表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放王子の放浪記 ―灯りを守る旅―  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/101

【第44話 金で買えない名前】


 北鐘楼の帳簿部屋に、青白い光が広がっていた。


 赤い灯り。


 濡れた紙の匂い。


 火の消えた焦げ臭さ。


 床へ倒れた商人たちの呻き声。


 そのすべてを押し潰すように、汚染護衛たちの腕に浮かぶ黒い筋が脈打っている。


 一人。


 二人。


 三人。


 全員、鎧を着ていた。


 ただの荒くれではない。


 訓練された動き。


 揃った足運び。


 腰に剣。


 腕には青白い筋。


 目の奥は濁っている。


 だが、完全に意思を失っているわけではなかった。


 だからこそ、痛ましい。


 命令に抗おうとするものが、まだ少しだけ残っている。


 それでも身体は前へ出る。


 バルザックを守るために。


 金主を守るために。


 自分たちを壊した側の男を守るために。


 アレックスは雷の刃を握り直した。


 殺さない。


 止める。


 その方が難しい。


 分かっている。


 だが、ここで斬り捨てればバルザックの理屈に近づく。


 役に立つか、邪魔か。


 価値があるか、ないか。


 そういう秤に、人を乗せることになる。


 それだけは嫌だった。


「レクト」


 アレックスは低く言った。


「接続点は見えるか」


「薬房の改良型より深い」


 レクスターは帳簿を抱えたまま、水の本を開いていた。


 顔色はまだ白い。


 だが、目だけは鋭い。


「胸部、首筋、右手首。三点以上で制御されています」


「全部断てば止まる?」


「理論上は。ただし同時に近い速度で断たなければ再接続されます」


「面倒だな」


「非常に」


 エイナが短剣を構える。


「私が足を止める」


「危険です」


 レクスターが即座に言う。


「知ってる」


「彼らは通常の護衛より反応が速い」


「知ってる」


「短剣では止めきれない可能性が高い」


「知ってるって」


 エイナの声が少し荒くなる。


 彼女はバルザックを睨んでいた。


 憎しみがある。


 弟リクの名前を覚えていないと言われた痛みがある。


 ここで冷静でいろという方が無理だった。


 アレックスは、それを責められない。


 自分も同じだ。


 バルザックの言葉は、あまりにも冷たかった。


 商品。


 財産。


 価値。


 名前を消す言葉ばかりだった。


「エイナ」


 アレックスが呼ぶ。


「何」


「一緒に止めよう」


「……」


「殺すんじゃなくて」


 エイナの手が震えた。


 短剣の柄を握る指に力がこもる。


「……分かってる」


「うん」


「分かってるけど、あいつは」


「うん」


「リクを覚えてないって」


「うん」


「名前すら」


「うん」


 アレックスは短く受け止めた。


 否定しない。


 急かさない。


 怒るなとも言わない。


 その怒りは、エイナのものだ。


 大切なものを奪われた者の怒りだ。


「だから」


 アレックスは言った。


「あいつに思い出させよう」


「……何を」


「名前は消えないって」


 エイナの目が揺れた。


 バルザックが、愉快そうに笑う。


「芝居は終わったかね」


 太い声。


 帳簿部屋の奥に立つその男は、余裕を崩さない。


 自分の護衛がいる。


 帳簿部屋を押さえている。


 鐘楼全体も自分の支配下。


 そう信じている顔だった。


「君たちは実に面白い。怒りながらも人を殺さない。証拠を取りたいのに、目の前の壊れた護衛も救おうとする」


 バルザックは指輪を撫でた。


「だから弱い」


「違う」


 アレックスが言う。


「弱いから殺さないんじゃない」


「では何だ」


「人だからだ」


 バルザックの笑みが少し歪む。


「またそれか」


「ああ」


