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追放王子の放浪記 ―灯りを守る旅―  作者: 伊佐波瑞樹


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【第62話 残る者、進む者】



 グレイルに、穏やかな風が吹いていた。


 ほんの数日前まで、夜の底で息を潜めていた町とは思えないほどだった。


 もちろん、すべてが穏やかになったわけではない。


 壊れた倉庫はまだそのままだ。


 北鐘楼の下には、帳簿を守るための見張りが立っている。


 旧施療院の門には封印縄が張られ、薬房跡にも警戒の札が立てられた。


 人々の顔には疲労が残っている。


 泣き腫らした目。


 怒りを堪えた唇。


 眠れなかった夜の影。


 そういうものは、朝日を浴びたからといってすぐには消えない。


 だが、風は変わっていた。


 町の空気が、少しだけ流れ始めていた。


 閉じ込められていたものが、外へ出ていくように。


 隠されていた声が、少しずつ道を見つけ始めるように。


 古布置き場の前では、洗った布が何枚も干されている。


 まだ染みは落ちきらない。


 だが、誰かが洗った。


 干した。


 乾かそうとしている。


 それだけで、町が動いている証だった。


 アレックスは、その布の下を通りながら、朝の光を見上げた。


 布越しの光は柔らかい。


 少し黄色く、少し白く、時折風に揺れて顔へ落ちる。


 旅に出る前の朝に似ていた。


 いや、まだ出発するわけではない。


 けれど、近づいている。


 グレイルでやるべきことは、少しずつ町の手へ渡り始めている。


 帳簿の写しは三部作られた。


 一部は町の臨時評議に。


 一部は外部巡察へ渡すため封印。


 一部は、アレックスたちが旅の途中で安全な領へ届けるために預かることになった。


 バルザックの引き渡し準備も進んでいる。


 完全に信用できる相手などいない。


 だからこそ、複数の証人と複数の写しを使う。


 レクスターの提案だった。


 彼はその仕組みを作るだけ作り、また老女に寝かされた。


 寝かされたと言っても、寝る前に「封印紐の結び目が甘い」と言って起き上がろうとし、マーガレットに布団ごと押さえ込まれていたが。


「レクスターは?」


 アレックスが古布置き場の入口にいたニナへ聞く。


 ニナは、両手で小さな水桶を持っていた。


 水桶と言っても、子どもでも運べるような軽いものだ。


 それでも彼女は真剣な顔で持っている。


「寝てる」


「ちゃんと?」


「マーガが見張ってる」


「なら安心だな」


「うん」


 ニナは頷いた。


 その顔は、グレイルの夜に比べればずいぶん明るくなっている。


 もちろん、まだ影はある。


 急な物音に肩を震わせることもある。


 セラが見えないと不安そうに探すこともある。


 それでも、彼女は自分で水を運んでいた。


 誰かを手伝おうとしていた。


「その水は?」


「ルミアちゃんの布、しぼるやつ」


「そうか」


「私、できる」


 ニナは少し誇らしげに言った。


 アレックスは微笑む。


「ああ。助かる」


 ニナは少し照れたように視線を落とした。


「……助かる?」


「うん」


「私、助けられてばっかりだったから」


「今は手伝ってる」


「うん」


 ニナは水桶を抱え直す。


「セラ姉も、今日は少し歩けた」


「本当か」


「うん。ルミアちゃんが寝てるところまで。すごくゆっくりだけど」


「よかった」


 ニナの顔がふわっと緩む。


「うん」


 それから、彼女は少しだけ不安そうにアレックスを見上げた。


「アレックスたち、もうすぐ行くの?」


 アレックスはすぐには答えられなかった。


 子どもは、そういう空気に敏感だ。


 まだ誰も正式には言っていない。


 けれど、町の後処理が進み、アレックスたちが次の道の話をし始めたことを、ニナは感じ取っているのだろう。


「すぐではない」


 アレックスは正直に言った。


「でも、いつかは行く」


「……うん」


 ニナは水桶の縁をぎゅっと握った。


「旅してるんだもんね」


「ああ」


「灯りを守る旅」


 その言葉に、アレックスは少し驚いた。


「誰から聞いた?」


「マーガ」


「なるほど」


「マーガが言ってた。アレックスは、困ってる灯りを見つけると放っておけないって」


「マーガレットらしいな」


「うん」


 ニナは寂しそうに笑った。


「じゃあ、ここにずっとはいられないね」


