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追放王子の放浪記 ―灯りを守る旅―  作者: 伊佐波瑞樹


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【第63話 約束を置いていく】



 旅立ちの日は、まだ正式には決まっていなかった。


 けれど、町の誰もが気づいていた。


 アレックスたちが、そう遠くないうちにグレイルを出ることを。


 古布置き場の前に干された布が、風に揺れている。


 白い布。


 薄茶の布。


 染みが残った布。


 穴を繕った布。


 その下を町の子どもたちが通り抜け、老女に怒られている。


「走るんじゃないよ」


「はーい!」


「返事だけはいいねえ」


 老女は杖をついて、古布置き場の入口に立っていた。


 誰かが彼女をまとめ役に任命したわけではない。


 だが、いつの間にか皆が彼女に従っていた。


 水を運ぶ者。


 布を干す者。


 薬草を煎じる者。


 怪我人を移す者。


 帳簿の写しを受け取る者。


 老女はそれらすべてへ短く指示を飛ばす。


 声は大きくない。


 だが、不思議と通る。


 マーガレットはそれを見て、心底感心したように言った。


「ばあちゃん、やっぱり強いよね」


「私はばあちゃんじゃないって言ってるだろ」


「ごめんなさい!」


 即座に謝る。


 それを見て、近くにいたニナがくすくす笑った。


 数日前には、笑い声を出すことすら怖がっていたニナが。


 今は、声を出して笑っている。


 マーガレットは、その笑いを聞くだけで目を潤ませた。


「泣いてないよ」


「まだ何も言っていません」


 横からレクスターが言う。


 彼はようやくまともに歩けるようになっていた。


 まともに、というより、周囲がそう見える程度には回復したというだけだ。


 顔色はまだ万全ではない。


 それでも、彼の手には帳簿の写しを包んだ防水布がある。


 その包みを見た瞬間、マーガレットは眉を寄せた。


「レクスター、それ重くない?」


「重くはありません」


「疲れてない?」


「疲れています」


「じゃあ持つ!」


「あなたに渡すと、感情で抱きしめて折れそうなので拒否します」


「そんなことしない!」


「可能性は高い」


「アレックス!」


 助けを求められたアレックスは、少し考えた。


「……少し高いな」


「アレックスまで!」


「重要文書だから」


「大事に抱きしめるだけなのに!」


「だからです」


 レクスターの返答に、マーガレットは唇を尖らせた。


 だが、すぐに笑った。


 その笑いは、グレイルに来たばかりの頃とは少し違っていた。


 明るさは同じ。


 天真爛漫さも同じ。


 けれど、そこに少しだけ痛みを知った柔らかさがある。


 壊さず抱えること。


 泣きたい時に笑うこと。


 怖いまま守ること。


 彼女はこの町で、それをいくつも覚えた。


 アレックスは、そんなマーガレットを見て胸の奥が温かくなった。


 そして同時に、少しだけ寂しくなった。


 ここを離れる日が近いのだと、改めて思ったからだ。


 古布置き場の奥では、ルミアの治療が続いていた。


 薬草師の老人が煎じた薬草湯は、相変わらず苦いらしい。


 ルミアは毎回、器を見つめてから小さく言う。


「……にがい……」


 飲む前から言う。


 それが、少しずつお決まりになっていた。


 ニナはそのたびに言う。


「でも、少しだけだよ」


「……すこし……」


「うん。嫌だったらやめていい」


「……やめて……いい……」


 ルミアはその言葉を必ず繰り返す。


 自分に言い聞かせるように。


 薬を飲むことより、拒めることを確認するように。


 それから、少しだけ飲む。


 顔をしかめる。


「……にがい……」


「うん。苦いね」


 ニナが笑う。


 セラが横で柔らかく言う。


「……でも、飲めました……」


「……のめた……」


「はい」


 ルミアは、自分の手を見る。


 黒い筋はまだ残っている。


 だが、以前ほど濃くない。


