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追放王子の放浪記 ―灯りを守る旅―  作者: 伊佐波瑞樹


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【第54話 リクの記録】


 旧施療院の地下へ続く階段は、冷たかった。


 石段は狭く、壁には古い水染みが残っている。


 上の階にあった乾いた薬草の匂いとは違い、下から漂ってくるのは湿った薬品の匂いだった。


 甘い。


 苦い。


 鉄臭い。


 喉の奥に引っかかるような匂い。


 アレックスは、階段を一段ずつ下りながら呼吸を浅くした。


 雷の刃は右手にある。


 強く握りすぎない。


 力むと、雷が乱れる。


 ここはリゼットの薬房だ。


 罠がある。


 欠片線がある。


 毒煙もあるかもしれない。


 強い一撃で壊せば済む場所ではない。


 救うためには、壊さず進まなければならない。


 その難しさを、もう何度も思い知らされてきた。


 前を歩くエイナの背中は、いつもより少しだけ硬かった。


 短剣を握る手が白い。


 肩の傷は布で押さえられているが、動くたびに痛むはずだ。


 それでも、彼女は足を止めない。


 リクの記録。


 リゼットが鏡越しに告げた言葉。


 知りたい?


 彼が何で死んだのか。


 地下にあるわ。


 それは、あまりにも残酷な誘いだった。


 アレックスにも分かる。


 挑発だ。


 罠だ。


 エイナを揺さぶり、判断を鈍らせるための言葉だ。


 だが、それでも。


 知りたいと思ってしまう。


 それも分かる。


 死んだ理由を。


 助けられなかった理由を。


 自分の選択は何だったのかを。


 知らないまま抱え続ける苦しさを、エイナは何年も抱えてきたのだ。


 だから、止められなかった。


 ただ、一人にはしない。


「エイナ」


 アレックスは小さく声をかけた。


 階段の途中で、彼女は振り返らずに答える。


「大丈夫」


「まだ何も言ってない」


「言われそうだったから」


「じゃあ言わない」


「うん」


 少しだけ沈黙。


 その後で、エイナがぽつりと言った。


「大丈夫じゃないけど、大丈夫」


 マーガレットが後ろから言う。


「それ、全然大丈夫じゃないやつ」


「うん」


「でも行く?」


「行く」


「じゃあ、私が横にいる」


 マーガレットは階段の幅を見て、少し困った顔をした。


「……横、狭いけど」


 エイナが小さく笑った。


「後ろでいいよ」


「うん。すぐ後ろにいる」


 その言葉に、エイナの肩が少しだけ下がった。


 ほんの少しだけ。


 それでも、確かに力が抜けた。


 階段の先に、扉があった。


 古い木の扉。


 表面には薬草を象った紋章が彫られている。


 かつては施療院の地下保管庫だったのだろう。


 薬草や包帯をしまっていた場所。


 だが、今は違う。


 扉の隙間から青白い光が漏れている。


 エイナが手を伸ばしかけた。


 アレックスがすぐ止める。


「待って」


 エイナは唇を噛む。


「……罠」


「たぶん」


「ごめん」


「謝らなくていい」


 アレックスは扉へ雷糸を伸ばした。


 取っ手。


 蝶番。


 鍵穴。


 そして、扉の中央に彫られた薬草紋。


 そこに、細い欠片線が隠れていた。


 触れれば発動する。


 扉を開けた瞬間に毒煙か、警報か、あるいは記録焼却。


 リゼットのことだ。


 全部かもしれない。


「線が三本」


 アレックスが言う。


「同時?」


 マーガレットが聞く。


「たぶん、一本切ると他が反応する」


「うわ、性格悪い」


 エイナが低く言った。


「リゼットらしい」


 アレックスは深く息を吸う。


 三本。


 同時に。


 だが、雷糸を三本に分ける必要がある。


 制御室の共鳴核でやったことを思い出す。


