88 戦国の怪物たち、円卓に集う
駿河国 駿府。
かつて今川家の本拠地であり、今は北条領となったこの地に俺たちは集まっていた。
当初、会談場所は各々が各々の本拠地を指定していた。しかし、直江津、小田原、躑躅ヶ崎館、清洲。いずれも自分たちの影響力が強く、議論の趣旨から外れていくということで、場所決めに難航していた。そんな中、幻庵からの「これから外海に出ていくのであれば、富士の山を眺めながら、海に面したこの地で饗応する」という提案に、一同が集まることとなった。
確かに、雄大な富士山を背に、駿河の海を前にして集うのは、中々の趣向である。だが、諸侯が富士山以上に目を向けたのは、河口に急造されたドックと、急ピッチで制作されている和製ガレオン船群だ。
そんな雑踏を遠くに聞きながら、かつて、互いの首を狙い合った武将たちが、円卓の上に置かれた一枚の定款を囲んで対峙していた。どちらが上位も下位もない。その考えを体現する為に、敢えて円卓を用意している。
会議が始まる直前、俺の元に二通の書状が届いていた。
一通は朝廷から。輝虎を関白に、北条氏政を左大臣に任じるので上洛するよう要請するもの。
もう一通は足利義昭から。「足利の幕府再興の功臣」として、古き守護体制の頂点に据えようとするもの。どちらも、伝統的な位階秩序で縛ろうとしているものだ。
「それで、その書状への対応が、この円卓の会議を開催する理由か?」
「……あんな『利権の配当』ばかり要求する、実体のない役職はいらない。俺たちが作るのは、実業の国だ」
「面倒だからのう、あやつら」
信長の感想に一同、深く頷く。
「では、この書状は処分致しましょう」
俺のその言葉を合図に、円卓の空気が変わった。俺は、松姫が差し出す火鉢の中に投げ入れた。
「ここにいる全員が、かつて互いの首を狙っていた」
「……」
「今日は、皆様。領土を取り上る話ではありません。ただ、世界へ進出する巨大な商会にするため、出したい分だけ、出資を積んでいただきたいのです。その一株一株が、世界を見に行く動力になります」
最初に動いたのは、武田晴信だった。
「カカカ! 面白い、実に面白い!」
晴信は、懐から領地の石高と資源を記した目録を、まるで博打の駒のように卓へ放り投げた。
「景虎、我が甲斐・信濃のすべてを現物出資してやる! 山に囲まれた領土など、この『世界という大海』の利権に比べれば端金に過ぎぬ。その代わり、儂への『配当分配権』は倍に積め。武田の誇りは異国で証明してやるわ!」
これに織田信長が不敵な笑みで応じる。
「……猿真似を。景虎、儂も美濃、尾張、伊勢、儂の全領土を差し出す。一反の土地も残さずにな。条件は晴信と同じだ。儂への配当を最大に設定しろ。銭さえあれば、天下などいくらでも布ける。……日の本は狭すぎる。儂は海を越えて布いてやる」
配当(実利)を優先し、領土をまるごと投資に回す「攻め」の二人。
対照的に、北条氏康と上杉輝虎は、動かざる山の如き構えを崩さない。
「……三郎、我ら北条は、相越同盟として共に治めてきた分は出資しよう」
氏康が定款を指さす。
「だが、我が家が守り抜いた伊豆、相模、武蔵、上総、下総、安房、駿河……ここは譲らん。その代わり、この商事の根幹を揺るがす決定に対する『拒否権』、そして『議決権』を要求する。暴走する魔王(信長)の手綱を握るのは、我ら北条だ」
「儂も同じだ」
輝虎が静かに頷く。
「越後、越中、能登、上野……毘沙門天より託された地は、儂が死守する。景虎よ。お前に預けた領土は好きにするが良い。お前自身も一人の出資者として、上杉家とは別に『議決権』と『分配権』を持て。儂とお前の二票があれば、この商事が不義に走ることはない」
円卓の上で、「配当(金)を狙う武田・織田」と、「権限(守り)を握る上杉・北条」という均衡が成立した。
だが、署名を前にして、「待った」の声がかかる。
「景虎殿、お待ちいただきたい」
声を上げたのは、織田信忠だった。その横には、氏政、顕景、そして勝頼が立っている。