 脈打つ回数も減った。


 名前を呼ばれると、さらに弱まる。


 レクスターはその反応を記録していた。


 本人いわく「極めて重要な経過観察」らしいが、マーガレットに言わせれば「ルミアちゃんが頑張った記録」だった。


 アレックスは、その表現の方が好きだった。


 その日の午前。


 アレックスはルミアのそばに座った。


 ニナとセラもいる。


 マーガレットは少し離れて布を畳んでいる。


 もちろん、耳はこちらへ向いている。


 レクスターは帳簿の包みを確認しているふりをしながら、やはりこちらを聞いている。


 ルミアは、アレックスを見上げた。


「……アレ……」


「アレックス」


「……アレ、クス……」


「うん」


「……たび……?」


 その問いに、周囲の空気が少しだけ止まった。


 アレックスは、嘘をつかなかった。


「ああ」


 ルミアは瞬きをする。


「……いく……?」


「もう少ししたら」


「……とおく……?」


「たぶん」


 ニナが膝の上で手を握る。


 セラも目を伏せる。


 マーガレットの手が、畳んでいた布の上で止まる。


 レクスターは、静かにこちらを見る。


 ルミアは、しばらく黙っていた。


 そして、小さく言った。


「……ルミア……ここ……」


「うん」


 アレックスは頷く。


「ルミアはここにいる」


「……アレクス……とおく……」


「うん」


「……わすれる……?」


 その言葉は、あまりにも小さかった。


 アレックスの胸に刺さる。


 忘れる。


 名前を奪われた子にとって、それは存在が消えることと同じなのだろう。


 誰かに忘れられること。


 呼ばれなくなること。


 番号に戻ること。


 ルミアの不安は、そこにあった。


 アレックスは、ゆっくり首を横に振った。


「忘れない」


「……ほんと……?」


「本当」


「……ルミア……」


「ルミア」


 アレックスは名前を呼んだ。


 はっきりと。


 何度でも届くように。


「ルミアのこと、忘れない」


 ルミアの瞳が揺れた。


 ニナが涙を堪えている。


 セラも口元を押さえている。


 マーガレットはもう泣いていた。


 レクスターは何も言わなかった。


 ただ、帳簿の包みから一枚の小さな紙を取り出した。


「ルミア」


 彼が呼ぶ。


 ルミアが振り向く。


「……レク……スター……」


「はい」


 レクスターは少しだけ目を細めた。


 自分の名を呼ばれたのが嬉しかったのかもしれない。


 だが、表情にはほとんど出さない。


 彼は紙を見せた。


「これは、あなたの名前を書いた紙です」


「……なまえ……」


「はい。ルミア、と書いてあります」


 紙には、丁寧な文字で“ルミア”と書かれていた。


 その下に、ニナとセラの名前もある。


 そして、アレックス、マーガレット、レクスター、エイナの名前も。


「私たちが離れても、この紙を見れば、名前を思い出せます」


 レクスターは淡々と言った。


「ただし、紙は濡らさないように」


 マーガレットが小声で言う。


「そこ言う?」


「重要です」


 ルミアは、紙をじっと見た。


 文字が読めるわけではない。


 だが、そこに自分の名があることは分かったのだろう。


 そっと手を伸ばす。


 指先が紙に触れる。


「……ルミア……」


「はい」


「……ここ……?」


「そこに書いてあります」


「……みんな……?」


「全員書いてあります」


 ルミアは紙を胸に抱いた。


 とても大事そうに。


「……わすれ……ない……」


 アレックスは頷いた。


「うん」


 ニナが泣きながら笑う。


「ルミアちゃん、私も毎日呼ぶよ」


「……ニナ……ちゃん……」


「うん」


 セラも言う。


「……私も、呼びます……」


「……セラ……ちゃん……」


 マーガレットが耐えきれず飛び込んできた。


「私も呼ぶ!」


 レクスターが即座に注意する。


「声量」


「ごめん!」


 ルミアは少し笑った。


「……まーが……こえ……おおきい……」