「人、人、人。実に耳障りだ。君は人の価値を知らない」


「価値を金額でしか見ないお前よりは知っている」


 帳簿部屋の空気が冷えた。


 バルザックの目が細くなる。


「口が回る王子だ」


「最近、仲間に鍛えられてる」


「仲間か」


 バルザックはエイナを見た。


「裏切り者と、記録係と、怪力女。随分と貧相な仲間だ」


「貧相で結構」


 エイナが低く返した。


「少なくとも、あんたより人の名前を覚えてる」


 バルザックは鼻で笑った。


「名前に金は払えん」


「だから、あんたは終わりなんだよ」


 エイナの声が震えていた。


「この町に必要なのは、金だけじゃなかった」


「綺麗事だ」


「そうだね」


 エイナは短剣を構え直す。


「でも、その綺麗事に救われる人がいる」


 バルザックが手を上げた。


 汚染護衛たちが動く。


 速い。


 薬房の改良型よりもさらに統制されている。


 一体がアレックスへ。


 一体がレクスターへ。


 一体がエイナへ。


 アレックスは前へ出た。


 雷の刃が青白い光とぶつかる。


 汚染護衛の剣は重い。


 ただの力任せではない。


 剣筋が正確だ。


 誰かに訓練された剣だ。


 それが余計に苦しい。


 この人にも過去がある。


 剣を習った時間がある。


 誰かを守るために振った日もあったかもしれない。


 それを、今はバルザックの盾にされている。


「くっ……!」


 アレックスは剣を受け流し、刃の背で右手首を打つ。


 青白い筋が跳ねる。


「右手首、一つ!」


「首筋!」


 レクスターの声。


 アレックスは身を沈め、雷針を首筋へ撃つ。


 だが、汚染護衛は一歩退いた。


 避けた。


 反応している。


「避けるのか」


「意思か、命令か、どちらにせよ反応速度が高い!」


 レクスターは水糸で自分に向かう護衛の足を絡める。


 だが、相手は足元の水糸を剣で切った。


 ただの汚染兵ではない。


 技術がある。


「面倒ですね」


 レクスターの声に、わずかな焦りが混じる。


 護衛の剣が振り下ろされる。


 レクスターは帳簿を抱えているため、大きく動けない。


 アレックスが向かおうとする。


 だが、その前にエイナが飛び込んだ。


 短剣で剣を受けない。


 受ければ折れる。


 だから、腕の内側へ滑り込み、肘を押す。


 剣筋がずれる。


 レクスターの肩を掠めて、刃が机を割った。


「レクスター!」


「無事です」


「無事って顔じゃない!」


「今はそれで十分です」


 エイナが護衛の腹を蹴り、距離を取る。


「ほんと、硬い!」


「防具だけでなく筋肉制御も強化されています」


 レクスターが言う。


「説明ありがとう!」


「礼は不要です」


「皮肉だよ!」


 アレックスは一体目と剣を交えながら、部屋の奥を見た。


 バルザックは動かない。


 自分では戦わない。


 ただ見ている。


 自分の財産が、自分のために戦う様を。


 その姿が、黒外套とは別の意味で腹立たしかった。


 黒外套は観察者。


 バルザックは所有者。


 どちらも人を見ていない。


 アレックスは足元へ雷を走らせた。


 相手を感電させるほどではない。


 一瞬、踏み込みを鈍らせるため。


 汚染護衛の足が止まる。


「今!」


 レクスターが叫ぶ。


「胸部の線が開きました!」


「雷針!」


 アレックスの刃先から、細い雷が走った。


 胸部の青白い点へ当たる。


 護衛の身体が大きく震えた。


 だが、倒れない。


「まだ!」


「首筋!」


 エイナが横から短剣の柄を投げた。


 首元を逸らす。


 その瞬間、アレックスの雷針が首筋へ届いた。


 ばちん。


 青白い線が弾ける。


 護衛の膝が落ちた。


 まだ息はある。


 止まった。


「一体!」


 エイナが叫ぶ。


 バルザックの顔から、初めて少しだけ余裕が消えた。


「ほう」


 その声は低い。


「止めるのか。本当に」


「言っただろ」


 アレックスは息を整える。


