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鶴姫と景虎の国盗り経営録 ──戦国の怪物たちを円卓に集めたら資本で世界を取りに行った件  作者: みなと
第6章 信長・天下編 ~戦国の終わり、八洲商会の誕生と世界の始まり~

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85 織田家の重鎮たちは軍神に問われ、全員ちがう『義』を語り出した

 数時間後。

 硝煙と血の匂いが漂う戦場に、ようやく静寂が訪れようとしていた。

 既に戦場の周りを越後、越中からの上杉軍が包囲し、織田軍は武装解除をさせられている。


 俺の陣にやってきた輝虎は、ふらふらになった俺の元にやってきて、肩を掴んで言った。

「景虎! お前、何故もう少し待てぬ。せめてあと半日早ければ、儂が決戦を終わらせてやったものを」

「……御実城様、相手が、特に柴田の特攻が予想外に熾烈で。危ないところでした。ですが、ここにいる勝頼殿によって、何度も助けられました」

 輝虎は勝頼に向かって言う。

 「勝頼よ、いろいろと思うところはあっだであろう。見事な動きであったと聞く。礼を申す」

 「なに、我らは既に同じ釜の飯を食う仲。……今回、織田に意趣返しをすることが出来た。それに、武田の騎馬はまだやれると皆に言うことが出来る。そのことが有難い」

 「……儂は、お主等と戦場を駆けたかったのだがな」

 若干不満そうな輝虎に、直江が、心底嫌そうな顔をして発言する。

「御実城様、そろそろお控えください。それに、我らが半日早ければ、織田軍は引き上げたでしょう。決戦は出来なかったものかと」

「む」

「景虎殿が何処まで狙っていたかは存じませぬが。景虎軍を全力で攻める織田軍は、間もなく景虎軍を追い詰める状況でした。だからこそ、味方の裏切りや我らの動きに対して油断したものと」

「景虎、お前、また囮になったか」

「……結果、今回もそうなってしまいました」

 「義兄上、よくぞご無事で。……また、決戦に間に合えませんでした」

「いや、助かった。あと半日遅ければ、俺たちの陣地は壊滅していただろう。顕景が軍を率いてくれたから、この時に合わせられたのだ……危なかったがな」

「義兄上……」

「それに。良いことがあるんだ。相手は降伏したとはいえ、まだ五万以上もいる。いつ、戦闘再開してもおかしくない。だが、無傷の上杉軍三万が包囲する中で、相手を武装解除させられた。これはとても大きい」

「そうですな。これから軍議も始まります。有効に活用しましょう」

「景虎。織田信長、捕らえた武将、寝返った武将、お前は奴らをどのように捉えた?」

 輝虎の問いに、俺は暫く考えてから答えた。


「……お主の考えはよくわかった。信長のことは業腹だが、お主の言う通り、その五名は、儂が一人ずつ吟味することにしよう」

 こうして、御実城様による吟味、つまり面談が行われることになった。御実城様らしいのだが、質問は一つだけ。

「そなたにとって、義とは何か」


 柴田勝家の場合

「義とは、主君への『忠義』と、武士としての『意地』にござる」

「上杉殿、それがしのような無骨者に難しいことはわかりませぬ。しかし、一度主と定めた御方に命を賭し、退かぬと決めた戦場で最後まで槍を振るう。これこそが武士の義。 損得ではありませぬ。誰に恥じることなく、真っ直ぐに己の役割を全うすること。織田の筆頭として、この勝家、主君の敵を討ち、仲間を守り抜く。ただそれのみが我が義にございます」

「敵ながらあっぱれ。その愚直なまでの忠義、まさに武士の鑑なり」


 丹羽長秀の場合

「義とは、和を成すための『誠実』と心得ます」

「輝虎公、私は派手な手柄よりも、織田家という大きな組織の『柱』でありたいと考えております。義とは、約束を違えず、裏表なく人と接し、物事を円滑に収めること。 激しい戦の中でも、糧食を絶やさず、城を築き、人々の営みを支える。目立たぬ仕事の中にこそ、誠意という名の義が宿るのだと信じております。和を以て貴しとなす、それが私の答えです」

「私利私欲なく、黙々と己の務めを果たすその姿。それこそが真の誠実よ」

「……有り難き御言葉。冥土の土産と致します」

 

 明智光秀の場合

「義とは、私欲なき天意の代行。信長様には、それが見えぬのです」

 静まり返った陣幕の中で、紅潮した光秀が続ける。

「……輝虎公。ようやく悟りました。織田の下で私が築こうとした秩序は、恐怖と破壊の上に成り立つ砂上の楼閣に過ぎませんでした。信長様は天を仰がず、己のみを信じておられる。しかし、貴殿が掲げる義には、古き良き法と神仏への畏敬がある。私にとっての義とは、ただの支配ではなく、正しき理論に基づく静謐です。今、私はその理が越後にあると確信いたしました。この首、貴殿の理想とする世のために使い果たしましょう。それが私の選んだ天道にございます」