 マーガレットが固まった。


「今、言った?」


 ニナが笑う。


「言った!」


 セラも微笑む。


「言いましたね」


 マーガレットは両手で顔を覆った。


「だめ、泣く」


「もう泣いています」


 レクスターが言う。


「今日は泣いていい日!」


「最近ずっとそうです」


「そう!」


 古布置き場に、柔らかな笑いが広がった。


 別れが近いことを知っていても。


 今は、笑いがあった。


 昼になると、帳簿写しの受け渡しが行われた。


 北鐘楼前ではなく、町の東門近くにある小さな集会所だった。


 人が集まりすぎないようにするためだ。


 封印布に包まれた帳簿写しが、木箱に入れられている。


 そこには、組合長、老女、荷運び代表、ミアの母、武器を置いた警備兵、薬草師の老人の署名が入っていた。


 それぞれが、震える手で名前を書いた。


 名前を書く。


 それ自体が、今のグレイルでは大きな意味を持っていた。


 老女は、最後に自分の名を書いた後、アレックスへ箱を差し出した。


「重いよ」


 彼女は言った。


 アレックスは両手で受け取った。


「はい」


 本当に重かった。


 紙の重さではない。


 そこにある名前の重さだ。


 老女は続ける。


「途中で盗られそうになったら、守りな」


「もちろん」


「でも、命を捨てるんじゃないよ」


 アレックスは目を瞬かせる。


 老女は厳しい目で見上げていた。


「帳簿は大事だ。でも、生きて届けなきゃ意味がない」


「……はい」


「若いのはすぐ命を置いていこうとする」


 マーガレットが頷く。


「アレックス、そういうとこある」


「マーガレットもあります」


 レクスターが言う。


「レクスターもだよ!」


 マーガレットが返す。


「否定できません」


「全員じゃん!」


 老女はふっと笑った。


「だから互いに見張ってな」


 アレックスは頷く。


「そうします」


 ミアの母が進み出た。


 彼女は娘と一緒にいた。


 ミアはまだ弱いが、顔色は少し戻っている。


 母親はアレックスたちへ深く頭を下げた。


「娘を助けてくれて、ありがとうございました」


 アレックスは首を振る。


「間に合ってよかったです」


「はい」


 彼女の目に涙が浮かぶ。


「でも、まだ見つからない子たちもいます」


「……はい」


「だから、この帳簿をお願いします」


 アレックスは箱を抱え直す。


「必ず」


 ミアが小さく言った。


「……ありがとう」


 マーガレットが目を潤ませる。


「元気になってね」


「はい……」


 その横で、荷運び代表が頭を下げる。


「俺たちは、ここでやることをやる」


「お願いします」


 アレックスが答えると、彼は少し照れたように頭を掻いた。


「正直、怖いけどな」


「怖いままでもいいと思います」


「そうか?」


「俺たちも怖かったので」


 男は目を丸くし、それから笑った。


「そうか。なら、俺も怖いままやる」


 その言葉は、グレイルらしい新しい始まりだった。


 怖いままでも、動く。


 夜に怯えながらも、灯りを持つ。


 集会所を出ると、エイナが外で待っていた。


 肩の傷は塞がり始めているが、まだ無理はできない。


 彼女は外套を羽織り、短剣を腰に差している。


 旅支度ではない。


 町に残るための格好だ。


 マーガレットが少しだけ寂しそうに笑う。


「エイナ」


「うん」


「やっぱり、残るんだね」


「今はね」


「うん」


 マーガレットは頷いた。


 無理に笑っている。


 エイナはそれを見て、少し困ったように笑った。


「そんな顔しないで」


「どんな顔?」


「捨てられた犬みたいな」


「犬!?」


 マーガレットは驚く。


「私、そんな顔!?」


「うん」


 アレックスも小さく頷いた。


「少し」


「アレックスまで!」


 レクスターが淡々と言う。


「比喩としては適切です」


「レクスターも!?」


 エイナは笑った。


 本当に、自然に笑った。


 それから、マーガレットに向き直る。


「私は残る。でも、終わりじゃない」