 その言葉は、受け入れようとしている言葉だった。


 けれど、子どもの寂しさを隠しきれてはいなかった。


 アレックスは膝をつき、ニナと目線を合わせた。


「いなくなるわけじゃない」


「……でも、見えなくなる」


「うん」


「それ、怖い」


「そうだな」


 アレックスは否定しなかった。


 ニナは何度も置いていかれる恐怖を味わってきた。


 だから「大丈夫」とだけ言っても届かない。


「怖くてもいい」


 アレックスは言った。


「でも、置いていくわけじゃない。ニナたちがここで生きていけるようになったから、俺たちは次へ行く」


「……生きていける?」


「セラがいて、ルミアがいて、老女さんがいて、町の人たちもいる」


「うん」


「それに、俺たちは戻れる」


 ニナが顔を上げた。


「戻る?」


「必ずいつか、とは今すぐ約束できない。でも、この町を忘れない。ニナも、セラも、ルミアも、エイナも、忘れない」


「……」


「道は繋がってる」


 ニナは少し考えた。


 難しい言葉だったかもしれない。


 でも、彼女はゆっくり頷いた。


「道……」


「ああ」


「じゃあ、手紙とかも?」


「届くようにできると思う。レクトが仕組みを考える」


「レクスター?」


「うん」


「じゃあ、大丈夫そう」


 ニナは少しだけ笑った。


 レクスターへの信頼が厚い。


 アレックスは小さく笑った。


「あとで頼んでおく」


「うん」


 ニナは水桶を持ち直し、古布置き場の中へ入っていった。


 その小さな背中を見送りながら、アレックスは胸の奥が少し痛むのを感じた。


 別れはいつも痛い。


 出会ったからだ。


 関わったからだ。


 守りたいと思ったからだ。


 旅をするということは、何度もそういう痛みを抱えるということなのかもしれない。


 古布置き場の中では、ルミアが寝台代わりの布の上に横になっていた。


 目は開いている。


 眠ってはいない。


 天井から吊るされた布の揺れを、ぼんやり見ている。


 隣にはセラが座っていた。


 セラもまだ本調子ではない。


 腕の黒い筋は薄くなったが、完全には消えていない。


 けれど、彼女はルミアのそばにいた。


「……風、気持ちいいですね」


 セラが言う。


 ルミアは少し遅れて答える。


「……かぜ……」


「はい。風です」


「……ぬの……ゆれる……」


「揺れていますね」


「……きれい……」


 セラは、驚いたようにルミアを見る。


 ルミアが自分から“きれい”と言ったのは、おそらく初めてだった。


「……きれい、ですか」


「……うん……」


 ルミアは小さく瞬きをする。


「……ひかり……ゆれる……」


 セラの目に涙が滲む。


「そうですね……」


 ニナが水桶を持って入ってくる。


「ルミアちゃん、お水持ってきたよ」


「……ニナ……ちゃん……」


「うん。ニナちゃん」


「……ありがとう……」


 ニナの手が止まった。


 セラも息を呑む。


 ルミアが初めて、自分から礼を言った。


 ニナの目に涙が浮かぶ。


「……どういたしまして」


 声が震える。


 ルミアは不思議そうにニナを見る。


「……ないてる……?」


「泣いてない」


「……まーが……みたい……」


 セラが思わず笑った。


 ニナも涙を拭いながら笑う。


「マーガみたいかな」


「……うん……」


 その時、入口からマーガレットの声がした。


「呼んだ!?」


 レクスターの声が続く。


「あなたは見張り役では」


「ルミアちゃんが呼んだ気がして!」


「気のせいです」


「でも呼ばれた!」


 マーガレットが顔を出すと、ルミアが小さく手を動かした。


「……まーが……」


「ほら呼んだ!」


 マーガレットは勝ち誇った顔でレクスターを見る。


 レクスターは布の寝台に座ったまま、本当に疲れた顔をしていた。


「その前から来ていました」


「でも呼ばれたから正解!」


「論理が後付けです」


「いいの!」


 ルミアは、そのやり取りを見て、ほんの少し笑った。


 笑顔はまだ小さい。


 でも、前より確かになっている。


 マーガレットは胸を押さえた。


「だめ。かわいい。泣く」


「泣く前に水桶を受け取ってください」


 レクスターが言う。


「はい!」


 マーガレットはニナから水桶を受け取り、布を濡らして絞る。


 そしてルミアの額にそっと当てた。


「冷たくない?」


「……つめたい……でも……いい……」


「そっか」


「……まーが……あした……くる……?」