 それに対して、暫く黙って考えていた輝虎は、こう答えた。

「……主を裏切る口実に儂の名を出すな。貴殿の言う義は、ただの自己愛に過ぎぬ」

「なっ!」

「儂は約定は違えぬ。貴殿は、これから坂本に向かってもらう」

 光秀に、輝虎は軍を率いての帰還を許さなかった。代わりに、一通の書状を投げ捨てた。

「ただし、光秀よ。貴殿の率いていた軍は、我ら相越連合が接収し、再編成する。貴殿には、当座の赴任地として『坂本城の接収準備』を命じたい。これがその書状だ」

「……守るべき兵も武器も与えぬと」

「敵地に行くのではない。貴殿らが統治していた土地に行くのだ。何の疑念がある」

「……」

 まったく正論なのだが、これまでの織田の統治を考えると、盗賊や農民による反逆がいつあってもおかしくない地だ。そこに手勢を連れずに向かわせるのは、天に裁かれよと言われているに等しい処罰であった。

「光秀殿」

 俺が助け船をよこすことにした。

「光秀殿、俺を信じよ。……御実城様(輝虎)は『同行を認めぬ』と仰ったが、道中の安全を『保証せぬ』とは一度も仰っていない。その意味、貴殿ならわかるはずだ」

 俺を凝視した光秀は、ハッとしたように目を見開き、その後、絞り出すように応じた。

「御実城様、輝虎殿。某、謹んで拝命致します」


 羽柴秀吉の場合

「義とは、一番『夢を見せてくれる方』への恩返しですよ!」

「いやあ、御実城様! まさか私のような者に、これほど破格の条件を提示してくださるとは! 驚きましたよ。信長様も太っ腹ですが、あっちはいつ首が飛ぶか分かったもんじゃない。私にとっての義ってのは、結局のところ、自分を一番高く買ってくれる人のために、死に物狂いで働くことなんです」

「多額の報酬と領地を任せると言われたからには、私はそれ以上の利益を謙信様に返してみせます。裏切り? とんでもない。私はただ、より大きな果実が実る場所へ、義を移しただけにございますよ!」

更に、聞かれてもいないのに、揉み手をしながら、自らの手柄を誇示していく。

「御実城様!! 景虎様! ご覧の通り、一番手柄はこの秀吉にございます! 私がここぞというところで矛先を変えたことで、柴田軍は身動きが出来なくなり、この戦の実質的な決着となりました。景虎様もあの時に私が裏切らなかったらどうなったかわからなかったでしょう? さあ、お約束の報酬をしかと頂戴いたしたく……!」


「……斬る価値もない」

 輝虎は、小さく呟いた。派手なパフォーマンスを繰り広げる秀吉には聞こえなかったのだろうが、俺にはよく聞こえてしまった。

「景虎、沙汰を申せ」

事前に幕僚たちと決めていたことを俺から伝える。

「ハッ。 羽柴秀吉殿。此度の武勲、誠に見事である。よって、約束通りの銀貨をとらす、また、当座の赴任地として『岐阜城の接収準備』を命じたい。これがその書状だ」

「ヘヘーー!! これで部下たちにも凱旋が出来ます。ただ、銀貨は今すぐ頂きたいのですが……」

 俺から手渡された書状を、秀吉は疑いもなく受け取った。

「ただし。織田軍は皆、我らの相越連合が接収し、再編成する。軍を率いての帰還は認めない」

「いや、それはちょっと……」

「どうした? 貴殿らが統治していた場所に戻るのだ。何の障りがある」

「……いや、あのですね、美濃は今、大変なことになってましてね」

「それからな、銀貨は、今は一割だけ渡そう。残りは後日、岐阜に届けさせよう。貴殿はどうも道中が不安なようだ。重たいものを持たない方が安心して移動が出来よう。……既に、明智光秀殿は、同様の命を受諾し、坂本に向かった。貴殿には難しいか?」

「……カカカ! さすが話が早い。……軍を解かれるのは寂しいが、岐阜の蔵を任されるなら文句はねえ。では、一足先に失礼いたす!」

大量の銀貨を持って陣幕を出た秀吉を観ながら、輝虎は俺に語った。

「輝虎よ」

「はい」

「儂が最も嫌悪するのは、義を損得勘定や報酬に置き換える行為じゃ。高い報酬を提示されたから裏切ったと笑ってのけることが義の説明じゃと。我が幕下に加えるなど到底できぬ」