「……うん」


「リクの記録を整理して、旧施療院を封鎖して、グレイルの裏道をきれいにする」


「うん」


「それで、もしリゼットの足取りが分かったら、連絡する」


「うん」


「あと」


 エイナは少しだけ目を逸らした。


「もし、全部区切りがついたら……追いかけるかもしれない」


 マーガレットの顔が一気に明るくなる。


「ほんと!?」


「かもしれないって言った」


「十分!」


「軽い」


「でも嬉しい!」


 マーガレットはエイナを抱きしめようとして、肩の傷を思い出して止まった。


 両手を中途半端に広げたまま固まる。


「……抱きしめていい?」


 エイナは少し驚いた。


 それから、ふっと笑った。


「軽くなら」


「軽く!」


 マーガレットは本当に、壊れものを扱うようにエイナを抱きしめた。


 強くない。


 でも、温かい。


 エイナは最初、少しだけ身体を硬くした。


 そして、ゆっくり手を回した。


「……ありがとう」


 小さな声。


「こちらこそ!」


「声、近い」


「ごめん!」


 エイナは笑った。


 その笑顔を見て、アレックスは心の中で静かに頷いた。


 エイナは残る。


 それでいい。


 彼女が自分で選んだ。


 復讐に引きずられるのではなく、町に縛られるのでもなく。


 自分の足で、今ここに残ると決めた。


 それは、旅に出ることと同じくらい大きな選択だった。


 夕方。


 グレイルの東門へ続く道で、アレックスたちは次の目的地について話した。


 東門の先には、小さな宿場町を経由して、さらに南東の農村地帯へ続く街道がある。


 そこに、帳簿の写しを預けられそうな巡察拠点があるという。


 同時に、最近その方面で“作物が急に枯れる村”の噂が流れていた。


 レクスターが町人から聞き取った情報だ。


「作物が枯れる村?」


 マーガレットが首を傾げる。


「はい」


 レクスターは地図を広げる。


 まだ座っている。


 マーガレットが座らせた。


「南東の農村、ハルダ村周辺で、井戸水が濁り、畑が黒く変色する事例があるそうです」


「リゼット関係?」


 アレックスが問う。


「断定はできません。ただし、旧施療院の原液槽が水路汚染を狙っていたことを考えると、薬液や欠片汚染との関連は疑うべきです」


「つまり、次の目的地候補」


「はい」


 マーガレットが拳を握る。


「畑が困ってるなら、助けたい」


「まだ困っていると確定したわけではありません」


「でも困ってそう!」


「その直感が外れることは少ないので困ります」


「褒めてる?」


「半分」


「また半分!」


 アレックスは地図を見る。


 グレイルから南東。


 王国の中心からはまだ離れている。


 だが、街道は巡察拠点へも繋がっている。


 帳簿を届ける道と、困っている村へ向かう道が重なる。


 なら、行く理由は十分だった。


「そこへ行こう」


 アレックスが言った。


「帳簿を預けられる拠点を探しつつ、村の様子を見る」


「妥当です」


 レクスターが頷く。


「農村!」


 マーガレットが少し明るい声を出す。


「ご飯美味しいかな」


「そこ?」


 アレックスが笑う。


「大事!」


「大事ではあります」


 レクスターが言う。


「遠征中の食料確保は重要です」


「ほら!」


「ただし、困っている村なら食料事情は悪い可能性が高い」


「そうだった……」


 マーガレットはすぐにしょんぼりした。


 アレックスは苦笑する。


「助けられたら、一緒に食べられるかもしれない」


「よし、助けよう!」


「動機が単純ですが、悪くありません」


 レクスターが淡々と言う。


 エイナは地図を見ていた。


「ハルダ村か」


「知ってるのか」


 アレックスが聞く。


「直接は知らない。でも、昔グレイルに野菜を運んでた村かもしれない」


「そうか」


「いい村だといいね」


 マーガレットが言う。


 エイナは少し笑う。


「そうだね」


 夜。


 古布置き場で、旅支度が始まった。


 といっても、大した荷物はない。