 マーガレットの手が止まる。


 昨日の約束。


 明日も来る。


 ルミアはそれを覚えていた。


 そして今日、また明日を聞いた。


 マーガレットの目が潤む。


「来るよ」


「……その……つぎ……?」


「来る」


「……その……つぎ……?」


 マーガレットは言葉に詰まった。


 隣でアレックスも聞いていた。


 ニナが不安そうに見ている。


 セラも。


 レクスターは何も言わない。


 マーガレットは、少しだけ俯いた。


 そして、ルミアの手を握った。


「ずっと毎日は、来られないかもしれない」


 ルミアの目が揺れる。


 マーガレットは続ける。


「私たち、旅してるから」


「……たび……」


「うん。遠くへ行く」


「……とおく……」


「でも」


 マーガレットは声を震わせながら笑った。


「ルミアちゃんのこと、忘れない」


「……わすれ……ない……」


「絶対」


「……ぜったい……」


「あと、手紙書く」


 レクスターが横から言う。


「あなたが?」


「……レクスターが書く」


「予想通りです」


「私は絵描く!」


「それなら可能です」


「ひどい!」


 ルミアは、その会話を聞いている。


 意味を全部理解しているかは分からない。


 でも、“忘れない”という言葉は届いたようだった。


「……ルミア……ここ……」


「うん」


 マーガレットは頷く。


「ルミアちゃんはここにいる」


「……まーが……とおく……」


「うん。でも道は繋がってる」


 アレックスは少し驚いた。


 さっきニナに言った言葉と同じだ。


 マーガレットが聞いていたのか。


 それとも、同じように感じていたのか。


 どちらでもいい。


 ルミアは、ゆっくり頷いた。


「……みち……」


「そう。道」


「……つながる……」


「うん」


 その言葉が、部屋の中に静かに残った。


 昼過ぎ。


 アレックスたちは、北鐘楼前で行われる臨時評議に呼ばれた。


 旅立ちに関わる話があるという。


 広場へ向かうと、町の代表たちが集まっていた。


 組合長。


 荷運びの代表。


 薬草師の老人。


 武器を置いた警備兵。


 老女。


 ミアの母。


 そして、エイナ。


 バルザックは別室に拘束されている。


 この場にはいない。


 だが、彼の影はまだ濃い。


 帳簿の束が、封印布に包まれて中央に置かれていた。


 レクスターがそれを見ると、すぐに封印紐の結び方を確認しようとした。


 マーガレットが肩を掴む。


「座る」


「確認だけ」


「座る」


「遠目で」


「座る」


「……はい」


 レクスターは座った。


 組合長が少し苦笑する。


「君たちの関係は、見ていて不思議だな」


 マーガレットが首を傾げる。


「そうですか?」


「強い者が、互いに止め合っている」


 老女が杖を鳴らす。


「だから生き残ってるんだよ」


 その一言に、組合長は深く頷いた。


「そうかもしれない」


 評議の内容は、三つだった。


 一つ目。


 バルザックと主要関係者を外部巡察へ引き渡す準備。


 二つ目。


 帳簿の写し一部をアレックスたちに託すこと。


 三つ目。


 グレイルの今後の見張りと救出者保護について。


 組合長は疲れた顔で言った。


「本来なら、旅人である君たちにこれ以上頼るべきではない」


 アレックスは黙って聞く。


「だが、この帳簿を町の中だけに置いておくのは危険だ。外部へ出す道が必要だ」


 レクスターが頷く。


「合理的です」


「君たちは王国へ向かうのか?」


 その問いに、アレックスは少しだけ沈黙した。


 王国。


 またその言葉。


 すぐではない。


 けれど、いつか向き合う場所。


「まだ分かりません」


 アレックスは正直に答えた。


「ですが、信頼できる領や巡察所へ届けることはできます」


 レクスターが補足する。


「写しは封印し、複数名の署名を入れてください。途中で改竄されたと疑われないように」


「分かった」


 老女が言う。


「私も署名するよ」


 組合長が驚く。


「あなたが?」


「文句あるかい」


「ありません」


「なら書く」


 荷運びの代表も手を上げる。


「俺も」


 ミアの母も。


「私も書きます」


 彼女の声は震えていた。


 だが、強かった。


「娘の名前があった帳簿を、もう隠させたくない」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 アレックスは頭を下げた。


