【第51話 十三人目】
倉庫の奥で、黒外套が笑っていた。
木箱の上に腰掛け、片足をぶらぶらと揺らしている。
その姿は、あまりにも場違いだった。
檻から出された人々が泣いている。
ミアと母親が抱き合っている。
荷運びの男たちは、倒れた裏市の男たちを縛っている。
マーガレットはハルバードを構えたまま、救出者たちを背に庇っている。
アレックスは雷の刃を抜いている。
そのすべてを、黒外套は見世物でも眺めるように見ていた。
「いいね」
軽い声。
悪意がないようでいて、底だけが冷たい声。
「本当にいい。十二人、ちゃんと助けたんだ」
アレックスは一歩前へ出た。
「お前は、何を知ってる」
「色々」
「ふざけるな」
「ふざけてないよ」
黒外套は笑った。
「十三人目」
その言葉だけで、倉庫の空気がまた凍る。
救われたばかりの人々が、顔を上げる。
ミアの母が娘を抱きしめる腕に力を込める。
荷運びの男が青ざめる。
マーガレットの目が鋭くなる。
「十三人目って何」
彼女の声は低かった。
「帳簿には十二人だった」
「帳簿に載っていない子がいる」
黒外套は軽く言った。
「帳簿にない?」
アレックスが眉をひそめる。
「この倉庫の奥。いや、地下の奥。リゼットの“特別保管”」
マーガレットが一歩踏み出す。
「それ、今すぐ言って」
「言ってるよ」
「どこ」
「探せば分かる」
マーガレットの足元が沈みかけた。
怒りで力が入っている。
だが、彼女は踏みとどまった。
ここには救出した人たちがいる。
倉庫を壊せば危険だ。
そのことを分かっているから、踏みとどまった。
「アレックス」
マーガレットが言う。
「私、あいつ殴りたい」
「俺もだ」
「でも今は?」
「十三人目を探す」
「だよね」
黒外套は楽しそうに拍手した。
「そういうところ、好きだなあ」
「俺は嫌いだ」
「知ってる」
黒外套は肩をすくめた。
アレックスは刃を構えたまま問う。
「なぜ教える」
「見たいから」
「何を」
「君が、どこまで手を伸ばすのか」
黒外套の声は、鐘楼の時より静かだった。
遊んでいるようで。
試しているようで。
もっと深い場所から見ているような声。
「十二人助けた。町も少し動いた。バルザックも捕まえた。帳簿も守った。すごいよ、優しい王子様」
「……」
「でも、帳簿に載らない子はどうする?」
黒外套は首を傾げる。
「名前もない。記録もない。誰も探していない。助けても、誰かが泣いて喜ぶとは限らない。そういう子でも、君は探す?」
アレックスの胸に、重いものが落ちた。
帳簿に載らない。
誰も探していない。
名前がない。
それは、もっと深い闇だった。
売買の記録にすら残らない存在。
消えても、帳簿の上でさえ消えたと分からない存在。
アレックスは短く答えた。
「探す」
黒外套が笑う。
「即答」
「当たり前だ」
「疲れてるのに?」
「探す」
「町の人たちも疲れてるよ」
「それでも」
「セラちゃんやニナちゃんも休ませないと」
「分かってる」
「レクスターは限界。エイナは怪我。マーガレットも傷だらけ。君もそろそろ倒れそうだ」
「それでも探す」
アレックスの声は揺れなかった。
「助けられるかもしれない人がいるなら、探す」
黒外套はしばらく黙った。
倉庫の中に、救出された人々の荒い呼吸が響く。
誰も声を出さない。
ただ、そのやり取りを見ていた。
黒外套は、やがて笑った。
「いいね」
「どこだ」
「地下奥。荷車の床下。封印板の下に降りる階段がある」
「罠か」
「罠もあるよ」
当然のように言う。
「リゼットのものだからね」
「リゼットはいるのか」
「さあ」
「答えろ」
「ここにはいないかも。いるかも」
マーガレットが歯を食いしばる。