 複数に分ける。


 細く。


 強さを均等に。


 一本だけ強すぎても弱すぎてもだめ。


「やる」


 アレックスは目を細めた。


 雷が刃先から細く分かれる。


 三本。


 それぞれが欠片線へ伸びる。


 扉の前で、三人は息を潜めた。


 マーガレットの手がハルバードを握る。


 エイナの短剣が震える。


 アレックスの指先に痛みが走る。


 欠片線が反発している。


 青白い光がちらつく。


 だが、離さない。


 焦るな。


 同時に。


 正確に。


「……断て」


 三本の雷糸が、同時に線を切った。


 ぷつん。


 ぷつん。


 ぷつん。


 青白い光が一瞬強まり、すぐに消える。


 扉は沈黙した。


 マーガレットが大きく息を吐きかけ、慌てて口を押さえる。


「……成功?」


「たぶん」


 アレックスが言う。


「たぶんやめて怖い」


「成功だ」


「よかった」


 エイナが扉に手をかける。


 今度は止めない。


 ゆっくり押す。


 扉が開いた。


 地下保管庫の中は、広かった。


 上の施療院からは想像できないほど、奥へ奥へと広がっている。


 壁一面に棚。


 薬瓶。


 乾燥薬草。


 古い治療器具。


 そして、後から設置されたと思われる欠片装置。


 青白い液体の入った瓶。


 黒い筋の浮いた試験片。


 ガラス管。


 記録台。


 部屋の奥には、さらに下へ続く通路がある。


 そこから、微かな機械音が聞こえた。


 この場所は、まだ生きている。


 リゼットの一番古い薬房。


 その言葉が現実になった。


 マーガレットが部屋を見回し、低く言う。


「最悪」


 アレックスも同じ気持ちだった。


 人を助けるための薬棚が、いつの間にか人を壊すための道具に埋め尽くされている。


 かつて善意があった場所だからこそ、余計に痛ましい。


 エイナは真っ直ぐ奥の記録台へ向かった。


 アレックスが声をかける。


「エイナ」


「分かってる」


 彼女は立ち止まった。


「罠、見る」


「一緒に」


 三人で記録台へ近づく。


 机の上には何冊もの帳面が積まれていた。


 薬剤記録。


 適応反応記録。


 個別観察票。


 リクの記録がどれかは分からない。


 アレックスは雷糸で机の周囲を調べる。


 また欠片線。


 ただし、さっきほど複雑ではない。


「ここも罠」


「本当に全部にあるね」


 マーガレットが呆れた声を出す。


「リゼット、友達いないでしょ」


 エイナがぽつりと言う。


「昔はいたのかも」


 マーガレットが彼女を見る。


 エイナは薬棚を見ていた。


「ここ、昔は人がいた。患者も、薬師も、手伝いも」


「……そっか」


「でも、今は罠ばっかり」


 エイナの声が低くなる。


「誰も信じてない場所になってる」


 その言葉が、妙に響いた。


 誰も信じていない場所。


 だから、全てに罠を仕掛ける。


 人を助ける場所が、人を試す場所になり、人を疑う場所になった。


 アレックスは雷糸で罠を切る。


 帳面を一冊ずつ確認していく。


 薬剤記録。


 ルミアに関する記録。


 見つかった。


 アレックスは最初にそれを手に取る。


「ルミアの薬剤記録だ」


 マーガレットの顔が明るくなる。


「本当!?」


「たぶん。記録外十三、白化反応、適応過敏……同じだ」


「持って帰ろう!」


「うん」


 アレックスは慎重に外套へ入れる。


 レクスターに渡せば、きっと治療法の手がかりになる。


 完全に治せるとは限らない。


 でも、可能性はある。


 それだけで大きい。


 エイナは別の帳面を見ていた。


 手が震えている。


 表紙には、古い筆跡でこう書かれていた。


 小児薬効反応記録。


 日付は、数年前。


 エイナの喉が鳴る。


「……これ」


 アレックスとマーガレットが近づく。


「開くか」


 アレックスが聞く。


 エイナはしばらく答えなかった。