「必ず届けます」


 組合長は深く頭を下げ返した。


「頼む」


 その後、話題はエイナへ移った。


 いや、誰かがそうしたわけではない。


 自然と視線が向いたのだ。


 彼女はグレイルの裏道を知り、リクの記録を持ち、バルザックの支配とリゼットの薬房の両方を知る重要な証人だった。


 そして同時に、アレックスたちと共に旅立つかもしれない者でもある。


 老女が静かに聞いた。


「エイナ。あんたはどうする」


 エイナは少し黙った。


 広場の石畳を見る。


 そこには、夜の間に置かれた灯りの煤が残っている。


 リクの名前が書かれた記録紙は、彼女の懐にある。


「まだ迷ってる」


 エイナは言った。


「でも、少し決めたことがある」


 アレックスたちは彼女を見る。


「私は、今すぐ町を出ない」


 マーガレットの顔が少しだけ揺れた。


 寂しさが出た。


 だが、何も言わなかった。


 エイナは続ける。


「リクの記録をここに残す。リゼットの薬房で何があったか、証言する。旧施療院の封鎖にも関わる。今この町で、私がやらなきゃいけないことがある」


 アレックスは頷いた。


「うん」


「でも」


 エイナは顔を上げる。


「全部が終わったら、追いかけるかもしれない」


 マーガレットの目が明るくなる。


「ほんと?」


「かもしれない」


「それでも嬉しい!」


「まだ決めきってないってば」


「うん。でも嬉しい!」


 エイナは苦笑した。


「あなた、本当にまっすぐだね」


「よく言われる!」


「でしょうね」


 レクスターが言った。


「エイナが残る判断は妥当です。グレイルにとっても、あなた自身にとっても」


「レクスターに妥当って言われると、安心するような、寂しいような」


「複雑ですね」


「うん」


 アレックスはエイナに言った。


「待ってる、とは言わない」


「え?」


「旅は動く。俺たちは次へ行く。だから同じ場所で待つことはできない」


「……うん」


「でも、道は繋がってる」


 エイナの目が揺れる。


「だから、来るならいつか会える」


 エイナは、静かに笑った。


「それ、ニナにも言った?」


「ああ」


「いい言葉だね」


「そうかな」


「うん」


 エイナは少しだけ空を見上げた。


「じゃあ、道を切らないようにする」


「うん」


「リクの名前をここに残して、私の足で、いつか選ぶ」


 その声は、前よりずっと穏やかだった。


 復讐だけで燃えている声ではない。


 町に縛られて動けない声でもない。


 自分で選ぼうとしている声だった。


 夕方。


 古布置き場に戻ると、ルミアがまた起きていた。


 マーガレットが約束通り顔を出すと、ルミアは小さく手を動かした。


「……まーが……きた……」


「来た!」


「……やくそく……」


「守った!」


 ルミアは少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、マーガレットは泣きかけたが、今度は堪えた。


 レクスターが近くにいたからだ。


「泣いてない」


「まだ何も」


「言われる前に言った!」


「成長していますね」


「褒めてる?」


「半分」


「よし!」


 アレックスはその光景を見ながら、静かに思った。


 グレイルを出る日は近い。


 けれど、この町に置いていくものは、もう消えるものだけではない。


 ルミアの明日。


 ニナの手紙。


 セラの回復。


 エイナの選択。