「……はい。 問はただ一つ。義とは何か、であったのですが」


儂が意気揚々と陣を歩くなか、周りの元織田兵たちが遠巻きに睨みつけているのがわかる。

なに、いつものことだ。

「……あの猿、また上の顔色ばかり伺ってやがる」

「勝てば自分の手柄、負ければ誰かのせい。ああいう奴が一番、戦場じゃ嫌われるんだ」

「いずれ天罰が下るさ」

羽柴秀吉は、ほんの一瞬だけ足を止めた。腹には重たい銀貨の袋がじゃらりと音を立てる。

……なに、いつものことだ。

「……儂はいつもこうだ。勝ち馬に乗り換えて、前の主を笑って捨ててきた。だがまあ、今回も上手くいくさ。儂は運がいい。そんなことより、早く美濃に行かねばな!」


そう言って歩き出そうとしたところで、背後から声がかかった。

「羽柴秀吉殿」

振り返ると、商人風の衣服に身を包んだ美少女が、恭しくお辞儀をしていた。白い指先、整った顔立ち、そして何より、金の匂いがしそうな気品。秀吉の脳裏に、反射的に、さっき得た銀子で買えるだろうかという下卑た計算がよぎる。

(ほう……これは、ちと値が張りそうだが、銀子で買えんことも……)

だが次の瞬間。

「私、上杉三郎景虎が側室、ふるきと申します」

秀吉の思考が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

(側室!? あっぶねぇ! 買おうとしたとか、死んでも言えん!)

慌ててその気配を打ち消し、いつもの調子で朗らかに笑う。

「岐阜城の管理者となられること、寿ぎ申し上げます」

「お、おう! これはご丁寧に!」

「此度の戦、羽柴様のご尽力の賜物にございます。私は夫の無事を、夫を救って頂いた羽柴様に感謝してもし尽くすものではございません」

ニカッと笑う秀吉。

「おう、おう、そうじゃ! 儂が尽力せねば景虎殿は危ないところであったのよ」

「そのお礼というにはあまりにも些末なものでございますが……道中、喉が渇くこともございましょう。美濃までの無事を祈り、こちら、大徳寺の酒を」


ふるきは、まるで宝物のように丁寧に包まれた酒瓶を差し出した。その笑顔は柔らかく、礼儀正しく、どこにも敵意など見えない。

秀吉は満面の笑みで酒瓶を受け取った。その瞬間、袋の中の銀貨がじゃらりと鳴り、手元がわずかに滑った。

「おっと……!」

銀貨の袋が落ちかける。秀吉が慌てて掴み直した、その一拍の間。ふるきの瞳が――氷のように冷たく細められた。

だが秀吉は気づかない。

顔を上げた時には、ふるきはもう先ほどと同じ、柔らかく礼儀正しい微笑みに戻っていた。

「おお、これはありがたい! 儂が美濃を立派に治めてみせよう!」

秀吉は上機嫌のまま、銀貨の袋を抱えて去っていく。

その背中を見送りながら、ふるきはほんの一瞬だけ、扇子の影で口元を隠した。


秀吉は気づかない。ふるきが去っていく背中を見つめながら、周囲の元織田兵たちが震えていたことに。

「あの女……笑ってるのに、目が笑ってねえ……」

「秀吉、あいつ、値踏みされてたぞ……」

「……あいつ、もう終わりだな」

ふるきの微笑みは、礼儀正しく、柔らかく、完璧だった。だがその瞳の奥はどこまでもも冷たい光が宿っていた。


 織田信長の場合

 最後に、陣幕に織田信長が連れてこられた。

 折れた太刀を捨てて鞘を杖代わりに、ボロボロになったマントを翻している。それでも、なおも不動の格を保つ男。息子の信忠に支えられながら、俺の方に顔を向ける。

「……信長様」

「……ふん。儂の飼い犬に手を噛ませ、勝ちを拾ったか」

「座られよ」

「……」

 泰然と座る信長。妙な緊張感の中、輝虎が口を開く。

「貴殿一つだけ問いたい。貴殿にとって義とは何か」

 僅かに口元を歪めながら信長は答える。

「義とは、天下の静謐せいひつを保つための『仕組み』よ」

「輝虎よ、貴殿の言う『義』は美しすぎる。私利私欲で乱れるこの国を救うのは、神仏の加護でも個人の情けでもない。圧倒的な武力と、それを律する法だ。儂にとっての義とは、古い因習を焼き払い、誰もが法に従わざるを得ない新しい世を創ること。民が飢えぬよう道が整える。その結果こそが義。儂の歩む道に立ちふさがる者は、たとえ神仏であっても切り捨てる。それが儂の義だ」

 床几から立ち上がっててる輝虎が応じる。

「力こそが正義と言うか。それはただの強欲!! 神仏を恐れぬ不届き者、この輝虎が天に代わって討ち果たさん」

 と、ここまで言ってから、水を飲み、再び席に座り語りかける。

「……だが、そのようなこと、最早、無用であろう。戦の勝敗は既についている」

「うむ。儂は負けた。それが全てだ」

「……仕組み、か。貴殿の創ろうとする世に、人の心はあるのか?……だが、民を飢えさせぬという一点においてのみ、貴殿の言葉に偽りはないようだな。信長よ、暫し考えてみよ。……お主の『法』と、儂の『義』。どちらが長く、この大地を照らすかを」

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