「ほんっと腹立つ」
「ありがとう」
「褒めてない!」
黒外套は笑ったまま、身体が青白く揺れ始めた。
「待て!」
アレックスが踏み込む。
雷が走る。
だが、黒外套の輪郭は薄い。
刃は空を切る。
「またね」
「逃げるな!」
「逃げるよ。僕は今、君と戦う気ないし」
黒外套は消えながら言った。
「十三人目は、急いだ方がいい。リゼットは“失敗作”を残すのが嫌いだから」
その言葉を最後に、青白い光が弾けた。
黒外套は消えた。
倉庫に、沈黙が残る。
失敗作。
その言葉が、全員の胸に刺さった。
マーガレットが震える声で言った。
「……失敗作って、何」
誰も答えられなかった。
アレックスは雷の刃を下ろし、すぐに振り返る。
「荷車の床下を探す!」
荷運びの男たちが一瞬固まる。
だが、すぐに動いた。
「お、おう!」
「こっちの荷車だ!」
「床下ってことは、留め金があるはずだ!」
助けられたばかりの人々もざわめく。
ミアの母が不安げに言う。
「まだ、誰かいるの……?」
アレックスは答えた。
「いるかもしれません」
「手伝います」
ミアの母は娘を支えながら言った。
「私も」
「無理です。ミアさんを見ていてください」
「でも」
「それも大事な役目です」
アレックスがそう言うと、ミアの母は唇を噛み、頷いた。
「……はい」
ミアが弱く母の服を握る。
「お母さん……」
「ここにいるよ」
その声を背に、アレックスは倉庫の奥へ向かった。
マーガレットが隣に並ぶ。
「アレックス」
「うん」
「リゼット、許せない」
「俺もだ」
「失敗作とか、素材とか、作品とか」
マーガレットの声が震える。
「そういう言葉、全部嫌い」
「うん」
「人に言う言葉じゃない」
「そうだな」
「十三人目、絶対助けよう」
「ああ」
荷運びの男たちが荷車を動かす。
床板が見える。
古い板。
染料の染み。
埃。
だが、よく見ると一部だけ新しい釘が打たれていた。
「ここだ」
男が言う。
マーガレットがハルバードを構える。
「壊す?」
アレックスが止める。
「待って。罠があるかもしれない」
「そっか」
「黒外套がそう言った」
「信じるの?」
「全部は信じない。でも、罠がある前提で動く」
「分かった」
アレックスは床板に近づき、雷を細く走らせた。
雷糸。
板の隙間へ。
何か金属の反応がある。
細い線。
開けると警報か、毒か、欠片の反応が起きる仕掛け。
「線がある」
「切れる?」
「やってみる」
アレックスは慎重に雷糸を伸ばす。
強すぎれば発動する。
弱すぎれば切れない。
鐘の共鳴核をほどいた時の感覚を思い出す。
力ではない。
精度。
雷糸が金属線に触れる。
ばち、と小さな火花。
男たちが息を呑む。
マーガレットが拳を握る。
「……」
沈黙。
そして。
ぷつん。
線が切れた。
何も起きない。
アレックスは息を吐く。
「開けよう」
マーガレットが今度こそ床板へ手をかけた。
「壊さないように、だよね」
「うん」
「最近それ多い」
「上手くなってる」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあやる」
マーガレットは力を込めた。
板がぎしりと鳴る。
釘が抜ける。
だが、割らない。
音も抑える。
慎重に。
床板が外れた。
その下に、暗い穴があった。
地下へ続く狭い階段。
冷たい空気が上がってくる。
薬品の匂い。
欠片の鉄臭い匂い。
そして。
かすかな呼吸音。
アレックスの表情が変わる。
「いる」
マーガレットも聞いた。
目が鋭くなる。
「行こう」
「俺が先」
「私もすぐ」
「荷運びの人たちはここで待機。救出者を守ってください」
男たちが頷く。
「分かった」