「名前を奪う商売は止める」


 バルザックは笑みを戻した。


「なら、もっと見せよう」


 彼がもう一度指を鳴らした。


 奥の扉がさらに開く。


 そこから現れたのは、二人の護衛だった。


 だが、先ほどの三人とは違う。


 鎧が重い。


 腕の黒い筋が太い。


 そして、胸元に小さな欠片が埋め込まれている。


 レクスターの目が鋭くなった。


「中核片に近いものを直接埋めています」


「助けられるか」


 アレックスが問う。


「……難しい」


「無理とは言わない?」


「言いたくありません」


 その答えに、アレックスは頷いた。


「なら、やる」


「でしょうね」


 その頃。


 下層の布置き場では、マーガレットが息を殺していた。


 セラとニナは古い布の山の奥に隠れている。


 二人を挟むように、マーガレットが入口側へ立つ。


 ハルバードを握る手は汗で湿っていた。


 怖い。


 正直、怖い。


 アレックスたちは上へ行った。


 レクスターもエイナもいる。


 でも、ここには自分だけ。


 自分が崩れたら、セラとニナが危ない。


 その責任が、腕より重かった。


「……まーが」


 ニナの小さな声。


 マーガレットは振り返らずに答える。


「いるよ」


「……こわい……」


「うん」


「……アレックスたち……だいじょうぶ……?」


「大丈夫」


「……ほんと……?」


「ほんと」


 マーガレットは笑った。


 ニナに見えない角度でも、笑った。


「アレックスは約束したでしょ?」


「……うん……」


「レクスターは嘘つかないでしょ?」


「……うん……」


「エイナは道知ってるでしょ?」


「……うん……」


「だから大丈夫」


 セラが弱く言った。


「……マーガレットさんは……怖くないんですか……?」


 マーガレットは少しだけ黙った。


 怖くないと言うこともできた。


 でも、さっきアレックスがニナに言った言葉を思い出した。


 怖いから守る。


「怖いよ」


 マーガレットは正直に言った。


「すごく怖い」


「……」


「でも、二人がもっと怖いの知ってるから」


 彼女はハルバードを握り直す。


「私は、怖いまま前に立つ」


 セラの目が潤む。


 ニナが布の奥で小さく息を呑む。


 その時だった。


 布置き場の外で、足音がした。


 一人。


 いや、二人。


 マーガレットの身体が一瞬で戦闘態勢に入る。


「声出さないで」


 小さく言う。


 セラがニナを抱きしめる。


 扉の外から男の声。


「こっちにも誰かいるかもしれねえ」


「布置き場だぞ」


「だから隠れやすいんだろ」


 マーガレットの目が鋭くなった。


 来る。


 扉の取っ手が動く。


 ゆっくり開く。


 男が一人、顔を出した。


 次の瞬間。


 マーガレットのハルバードの石突が、男の腹に入った。


「ぐっ……!」


 声を出す前に倒れる。


 もう一人が驚いて剣を抜く。


「な――」


「静かに」


 マーガレットは低く言った。


 その声に、男が一瞬怯む。


 いつもの明るい声ではない。


 守る者を背にした声。


 男が剣を振る。


 マーガレットは受けない。


 ハルバードの柄で剣を絡め取り、壁へ押しつける。


 力加減。


 壊しすぎない。


 音を出しすぎない。


 でも確実に止める。


「ここには入れない」


 マーガレットは言った。


「絶対に」


 男が歯を食いしばる。


「化け物女が……!」


 その言葉に、マーガレットの目が少しだけ揺れた。


 だが、すぐに戻る。


「化け物じゃない」


 彼女は静かに言った。


「私は、マーガレット」


 柄を返し、男の首筋を打つ。


 男は崩れた。


 マーガレットは二人を引きずり込み、扉を閉める。


 息を吐く。


 手が震えていた。


 セラが小さく言う。


「……マーガレットさん……」


「大丈夫」


 マーガレットは振り返って笑った。


「ちゃんと守ったよ」