 リクの記録。


 町の証言。


 全部が残る。


 それは別れの痛みを、少しだけ柔らかくしてくれる。


 夜。


 アレックスは外へ出た。


 空には星が見えていた。


 グレイルへ来てから、初めてちゃんと星を見た気がした。


 煙も、赤い灯りも、少しだけ薄くなっている。


 隣にマーガレットが来る。


「星だね」


「ああ」


「グレイルでも見えたんだね」


「見えなかっただけかもしれない」


「そっか」


 二人は並んで空を見上げた。


 少し離れて、レクスターも出てきた。


「寝てろ」


 アレックスが言う。


「少しだけです」


「そればっかりだな」


「事実です」


 さらにエイナも来た。


 四人が、古布置き場の外に並ぶ。


 しばらく誰も喋らなかった。


 風が吹く。


 布が揺れる。


 遠くで町人の声がする。


 グレイルの夜は、もう完全な沈黙ではなかった。


 マーガレットがぽつりと言う。


「次の町、どんなところかな」


「まだ決めていません」


 レクスターが答える。


「王国方面?」


 エイナが聞く。


「いずれは」


 アレックスが言う。


「でも、すぐ王都へは行かない」


「うん」


「まずは、帳簿を安全な場所へ届ける。それから、リゼットの足取りも探る」


「リゼット……」


 エイナの声が少し硬くなる。


 マーガレットがそっと言う。


「追いかける時は、一人じゃだめだよ」


「分かってる」


「ほんと?」


「……努力する」


「不安」


「私も」


 エイナは苦笑した。


 レクスターが言う。


「努力ではなく、連絡手段を確保しましょう」


「どうやって?」


「手紙の中継点を作ります。グレイルから周辺宿場へ。そこから私たちが通過しそうな交易路へ」


「できるの?」


「できます」


 アレックスが少し笑う。


「頼もしいな」


「そのためにも、寝る必要があります」


 マーガレットが即座に言う。


「自分で言った!」


「はい」


「じゃあ寝よう!」


「今すぐでは」


「今すぐ!」


 レクスターは諦めたように息を吐いた。


「分かりました」


 エイナが笑う。


「やっぱり、あなたたち面白い」


「エイナも来たら毎日こうだよ!」


 マーガレットが言う。


「それは疲れそう」


「楽しいよ!」


「たぶん、両方」


 エイナは星を見上げた。


 その横顔は、まだ寂しそうだった。


 けれど、以前のように夜へ沈んでいく顔ではなかった。


 星を見ている顔だった。


 明日を考える顔だった。


 アレックスは、静かに言った。


「道は繋がってる」


 エイナが頷く。


「うん」


 マーガレットも。


「繋がってる」


 レクスターも、少し間を置いて。


「記録にも残しておきます」


「そこ?」


 マーガレットが笑う。


 夜風の中に、四人の小さな笑いが混ざった。


 グレイルでの滞在は、もう少し続く。


 そして、旅立ちの日は近づいている。


 残る者。


 進む者。


 まだ迷う者。


 それぞれの道が、少しずつ形を取り始めていた。


 灯りを守る旅は、別れを置き去りにしない。


 出会った灯りを胸に抱えたまま、次の暗がりへ向かう。


 アレックスは星を見上げながら、そう思った。


 グレイルの夜は、もう恐怖だけの夜ではない。


 明日へ続く道が、そこには確かにあった。

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