「こっちは任せろ」
アレックスとマーガレットは地下へ降りた。
階段は狭い。
壁は湿っている。
足元は滑りやすい。
下へ進むほど、薬の匂いが強くなる。
マーガレットが顔をしかめた。
「またこの匂い」
「薬房と同じだな」
「嫌い」
「俺もだ」
階段の先には、小さな部屋があった。
隠し部屋。
壁には棚。
薬瓶。
書き付け。
小さな施術台。
そして中央に。
水槽のような硝子容器があった。
中は青白く濁った液体で満たされている。
その中に。
子どもがいた。
年齢は、十歳にも満たないだろう。
性別もすぐには分からないほど痩せている。
髪は白っぽく色が抜けていた。
肌は青白い。
腕や首に黒い筋が浮かんでいる。
目は閉じている。
口元には管。
身体にはいくつもの細い線が繋がれていた。
マーガレットが息を呑んだ。
「……なに、これ」
アレックスは言葉が出なかった。
水槽の横に、リゼットの筆跡と思われる紙が貼られていた。
そこに書かれた文字。
試験番号十三。
適応不安定。
反応過敏。
記録外保管。
廃棄検討。
廃棄。
その文字を見た瞬間、マーガレットの足元の石が砕けた。
怒りが抑えきれなかったのだ。
「廃棄……?」
彼女の声が震えている。
「この子を?」
アレックスは紙を見つめる。
胸が痛い。
怒りが熱にならない。
冷たく、深く沈んでいく。
この子は帳簿に載っていない。
名前もない。
誰かが探しているかも分からない。
でも、ここにいる。
生きている。
それだけで十分だ。
「出す」
アレックスが言った。
「待って」
マーガレットが言う。
「また繋がってる。乱暴に壊したら……」
「分かってる」
レクスターがいれば。
そう思う。
だがレクスターはいない。
帳簿を守っている。
今は自分たちでやるしかない。
アレックスは水槽を見る。
管。
線。
欠片の小さな核。
水槽の底に青白い石。
これを壊せば反動が行く。
でも、切り離せば助けられるかもしれない。
「マーガレット」
「うん」
「水槽は壊さないで支えて」
「分かった」
「俺が線を切る」
「できる?」
「やる」
「うん」
マーガレットは水槽の横に立ち、ハルバードを置いた。
両手で水槽を支える。
もし倒れそうになれば押さえるため。
アレックスは雷を指先へ集めた。
線は細い。
多い。
しかも、子どもの身体へ直接繋がっている。
セラの時より難しい。
汚染護衛より繊細だ。
失敗すれば。
考えるな。
見る。
今は見る。
レクスターの言葉。
マーガレットの支え。
ニナの声。
セラの涙。
全部を思い出す。
「……雷糸」
雷が細く伸びる。
一つ目の線へ触れる。
青白い光が跳ねた。
水槽の中の子どもの身体がびくりと震える。
「っ……!」
マーガレットが顔を歪める。
「アレックス」
「大丈夫」
「ほんと?」
「大丈夫にする」
「うん」
雷糸をさらに細く。
線を焼き切るのではない。
接続を外す。
一つ。
水槽の泡が少し弱まる。
二つ。
管の中の液体の流れが変わる。
三つ。
子どもの指が微かに動いた。
生きている。
確かに。
その事実だけで、アレックスの手に力が戻る。
「四つ目」
アレックスが呟く。
マーガレットは声を出さない。
ただ水槽を支えている。
いつものように励ましたいはずだ。
でも、今声をかければアレックスの集中が切れるかもしれない。
だから黙っている。
それもまた、彼女の成長だった。
四つ。
五つ。
六つ。
線が切れていく。
しかし、七つ目で反発が起きた。
青白い光が爆ぜる。
アレックスの指先が弾かれた。
「っ!」
「アレックス!」
「まだ」
指が痺れる。
痛い。
だが、止まれない。
子どもの呼吸が乱れた。
水槽内の液体が泡立つ。