 開きたい。


 開きたくない。


 その両方が、彼女の顔に出ていた。


 マーガレットが静かに言う。


「一緒に見る?」


 エイナは帳面を握りしめる。


 白くなるほど。


「……見て」


 小さな声。


「私、一人だと……たぶん、読めない」


 アレックスは頷いた。


「分かった」


 三人は記録台の前に並んだ。


 エイナが帳面を開く。


 紙は古い。


 だが、リゼットの筆跡は読みやすい。


 日付。


 名前。


 年齢。


 症状。


 処方薬。


 経過。


 数人分の記録が並んでいる。


 そして。


 リク。


 その名前があった。


 エイナの息が止まった。


 指先が震える。


 マーガレットがそっと、彼女の背中に手を添えた。


 何も言わない。


 ただ、いる。


 エイナは名前を見つめた。


「……リク」


 声が小さい。


 消えそうだった。


 そこには、こう書かれていた。


 リク。


 推定年齢六歳。


 咳症状、発熱、衰弱。


 保護者代理、姉エイナ。


 初回処方、咳止め薬。


 反応良好。


 支払い困難。


 追加処方条件、運搬補助。


 エイナの顔が歪む。


「……運搬補助」


 それは、エイナがリゼットの手伝いを始めたきっかけだ。


 薬をもらうために。


 弟を助けるために。


 小さな荷物を運んだ。


 人を案内した。


 知らないふりをした。


 その始まりが、ここに書かれている。


 ページの次の欄。


 第二処方。


 咳症状軽減。


 睡眠改善。


 薬剤依存傾向あり。


 追加観察。


 エイナの手が止まる。


「薬剤……依存?」


 アレックスの胸が冷える。


 マーガレットも顔を歪める。


 次の行。


 第三処方。


 症状再燃。


 通常薬効低下。


 試験薬少量添加。


 反応あり。


 呼吸安定。


 副反応、軽度震え。


 エイナの唇が震える。


「試験薬……」


 マーガレットが低く言う。


「リゼット……」


 さらに次。


 第四処方。


 試験薬増量。


 咳症状抑制。


 反応良好。


 ただし体力低下。


 追加投与は危険。


 観察継続。


 その下に、別の筆跡ではない。


 同じリゼットの筆跡。


 だが、少しだけ筆圧が違う。


 姉の協力度高。


 支払い不能。


 継続投与により、姉の労働確保可能。


 エイナの目から、涙が落ちた。


「……私を……」


 声が震える。


「働かせるために……?」


 アレックスは言葉が出ない。


 マーガレットの手が、エイナの背中で震えている。


 エイナはページをめくる。


 止めるべきか。


 アレックスは迷った。


 だが、止められなかった。


 エイナが知りたいと言った。


 なら、途中で奪ってはいけない。


 次のページ。


 第五処方。


 リク。


 試験薬過量反応。


 呼吸不安定。


 発熱上昇。


 中止推奨。


 その下。


 しかし、姉エイナの運搬補助は有用。


 投薬継続。


 エイナの呼吸が乱れた。


「……うそ」


 小さな声。


「うそ……」


 マーガレットが彼女を支える。


「エイナ」


「嘘だよ……だって……薬、飲んだら……リク、眠れて……」


 エイナの声が崩れていく。


「咳、止まって……笑って……お姉ちゃんありがとうって……」


 次の行。


 急変。


 呼吸停止。


 死亡確認。


 推定原因、試験薬蓄積による心肺負荷。


 備考。


 姉には病状悪化と説明。


 エイナの身体から力が抜けた。


 マーガレットが抱き止める。


「エイナ!」


 エイナは崩れ落ちた。


 帳面は床に落ちかけ、アレックスが受け止める。


 エイナの目は虚ろだった。


 涙だけが、ぼろぼろこぼれている。


「……私が」


 かすれた声。


「私が、薬を……もらいに……」


「エイナ」