 帳簿の写し。


 薬剤記録の写し。


 最低限の食料。


 水袋。


 寝具。


 武器。


 修理した外套。


 それだけだ。


 マーガレットは、自分の荷物に小さな布包みを入れていた。


 アレックスが聞く。


「それは?」


「ルミアちゃんがくれた」


「ルミアが?」


「うん。薬草師のおじいちゃんに教えてもらって、小さい匂い袋作ったんだって」


 布包みからは、薄い薬草の香りがした。


 苦いが、どこか落ち着く匂い。


「“まーが、もってて”って」


 マーガレットはその言葉を真似しようとして、途中で泣きそうになった。


「だめ、泣く」


「泣いてる」


「泣いてる!」


 今回は認めた。


 アレックスは微笑んだ。


「大事にしないとな」


「うん」


 レクスターも自分の荷物を整理していた。


 ニナとセラの名前を書いた小さな紙束を入れている。


「それは?」


 アレックスが問う。


「手紙の練習用です」


「手紙?」


「ニナが書きたいと言っていました。文字はまだ不安定なので、練習用の見本です」


「優しいな」


「実務的対応です」


「優しいな」


「……否定しません」


 アレックスは笑った。


 レクスターも、少しだけ目を逸らした。


 アレックス自身の荷物には、帳簿写しの箱がある。


 重い。


 旅の荷物としては不便だ。


 だが、置いていくわけにはいかない。


 それはグレイルから託されたものだ。


 名前の束。


 消された声の道標。


 彼は箱へ手を置いた。


「届ける」


 小さく呟く。


 その声を、マーガレットが聞いていた。


「うん」


 レクスターも頷く。


「届けましょう」


 その夜、眠る前にルミアがまた尋ねた。


「……あした……?」


 マーガレットは、ルミアのそばに座った。


「明日、たぶん出発の準備をする」


「……いく……?」


「うん」


 ルミアは紙を胸に抱いた。


 名前が書かれた紙。


「……わすれ……ない……?」


「忘れない」


 マーガレットは言った。


「ルミアちゃんも、忘れないで」


「……ルミア……わすれ……ない……」


「うん」


「……まーが……アレクス……レクスター……エイナ……ニナ……セラ……」


 ひとつずつ。


 ゆっくり。


 ルミアは名前を呼んだ。


 そのたびに、呼ばれた者が返事をした。


「いるよ」


「はい」


「うん」


「ここにいます」


 最後にルミアは、自分の名前を呼んだ。


「……ルミア……」


 ニナが言う。


「いるよ」


 セラが続ける。


「ここに、います」


 マーガレットが涙声で言う。


「ここにいる」


 アレックスも静かに言った。


「ここにいる」


 ルミアは目を閉じた。


 安心したように。


 名前に囲まれて。


 その夜、グレイルの風は穏やかだった。


 旅立ちが近い。


 別れも近い。


 だが、それは終わりではなかった。


 約束を置いていくための夜。


 道が繋がっていることを確かめるための夜。


 アレックスは、眠る前に外へ出た。


 空には星があった。


 東の道は暗い。


 その先に、ハルダ村がある。


 作物が枯れる村。


 井戸水が濁る村。


 次の灯りが、そこにあるかもしれない。


 アレックスは静かに息を吸った。


 グレイルで受け取った重さを抱えたまま。


 次の道へ進む準備をする。


 追放王子の放浪は、まだ続く。


 灯りを守る旅は、別れのたびに重くなる。


 けれど、その重さがあるから、進めるのだ。


 古布置き場の中から、マーガレットの声がした。


「アレックス、寝ないと怒られるよ!」


「誰に?」


「私とレクスター!」


 レクスターの声が続く。


「私はあなたより先に寝る予定です」


「じゃあ私!」


 アレックスは笑った。


「分かった。今行く」


 彼は星空から目を下ろし、仲間たちのいる灯りへ戻った。


 旅立ち前の夜は、静かに更けていった。

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