底の欠片核が強く光る。
まずい。
アレックスは奥歯を噛む。
「核が起きる……!」
「どうする!」
「抑える」
「私にできること!」
マーガレットが叫ぶ。
「この子の名前を呼びたい。でも名前が分からない」
アレックスの胸が痛む。
そうだ。
名前がない。
記録もない。
呼ぶ名前がない。
ニナがセラを呼んだように、この子を呼べない。
その事実が、あまりにも苦しかった。
だが。
「呼ぶ」
アレックスが言った。
「何て!」
「名前が分からなくても」
彼は水槽の中の子どもを見た。
「君って呼ぶ」
マーガレットの目が揺れる。
アレックスは水槽へ向けて言った。
「聞こえるか」
水槽の中の子どもは動かない。
でも、指が微かに震えた。
「君を助けに来た」
青白い光が揺れる。
「名前はまだ分からない。でも、君は番号じゃない」
マーガレットが息を呑む。
「試験番号十三じゃない」
アレックスの声は静かだった。
「廃棄なんてされていい命じゃない」
子どもの指が、また動いた。
「戻ってこい」
マーガレットも叫んだ。
「戻ってきて!」
その声は震えていた。
「名前、あとで一緒に探そう! 分からなかったら、考えよう! でも、番号じゃない! 絶対、番号じゃない!」
水槽の中で、子どものまぶたが微かに震えた。
アレックスはその瞬間を逃さなかった。
核の光が一瞬だけ乱れる。
雷糸。
七つ目の接続へ。
今度は弾かれない。
ほどく。
切る。
七つ。
八つ。
九つ。
青白い核の光が弱まっていく。
最後の線。
最も太い。
それは子どもの胸元へ繋がっていた。
アレックスの手が震える。
ここを誤れば、反動が行く。
だが切らなければ、出せない。
「マーガレット」
「うん」
「出したら支えてくれ」
「任せて」
「液体が流れる」
「受け止める」
「この子、軽いと思う」
「軽くても、絶対落とさない」
「頼む」
「任せて」
アレックスは最後の線へ雷糸を伸ばした。
静かに。
丁寧に。
強くではなく。
優しく。
「断て」
線が切れた。
水槽の底の核が沈黙する。
液体の泡が止まる。
同時に、水槽の前面の留め具が外れた。
青白い液体が一気に流れ出す。
マーガレットが水槽を支えながら、子どもの身体を受け止めた。
軽い。
あまりにも軽い。
濡れた身体が、腕の中に沈む。
「っ……!」
マーガレットの顔が歪む。
「軽すぎる……」
アレックスはすぐに外套を脱ぎ、子どもを包んだ。
呼吸。
弱い。
でも、ある。
「生きてる」
マーガレットの目から涙が落ちた。
「生きてる……」
子どものまぶたが震える。
ゆっくり開く。
青白い瞳。
焦点が合わない。
小さな唇が、かすかに動いた。
「……だれ……」
声。
聞こえた。
アレックスは膝をつき、目線を合わせた。
「アレックス」
マーガレットも涙を拭いながら笑った。
「マーガレット」
子どもは、ぼんやり二人を見る。
「……ばんごう……」
「違う」
アレックスは即座に言った。
「君は番号じゃない」
「……じゅう、さん……」
「違う」
マーガレットが強く言った。
「番号じゃないよ」
子どもの瞳が揺れた。
意味が分からないのかもしれない。
ずっと番号で呼ばれていたのだろう。
自分を、それ以外で認識できないのかもしれない。
アレックスの胸が痛む。
「名前は?」
優しく聞く。
子どもは口を動かした。
だが、言葉にならない。
知らないのか。
忘れたのか。
奪われたのか。
マーガレットが唇を噛む。
「……名前」
アレックスは子どもの手を取った。
「今分からなくてもいい」
子どもが、アレックスを見る。
「探そう」
「……さがす……?」
「うん」
「……なまえ……」
「君の名前を」