 アレックスが膝をつく。


「違う」


「私が……運んだから……薬が続いて……」


「違う」


「私が……リクに……飲ませた……」


「違う!」


 アレックスの声が地下に響いた。


 エイナの目が揺れる。


 アレックスは、彼女の前に膝をついた。


「君が殺したんじゃない」


「でも……」


「リゼットだ」


 アレックスははっきり言った。


「危険だと分かって投与を続けた。君を働かせるために。リクを利用した」


「……でも……私は……」


「君は助けようとした」


 エイナの顔が歪む。


「助けたかった……」


「うん」


「リクを……助けたかっただけ……」


「うん」


「なのに……私……」


「エイナ」


 マーガレットが、彼女を抱きしめた。


 強く。


 でも、傷に触れないように。


「エイナは悪くない」


「……」


「絶対、悪くない」


「……でも……」


「悪くない!」


 マーガレットの声が震えた。


 泣いていた。


「だって、助けたかったんでしょ!? 弟を助けたくて、怖いのに頑張ったんでしょ!? それを利用した方が悪いに決まってる!」


 エイナは、マーガレットの胸の中で震えた。


 子どものように。


 ずっと堪えていたものが崩れるように。


「……リク……」


 小さな声。


「ごめん……ごめんね……」


 アレックスは帳面を閉じた。


 怒りで手が震える。


 だが、今は怒りをリゼットへ向ける前に、エイナを支える必要がある。


 彼女はずっと、自分が足りなかったのだと思っていた。


 薬が足りなかったのか。


 金が足りなかったのか。


 自分の判断が悪かったのか。


 そうやって抱えてきた。


 だが、真実は違った。


 リゼットが利用した。


 弟の命を。


 姉の愛情を。


 貧しさを。


 弱さを。


 全部。


「エイナ」


 アレックスは静かに言った。


「この記録、持って帰ろう」


 エイナが涙で濡れた顔を上げる。


「……」


「リクの名前を、ちゃんと残そう」


「……リクの……」


「うん」


「……名前……」


「リクは、ただの失敗例じゃない。薬効記録じゃない。君の弟だ」


 エイナの涙がまた溢れる。


「……うん……」


「そのことを、消させない」


 エイナは震えながら頷いた。


「……持って、帰る……」


 マーガレットも頷く。


「うん。帰ろう」


 だが、その時だった。


 部屋の奥から拍手が聞こえた。


 ぱち。


 ぱち。


 ぱち。


 黒外套ではない。


 もっと静かで。


 もっと柔らかい。


 それでいて、はるかに冷たい拍手。


 奥の通路から、白衣の女が現れた。


 リゼット。


 髪をきれいに結い、白衣には汚れ一つない。


 この地下の惨状の中で、彼女だけが場違いなほど整っていた。


 微笑んでいる。


 優しく。


 施療院で患者に薬を渡していた頃と同じような笑みなのかもしれない。


「よく読めたわね」


 リゼットは言った。


 エイナの身体が硬直する。


 マーガレットが即座に前へ出る。


 アレックスも雷の刃を構えた。


「リゼット」


「久しぶりね、エイナ」


 リゼットは、まるで懐かしい知人に会ったように言う。


「大きくなったわ」


「……黙れ」


 エイナの声は震えていた。


「あなた、昔からよく働く子だったもの。リクのために必死で」


「黙れ!」


 エイナが叫ぶ。


 短剣を抜こうとする。


 アレックスが手で制する。


「エイナ」


「離して!」


「今はだめだ」


「でも……!」


「リゼットはそれを待ってる」


 リゼットは微笑んだまま。


「冷静なのね、王子様」


「お前に言われる筋合いはない」


「あの子の記録も見つけた?」


「ルミアのことか」


 その名前を出すと、リゼットの目が微かに動いた。


「名前で呼ぶのね」


「当然だ」


「薬効が乱れるわ」


「人は乱れるものだ」