 ニナが泣きそうな顔で頷いた。


「……うん……」


 上層の帳簿部屋では、戦いが激しさを増していた。


 中核片を埋め込まれた護衛二人。


 動きは重いが速い。


 剣を振るたび、机が砕ける。


 床板が割れる。


 帳簿の束が飛ぶ。


 レクスターは水糸で帳簿を守りながら、同時に護衛の命令線を読んでいた。


 額から汗が落ちる。


「胸部の中核片が命令の核です!」


「取れば止まるか!」


 アレックスが叫ぶ。


「乱暴に取れば死にます!」


「じゃあどうする!」


「周囲の接続線を切り離す!」


「何本!」


「多すぎます!」


「ざっくり!」


「十二!」


「多いな!」


「だから多すぎると言いました!」


 エイナが護衛の足元へ短剣を投げ、牽制する。


「片方ずつ!」


「はい!」


 アレックスが一体へ集中する。


 雷針。


 肩。


 脇腹。


 首。


 脚。


 だが、切っても切っても胸部から再接続される。


 バルザックが笑う。


「無駄だ。リゼットの改良は高かったが、値段相応だろう?」


「人に値段をつけるな!」


 エイナが叫ぶ。


 バルザックは肩をすくめる。


「つけられないものなどない」


「ある」


 アレックスが言った。


 彼は護衛の剣を受け流しながら、胸元の中核片を見た。


「名前だ」


 雷が細くなる。


 強く斬るのではなく、ほどく。


 命令線だけを狙う。


「レクト、見せてくれ!」


「水糸を通します!」


 レクスターの水糸が護衛の胸元へ絡む。


 青白い線が可視化される。


 十二本。


 いや、もっと細い線が絡んでいる。


 アレックスは息を吸った。


 全部を一度に見るな。


 一本ずつ。


 でも遅すぎるな。


 雷糸を伸ばす。


 一。


 二。


 三。


 護衛が暴れる。


 エイナが足を止める。


「早く!」


「やってる!」


 四。


 五。


 六。


 レクスターが歯を食いしばる。


「アレックス、中央に触れないでください!」


「分かってる!」


 七。


 八。


 九。


 護衛の動きが鈍る。


 十。


 十一。


 十二。


 青白い光が薄れた。


 護衛の身体が崩れる。


 アレックスが受け止めた。


 重い。


 鎧の重さ。


 人の重さ。


 命の重さ。


「……止まった」


 レクスターが確認する。


「呼吸あり。生存」


 アレックスは静かに息を吐いた。


「よかった」


 その瞬間、もう一体が動いた。


 バルザックが手を上げている。


 中核片の光が強くなる。


「感動している暇があるのかね」


 バルザックの声。


「一体止めた程度で」


 護衛がレクスターへ向かう。


 帳簿を狙っている。


 レクスターは動けない。


 抱えた帳簿。


 守るべき証拠。


 捨てれば避けられる。


 だが、捨てない。


 その一瞬。


 エイナが飛び込んだ。


「させない!」


 短剣で止められる相手ではない。


 分かっていた。


 それでも、彼女は前へ出た。


 護衛の剣が振り下ろされる。


 アレックスが叫ぶ。


「エイナ!」


 届かない。


 その時、エイナは短剣を手放した。


 剣を受けず、身体を沈め、護衛の懐へ入る。


 そして、腰袋から取り出した小瓶を、護衛の胸元へ叩きつけた。


 薬房から持ち出した瓶。


 リゼットの薬。


 瓶が割れる。


 白い煙が中核片の周囲に広がる。


 護衛の動きが一瞬鈍った。


「レクスター!」


 エイナが叫ぶ。


「今!」


 レクスターの目が見開かれる。


「解析阻害が薄れた!」


「アレックス!」


 アレックスが走る。


 雷糸。


 見えた線を断つ。


 一。


 二。


 三。


 今度は早い。


 薬が中核片の反応を鈍らせている。


 四。


 五。


 六。


 護衛が呻く。


 その声に、アレックスは一瞬だけ胸が痛む。


 でも止まらない。


 助けるために。