「この定款、あまりにも景虎殿に権限が集中しすぎている。我らは、出資者の子弟というだけではなく、実務を担う世代だ」
「左様」
北条氏政が数字の並ぶ書面を叩く。
「本領の港湾維持と、蝦夷への補給路。この流通を握るのは我ら北条だ。儂にも発言権がなくてはな。景虎よ、お前の独断専行を封じるため、我ら四人の連署による業務執行の差止権を要求する」
顕景(上杉景勝)も、無愛想に頷く。
「……義父上(輝虎)が甘すぎるのです。義兄上、貴方の商いは、時として義を置き去りにする。監視の目は必要です」
勝頼が、腕を組んで笑う。
「そういうことだ、景虎殿。俺たちは蝦夷へ、そして南方の未知の大地へ行って泥を啜る。その俺たちの命を、お前の思いつきで左右させはせんぞ」
次世代組による正論。
(……まとまらない。これでは世代間格差だけが広がってしまう)
胃を押さえ、冷や汗を流す俺。だが、それを眺める先代兼出資者たちの反応は、俺の予想とは全く異なるものだった。
「 言うようになったではないか、勝頼!」
一時は、いつ死んでもおかしくな程、衰弱していた武田晴信(信玄)が、楽しそうに膝を叩く。最近、なんだか元気なのだ。
(あんた、癌だったんじゃないのかよ)
「景虎よ、見ろ。若造どもが、貴様の作った仕組みと権利を必死に奪い合っておる。これは、最高の娯楽よ!」
その隣には、北条の知恵袋、北条幻庵が静かに座っていた。かつて、武田からの人質帰りの俺を拾い、この世界への入り口を示した老人は、満足げに目を細める。
「三郎。貴様の作ったこの商いを交えた戦場は、若造どもをこれほどまでに熱くさせた。……幻庵、この年にして最高の見物をさせてもらっている」
「ふん、全く同意する。だが、見るだけではつまらん。自ら手に入れんとな」
織田信長は、既に自ら作成した『蝦夷進出計画書』を手に、笑みを浮かべている。
「景虎よ、儂は既に蝦夷の利権を調査させている。蝦夷の先はまだまだ広大な大地がありそうだ。信忠が数字をこねくり回している間に、儂は一軍を率いて海を渡るぞ。貴様は後ろで、その為の物質を生み出し続けろ」
「三郎、案ずるな」
北条氏康が、現役時代さながらの鋭い眼光で図面を引く。
「氏政が拒否権をチラつかせたら、儂が現場で『裁定』を下してやる。なに、かつての小田原城での評定よりは早く決まるはずだ。幻庵様も、知恵を貸してくださるだろう?」
「うむ。この幻庵、冥土への土産話に困らぬよう見届けさせてもらう。何よりこの駿府の地は、北に向かうにも南に向かうにも最高の場。どんどん活用するが良い。困ったことがあれば、儂らに任せろ」
上杉輝虎(謙信)にいたっては、既に軍人の顔に戻り、世界地図を睨んでいる。
「景虎よ。次世代の突き上げに、我らの代の進行。お主の差配で儂ら全員を全力で前に向かわせろ。そうするほど、世に義が広がっていく。……お主ならやれるだろ。励め」
俺は悟った。こいつら、引退して「配当」で暮らす気なんてさらさらない。プレイングマネージャーとして、自ら最前線で暴れ、新世界を引っ掻き回す気満々なのだ。そして次世代は、その権限を奪い取ろうと虎視眈々狙っている。
「……あ、あー。ダメだ。全員がやる気満々で、全員が俺の言うことを聞く気がない……」
あれ、おかしいぞ。前世と何も変わって無いんじゃないか。あーでも、配当分配権があるだけマシか。
「……俺、また胃が死ぬ未来しか見えないんだが」
「景虎、胃薬は出資に含まれぬぞ」
「配当で胃薬を買え」
「愛妻に作って貰っているのだからいらんだろ」
信長が、ふっと笑い、真っ先に筆を執った。
「……良かろう。土地など、世界という海から見れば砂粒に過ぎん。景虎、儂に、最高に面白い戦場(市場)を用意しろ」
続いて、晴信、氏康、そして輝虎。怪物たちが次々と署名し、印を捺す。
最後に俺は、震える手で筆を執った。
それは武士が「土地」という呪縛から「資本」という名の翼を得た、歴史的な瞬間だった。
明日、ついに最終回です。
ここまで読み続けてくださった皆様、本当にありがとうございました。
明日の20時をお楽しみに!