 リゼットの笑みが、少しだけ深くなる。


「面白い考え方」


「お前には分からないだろうな」


「分かるわ」


 リゼットは首を傾ける。


「分かるから、名前を消したの。名前は人を過去に縛る。痛みを思い出させる。薬の効果を乱す。生きるためには、余計なものを削った方が楽なのよ」


「違う」


 アレックスが言う。


「楽になるのは、管理する側だけだ」


 リゼットの笑みが止まった。


 ほんの一瞬。


「……いい言葉ね」


「褒めるな」


「褒めているわ」


 マーガレットが低く言う。


「あんた、最低」


「そう見える?」


「そうしか見えない」


「私は救おうとしたのよ」


 リゼットは部屋を見回した。


「この町には薬がなかった。金のない者は死ぬだけだった。私は薬を作った。安く配った。多くの人が助かったわ」


 エイナが震える。


「リクは……」


「助けようとした」


 リゼットは言った。


「本当よ。最初は」


 その声は、嘘のようでいて、一部だけ本当のようにも聞こえた。


 それが余計に気持ち悪い。


「でもね、薬は改良しなければいけない。もっと効くものを。もっと強いものを。もっと長く働ける身体を。もっと壊れにくい人間を」


「それが間違ってる!」


 マーガレットが叫ぶ。


「壊れにくい人間って何!? 壊れるようなことさせるなよ!」


 リゼットは、少しだけ目を丸くした。


 そして、微笑んだ。


「単純ね」


「単純でいい!」


 マーガレットはハルバードを握りしめる。


「人は壊れたら痛いんだよ! 泣くんだよ! 誰かが名前呼ぶんだよ! それを薬でどうにかしようとするな!」


 地下に沈黙が落ちた。


 リゼットは、しばらくマーガレットを見ていた。


「……あなたみたいな子は、昔の施療院にもいたわ」


「え?」


「大きな声で泣いて、怒って、患者の手を握る子」


 リゼットの視線が一瞬だけ遠くなる。


 だが、すぐに戻った。


「でも、そういう子から壊れるの」


「私は壊れない」


「壊れるわ」


「壊れない!」


 マーガレットの声が地下を震わせる。


「だって、アレックスも、レクスターも、エイナもいる! セラちゃんも、ニナちゃんも、ルミアちゃんも! みんなで支えるから、簡単には壊れない!」


 リゼットの表情が、ほんの少しだけ歪んだ。


「……綺麗事」


「うん!」


 マーガレットは胸を張った。


「綺麗事だよ!」


 アレックスは、雷の刃を構え直す。


「リゼット。薬剤記録を渡せ。ルミアを治すために必要だ」


「嫌よ」


「なら、止める」


「できるかしら」


 リゼットが指を鳴らした。


 部屋の奥の通路から、複数の足音。


 出てきたのは、人ではなかった。


 いや、人だったものだ。


 白衣を着た助手たち。


 だが、腕には黒い筋。


 目は虚ろ。


 手には薬瓶と短い刃。


 リゼットの薬房助手。


 汚染され、命令に従う者たち。


「この子たちはね」


 リゼットは優しく言った。


「私の薬を最後まで信じてくれた子たちよ」


 エイナが歯を食いしばる。


 アレックスは前へ出た。


「マーガレット」


「うん」


「エイナを支えて」


「分かった」


「俺が前を止める」


「一人で?」


「最初だけ」


 マーガレットは頷く。


「無茶したら殴る」


「分かった」


 エイナが短剣を握る。


「私も戦う」


「もちろん」


 アレックスは言った。


「でも、リゼットだけを見るな」


 エイナは息を飲む。


 そして、ゆっくり頷いた。


「……分かった」


 リゼットが微笑む。


「では、続けましょう」


 青白い薬瓶が床へ落とされた。


 煙が広がる。


 汚染助手たちが動き出す。


 旧施療院地下。


 リクの記録とルミアの薬剤記録を前に。


 リゼットとの戦いが、ついに始まった。

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