子どもの目から、一筋涙がこぼれた。
自分でもなぜ泣いているのか分からないような顔だった。
アレックスはその涙を見て、静かに言った。
「戻ろう」
マーガレットが頷く。
「みんな待ってる」
「……みんな……?」
「うん」
マーガレットは子どもを抱きしめた。
「君を、番号じゃなくて人として見る人たちがいる」
その時。
部屋の棚の奥で、青白い光が揺れた。
アレックスが振り向く。
小さな術式。
リゼットの伝令装置か。
それが起動している。
そして、リゼットの声が流れた。
「……回収失敗時は、廃棄処理を優先」
マーガレットの顔が変わる。
「まだ何かあるの!?」
床の下から、赤い線が走った。
爆発ではない。
焼却でもない。
部屋全体の薬瓶が、同時に割れ始める。
毒煙。
アレックスが叫ぶ。
「出るぞ!」
マーガレットが子どもを抱え、階段へ走る。
アレックスが後方へ雷を走らせ、毒煙の進行を一瞬遅らせる。
上へ。
急げ。
しかし、子どもを揺らせない。
焦りと慎重さがぶつかる。
マーガレットは歯を食いしばっていた。
「大丈夫、大丈夫……絶対落とさない……!」
アレックスは後ろを見た。
毒煙が迫る。
青白い煙。
吸えば危険だ。
「マーガレット、先!」
「うん!」
階段を駆け上がる。
上の倉庫が見えた。
荷運びの男たちが待っている。
「出たぞ!」
「子どもだ!」
「布! 水!」
声が広がる。
ミアの母が毛布を持って駆け寄る。
マーガレットは子どもをそっと床へ下ろした。
アレックスも続いて出る。
その直後、階段の奥から毒煙が噴き上がった。
「塞げ!」
荷運びの男たちが床板を戻す。
隙間に布を詰める。
何とか煙を抑える。
倉庫の中に荒い息が広がった。
救出された十二人。
そして十三人目。
全員の視線が、その子どもへ集まる。
痩せた身体。
白く抜けた髪。
黒い筋の残る腕。
震える呼吸。
ミアの母が、そっと膝をついた。
「……大丈夫よ」
子どもは彼女を見る。
怯えている。
人の優しい声に慣れていない目だった。
ミアも母の腕の中から、小さく言った。
「……こわくないよ……」
子どもの目が揺れる。
「……こわく……ない……?」
マーガレットが涙を拭って笑う。
「うん。怖くないようにする」
アレックスは、その子の横に膝をついた。
「名前は、まだ分からない」
みんなが静かに聞いている。
「でも、この子は番号じゃない」
その言葉に、救出された者たちの何人かが泣いた。
自分たちも番号にされたのだろう。
数字にされた苦しみを知っているのだろう。
アレックスは続けた。
「帳簿にない名前も、取り戻す」
荷運びの男が頷いた。
「……ああ」
ミアの母も頷く。
「この子も、一緒に」
子どもは、意味が分からないように皆を見ていた。
だが、泣いていた。
静かに。
涙だけが頬を伝っていた。
マーガレットは、その手を握る。
「大丈夫」
優しく。
「ここからだよ」
外では、グレイルの夜がまだ揺れている。
リゼットは逃げている。
黒外套もどこかで見ている。
バルザックの支配は折れたが、裏市は完全に消えていない。
まだ救うべき人がいる。
まだ見つけるべき名前がある。
でも今。
十三人目は、番号から人へ戻る最初の一歩を踏み出した。
アレックスは静かに立ち上がった。
「戻ろう」
北鐘楼へ。
帳簿のある場所へ。
町の人々が待つ場所へ。
「この子の名前も、探さなきゃいけない」
マーガレットが頷く。
「うん」
そして、抱えられた小さな子どもが、かすれた声で呟いた。
「……なまえ……」
その声は夜に消えそうなほど弱かった。
けれど、確かにそこにあった。
アレックスは頷いた。
「ああ」
灯りは、また一つ増えた。




