ」


「努力します」


 マーガレットが小声で言う。


「努力って不安なやつ」


「今回は本当に努力します」


「いつもは?」


「いつももです」


 アレックスは苦笑した。


 東宿場の空気は重い。


 だが、道は見えた。


 ハルダ村。


 黒い畑。


 苦い井戸。


 鳴る根。


 戻らない巡察。


 そして、村に残された人々。


 グレイルを出て、まだ一日も経っていない。


 それでも次の灯りは、もう彼らの前に現れていた。


 夕暮れの宿場で、アレックスは背中の帳簿を下ろさず、カイの前に立った。


「村のことを教えてくれ」


 カイは涙を拭き、強く頷いた。


「全部話す」


 その目には、まだ恐怖があった。


 だが、その奥に小さな灯りがあった。


 助けてほしいと願う灯り。


 諦めたくないと叫ぶ灯り。


 アレックスは、その灯りを見逃さなかった。


 グレイルで受け取った約束を背負いながら。


 彼らは、次の闇へ向かう準備を始めた。

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