 七。


 八。


 九。


 十。


 十一。


 十二。


 光が消える。


 二体目も倒れた。


 レクスターがすぐに水糸で確認する。


「生存」


 エイナがその場に膝をついた。


「……はぁ……っ」


「エイナ!」


 アレックスが駆け寄る。


「無茶を」


「言わないで」


 エイナは息を切らしながら笑った。


「あなたたちにだけは言われたくない」


「それはそうですが」


 レクスターが息を吐く。


「助かりました」


 エイナは目を丸くした。


「今、素直に言った?」


「状況が状況なので」


「そっか」


 彼女は少しだけ笑った。


「なら、よかった」


 バルザックの顔から笑みが消えていた。


 初めてだった。


 汚染護衛が止められた。


 殺されたのではない。


 止められた。


 それが、彼には理解しがたいのだろう。


「……なぜだ」


 低い声。


「なぜ、そこまで無駄なことをする」


「無駄じゃない」


 アレックスが立ち上がる。


「彼らは生きている」


「生きているだけだ」


「それが大事なんだ」


「役に立たぬ命に価値はない」


「違う」


「違わん!」


 バルザックが初めて声を荒げた。


「金にならぬ命は重荷だ! 働けぬ者、売れぬ者、逆らう者、全て町の澱だ! それを流してやっているのが私だ!」


「違う!」


 アレックスの声が帳簿部屋を震わせた。


 雷が刃に走る。


「お前は流していたんじゃない」


 一歩。


「沈めていた」


 もう一歩。


「名前も、声も、帰る場所も」


 バルザックが後ずさる。


「金にならないからって、見えない場所に沈めてきただけだ」


「黙れ……」


「黙らない」


 アレックスは雷の刃を構えた。


「沈められた名前を、俺たちは持っていく」


 レクスターが帳簿を抱え直す。


 エイナが短剣を拾い、立ち上がる。


「リクの名前も」


 エイナが言う。


「覚えてなくてもいい」


 バルザックが彼女を見る。


「私が覚えてる」


 エイナの声は震えていた。


 けれど、強かった。


「だから、あんたの帳簿の中で数字になんかさせない」


 バルザックの顔が怒りに歪む。


「下賤が……!」


 彼は懐から、小さな笛を取り出した。


 レクスターが叫ぶ。


「止めてください!」


 アレックスが踏み込む。


 だが、バルザックは笛を吹いた。


 鋭い音。


 帳簿部屋の壁の奥で、何かが動く音がした。


 重い金属音。


 鐘楼全体が軋む。


「何をした!」


 アレックスが叫ぶ。


 バルザックは息を荒くしながら笑った。


「帳簿を持って逃げられると思うな」


 床が震える。


 奥の金庫から、赤い光が漏れ始めた。


 レクスターの顔色が変わる。


「焼却機構です」


「何?」


「金庫内の帳簿を燃やす仕掛け!」


 エイナが叫ぶ。


「まだ奥に帳簿が!」


 バルザックが笑った。


「証拠など残さん」


 アレックスは金庫を見る。


 赤い光が強くなる。


 中にはまだ、多くの帳簿がある。


 持ち出した分だけでは足りないかもしれない。


 だが、バルザックも逃がせない。


 また選択。


 帳簿か。


 バルザックか。


 アレックスは奥歯を噛んだ。


 その瞬間。


 下層から、轟音が響いた。


 石床が震える。


 マーガレットの声が、遠くから響いた。


「アレックス!!」


 アレックスが振り返る。


 何かあった。


 下層で。


 セラとニナの場所で。


 バルザックが笑う。


「さて、王子」


 赤い光。


 燃える帳簿。


 逃げようとする金主。


 下層の異変。


 すべてが同時に迫る。


「今度は、何を選ぶ?」


 アレックスの拳が震えた。


 だが、その目は折れていなかった。


 選ばされるだけでは終わらない。


 ここでも、三つ目を作る。


 必ず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